Visualizing Nanoscale Distribution of Local Corrosion Cells by Open-Loop Electric Potential Microscopy
金沢大学 理工研究域電子情報学系
教授
福間 剛士 (工学博士)
金属の腐食はさまざまな産業分野で深刻な問題となっている。例えば、原子力発電所や海水淡水化プラント、化学プラントなどに用いられるステンレス、半導体デバイスに使われる銅微細配線、自動車やロボットに使われるアルミ合金など、数多くの例を挙げることができる。過去の研究によれば、腐食による経済損失はGNPの3-4%にも及ぶとされており1)、その予防・予測技術の改善に多大な労力が費やされてきた。
腐食は、金属/水界面における表面原子の酸化によって引き起こされる金属材料の劣化現象である。この酸化反応は、金属表面近傍の溶液中における陽イオン濃度を増大(もしくは、陰イオン濃度を低下)させ、金属中に過剰な電子を生成する。この反応が持続的に進行するためには、この余剰な電子が別の場所で消費される必要がある。これは、典型的には酸素や水素イオンの還元反応でなされ、いずれの場合も界面近傍の溶液中の陽イオン濃度が低下(もしくは、陰イオン濃度が増大)する。これらの酸化・還元反応が生じる場所をそれぞれアノードおよびカソードと称し、それらの組は腐食電池と呼ばれ、腐食過程において主要な働きをするものと考えられている(図1a)。
図1 (a)典型的な腐食反応の様子 (b)OL-EPMによる局所腐食電池の可視化7)
過去の腐食研究の大部分はマクロな電気化学計測によって成されてきた1)。これまでに、さまざまな金属の腐食過程における電気化学ポテンシャル、電流、時間、温度、溶液条件などの相互関係が定量的かつ包括的に調べられており、それによってマクロな腐食現象に関する基礎的理解は確立されてきた。しかし、古典的な電気化学計測で得られた情報には局所性がないため、ナノスケールの腐食挙動に関しては主に顕微鏡技術により調べられてきた。電子顕微鏡によるex-situ解析や、走査型トンネル顕微鏡(STM・原子間力顕微鏡(AFM)によるin-situ解析により腐食に伴う表面構造変化が調べられてきた。
これらの過去の努力にも関わらず、局所腐食電池のナノスケール分布のその場観察は実現していない。腐食電池の形成は、腐食科学における最も基本的かつ重要な概念の一つであり、その存在はナノスケールの腐食挙動を説明するために数多くの例で仮定されてきた。したがって、その分布を実験的に確認する手段がないという点は、腐食科学における極めて深刻な問題と言える。例えば、純水中における銅の腐食は、表面酸化膜中の欠陥を介して溶液と表面下の金属との間で電荷や物質が輸送されることにより進行する2)。そのような状況では、表面形状変化は、腐食反応の影響がある程度蓄積した時点で初めて生じる。したがって、腐箇所のリアルタイムの変化はAFMやSTMで観察することはできない。この問題は、ステンレスのような高耐食性材料を評価する場合に特に深刻となる。その高い耐食性のために、ステンレスは数時間程度の典型的な実験時間では、ほとんど構造変化を示さない。実際的には、海水中に試験片を数か月以上浸漬することで評価されているが、これには多大な時間と労力を要する上にin-situの情報が得られないという問題もある。
これらの問題を解決するためには、腐食電池の局所分布を直接観察するための技術が必要である。腐食過程では、電流が溶液中をアノードからカソードに向かって流れる。したがって、アノード近傍の溶液電位は、カソード近傍のそれに比べて高くなる。しかし、液中で局所電位分布を計測することはこれまで困難であった。従来、大気・真空中ではケルビンプローブ原子間力顕微鏡(KFM)がナノスケールの電位分布計測技術として用いられてきた3)。この手法では、交流および直流バイアス電圧(Vaccosωt およびVdc)を探針-試料間に印加する。そして、誘起された静電気力を検出し、それを最小化して探針―試料間電位差を相殺するようにVdcを制御する。探針を水平方向に走査しながらVdcを記録する事で、表面電位Vsの分布を計測できる。しかし液中では、直流電圧の印加により不要な電気化学反応や水やイオンの再配置が誘起されるため、安定に動作させることはできない。
