独立行政法人 国立文化財機構
奈良文化財研究所 様
奈良文化財研究所(以下、奈文研)は、平城宮跡に隣接する奈良の地で文化財を総合的に研究する機関です。
文化財の調査・研究の現場で、X線CTがどのような貢献をしているのか、研究員の方より研究事例を含めご説明いただきました。
文化財の調査や研究を行うときに最も重要なことは、可能な限り「さわらない」、「壊さない」ことです。これは、文化財が「いま」の、そして「未来」の私たちにとって貴重な「財産」であるからです。例えば、文化財のなかに眠っている「つくり手」の「知恵」や「技術」は、いまの私たちにとっても重要で、将来にわたって継承するべきものが多く見出せます。まさに「温故知新」です。
しかし、それらの情報を調べるために対象を「分解して」しまうと、逆に重要な情報を永遠に失ってしまう可能性もあり、簡単にはできません。そこで奈文研では、レントゲンなどのX線検査と共に、産業用X線CTを国内の文化財研究機関のなかでは最も早い時期から導入し、「非破壊」での調査・研究に活用しています。
図1 X線CTシステム
レントゲンは手早く文化財の内部を調べることができますが、2次元的にしかそれらの情報を捉えることができません。その点、X線CTは調査に少し時間がかかりますが、立体的に構造を捉えることができ、どこに、どのようなメカニズムや欠損が存在しているか、素早く的確に見つけ出すことができます。
奈文研では、2018年の新庁舎の建設にともない、新たに日立のX線CTシステム(HiXCT-1M-SP:図1)を導入しました。このX線CTシステムは、文化財用X線CTシステムの中では、国内最大級の高エネルギ-X線を照射することができます。
それにより、金属製品や石製品、木製品といった様々な密度の文化財から、さらに発掘調査で出土する遺構土まで、多種多様な対象の構造調査・研究が飛躍的に進むようになりました。
奈文研の新庁舎建設に先立ち、平城第530次発掘調査が行われました。新庁舎は、平城宮の西の出入り口であった佐伯門の正面に位置し、この門の外には一条南大路と西一坊大路という大きな道路が通っていました(図2)。発掘調査では、古墳時代から平城京造営直前までの秋篠川旧流路のほか、奈良時代から平安時代の井戸、建物跡、道路跡、さらに近世の井戸などが発見されました。それらの発見のうち、大きなものの1つとして挙げられるのが、平城京造営期に秋篠川旧流路を整備した水場の土木工事と、さらに水場を埋め立てて一条南大路を造成した、大がかりな土木工事の痕跡です。そこでは、葉や枝を組んだり、敷き詰めたりして造る「敷葉・敷粗朶工法」による土木工事跡が発見されました(図3)。
図2 調査地点
図3 敷葉敷粗朶検出状況
しかし残念ながら、どんなに注意深く発掘調査を進めても、土を除去する過程で葉が剥がれてしまったり、枝が折れてしまったりと、敷葉・敷粗朶の完全な構造をなかなか捉えることができません。
そこで、この敷葉・敷粗朶を挟むようにして地層を土の塊で切り出し(図4)、X線CTで撮像することにしました。撮像は、日立製作所独自の高速・高精細スキャン・システムであるHi-Brid方式を用いました。このスキャン方式の特性を活かし、高さ約60cmある試料を、0.5mm厚のスライスで撮像しました(図5)。
その結果、きわめて精細に葉や枝の配列を読み取ることができただけでなく、それを挟む上下の地層の構造までを細かく捉えることができました(図6)。
敷葉や敷粗朶は、秋篠川旧流路に堆積した砂泥の上に直接配置されるのではなく、地質学では無構造あるいは壁状構造と呼ばれる泥質堆積物の中に、直径2~3cm程度の砂ブロックが混じる土が先に堆積していました(図7)。この様な堆積構造は、沼沢地の干拓や泥田でできやすい構造で、いずれにしても人の活動を反映しています。そして、この堆積物の上に敷葉・敷粗朶工法が施されていました。まず「敷粗朶」の構造は、60cm程度に切りそろえられた枝材がほぼ東西方向に敷き詰められ、それに対し南北方向に短い枝材を押さえる様に、90cm程度の細い枝材が配されている特徴がみられました(図8a)。またこれらの枝材のなかには心材部に空洞をもつ枝材も観察されました(図8b)。
次に、この敷粗朶構造を覆うように、上面と下面には針葉樹と広葉樹の葉を敷き詰める、「敷葉」が施されていました(図9a、9b)。敷葉・敷粗朶の上には、いくつかの種類の土を混ぜ込んだ盛土がなされ、その上端には一条南大路が敷設されている、一連の土木工事の様相が解ってきました。
改めて敷葉・敷粗朶の部分に注目すると、その構造から、現代の「ジオテキスタイル工法」のウェブソル工法や、ジオグリッド工法に似ていることが解ります。これらの工法は、盛土中に敷設して構造の安定性向上や、急こう配を築造する際に用いられる工法です。そう考えると、敷葉・敷粗朶工法は、用いる材料が現代のものとは大きく異なるものの、まさに秋篠川旧流路の斜面を埋め立てるときに用いられている点で、理に適った土木工法を用いていたといえるでしょう。
発掘調査で発見された遺構の構造について、X線CTを用い非破壊で調査することできました。これは奈良時代における高い土木工事技術の様相を「見える化」した良い事例といえます。
映像1 X線CTによる断層面スキャニングと3D画像の再構成
長径600mm、短径500mm、高さ423mmの遺構土の塊を撮像し、3D画像に再構成します。どの角度からも断層面を構築することができ、内外の構造を観察することができます。
映像2 密度分析により敷粗朶の詳細構造を分析
ひずみが少なく、高い透過能力により、敷粗朶の構造をあらゆる角度から観察できました。また密度解析により敷粗朶に用いられている枝材や葉材を明確に抽出することができました。さらに枝の太さや埋積位置に合わせて色分けすることで、敷粗朶構造を明瞭に捉えることができました。
「非破壊検査」による構造情報の取得や、その調査・研究にはまだまだ広がりがあると、私たちは考えています。そこで奈文研は、日立製作所と「高エネルギーX線CT装置の利活用高度化」を目的とした連携研究を実施しています。CT状態分析、CT高度化、さらにCT画像解析技術の研究開発などを通し、様々な対象物への非破壊検査技術の導入を目指しています。
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