岡山県立玉野高等学校は、1939年(昭和14年)の創立から80年以上の歴史と伝統を誇る普通科高校。令和3年度からは単位制を導入し、2・3年次には「自然科学・医療科学・人文科学・地域科学・芸術科学」の5つの系列による教育課程を編成している。また同校は「青少年のための科学の祭典」への参加、認定NPO法人ポケットサポートとの協力による「電子顕微鏡を使ったミクロ世界クイズ」のライブ配信など、校外に向けても研究成果の積極的な発表や発信を続けている。
今回は、そうした生徒たちの活動をサポートしてきた物理の藤田学先生と3名の卒業生の皆さんに、在学中の研究活動や電子顕微鏡にまつわる思い出、大学での研究や卒業後の進路などについて語っていただいた。
星島 大輝 2018年度卒業生 島根大学 総合理工学部4年
イットリウム系超伝導体の研究で合成できた結晶の様子
星島:高校では、イットリウム系の酸化物超電導体を製作して、その表面を観察するのに電子顕微鏡を使っていました。大発見にはつながりませんでしたが、製作工程の短縮化に役立ちました。
久志 友香 2018年度卒業生 香川大学 創造工学部4年
タンポポ綿毛断面の電子顕微鏡画像
久志:わたしは、「タンポポの綿毛の構造と運動の再現に関する研究」というテーマで研究をしていました。電子顕微鏡では、綿毛の構造の細部まで観察することができました。綿毛の中が空洞になっていたり、小さなトゲが無数に生えていたりすることが分かったときには感動しました。
柏谷 啓太 2018年度卒業生 岡山理科大学 工学部4年
備前焼の赤い筋状の発色(緋襷)部分の電子顕微鏡画像
柏谷:備前焼を焼いた際の発色の変化について研究していました。なかでも胡麻(ごま)と緋襷(ひだすき)という二つの焼き色について実験をして、結晶の変化を観察するのに電子顕微鏡を使いました。研究を始めたきっかけは、先輩がやっていた研究テーマを藤田先生から教えてもらい、さらに追求してみようと思ったからです。
藤田 学 岡山県立玉野高等学校 理科(物理)教諭
日立ハイテク社員から電子顕微鏡のレクチャーを受けているところ
藤田:わたしが生徒に研究活動を勧めている理由は、生徒と一緒に何かをやっていきたいという思いがあるからです。学校での勉強だけでなく、勉強したことを生かしてアウトプットとか発表をする経験を積んでいってもらいたいと考えています。実はわたし自身も玉野高校の卒業生で、当時から日本学生科学賞を受賞するなど研究活動の伝統がある学校でした。自分も教師として何かできればと考えていたとき、科学プレゼンテーション講座の指導に来ていただいた中部大学の先生の紹介で日立ハイテクさんから卓上型電子顕微鏡「Miniscope」を貸してもらえることになったのです。
星島:実は、藤田先生には小学生時代から実験教室でお世話になっていました。高校に入ってからも、僕らが何かをやりたいと言うと、大学の研究室へ連れて行って実験をさせてくれるなど時間を割いてくださって。超伝導体の研究を進められたのは本当に、先生のおかげでした。
藤田:玉野高校では、小学校や中学校を招いて高校生が自分たちの研究を説明したり電子顕微鏡の使い方を教えたりする活動も行っています。星島くんと柏谷くんは、彼らがまだ小学生だったときからその教室によく参加してくれていました。
柏谷:自分の場合は高校の2年生になってから備前焼の研究を始めたのですが、藤田先生が県外の発表会などにも応募してくださって、いろいろなところへ連れて行ってもらいました。初めて行ったのは神奈川県の小田原でしたね。そのあとは、星島くんと一緒に名古屋や大阪へも行きましたが、学校以外の世界を知る貴重な経験になりました。
久志:わたしも、千葉で行われる日本植物学会の発表会に行きたいと言ったら、申し込んでおくから行ってきなさいと言われて。ただ、その前日が学校の体育祭で、間に合わないからと体操服のまま学校から出かけて行った思い出があります。
藤田:あのときはね、高校生活最後の体育祭だったのに急がせて悪かったなと、あとで反省しましたよ。
プラズマ・核融合学会でポスター発表奨励賞を受賞
物理学会ジュニアセッションに参加
日本植物学会研究ポスター発表会のとき
柏谷:それまではあまり自覚がなかったのですが、自分は興味を持ったことをひたすら追求していくことが好きなんだと気づきました。それがあったからこそ、今も大学で研究を続けていると思っています。大学では拡張現実の技術を、生活の中で活用できるようするための研究をしています。