これらの問題を解決するために、我々はオープンループ電位顕微鏡(OL-EPM)を開発した(図1b)4-6)。この手法では、比較的高い周波数ωを持つ交流バイアス電圧のみを探針―試料間に印加するため、KFMにおける上記の問題を回避できる。そして、誘起されたカンチレバー振動のωおよび2ω成分の振幅(A1およびA2)を検出し、それらの値から計算によって局所電位分布を求める。
本稿では、この技術を用いて電解液中におけるステンレスの腐食に伴うナノスケールの構造および電位分布変化を測定した結果を紹介する7)。特に、測定された電位分布と腐食挙動との関係について論じ、局所腐食電池のナノスケール分布を本手法で測定できることを示す。さらに、本手法によって得られる情報が、腐食機構の理解や耐食性の評価において、どのように活用できるかについても説明する。
図2 実験に用いた二相ステンレス試料の光学顕微鏡像7)
(a)研磨前に取得した広範囲の画像。点線で示した領域は溶接により鋭敏化されている。
(b) 研磨後に取得した(a)で四角く囲って示した領域の拡大像。OL-EPM 測定は点P1 からP3 の各点で実施した。
二相ステンレス鋼は、フェライト相(α相)とオーステナイト相(γ相)で構成されており、通常組成比は1:1程度である8)。この材料は極めて高い耐食性を持つため、過酷な腐食環境にさらされる大規模プラントの構造材として用いられる。それぞれの環境に合わせて耐食性を最適化するために、さまざまな種類のステンレス鋼が開発されてきた。その開発過程において、局所的な耐食性の評価は深刻な問題となっている。ステンレス鋼は高い耐食性を持つために、その表面構造に変化を生じさせるためには、数か月以上の時間を要する場合がしばしばある。したがって、SEMやSTM、AFMによって耐食性を評価することは、極めて効率が悪いか、もしくは実質的に不可能な場合が多い。この問題を解決するために、局所的な耐食性を短時間で評価できる手法の開発が強く望まれてきた。
本研究では、電解液中における二相ステンレス鋼(UNS S32750)の腐食挙動をOL-EPMにより測定した。この材料はさまざまな環境下で高い耐食性を発揮するが、溶接箇所の周辺は鋭敏化し、耐食性が劣化することが知られている8)。溶接による耐食性の劣化は、二相ステンレス鋼の応用において最も深刻な問題の一つである。ここでは、溶接の腐食に対する影響を理解するため、鋭敏化されたステンレス鋼の腐食挙動をナノスケールの分解能で調べる。
図2aは、本研究で使用した試料の研磨前に取得した光学顕微鏡像である。点線で囲まれた領域が溶接によって鋭敏化された部分である。図2bは、研磨後に取得した図2aに四角で囲んで示した領域の拡大図である。この像において、暗いコントラストで示された領域はα相に、明るいコントラストで示された領域はγ相に相当する。この像から、α相の割合が溶接によって増大していることが分かる。我々は、溶接箇所からの距離が異なる位置P1からP3の矢印で示した部分においてOL-EPM観察を行った。
図3 10 mM NaCl 水溶液中で取得した鋭敏化処理後の二相ステンレス鋼の表面形状像と電位像7)
(測定は図2bに示した位置P1で行った(Vac=1V、ƒ1=700 kHz、ƒ2=730 kHz)。
0分はこの位置で測定を開始した時間、形状像の高さ0 nmは任意である。
