Trend of Operando Nanocharacterization by Scanning Probe Microscopy
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
理事
藤田 大介(工学博士)
材料イノベーションには、構造の精緻な制御が重要技術と位置付けられる。今世紀初めにおけるナノテクノロジーイニシアティブを契機として微細な構造を有する素材や素子が生産され、ナノ製品として流通している。国際半導体技術ロードマップ(ITRS)によれば、ゲート長10 nmのLSIプロトタイプ開発が進展しており、数年後にはシングルナノスケール素子の実現が見込まれる。このようなナノサイズトランジスタのチャネルに存在し得るドーパントは原子1個程度である。必然的に単一原子に迫る先端ナノ計測がイノベーションにとって不可欠のコアコンピタンスとされる。実空間において単原子解析を実現できる計測技術としては、透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microsocpy, TEM)とともに走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy, SPM)がある。
一方、材料研究のための次世代ナノ計測として、アクティブ操作と呼ばれる「環境場制御」を融合させたナノ計測技術がFujitaらにより2001年に提案された1)。この概念は、材料の創製環境や機能発現環境に相当する環境もしくは場を実現しながら、機能発現メカニズムや材料創製プロセスをナノスケールで解析するものである。近年では、この概念とともに、材料やデバイスの実動作状態における「オペランド計測」が重要視されている。オペランド(Operando)とはラテン語で動作中(working)を意味する。オペランド観測の概念は2002年ごろに触媒分野にて提案され、「反応中の触媒材料の分光計測と触媒活性や選択性の測定が同時に結合」したものとされた2)。今日では、触媒分野に限らず、デバイスや材料としての機能を発現する「実動環境における直接的な計測や観測」がオペランド計測もしくはオペランド観測と呼ばれる。特に、材料表面界面におけるナノ構造の創製と機能発現を原子レベルで解析するためには、SPM法はオペランドナノ計測にとって最適な計測法である。
SPMは先鋭な突端を有する探針を走査することにより、材料表面の物性と機能をナノスケールで計測する手法である。原子分解能を有する主なSPM法としては、走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscopy, STM)と原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy, AFM)が挙げられる。STMは探針表面間のトンネル電流を制御信号とすることにより非接触かつpm級の精度で位置制御する。1982年に発明されたSTMの出現により、単一原子を実空間で可視化し、かつ操作できるツールを得た。この画期的な成果により、発明者のビーニッヒとローラーは1986年にノーベル物理学賞を受賞した。STMは対象となる試料表面に導電性が要求されるが、絶縁体にも応用可能なAFMがビーニッヒとクエートらにより1986年に発明された。AFMは探針表面間の相互作用力を制御信号とすることによりナノスケールでの構造可視化を実現する。絶縁体や生体分子を含む広範囲のナノ材料に対して応用されている。