星島:ひとつは、人前で発表することに対する怖さを取り払えたことです。もうひとつは、柏谷くんと似ていますが、自分の手を動かして実験をすることが好きだと分かったことです。おかげで、超伝導の分野ではありませんが、半導体に関する大学の卒業研究も楽しくやれています。その研究でも電子顕微鏡を利用することがあって、高校で使っていた経験が役に立っています。
久志:わたしは、研究することも大事だけどそれと同じくらい発表する能力も大切だということを学びました。大学入試でも研究成果のポスター発表が評価されて合格できましたし、研究室で発表をほめていただけるのも高校時代にたくさんの発表会に参加させていただいて発表スキルを身につけられたからだと思っています。
藤田:わたしが研究や発表を通じて生徒たちに身につけて欲しいのは、自分と自分の活動に対する自信です。あと、できていない部分や間違いを他者から指摘されたときに、それを認める素直さと持ち堪えると打たれ強さですね。わたし自身が、どちらかというと打たれ弱いほうなので。あらかじめ答えが用意されている学校のテストとは違う、答えがない問題と向き合う活動でそういったことを感じてもらえたらと思っています。
懐かしい物理教室で近況を報告し合う3人
藤田先生を囲んでの話は尽きることがない様子
久志:わたしは、大学卒業後は化学メーカーで働くことになりました。それは、以前からの夢でもありました。研究をしている中で身につく試行錯誤する力や、人前で発表するといった経験は、大学に行っても、社会に出てからも生きてくると思うので、今高校で研究活動をしている人には将来のためにもがんばって続けてほしいと思います。
星島:玉野高校の在学中に学外の各所で研究発表をさせてもらったことは、とても大きな経験値になりました。ただ、それには自分からこれをやりたいと言い出すことが大事だと思っています。藤田先生の負担がより大きくなってしまうかもしれませんが、とにかく後輩の皆さんには積極的にチャレンジしていってもらいたいと思います。
柏谷:発表会では、自分の研究を発表するだけでなく人の発表を聞くこともとてもよい経験になりました。たしかに、発表をすると厳しい意見が飛んできて落ち込むこともありましたが、そこで立ち止まらずに人の声を聞いたうえで発表を繰り返していくのは自分にとっては楽しいことだったので、皆さんにもそうした場の雰囲気を知ってもらえたらと思います。
藤田:玉野高校では、現在も電子顕微鏡を使って研究活動を行っている生徒たちがいます。その装置は、今日集まってくれた3人が使っていたものよりさらに機能が進化しています。ただ、よい道具があればそれでよいというものではないので、そうした環境があることの価値や日立ハイテクさんが貸し出しや巡回指導に込めている思いを、これからも生徒たちに伝えてけたらと思っています。
藤田 紗矢さん
岡山県立倉敷天城高等学校 2021年度卒業生
九州工業大学 工学部 1年
わたしは、小学生5年生のときに取り組んだ「チリメンモンスター」の研究で電子顕微鏡と出会いました。ちりめんじゃこに混ざっている小さなカニやエビの複眼までが見えたことに感動したのをおぼえています。電子顕微鏡を知ったきっかけは、高校で物理を教えている父からそうした装置の存在を教えてもらったことでした。その後は中学と高校で所属していたサイエンス部でも電子顕微鏡を使った研究活動をしていました。大学では、ロケットなどの宇宙工学の勉強に取り組んでいます。後輩の皆さんも、電子顕微鏡を使える機会があれば、研究だけに限らず興味のあるものをいろいろ見てみると、自分が進みたい道の発見にもつながると思います。
玉野高校では、ICT機器の活用による個別最適化した学び、および生徒一人ひとりの主体的な「探究型」の学びをベースとした授業を展開していて、日本教育工学協会(JAET※)による学校情報化優良校に認定されている。また、育てたい生徒像として「知的探究力」「思考力」「情報活用力」「アウトプット力」「コラボレーション力」を身につけ社会に貢献し活躍する人材の育成をめざしていて、研究活動もそうした方針の一翼を担っている。
※ JAET:Japan Association for Educational Technology 日本教育工学協会