Analysis of Chiral Amino Acids in Extraterrestrial Samples Using Multi-dimensional HPLC
九州大学大学院 薬学研究院
創薬育薬産学官連携分野
教授
浜瀬 健司 博士(薬学)
アミノ酸は生命を形作る基本分子の1つであり、グリシンなど特殊なものを除いてα位の炭素に不斉中心を有している。この不斉中心に起因し、アミノ酸にはD 型とL 型の鏡像異性体が存在する。アミノ酸は、原始地球上で化学反応により合成されたと考えられてきたが、このような化学反応において鏡像異性体はD 型とL 型が50/50のラセミ体として生成する。一方で現在の地球上では生命体のアミノ酸は大きくL 型に偏っており(ホモキラリティと呼ばれる)、このようなホモキラリティが生じた原因は未だに不明である。宇宙試料においては、1969年にオーストラリアのマーチソン村に落下したマーチソン隕石から多数のアミノ酸が発見され、地球上のアミノ酸が宇宙空間からも供給された可能性が示された。また隕石中にはL 型の割合が多いアミノ酸も存在すると報告されたことから、ホモキラリティが宇宙起源であるという仮説も提唱され、宇宙試料における正確なキラルアミノ酸分析が強く期待されていた。一方、地球上で採取できる宇宙試料では地球上のアミノ酸による汚染が懸念され、宇宙空間で試料を採取して地球に持ち帰るサンプルリターンミッションが計画・遂行されている。しかし、このような宇宙試料は試料量が限られることに加えてラジカル反応に起因する多種多様な有機化合物が共存しており、キラルアミノ酸定量には高い感度と選択性を有する分析法の開発・利用が必須である。本稿では様々な宇宙試料における正確なキラルアミノ酸分析を可能とする多次元HPLC 法と、これを用いる隕石・小惑星試料の分析結果を紹介する。
宇宙試料中のキラルアミノ酸分析に際して分析対象は脂肪族アミノ酸とし、タンパク質構成アミノ酸ではアラニン(Ala)およびバリン(Val)を選択した。非タンパク質構成アミノ酸では2-アミノ酪酸(2AB)、ノルバリン(Nva)、イソバリン(Iva)を選択した(図1)。これらのアミノ酸はホウ酸塩緩衝液(pH 8.0)の存在下で4-Fluoro-7-nitro-2,1,3-benzoxadiazole (NBD-F) を加えて60°C で2分間加熱し、蛍光誘導体化を行った。ここにトリフルオロ酢酸(TFA)水溶液を加えて反応を停止させ、多次元HPLC で分析した。分析装置は、逆相、陰イオン交換、光学分割の3種の分離カラムを搭載した三次元HPLCとし、各次元における検出は蛍光(励起波長470 nm、蛍光発光波長530 nm)で行った。三次元HPLC 装置の流路図を図2に示す。一次元目の逆相カラムにおいては、測定対象アミノ酸が他のアミノ酸や内在性成分と疎水性の差によって分離される。分離された当該アミノ酸画分のみをD 体とL 体の混合物としてオンラインで分取し、全量を二次元目に導入する。二次元目の陰イオン交換カラムでは、一次元目で目的アミノ酸と共溶出した成分が静電相互作用によって分離され、当該アミノ酸画分のみを再度D 体とL 体の混合物としてオンラインで分取し、全量を三次元目に導入する。三次元目では光学分割カラムによってD 体とL 体を分離し、それぞれの定量を行う。一次元目の逆相カラムとしては微粒子充填型のSingularity RP18カラム(1.0 mm ID x 250 mm)を使用し、移動相は0.025% TFA を含む5–25%アセトニトリル水溶液をグラジエントで送液した。二次元目にはSingularity AXカラム(1.0 mm ID x 150 mm)を使用し、0.03または0.06%ギ酸を含むメタノールとアセトニトリルの混液(50/50, v/v)を移動相として送液した。