SPMはナノスケールで材料の機能や物性を測定することも可能である。多種多様の分析モードが派生しており、形状や原子構造のみならず、力学的、電気的、磁気的性質などさまざまなナノ物性を測定することが可能である。ナノ材料における発現機能の多くは量子効果に起因し、ナノスケールの閉じ込め構造や低次元性に由来する電子状態の理解が重要となる。最も有効な電子状態の分光可視化手法がSTMである。走査トンネル分光法(Scanning Tunneling Spectroscopy,STS)を用いることにより、表面の局所状態密度(local density of state, LDOS)を可視化できる。フェルミ準位近傍でのエネルギー毎のLDOSを抽出するためには、微分トンネルコンダクタンス(dI/dV)を測定する。トンネル電流Iは探針と試料のLDOSの畳み込み演算により表現できる。探針LDOSの変化が緩やかである場合、ゼロバイアス近傍でのdI/dVは表面LDOSに比例する。dI/dV像は、変調正弦波(周波数ω)をバイアスに重畳し、ロックイン検出によるトンネル電流変調成分(周波数ω)を画像化することにより得られる。LDOS像に対して二次元FFTを施すことにより、k空間の物性情報(逆格子、低次元フェルミ面、バンド構造)を可視化することもできる。
STM/STSを利用すれば、単一ドーパント近傍の電子状態をエネルギー毎に可視化できる(図1)。半導体素子(CMOS-FET)の微細化が進むにつれ、伝導チャネルに存在する単一ドーパント近傍の電子状態(バンドベンディングなど)を詳細に知ることはナノエレクトロニクス素子開発にとって重要な知見となる。また、スピン偏極電子のSTS計測により、表面磁気的特性を原子分解能で面分析することも可能であり、スピントロニクスやナノ磁性材料の開発に応用できる。物性と機能探索のツールとして発展させるためには、量子機能が明瞭に発現される極低温、高磁場、極高真空などの極限場制御が必要である。
図1 Si(001)表面の極低温STM/STSによる表面ナノイメージング計測
(a)Siダイマー列 (b)単一ドーパント近傍 (c)一次元表面電子状態の定在波 (d)チャネル中の単一ドーパント (e)CMOS-FETのスケール
SPMは原子スケールでの多元的な計測が可能であり、かつ単原子操作などの多様なナノ創製加工も実現できる。SPM計測の多元性としては、状態密度・近接場光・スピン偏極・非弾性トンネル分光・局所仕事関数・電気ポテンシャル・磁気的性質・力学的特性などの多様な計測物理量が挙げられる。また、SPMナノ創製加工の多様性としては、単一原子操作、ナノ造形、局所的選択酸化、ナノリソグラフィー、探針物質移送などが挙げられる。このように、「ナノ創製加工と実環境多元的計測を高分解能で実現できる手法」としてSPMは極めて優れた素質を有する。
ナノテクノロジーの基盤であるSPMナノ計測技術は二つの類型に分かれる(図2)。一つはナノ創製加工とナノ計測の融合である(Scanning is creating型)。応力場、高温場、圧力場、真空場、照射場などは材料の創製プロセスと密接な関係がある。もう一つは機能発現環境における多元的なオペランドナノ計測であり、機能発現メカニズムの解明を目指す(Seeing is discovering 型)。ナノ機能は量子効果であることが多く、極低温・強磁場・極高真空などの複合極限場において顕著に発現する。極低温は熱的擾乱を減少させ、電子の関与する量子効果が観測できる。例えば、低次元電子波の干渉、単一電子効果、非弾性トンネル現象などの計測が可能になる。強磁場は、スピン、超伝導やランダウ量子化などに重要な役割を果たす。このように、SPMオペランドナノ計測とは、「生きている状態」を実現しながら表界面を解析する手法である。
図2 表面SPMオペランドナノ計測技術の概念
ナノテクノロジー分野のコアコンピタンスとしてはナノ創製加工と直接評価へのニーズに対応する必要がある。課題として、探針誘起によるナノ構造創製、注入電子エネルギー制御による表面構造制御、単原子操作、低次元ナノ量子構造創製、ナノクラスター操作などのナノ創製加工とその場ナノ計測の融合が挙げられる。原子レベル操作を実現した重要成果として、探針注入キャリアのエネルギー制御により、半導体基幹材料であるSi(100)表面の1次元周期構造の可逆操作に世界で初めて成功したことが挙げられる(図3)3)。プローブと表面間の電位差を制御し、表面に注入される電子もしくはホールのエネルギーを制御することによって、Si(001)表面の基底状態であるc(4×2)構造と準安定状態であるp(2×2)構造の間の可逆的な相操作(Phase Manipulation)に成功したものである(図4)。
