サステナビリティへの取り組み
サステナビリティへの取り組み
カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーへの移行は、サステナブル(持続可能)な社会の実現に向けて喫緊の課題となっています。そのためには、これまでになく環境性に優れた新素材の開発をはじめ、化学分野が担う役割は決して小さくありません。
日立ハイテクソリューションズの「Chemicals Informatics(ケミカルズ・インフォマティクス)」は、新素材の開発に必要な化合物をAIで探索するサービスです。1億個以上の化合物が登録されたデータベースを用いて網羅的に探索する機能などにより、目的に合った化合物を見つけ出すサポートを行います。
これまでベテラン化学者の知見に大きく依存していた部分をAIが担い、研究開発にかかる時間や手間、コストを大幅に削減。新素材をいち早く社会に送り出す一翼を担います。
従来の素材開発では、最初に仮説を立て、材料を選定し、目的に合った化合物ができるまでシミュレーションや合成・評価をひたすら繰り返していました。そこはまさに熟練した技術、経験とカン、偶然に依存する世界でした。
「Chemicals Informatics」は、一握りのベテラン化学者に依存していた化合物を探索・選出するプロセスをAIが代替します。これまでは長大な時間と膨大な手間をかけながらも、有用な化合物が見つかる可能性は10万分の1でしたが、AIを用いることでその確率を100分の1(※)まで高められます。
日立ハイテクソリューションズのAI技術は、まず医療分野で実装されました。それが2019年にサービスを開始した、リハビリテーションAI「awina」です。
これは高い実績を持つリハビリ病院の過去10年分の電子カルテデータ(約1万8000件)を収集。そのデータをもとに経験豊富な医師の知見をAIが代替することで、導入した医療機関のリハビリの質の向上を図るサービスです。
「AIは、過去に蓄積された大量のデータやノウハウから、有用な法則を見つけ出して未来を予測する技術です。医療分野で有効性が確認できたこの仕組みを、化学の分野でも活用できないかと考えたのが始まりです」
ICT事業統括本部事業企画部部長代理の黒川麗は、「Chemicals Informatics」誕生の経緯を、こう語ります。
開発はAI先進国であるアメリカ駐在の研究者が中心となり、現地の最新技術をキャッチアップしながら進めたといいます。AIが分析する対象となる化合物や材料の専門知識については、化学メーカーで長年素材開発に携った研究者から学びました。
「研究者の方とはリモートでのやり取りが中心でしたが、それこそ『膝を突き合わせるように』コミュニケーションを取りながら知識を高めていきました」と、黒川は振り返ります。
さらに、広い業種で活用できるよう20社以上の化学メーカーにヒアリングを行い、材料の研究に従事する日立グループ内部門からの協力も得て、2020年11月「Chemicals Informatics」がサービスを開始しました。
「Chemicals Informatics」は「こんな化合物が欲しい」という目標性能をインプットして探索ボタンをクリックすれば、AIがデータベースから候補となる化合物を絞り込んでくれます。
「データベースに登録された化合物は1億1700万個にのぼり、さらにそれらの化合物どうしを組み合わせた複合材も網羅しています。この高い網羅性が大きな特徴です」(黒川)。
いくら優れた化学者でも、1億個以上全てを把握するのは困難に違いありません。「Chemicals Informatics」なら重要な化合物の存在を見落とすことなく、目的の特性を持ったものを着実に探索できます。
さらに、データベースは3000万件の特許や論文と紐づけられており、探索した化合物が他社で特許を取得済みかといった情報もチェックできます。これにより、開発が進んだ段階で権利侵害が判明するリスクを避けられ、特許空白地帯を狙った戦略的な研究開発によって実用化までのスピードを高めることが可能になります。
AIは自然言語処理(NLP)技術によって、化合物の特性や特許・論文などのデータを読み解きます。自然言語処理は人間が使っている言語をコンピューターで解析する技術で、論文のような膨大なテキストの処理を得意としています。