図3に10 mM NaCl水溶液中で取得した鋭敏化処理後の二相ステンレス鋼の形状像と電位像を示す。測定は、図2bに示した位置P1で実施した。電位像は明瞭なナノスケールのコントラストを示している。これらのコントラストは、必ずしも形状像のコントラストと対応しているわけではない。このことは、電位像が形状像に影響を受けたアーティファクトなどでは説明できないことを示している。形状像と電位像を比較してみると、高い電位を示している領域が選択的に溶解していることが分かる。一例として、37分の時点で高い電位を示している領域を点線で囲んで図3bの電位像に示した。同じ点線を図3b-eの形状像にも示してある。37分の時点では、形状像は電位像とあまり対応しないコントラストを示している。しかし、時間が経過するにつれてこの領域が徐々に溶解して、周囲より低くなっていく様子が見られる。144分の時点で窪んで見える領域は、107分もの時間経過にも関わらず、37分の時点で高い電位を示した領域と良く一致している。この結果は、表面形状像で高い電位で計測される領域が、選択的に腐食されることを示している。
ステンレス鋼の表面は、典型的にはクロム酸化膜で覆われており、それが不働態膜として働くために、優れた耐食性を示す。しかし、溶接処理を施すと粒界近傍にσ相やクロム炭化物・窒化物が生成される9)。これらの領域では、クロムが欠乏するため、不働態膜の形成が阻害され、アノードとして働き、以下の酸化反応が生じる。
Fe→Fe2++2e-(1)
結果として、アノード領域近傍の溶液中に含まれる陽イオン濃度が上昇し、溶液電位は上昇する。一方、その他のすべての領域はカソードとして働き、以下に示す還元反応が生じる。
O2+2H2O+4e-→4OH-(2)
2H++2e-→H2(3)
これらの反応は、陰イオンの濃度上昇(もしくは、陽イオンの濃度低下)につながり、カソード領域近傍の溶液電位は低下する。したがって、腐食活性の高い箇所は周囲よりも高い電位を示す。クロム酸化膜は非常に高い耐食性を持つため、アノード領域とカソード領域は極端な差を示す。そのため、電解液中のステンレス鋼表面では、局所的に深いピットが形成される孔食がしばしば生じる。このことから、電位像が極めて明瞭なコントラストを示す理由が理解できる。
表面形状像からは、溶解挙動に加えて、厚さ2-4 nmの層状構造が形成される様子も観察された(図3d、e中の矢印)。これらは鉄の腐食生成物と考えられる。一般に、鉄の腐食反応ではFe2+とOH-が生成され、これらが結合してFe(OH)2が生成される。これは、さらに周囲の溶存酸素と反応してFe(OH)3を形成する。これらの水酸化物は、脱水反応を経てFeO、Fe3O4、Fe2O3などの酸化物を生成する。これらの酸化物は、鉄の表面に層状に堆積するが、この堆積物は一般に「さび」として知られている。これらの酸化膜の堆積および成長には酸化還元反応を伴わない。したがって、これらの反応に対しては、電位像は全く変化を示さない。この結果は、電位像に対して表面形状変化の与える影響は無視できるほど小さいことを示している。
図4 pH3の酸性溶液中で取得した鋭敏化処理後の二相ステンレス鋼の形状像と電位像(Vac=0.8 V、ƒ1=700 kHz、ƒ2=730 kHz)7)。形状像における0 nmの高さは任意。
(a、b)測定位置:P2、溶液:1 mM HCl、1 mM NaCl。
(c、d)位置:P3、溶液:1 mM HCl。
また、「さび」に相当する層状構造が多数表面に観察されたことから、本実験で観察した領域は主に層状の酸化膜で覆われており、腐食反応はその下の表面下で進行していることが分かる。例えば、形状像からは、75分後と110分後の間に、点線で囲った領域の表面構造が突然消失して、窪みを形成したように見える。しかし、実際には腐食反応は少しずつ表面下で進行しており、その影響がある程度蓄積された段階で、最表面の構造が溶解したものと考えられる。実際、電位像においては、形状像に変化が見られるよりもずっと早い段階で、そのような腐食反応の進行の様子が観察されている。この結果は、形状像よりもはるかに早い段階で腐食の進行を検知できるというOL-EPMのユニークな特長を示している。