三次元目にはSingularity CSP-001Sカラム(1.5 mm ID x 500 mm)を使用し、Ala、Val、2AB、Nva の光学分割には0.2%ギ酸を含むメタノールとアセトニトリルの混液(50/50, v/v)を、Iva の光学分割には0.1%ギ酸を含むメタノールとアセトニトリルの混液(90/10, v/v)を使用した。これらのSingularityカラムはいずれもKAGAMI 株式会社(Osaka, Japan)と共同で開発した。本三次元HPLCシステムについて標品アミノ酸を用いてバリデートした結果、検量線はいずれのキラルアミノ酸もインジェクト量あたり5 fmol から5 pmol の範囲で相関係数0.9993以上の良好な直線関係が認められ、精度はRSD 値で1.33–8.77% であった。また隕石試料における精度はRSD 値で3.21–7.84%、真度は96.6–106.8% であり、本三次元HPLC 法を用いて宇宙試料中のキラルアミノ酸を良好に定量可能であることが示された。
図1 分析対象アミノ酸の構造
図2 三次元HPLCの流路図
隕石などの宇宙試料中の有機物は、熱水で20時間抽出した後、6 Mの塩酸で105°C、20時間加水分解を行い減圧乾燥した。これを水に再溶解して水酸化ナトリウム水溶液で中和し、ホウ酸塩緩衝液、NBD-F を加えて蛍光誘導体化を行った。TFA 水溶液を加えて反応を停止した後、三次元HPLC で分析した。地球上のアミノ酸による汚染を防止するため、ガラス器具などは全て500°C で4時間加熱して使用した。図3は南極で採取された「やまと隕石(Yamato 002540)」の分析結果である。一次元目の逆相分離では分析対象アミノ酸に加えて、様々なピークが認められる。ここから下線で示した画分をオンラインで分取し、二次元目に導入する。二次元目の陰イオン交換カラムでの分離においても、分析対象アミノ酸以外に様々なピークが存在する。ピークに下線で示した画分をさらにオンライン分取し、三次元目に導入する。その結果、三次元目の光学分割においては分析対象の鏡像異性体が共存成分による妨害を受けることなく検出されており、その鏡像異性体比はほぼ50/50であった。図4は、はやぶさ2が採取した「小惑星リュウグウ」試料について、三次元目の分析結果を示している。リュウグウ試料においても分析対象アミノ酸5種が良好に認められている。鏡像異性体比についてはAlaのD 体とL 体がほぼ50/50であったのに対し、Val についてはL 体が過剰に存在した。AlaとVal についてはタンパク質構成アミノ酸であり、地球上のアミノ酸による汚染を受け、宇宙試料中での含量が少ないVal は汚染の影響が無視できないためだと考えられる。一方で非タンパク質構成アミノ酸である2AB、Nva、Iva についてはD 体とL 体がほぼ50/50のラセミ体として存在していた。非タンパク質構成アミノ酸は地球上には殆ど存在しないため、これらのアミノ酸の分析結果は宇宙空間におけるアミノ酸の鏡像異性体比を正確に示していると考えられる。
図3 やまと隕石(Yamato 002540)の測定結果
図4 小惑星リュウグウ試料の分析結果
本稿では宇宙試料におけるキラルアミノ酸を正確に測定可能とする、三次元HPLC 分析法について紹介すると共に、本法を用いた隕石試料(やまと隕石)、小惑星試料(リュウグウ)の分析結果について紹介した。多次元HPLC 分析法は複数の分離モードを組み合わせることで極めて高い選択性を有しており、宇宙試料のような複雑な実試料分析に有用である。今回のやまと隕石並びにリュウグウ試料の分析結果は、宇宙空間にアミノ酸が存在することを明確に示している。また、宇宙空間におけるアミノ酸鏡像異性体はD 体とL 体がほぼ50/50のラセミ体であることも示しており、地球上におけるホモキラリティの起源解明には今後の更なる研究が期待される。
参考文献
登録記事数 203件
まだまだあります。