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燐光発光性ポリイミドの低温・真空下における発光特性評価

Analysis of Luminescence Properties of Phosphorescent Polyimides under Low Temperature and Vacuum Conditions

東京工業大学大学院 物質科学専攻 博士課程 鹿末 健太

東京工業大学大学院 理工学研究科
物質科学専攻 博士課程
(博士(工学) H29年3月取得見込み)
鹿末 健太

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授 安藤 慎治

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授
(工学博士)
安藤 慎治

はじめに

ポリイミド(PI)は、剛直な化学構造と分子間の相互作用に起因する稠密な凝集状態や特異な高次構造を形成することから、高い耐熱性や耐寒性、優れた機械特性、長期の耐光・耐放射線性を有するスーパー・エンプラとして、半導体産業や航空宇宙産業などで幅広く応用されている1)。近年、高分子薄膜が紫外線を吸収して可視光を発光する「波長変換特性」が注目を集めており、波長変換膜(ダウンコンバータ)への応用が期待されている2-4)。ダウンコンバータは、市販のシリコン系太陽電池などの最表面に設置することで、分光感度の低い紫外線を感度の高い可視光に変換できるため、素子全体の光電変換効率を向上させることができる。発光性PI がこの波長変換用途として実用化できれば、高い耐久性を有する高効率の太陽電池の実用化が期待できる。

ダウンコンバータに求められる主要な発光特性として、可視域における高い透明性、高い発光量子効率、そして大きなストークスシフト(Stokes shift)が挙げられる。ストークスシフトとは、光吸収波長と発光波長のエネルギー差であり、この値が大きいほど紫外線を長波長の可視光線や近赤外線に変換する効率が高くなる。最近われわれは、これらの特性を満たす新規PI薄膜の開発を行うため、「室温での燐光発光」(以降、室温燐光と呼ぶ)に着目し、研究を行っている。われわれがこれまでに開発してきた"高蛍光性PI薄膜"は、蛍光のストークスシフトが相対的に小さいため、無色透明な薄膜では可視短波長域の紫~青色発光しか示さず、また長波長側の緑~赤色発光を示す薄膜については黄色や赤色の着色が避けられなかった(図1)5),6)。一方、燐光は蛍光と異なり項間交差を経由したエネルギー準位の低い励起三重項状態からの発光であるため、一般にストークスシフトの大きな発光が得られる。従来、有機化合物の燐光は、重金属や希土類錯体を含む化合物における重原子効果を利用した系や、高結晶性マトリックス中や液体窒素温度(77 K)条件下など、分子運動が凍結あるいは抑制された環境でしか観測されないと考えられてきたが、近年、臭素やヨウ素などの重ハロゲン基を有する有機カルボニル化合物が室温付近において燐光発光を示すことが報告されている7)。最近われわれは、酸二無水物部に臭素またはヨウ素を有する低分子イミド化合物や半芳香族PIが、ストークスシフトの極めて大きな(≒10,000 cm-1)室温燐光を示すことを明らかにした8)。今後、室温燐光を用いた太陽電池用ダウンコンバータへの応用に適したPI材料開発を行うためには、実用化を視野に入れた様々な環境下での燐光特性の評価が必要である。特に、燐光特性は測定温度および測定環境下における酸素濃度に強く依存することが知られているため、温度可変および脱酸素条件下での発光測定による燐光特性の解析が極めて重要である。

そこで本稿では、われわれがこれまでに開発した燐光性低分子イミド化合物(粉末)および基板上に製膜したPI薄膜について、低温および真空下における発光スペクトル測定を行った結果を紹介する。

高蛍光性ポリイミド(PI)の分子構造、PI薄膜の光吸収・蛍光発光スペクトル、およびPI薄膜の外見(UV 未照射)と蛍光色(UV 照射下)
図1
高蛍光性ポリイミド(PI)の分子構造、PI薄膜の光吸収・蛍光発光スペクトル、およびPI薄膜の外見(UV 未照射)と蛍光色(UV 照射下)

温度可変・真空条件下における発光測定

試料の発光スペクトル測定には、F-7100蛍光分光光度計((株)日立ハイテクサイエンス)を用いた。温度可変発光スペクトルは、蛍光用固体サンプルホルダー((株)ユニソク、CS-KF-H07-42)を装着した小型温度可変ユニット((株)ユニソク、CoolSpek UV USP-203-B)をF-7100の試料室内に取り付けて測定した(図2a)。試料と試料室の冷却には液体窒素を用い、窒素ガスが試料室の周囲を循環することにより試料が液体窒素に浸漬することなく冷却される。測定温度域は-175~100°Cであり、試料室内および石英窓の内外の結露を防ぐため、試料室内部は窒素置換され、また外部は装置内蔵のヒーターにより加熱される設計となっている。一方、真空下における発光スペクトルは、研究室仕様の真空チャンバー(赤田工業(株)製)をF-7100の試料室に取り付け(図2b)、真空ポンプ(PFEIFFER 社、XtraDry 150-2)によりチャンバー内を1時間、脱気した後に測定を行った。