さらに「Chemicals Informatics」は、1億1700万個に含まれない未知の化合物を探索する機能も備えています。AIが既存化合物の構造をランダムに変えて新しい化合物を生成し、データベースに追加。こうして新たに発見された化合物の数は、すでに1100万個にのぼっています。
その他には、目的の化合物の特性と類似した化合物を網羅的に見つけ出すことも可能です。
「この機能は、ベテラン化学者の思考をAIで再現したようなものです。経験豊富な化学者は『この化合物に近い化合物には、こんなものがあるだろう』いうイメージが頭の中に出来上がっており、そこからアウトプットできるといいます。それをAIで実装しているイメージですね」(黒川)
「Chemicals Informatics」は、生分解性プラスチックに使う添加剤の開発に活用されています。
一般的なプラスチックは長期間にわたり分解されず、自然環境に流出したレジ袋などのプラスチックごみが深刻な環境汚染を引き起こしています。とくに、細かく分解されたマイクロプラスチックは魚や海鳥の体内に蓄積され、最終的には人間を含む生態系全体に悪影響を与えます。
生分解性プラスチックは、土壌・水中で無害に分解され自然に還るため、プラスチック汚染の解決策として期待を集めています。持続可能なサーキュラーエコノミー(循環型経済)の担い手として、大きく成長していくと目される分野です。
開発にあたっては、頑丈で弾力性があり、水蒸気を通しにくいといったプラスチック本来の性能を確保しながら、環境負荷を低減するべく分解速度を早める添加剤を探し出す必要がありました。
そこで、生分解性プラに多用されるポリ乳酸に、添加剤の金属水酸化物、金属酸化物、有機物を掛け合わせて探索をかけ、最適な添加剤候補を3種類にまで絞り込みました。
「これまでは600通りが限界だった候補化合物の検討が、6万通りに広がりました。その一方で、化合物選定とシミュレーションにかかる時間は120日から2日に、試作や計測評価の回数は5分の1に削減されました。ボトルネックだった時間の問題を一挙に解消できたと、お客さまからは喜びの声をいただきました」(黒川)
「Chemicals Informatics」は、リチウムイオン電池の固体電解質の探索でも活用されています。リチウムイオン電池はEV(電気自動車)や家電、IT機器などさまざまな製品に使われており、さらなる活用のために導電率を高める固体電解質を探し出す必要がありました。
導電率というのはリチウムイオンの動きやすさのことです。これが高いほど充放電時の容量損失や劣化が小さく、EVの航続距離が伸び、スマートフォンの電池が長持ちするなど、製品の性能向上にかかわる大切な要素です。
こちらは電池メーカー数十社の固体電解質に使われている酸化物を網羅的に探索し、1031通りの指定化合物に周辺化合物を組み合わせた約1000万通りから、90通りの組み合わせ候補を選び出しました。
「リチウムイオン電池は、世の中がEVシフトに動く中、カーボンニュートラルに欠かせないデバイスで、これから開発競争はますます加熱していくでしょう。すでに電池メーカーはもちろん、サプライチェーンの上流から下流まで、幅広い業種の皆さまから引き合いをいただいています」
こう語るのは、ICT事業統括本部 ITプラットフォーム本部長の岡田吉弘。「Chemicals Informatics」のニーズが今後ますます高まっていくことに、確かな手応えを感じたといいます。
岡田は、このように続けます。
「環境に配慮した材料開発のニーズは着実に高まっていくでしょうから、業種を問わずいろいろなお客さまに貢献できるのではないかと考えています。日本は少子高齢化によって生産人口が減少していくのが確実なので、そこで弱まりかねない競争力をAIが補うことは、十分に可能ではないでしょうか」
「今や環境への対応は必要不可欠になっています。脱炭素やサーキュラーエコノミーへのイノベーションを生み出す材料の開発に、これまで以上に活用していただけるようになれば嬉しいです」と、黒川も未来を見据えます。
日立ハイテクグループは、社会課題解決に取り組むべきマテリアリティ(重要課題)として、SDGs(持続可能な開発目標)を踏まえて5つのテーマを掲げています。
「Chemicals Informatics」が、とくに深く関係しているのが1)2)3)です。脱炭素や循環型社会の実現にも、健康を支える水や食品の安全にも、科学や産業の発展にも、新しい素材開発が欠かせません。
社会課題を解決し、持続可能な社会を実現する担い手として「Chemicals Informatics」に寄せられる期待は高まるばかりです。