Launching the Biomedical Imaging Center Platform of Juntendo University
順天堂大学大学院医学研究科
老人性疾患病態・治療センター
センター長・特任教授
内山 安男 (医学博士)
形を見る眼は、形態解析の機器の発達とともに成長してきた。見たものをありのままに整理することは意外に難しい。私は生命科学・医学の分野で研究を進めてきた関係で、ヒトを始めとする哺乳類の細胞を解析してきた。今から半世紀以上前に、学生実習でヒトの全身の組織を光学顕微鏡で観察した。光学顕微鏡で、最も一般的なヘマトキシリン-エオジン染色を施した組織を観察し、その構造の精緻さに驚いたのを今でも覚えている。組織学の故伊東俊夫教授(1956年に肝臓類洞の脂肪摂取細胞(伊東細胞)を発見報告)が、エオジンの染色でも100以上に色分けできると言われるのを聞いて、細胞の中の構造や分子についてもっと知りたいと思った。その後、研究室に入って、解像度の高い光学顕微鏡で学生標本を観察すると、全く違う像を見ていると感じた。研究活動をする上では、より良い機器を使うことは重要だが、それと同時に、当時使っていた学生標本は、質が高く、顕微鏡のグレードが上がっても十分観察に耐えていたことも事実だ。今になって思うに、学生標本の質を上げることも教育には大切なことである。
研究活動をするようになると、様々な機器を使用できる環境は非常に重要である。研究者として出発するに当たり、自分が知りたいことを自由に追求できる環境をすぐに得ることは無理であり、通常、自分が知りたいことを既に進めている研究室に入って研究を開始することになる。私は、学生実習で見た生命活動の場である組織細胞の形態がどのように形成されてくるのかを知りたいと思い、発生学の研究室に出入りするようになった。卒業して、非常にダイナミックな成長を遂げる過程を見られる小児科で研修をした後で、発生学の研究を開始した。私達の顔は大きく頭、上顎、下顎の突起から形成される。各突起の表面は上皮細胞で覆われているが、この突起間の癒合には上皮細胞が不要であり、消失する必要がある。指の形成にあたっても、指間の間葉系細胞は死に、表層の上皮細胞も指間の領域で角化して脱落することで、指が形成される。このように発生時には細胞が増殖するだけではなく死に至ることで形が作られる。非常に興味ある現象で、これらの死はプログラムされた死と呼ばれる。
このような研究の後で、私は西ドイツ(当時)のハノーバー医科大学に留学した。ここでは発生学ではなく組織細胞の形態と機能の24時間リズムについて学んだ。肝臓のグリコーゲン量は24時間で大きく変動する。この変化に呼応して、肝細胞のグリコーゲン代謝に関わる小胞体の量も変化する。肝臓は消化管で吸収した栄養素を静脈系(門脈)を介して取り込む。肝臓はこの門脈と肝動脈の枝が一緒になり中心静脈に向かって血液は流れ(類洞)、これに沿って肝細胞が配列する。このため中心静脈を中心に放射状に肝細胞が配列したように見える。この放射状の配列の周辺部は酸素濃度が高く、栄養素を多く含む血流であり、肝細胞のグリコーゲン量も豊富に貯まる(粗面小胞体が豊富)。一方、中心静脈の周囲ではグリコーゲン量は少なく、代りに脂肪滴が多く局在する。この放射状の並びは肝小葉と呼ばれ、小葉周辺部の肝細胞はglycogenic-lipolytic region で、中心静脈域はglycolytic-lipogenic regionとなる。小葉周囲と違って中心静脈域では滑面小胞体が豊富で、解毒に関わる働きが高い。これらの特徴を持ちながら、肝細胞の形態はダイナミックに変化する。すなわち、細胞の形態は機能を反映して大きく変化し、この変化は臓器間で関連していることがわかってきた。機能と形態が互いに連携していることは当然であるが、形態が大きく動くことに驚いたことも事実である。私は、様々な組織細胞の形と機能の変化を24時間リズムを通して解析し理解した。
この研究の中で、自分自身の研究室を作り、研究をするための環境を自分で作ることができた。しかし、研究活動に必要なイメージングの機器を揃えることは個人では不可能なことであったし、現在でも難しい問題である。29歳でドイツに留学して時間形態学の研究を進め、帰国後は、東北大学医学部解剖学教室の助手として、研究と教育に従事した。東北大学で、研究費と研究手段を広げることはできなかった。しかし、主任教授は私が独立して研究を進めることを支持してくださり、若い学生さんが研究室に遊びに来て研究を手伝ってくれるようになった。電顕の観察も、日製産業の営業の方が観察機会を東京で用意してくださったのは研究を進める上で大変助かった。環境が整い、研究仲間が増えてきたのは筑波大学基礎医学系に研究の場を移してからである。このように研究の流れを見てみると、早い時期に独立した研究者として地位を固めたことは、その後の研究生活にプラスに働いたと考えている。筑波大学から、岩手医科大学、大阪大学、順天堂大学と多くの大学の医学分野で研究と教育に携わってきた。私の拙い経験から、研究を目指す若い人達をどのように育てるのかを考えることがある。