さらに、プローブ先端原子1個を表面移送する技術と組み合わせることにより、Siダイマー列が形成する1次元的な表面電子状態を、移送原子により創製されたポテンシャル障壁により、ナノスケール領域に閉じ込める技術も開発された。これは、原子幅レベルのSiダイマー列により形成される一次元量子井戸状態を創製し、かつ量子井戸内の量子化された準位を局所状態密度イメージングにより可視化する技術へ発展している4)。
図3 極低温超高真空STMによるSi(100)表面周期構造操作の発見。ダイマーに注入する電子/正孔のエネルギー制御による超構造制御。
図4 (a)極低温STMによるSi(100)表面ダイマー上への探針W原子の移送と表面状態閉込構造の創製 (b)STSによる一次元量子井戸LDOSの可視化 (c)一次元調和振動子モデルとの一致。
材料研究にとって重要な環境場としては、耐熱材料などの評価に必要な高温場、触媒材料の評価に必要なガス雰囲気場、格子歪制御による物性制御に必要な応力場、電池材料の評価に必要な不活性ガス雰囲気場などがある。例えば、高温場やガス雰囲気場で稼働する原子分解能SPM、外部制御された応力場における原子分解能SPMなどの材料イノベーションに関連した環境場制御SPM計測技術の開発が進展している。
半導体表面極薄酸化膜の安定性は、産業応用面から重要であり、SiO2薄膜の高温分解過程が低速電子顕微鏡(LEEM)などにより調べられてきた。高温・超高真空場での原子分解能観測にはSTMが有効であるが、SiO2薄膜が絶縁体であることから2 nmを超える膜厚では適用困難であった。通常のカンチレバー探針を用いて絶縁性表面の高温場NCAFM測定を行う場合、表面とセンサーレバーが近接するため、熱輻射効果が顕著となり、十分に機能しない。一方、高融点金属探針を有する水晶振動子型フォースセンサ(Needle Sensor)は、カンチレバー探針に比較して間隔を保てることからフォースセンサへの熱輻射効果を低減でき、高温動作が可能と考えられる。我々は、水晶振動子型探針を用いたNCAFM/トンネル電流計測が可能な温度可変超高真空SPMを構成し、SiO2超薄膜の高温分解過程の観測に成功した5)。NCAFMの高さ像とトンネル電流像から、950 Kに保持されたSiO2/Si(111)表面では、導電性ボイドの形成とボイド中心部におけるナノ突起成長が観測された。STMモードではボイド内がSi(111)7×7再構成表面であることが観察された。従来モデルは、酸化膜の還元脱離反応のみを考慮したが、実際は、(1)SiO(g)の還元脱離、(2)ボイド内に生じたモバイルなSi原子の再結合によるナノ突起の析出、(3)原子層毎エッチングの三者が競合する複合的なプロセスであることが明らかになった。
我々は温度可変超高真空かつ応力場の外部制御が可能な原子分解能NCAFM/STMを開発し(図6)、Si(001)面などの応力歪場誘起による再構成構造変化の解明に貢献してきた6)。応力歪場は、半導体のバンドエンジニアリングやキャリア移動度の向上において重要な制御パラメータとなりつつあり、格子歪場の制御が可能なSPMナノ計測の高度化が期待されている。
図5 高温真空場におけるSiO2超薄膜のニードルセンサNCAFMによる形状像(a)とトンネル電流像(b)の同時計測。ボイドの成長とSi再析出の核形成モデル(c)。
図6 応力場SPMの開発一軸性応力歪場の印加機構(a)と歪と応力の定量(b)。探針走査型AFM機構の模式図(c)と応力印加時のNCAFM測定(d)。
環境エネルギー問題への関心の高まりとともに、エネルギー変換(太陽電池など)やエネルギー貯蔵(リチウムイオン電池など)のデバイスや材料が盛んに研究されている。特にデバイスとしてのさらなる性能向上を図るには、素子動作下で物性の変化を直接に計測・評価し、その動作原理を明らかにすることが重要である。
