岡山県立玉島高等学校は、平成19年度から3期続けて(1期は5年)文部科学省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定されており、第3期の現在は「地域社会との共創による科学的探究活動カリキュラムの開発と発展的教育活動の体系化」をテーマに掲げて活発な活動を行っている。
「地域のリーダーとして活躍する科学技術系人材の育成」をめざす同校では、理数科に限らず普通科の生徒も参加する科学的探究活動というオリジナル科目を通じて発想力、発見力、探究力、発信力の育成を図っている。
今回は同校普通科の卒業生で、現在は国立大学法人 愛媛大学でダニの研究を行っている池田 颯希さんと、池田さんの在学当時の生物部顧問で現在は岡山県立倉敷青陵高等学校教諭の大嶋 成幸先生に、当時の活動や電子顕微鏡との出会いなどについてうかがった。
池田 颯希 さん
岡山県立玉島高等学校 2019年3月卒
国立大学法人 愛媛大学 理学部
ハナビライレコダニの電子顕微鏡写真
池田:玉島高校では探究活動の一環として毎年夏に西表島で生物調査実習を行っていました。これに参加したことが、電子顕微鏡との出会いや今も大学で続けているダニ研究のきっかけになりました。
大嶋:玉島高校には普通科と理数科があって、池田くんは普通科の生徒でした。西表島へは希望すればどちらの科の生徒でも行けるのですが、その前にレポート・面接などによる選考があり、選ばれた生徒が参加できるのです。池田くんはその一人でした。
池田:はい。もともと生物は好きだったのですが、中学時代は自分でもそのことを忘れていた感じで。この調査実習に応募したのも、はじめは西表島へ行ってみたいという気持ちが主な理由でした。それが、西表島で研修を進めるうちに研究することへの興味がふくらんでいきました。西表島の壮大な自然を前にしてただ素晴らしいと感動するだけでなく、あえてそこにある土の中の微細な生き物を観察するという視点は、まさに研究という活動が持つ最大の魅力でした。
大嶋:研究のテーマは西表島で研修を進めながら決めたのですが、その場では採取したサンプルを調べられないので、学校に持ち帰ってから調査して発表できる形にまとめようということになりました。玉島高校には、日立ハイテクさんからお借りしていた卓上型電子顕微鏡「Miniscope」があったので、それを使ったダニの同定(種を調べて特定すること)から始めました。
池田:学校の生物室にあった電子顕微鏡で最初に見たのは、ハナビライレコダニというササラダニの仲間でした。写真には、1mmにも満たない小さな体の表面の質感や凹凸、花びらのような背毛が鮮明に写し出されていて、個体が持つ重厚感がヒシヒシと伝わってきました。こんなにも美しい種が足下の土の中にいるのかと驚いて、一気にダニの世界に引き込まれました。
大嶋 成幸 先生
岡山県立玉島高等学校より、2018年4月
倉敷青陵高等学校に異動
理科(生物)教諭
学会の高校生部門でポスター賞を受賞
大嶋:SSHの取り組みでは調査研究した内容をポスターや論文にして発表することも大事なプロセスなので、夏の研修の結果をポスターにまとめて秋から大学や研究会に発表に行きました。
池田:私たちがポスターについて説明していると、電子顕微鏡の写真のインパクトが目を引いたようで、多くの人が立ち止まってくれました。その後、少なかった図を増やしたり、西表島のサンプルの写真を追加したりして改善を重ねた結果、神戸大学発達科学部で開催された「高校生・私の科学研究発表会 ~理科研究!発表したい人集まれ!~」と「日本土壌動物学会第四十回大会 高校生部門」の2つの大会でポスター賞を受賞することができました。
大嶋:ポスターをまとめていく間にも大学の先生に尋ねたり、西表島研修で指導してくださった琉球大学の渡辺 信先生をはじめ、いろいろな方に指導していただいたりしましたが、もう一つ池田くんにとって成長の糧となったのがライフパーク倉敷科学センターでのプレゼンテーションの経験だったと思います。
池田:そうですね。たしか1年生の冬だったと思いますが、日立ハイテクさんの電子顕微鏡の写真を見せながら、電子顕微鏡の仕組み、機能、光学顕微鏡との違いなどをプレゼンテーションする場に参加させていただきました。ここでは、1回20分ほどの発表を繰り返し行ったのですが、そのたびに話をする相手が違っていて、小学生、高校生、親子連れといったグループそれぞれに分かりやすい説明をする必要がありました。日立ハイテクの理科教育支援活動担当の方にプレゼンテーションについてアドバイスをいただきながら、発表を繰り返す中で、聞き手に合わせて話す内容を工夫していくことの大切さを学びました。合計で8時間くらいの発表が2日間続けてあって、かなりハードでしたが楽しかったですね。ここで鍛えられたことが、その後の研究発表の場でとても役に立ちました。