温度可変発光スペクトル測定装置と真空条件下における発光スペクトル測定装置
図2
(a)温度可変発光スペクトル測定装置(ユニソク社製)
(b)真空条件下における発光スペクトル測定装置(安藤研究室仕様、赤田工業社製)

燐光性イミド化合物およびPIの室温・大気圧下における発光特性

固体状態における燐光性イミド化合物(粉末)および燐光性ポリイミド(PI)薄膜の室温・大気圧下における発光スペクトルを図3に示す。イミド化合物で330 nm、PI薄膜で315 nmの光励起により、それぞれ510~530 nmにストークスシフトの極めて大きな(ν > 10,000 cm-1)緑色の室温燐光が観測された。また、イミド化合物では450 nm付近、PI薄膜では400 nm付近にそれぞれ蛍光由来の発光ピークが観測された。イミド化合物の蛍光と室温燐光のピーク位置は、PI薄膜と比較するとともに長波長シフトしている。これはイミド化合物の微結晶において分子が高密度に充填されており、強い分子間相互作用に起因して励起状態の安定化が生じるためと考えられる。イミド化合物とPI薄膜の発光量子収率(Φ)はいずれも約2%と見積もられた。一般に室温・大気圧下では、固体(結晶)状態であっても励起三重項状態の長い寿命の間に局所的な分子運動による無輻射失活や酸素分子へのエネルギー移動が生じるため、高効率の燐光を得ることは難しい。しかし今後、高効率の燐光性PI薄膜開発に向けた分子設計指針を獲得するためには、分子運動や酸素が燐光特性に与える影響を詳細に調査することが重要である。

燐光性イミド化合物(粉末)とPI薄膜のUV未照射時および照射時における外見、および室温・大気圧下における発光スペクトル
図3
燐光性イミド化合物(粉末)とPI薄膜のUV未照射時および照射時における外見、および室温・大気圧下における発光スペクトル

燐光性イミド化合物およびPIの温度可変発光スペクトル測定

有機化合物や高分子物質の局所的な分子運動は温度により大きく変化することから、発光スペクトルを温度可変(高温~低温)で測定することにより、分子運動が燐光特性に与える影響を調査することができる。室温燐光性イミド化合物(粉末)および基板上に製膜したPI薄膜の温度可変発光スペクトルを図4に示す。試料温度を+100°Cから-175°Cまで冷却しながら25℃ごとにスペクトルを測定した。100°Cでは、活発な分子運動による無輻射失活により、燐光はほとんど観測されなかった。一方、低温下ではいずれの試料においても分子運動の抑制により燐光強度が顕著に増大し、-175°Cにおける燐光強度は、室温下に比べてイミド化合物で約26倍、PI薄膜では約46倍に増大し、液体窒素温度におけるPI薄膜の発光量子収率は76%と極めて高い値を示した。-175°C付近ではいずれの試料においても分子運動はほぼ凍結していると考えられるため、冷却による燐光強度の増大幅は、室温における局所的な分子運動性を間接的に反映していると言える。イミド化合物は、精製時の結晶化により三次元的な秩序構造を有する結晶相として存在し、分子の局所運動は室温下でもかなり抑制されていると考えられるが、PI薄膜は非晶相を形成し、かつPI分子鎖が複雑に絡み合って自由体積を増大させることから、室温下における分子鎖の局所的運動性は相対的に高いと考えられる。これがPI薄膜において、冷却による燐光強度の増大幅が相対的に大きいことの原因と考えられる。また、いずれの試料においても燐光のピーク位置は室温下における510~530 nm付近から、-175°Cでは500 nm付近に短波長シフトした。これは分子運動が低温下で強く抑制され、励起状態での構造緩和によるエネルギー安定化(内部転換)の確率が低下したためと考えられる。一方、400~450 nmに観測される蛍光は低温下でも顕著な強度増大を示さず、分子運動性には敏感ではない。これは励起一重項状態からの蛍光発光の寿命が極めて短いことに由来する。

燐光性イミド化合物(粉末、微結晶)と非晶質PI薄膜の分子鎖凝集状態の模式図と温度可変発光スペクトル
図4
燐光性イミド化合物(粉末、微結晶)と非晶質PI薄膜の分子鎖凝集状態の模式図と温度可変発光スペクトル

燐光性PI薄膜の真空条件下における発光特性

燐光は一般に基底状態で三重項状態をとる酸素分子によって強く消光される。そこで、酸素分子がPI薄膜の燐光特性に与える影響を調査するため、真空下における発光スペクトル測定を行った。燐光性PI薄膜の室温・大気圧下および真空下において測定した発光スペクトルを図5に示す。大気圧下において520 nm付近に観測された室温燐光は、真空下でその強度が約2倍に増大した。これは大気圧下での燐光の発光効率が、PI薄膜表面および内部に存在する酸素分子へのエネルギー移動により抑制されていたことを示している。一方、400 nm付近に観測された蛍光は、酸素分子へのエネルギー移動を生じないため、真空下においても強度は変化しなかった。