光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽電池(Photo-Voltaic Cell, PVC)では、光照射下や電圧印加状態において励起中心近傍の電位、電子状態、電荷分布などを計測することで、光電変換過程の理解に資する知見が得られる(図7)。このようにデバイス動作下において直接物性を評価する「オペランド計測」が注目を集めているが、これまでは主に電子分光法やX線分光法の分野がオペランド計測を牽引してきた。一方、ナノ構造を積極的に利用する次世代デバイスの評価には、分光法的計測手法では空間分解能の点で課題がある。そこで我々はナノ~原子スケールの局所物性を評価する「オペランドナノ計測」手法として、さまざまな環境下(光照射場、電圧印加場、不活性雰囲気場、超高真空)で動作するSTM/STS(構造、電子状態)やケルビンプローブフォース顕微鏡(Kelivin-Probe Force Microscopy, KPFM)の基盤技術(断面SPM、光照射場SPMなど)の開発を行っている(図8)。
図7 オペランドSPMによる太陽電池の実働環境計測
図8 光照射場での断面SPMの開発:PVC用可視光照射下でのオペランド表面電位ナノ計測
KPFMは表面ポテンシャル分布をナノスケールで計測できる評価手法として、近年、さまざまなデバイス評価へ応用されている。KPFMは探針-試料間に働く静電気力を検出することで、接触電位差(CPD)の計測を行う(図9)。静電気力は長距離力であるため、各点で得られるCPDは試料表面の比較的広範囲を平均した値となる(探針平均化効果)。この効果により空間分解能が低下するのみならず、ポテンシャル定量評価が難しいという課題がある。特に、汎用的に利用される振幅変調KPFM(AM-KPFM)において、この効果は顕著に現れる。探針形状が探針平均化効果に与える影響を調べ、さらに、電位が既知の電極パターンを利用して探針平均化効果の距離依存性を評価した。この距離依存性を基にしたデータ補正により、オペランドKPFMによる電位計測と太陽電池の開回路電圧(OCV)の定量評価の両立が可能である。
一方、エネルギー分野の課題解決に重要なデバイスである革新的二次電池においては、イオン移動と電位変化のオペランドナノ計測が求めらる。例えば、リチウムイオン電池(LIB)の場合、充放電プロセスにおけるLiイオンのナノ可視化技術が必要とされ、走査型オージェ顕微鏡法などを用いて開発されてきた7、8)。次世代二次電池としては、大容量・高密度化に加えて安全性を兼備した全固体型LIBが挙げられる。固体電解質は難燃化と安全性に貢献するとともに電解液に匹敵するイオン伝導度を有する材料が開発されている。一方、デバイス構造では界面抵抗やその動作最適化に課題がある。全固体型LIBの場合、Li分布や形状のみならず動作中の電位分布を理解することがデバイスとしての性能向上に資することから、オペランド電位計測技術が求められている。我々は、電池動作時の全固体型LIB中の内部電位分布を計測するために、不活性雰囲気中でLIBを充放電動作させるとともにグローブボックスKPFMによる断面電位ナノ計測を実現するための基盤技術を開発している(図10)。
図9 KPFMの測定原理
図10 (a)全固体型LIBの断面研磨 (b)グローブボックスKPFMによるオペランド電位ナノ計測
SPMによるオペランドナノ計測の動向を紹介した。オペランドSPM計測は幅広い産業応用での需要があることから、将来的には標準計測手法へ進化させることが必要とされる。ラボレベルで開発される新規オペランドナノ計測シーズを実用システムへ進化させるイノベーションが必要である。このような計測イノベーションには定量化に関する基礎研究が必要であり、かつ普及と標準化を進めるにあたっては国際的な協働の枠組みで取り組む必要がある。SPM分野の標準化は、国際標準化機構(ISO)の TC201(表面化学分析) に設置されたSC9(SPM)を舞台にして行われる9)。我々はISO/TC201ならびにTC202(マイクロビームアナリシス)の国内審議団体を取りまとめる役目を果たしてきた。今後、オペランド SPM 計測の標準化を推進する上では、物質・材料研究機構や産業技術総合研究所など、国研に所属する研究者による主導的な役割が期待される。
参考文献
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