この特長を活かして、溶接部から離れた箇所の腐食耐性を評価した(図4)。そのような領域では、高い耐食性のために、pH3の酸性溶液中であっても、数時間程度の典型的な計測時間内には形状変化はほとんど生じない。位置P2、すなわち、鋭敏化処理された箇所の端の位置においては、ナノスケールのピットが形成されている(図4a)。しかし、このピットの幅や深さ(約10 nm)は、100分以上の計測時間にわたって全く変化しなかった。一方で、電位像は、これらのピットが周囲に比べて高い電位を、すなわち、高い腐食活性を持つことを明瞭に示している。
位置P3、すなわち、溶接部から遠く離れた箇所で取得した形状像には、高さ1-3 nm程度の突起が多数見られる。この場所においても、数時間程度の実験時間内には、構造の変化は全く見られなかった。一方、電位像には、左上と右下の領域の間で明瞭な電位差が見られる。これらの領域をまたいで取得した高さプロファイル(図4e)からは、これらの領域の間に0.5 nm程度の段差があることが分かる。この高さの差は、AFMの持つ高さ方向の分解能(約10 pm)に比べて、十分大きい。しかし、突起状構造が多数存在するために、形状像でこの差を見出すことは必ずしも容易ではない。それに対して、電位像では、この境界を明瞭に観察することができる(図4f)。
γ相のグレインはα相のグレインに比べて機械的に柔らかいために、研磨後にわずかに低くなることが知られている。したがって、左上および右下の領域は、それぞれγ相およびα相に相当する。この結果は、粒界近傍のα相は、比較的高い腐食活性を持つことを示唆している。ただし、この電位差は図3や図4aに見られる電位差に比べてはるかに小さい。このような粒界における電位差は、すべての粒界近傍に存在するわけではなく、局所的にしか存在しない。これは、局所的な組成比のばらつきを反映しているものと予想される。これまで、ステンレス鋼の局所的な腐食活性の評価は、その腐食耐性の高さから困難な課題とされてきた。ここで示した計測事例は、OL-EPMによりこの課題が解決できるという可能性を明確に示すものである。
本稿では、腐食研究における液中電位分布計測技術の必要性を説明し、それを解決できる技術としてOL-EPMを紹介した。さらに、OL-EPMを用いて行ったステンレス鋼のナノスケール腐食挙動の計測結果を示し、本手法の持つ特長を紹介した。具体的には、OL-EPMにより局所腐食電池のナノスケール分布を直接観察できることを示した。高い電位の領域がアノード的な、低い電位の領域がカソード的な領域に対応する。また、この対応関係を、アノードおよびカソード領域近傍の溶液中における陽イオンの相対濃度の増大および減少により説明した。この説明の一般性から、本手法は他の金属材料の腐食挙動解析にも同様に適用できると考えられる。実際、我々はこれまでにアルミ合金や銅配線の腐食解析に本技術を適用し、上記の対応関係がこれらの試料に対しても成り立つことを確認している。
局所腐食電池の直接観察技術は、腐食研究において2つの重要な役割を果たす。第一に、腐食箇所のリアルタイムな変遷を明らかにできる。多くの腐食反応は、表面酸化膜や腐食生成物の下、すなわち表面下で進行する。そのため、AFMやSTMによる表面構造観察では、リアルタイムな腐食箇所の変遷はとらえられない。一方、電位は腐食反応に対して瞬時に応答するため、より即時的な情報を提供できる。第二に、高い耐食性を持つ材料の局所耐食性を比較的短い時間で評価できる。これにより、ステンレス鋼の局所耐食性を評価するための時間とコストを大幅に削減でき、高耐食性材料の開発に極めて有用である。
上記の特長を活かして、本研究では腐食機構に関する重要な知見が得られた。例えば、表面形状が全く変化しない場合においても局所腐食電池は存在するということを初めて実験的に確認した。このような発見は、ここで提案する手法の腐食研究における有用性を明確に示すものと言える。原理的には、アノードおよびカソード領域の分布を可視化できる能力は、電池電極反応や触媒反応などの、腐食以外の酸化還元反応の研究においても極めて有用なはずである。ここで示した結果は、これらのOL-EPMを用いたナノスケール電気化学研究の先駆けとなるものと期待される。
参考文献
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