大嶋:はじめはあまり声も出なくて、苦戦していたようでしたが、そのうちにこちらが教えなくても自分の知識をプラスして説明するなど、一日の間にも成長していくのが分かりました。その後、現在私が勤務している倉敷青陵高校の土曜講座でも研究活動の発表をしてもらいましたが、生徒たちは同じ高校生が人前でこんなにしっかり話せるのかと驚いていましたよ。
池田:中学ではテニス部でしたが、緊張に弱かったので、まわりで見ている人のことが気になって試合に集中できないことがよくありました。高校でも、はじめは発表するときに声や手が震えたのですが、いろいろな場所で発表の経験をさせてもらって、試行錯誤を重ねるうちに緊張はなくすものではなく、慣れるものなんだと自分なりの答えを出すことができました。
ダニにのめり込んでいった当時を振り返る二人
イトダニの仲間の電子顕微鏡写真
池田:高校では放課後に自由に電子顕微鏡を使うことができたので、合計で200枚以上のダニの写真を撮りました。いろいろなダニの写真を撮ることが目的というより、土壌にどんな種類のダニがどのくらいの個体数いるのかを確かめるために撮っていたという側面もあるんですけど。電子顕微鏡での観察と併せて行った文献調査の結果として、ダニのいろいろな形や多様性を知ることになり、ますますのめり込んでいきました。
大嶋:その中の1枚が縁で、ダニ研究の権威である法政大学の島野 智之先生とも知り合うことができたしね。玉島高校と同じように日立ハイテクさんの理科支援教育活動の対象となっている別の高校の先生が、「Miniscope」のパソコンに撮影サンプルとして収められていたハナビライレコダニの写真を見て、学会仲間だった島野先生にメールで知らせてくださって。島野先生からは、すぐに「この写真を撮った生徒は誰ですか?」と連絡があったそうです。
池田:はい。それをきっかけに日本土壌動物学会の発表のときに直接お会いして指導もしていただきましたし、読んだほうがいい書籍を教えていただいたり、研究のアドバイスを受けたりしました。入学したときには学校に電子顕微鏡があることも知らなかったのですが、調査実習への参加と「Miniscope」で撮った写真からのつながりで、調べることと伝えることの両面で多くの貴重な経験を重ねることができました。そのすべてが、自分の成長に役立ったと思っています。
ダニの研究に欠かせないダニ学の専門書
現在の玉島高校生物部の皆さん
池田:現在は大学で進化生態学を主に学んでいます。コケ植物を食べるダニについて研究していて、日本蘚苔類学会、日本ダニ学会で発表しました。高校で生物部を選んだときは、大学に入ってまでダニの研究を続けるとは夢にも思っていなかったんですけど。研究を続けた結果、今ではダニに関する興味深いことが分かってきているので、高校での電子顕微鏡を通じたさまざまな経験にはとても感謝しています。
大嶋:私が当時気にしていたのは、はじめにルーペとか光学顕微鏡ではどのように見えるのかを経験してもらってから「Miniscope」の世界を知ったほうが、もっと感動できたのかなと。
池田:そうですね。でも、私には最初に電子顕微鏡で見たハナビライレコダニのインパクトで十分でした。正面や真横などいろいろな方向から観察することで、ダニがどういう形をしているのか、どういう雰囲気なのかということが具体的に伝わってくるのは電子顕微鏡のほうなので。そこにひかれたからこそ、ダニの研究をやろうと思えたという感じです。今は、ダニの研究者になることを将来の目標にがんばっています。
誰もが知っているような生物でさえも、近年活発に新しいことが分かってきています。そのような現状の中で、むしろあえて身近な生物を観察してみることを大切にしてほしいと思います。後輩の皆さんにもぜひ電子顕微鏡を使って、いろいろな生物の微細な構造から、新しい発見や仕組みを解明する興奮と感動を体感してもらえればと思います。
玉島高校生物部は現在、顧問の木村 健治先生のもと8名の部員が活動中。電子顕微鏡で昆虫や植物などの生物を観察するほか、淡水魚やカメの飼育・研究、沙美海岸での海浜生物相調査、小学生対象の科学ボランティアなど、さまざまな活動を行っている。