地方大学の活性化が叫ばれる昨今、よく耳にすることだが、若手の育成とPI(principal investigator:研究責任者で、独立した研究室を持ち、研究の実施と研究室の予算の管理までを行う)の席を設ける、cross-appointment 制度の導入、女性研究者を増やす、などを大学改革の柱にしている。大学にとっては重要な課題である。それゆえ、地方大学では、互いに連携することで大学を活性化する試みがある。これによってそれぞれの弱点を補う形で連携を進め、様々な課題に当たっている。若手研究者とは、おおよそ35歳以下で、大学院生、ポスドク、あるいは助教のポジションにある研究者である。連携大学では、PI や若手研究者の発表会をそれぞれの大学担当で実施し、PI や若手が飛躍できる機会を提供している。若手研究者が伸びるためには、適切な指導体制に乗せることが大事で、研究の内容についての討論を含めサポートできるメンターに付くことも重要である。このようなメンターは決して共同研究者として名を連ねることはないし、国際的にも優れた研究をしてきた方々である。若手研究者についても、早い時期に独立した研究者を目指せる仕組みを作ることが肝要なのである。
私の経験から、研究を自由に進めるためには、適切な研究の場、研究費、研究する仲間とサポート体制が必要になる。近年の傾向として、このような流れに乗る若手が激減しているようである。基礎医学・生命科学の分野に進むことを躊躇する若手が少ないことの一つの理由は、基礎研究の道に進んでも将来が開けないということのようである。院生、ポスドクあるいは助教として門戸を叩ける環境を整え、卒業後のキャリアパスも十分に整えれば、若手は増えてくるものと思われる。また、若手だけではないが、高額機器を初めとする研究に必要な機器を揃えたプラットフォームを作ることが重要かと思う。
幸運なことに、JST のムーンショットプログラムで研究を進めている、感染免疫、神経とがんに関するプロジェクトチームが、高額機器を一箇所に集めることを企画し、関東では順天堂に、関西では循環器病センターにイメージングのためのプラットフォームを設置してくれた。順天堂に設置された機器は、走査型電子顕微鏡+元素分析装置(EDX)、透過型電子顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡、⾼速共焦点顕微鏡システム、格⼦ライトシート顕微鏡、超解像顕微鏡(STORM、STED)である。基本的には、ムーンショットプログラムに参加する研究者が使用できるが、これらの機器を設置しているプラットフォームの利用は、全ての研究者に解放されても全く問題ないし、ムーンショットに参加している研究者が使用できなくなる心配もない。さらに、機器の使用にあたっては、機器の紹介を画像でわかりやすく説明しているので、容易に対応できる。現在は、順天堂大学研究基盤センター(形態イメージングセンター)に所属する教員と老人性疾患病態・治療研究センターの教員がセンター運営の対応にあたっている。形態科学(走査型レーザー顕微鏡、超解像顕微鏡、電子顕微鏡)に必要な技術や経験を相談することも可能である。三次元画像解析(FIB-SEM や連続切片作成装置)、免疫電子顕微鏡、光線- 電子顕微鏡相関法(CLEM やIn-resin CLEM)の技術援助も実施している。
このプラットフォームをさらに発展させるためには、技術的な援助のみならず、遠隔操作を可能にするシステムを導入したり、得られた形態の理解を進めるための相談を受けられる体制を作ることが必要だ。特に、技術援助、形態解析の請負を実施していくための技術員の確保と育成が必要である。私が最も重要と考えている点は、私達のプラットフォームへの、イメージング機器を製作している企業からの参加である。ユーザーが何を求め、機器のどのような改革が必要なのか、企業からどのような新鮮な情報がもたらされるのか、お互いに討論する場を設ける必要がある。さらに、企業から若い人材がインターンとして共同作業に参加していただければ、企業人材の育成にもつながる。情報交換会、セミナー等を定期的に設けることも必要である。
若い人材を育成し、中堅のPI を発掘して大きく伸ばすことはこれからのライフサイエンス分野で望まれることである。この掛け声が聴かれて何年にもなるが、アカデミアから発信される具体的な動きは少ないように思う。私達のプラットフォームもまだ歩き始めたばかりである。私達は、互いに躍進するために開かれたプラットフォームに発展させることを心がけていきたい。