燐光発光性PI薄膜の大気圧下及び真空条件下における発光スペクトル
図5
燐光発光性PI薄膜の大気圧下及び真空条件下における発光スペクトル
燐光の強度のみが大きく増加している

一般に、燐光はマイクロ秒やミリ秒などの長い発光寿命を示すことが知られている。そこで、酸素分子がPI薄膜の燐光寿命に与える影響を調査するため、真空下における燐光スペクトル測定および燐光短寿命測定を行った。燐光スペクトルの測定は、F-7100に内蔵された燐光モードを用いて行った。燐光モードは、光源からの連続波光を40 Hzの周波数を有する光学チョッパーを用いてパルス幅が約2 msの擬似パルス光に変換し、これを試料に照射した後、励起光がカットされると同時に検出器にて約1 msの遅延時間を設け、蛍光が消光した後の燐光などの発光成分のみをスペクトルとして検出する測定手法である(図6)。燐光短寿命測定もF-7100に内蔵された燐光の時間変化測定から行った。燐光短寿命モードでは、検出器側で蛍光消光のための遅延時間約1 ms後の約23 msデータ取得し、20 ms間の燐光の減衰を測定する。励起/発光波長をそれぞれ315、515 nmに設定し、0~20 msまでの燐光寿命を測定した。PI薄膜の室温・大気圧下および室温・真空下で測定した燐光スペクトルを図7に示す。大気圧下では、3次元燐光スペクトルには明確なピークは観測されず、315 nmの光励起によっても発光ピークは観測されなかった。一方、真空下では、315 nmの光励起により500~600 nmに明確な燐光ピークが観測された。PI薄膜の室温・大気圧下および真空下における燐光短寿命測定の結果を図8に示す。大気圧下では、ミリ秒の時間スケールを有する発光寿命成分はほぼ観測されなかったが、真空下では、約20 msで減衰する燐光に特徴的な減衰挙動が観測された。酸素雰囲気がPI薄膜の燐光寿命を大きく低下させることからも、今回開発した発光性PIが室温燐光性PIであることが確認された。

燐光モードにおける測定タイミングチャート
図6
燐光モードにおける測定タイミングチャート

燐光発光性PI薄膜の大気圧下及び真空条件下における発光スペクトル
図7
燐光発光性PI薄膜の大気圧下及び真空条件下における発光スペクトル
燐光の強度のみが大きく増加している

燐光発光性PI薄膜の大気圧下および真空条件下における燐光短寿命測定の結果
図8
燐光発光性PI薄膜の大気圧下および真空条件下における燐光短寿命測定の結果

まとめと将来展望

本稿では、室温燐光性のイミド化合物とポリイミド(PI)の発光特性の特徴を解明するため、温度可変および真空下での励起・発光スペクトルの測定と解析の結果を紹介した。温度可変発光スペクトル測定では、イミド化合物(粉末)とPI 薄膜の立体構造・秩序構造の違いに起因する室温下での分子運動性の違いが、これらの燐光特性に及ぼす影響を明らかにすることができた。PI薄膜の真空下における発光スペクトル測定では、PI薄膜の表面付近および内部に含まれる酸素分子が燐光を消光することを明らかにした。燐光性PI薄膜は、温度や酸素濃度に敏感に反応して発光特性が変化することから、波長変換膜(ダウンコンバータ)のみならず、温度や酸素センシングへの応用も可能である。また、同時に耐熱耐寒性・耐光性・耐環境性が高く、かつ低温および真空下において高い発光強度を示すことから、宇宙空間で利用可能なダウンコンバータへの応用も期待される。今後、各種センシング材や宇宙空間での応用を視野に入れた、波長変換効率と耐候性・耐光性の向上などを合わせて行っていく予定である。

参考文献

1)
横田力男、安藤慎治、上田充、柿本雅明、古知政勝、竹市力、長谷川匡俊 編,"新訂 最新ポリイミド - 基礎と応用-",日本ポリイミド・芳香族系高分子研究会編,株式会社NTS,(2010).
2)
J. Wakita, S. Inoue, N. Kawanishi, S. Ando, Macromolecules, 43, 3594 (2010).
3)
K. Kanosue, T. Shimosaka, J. Wakita, S. Ando, Macromolecules, 48, 1777 (2015).
4)
K. Kanosue, R. Augulis, D. Peckus, R. Karpicz, T. Tamulevi.ius, S. Tamulevi.ius, V. Gulbinas, S. Ando, Macromolecules, 49, 1848 (2016).
5)
J. Wakita, H. Sekino, K. Sakai, Y. Urano, S. Ando, J. Chem. Phys. B, 113, 15212 (2009).
6)
K. Takizawa, J. Wakita, K. Sekiguchi, S. Ando, Macromolecules, 45, 4764 (2012).
7)
S. Mukherjee, P. Thilagar, Chem. Commun. 51, 10988 (2015).
8)
K. Kanosue, S. Ando, ACS Macro Letters, 5, 1301 (2016).

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