Contemporary Condition and a Subject in Future of Human Noroviruses
国立感染症研究所 客員研究員
北里大学 生命科学研究所
大学院感染制御科学府
ウイルス感染制御学研究室 I
宇田川 悦子 博士(医学)
ノロウイルス(図1)は米国オハイオ州ノルウオークの小学校で発生した集団嘔吐下痢症の患者から、当時非常に高価な透過型電子顕微鏡(TEM)を使って米国NIHのカピキアン博士が検出したウイルス様粒子(SRSV: Small Round Structured Virus)である。便中にこのSRSVを排出していた患者から急性期と回復期に採血を行い、このペア血清で免疫電子顕微鏡法(IEM)による確定診断を行っている。当時、現在頻繁に使用されているPCR法等による遺伝子検査法がなく原因追及が困難な時代であった。この発見により世界各国でTEMを使用した検査方法が普及していった。
これ以前から、細菌が原因ではなく発生する数多くの嘔吐下痢症や急性胃腸炎がわが国でも頻繁に報告されていたが、原因となるウイルスを検出する方法がなく、また日本語での報告であったために諸外国から注目されることがなかった。明治以降、わが国では小児虎列刺、小児吐瀉症、仮性小児虎列刺などの数々の症例が報告されてきている。
図1 ヒトノロウイルス粒子の透過型電子顕微鏡(TEM)写真
醋酸ウラン染色 Bar: 100 nm
また、特筆すべき出来事として、昭和28年(1953年)、千葉県茂原市で7,000人を超える大規模な集団下痢症いわゆる茂原下痢症1)が発生している。原因は下水処理場の汚水枡が破損し、そこから漏れ出した汚水が上水施設の飲料水に混入、また同時に起こった上水施設の塩素消毒不具合により集団下痢症が発生した事件であった。茂原市は厚生省へ原因究明等の依頼を行い、国立予防衛生研究所(予研:現・国立感染症研究所)が原因追及を行った。予研細菌部の検査で、細菌性の下痢症ではなく濾過性病原体(ウイルス)であることが明らかとなった。事件解明のために、検査に従事した医療関係者らが患者便材料を服用して同じ症状が出るかどうかを検査するボランティアによる人体実験を行った。フィルター濾過滅菌した患者便材料が2次感染、3次感染を起こすことを証明し、その感染経過観察報告等によりウイルスであろうと結論付け厚生省の報告書で発表した。しかし残念ながら、当時使用可能な種々の検査方法では実際にウイルス粒子そのものを検出することはできなかった。同様に世界各国でもウイルス性と考えられた急性胃腸炎事件が多数発生していた記録が残っている。
前述のように、1969年米国NIHカピキアン博士が、当時最新鋭のTEMを用いた観察で患者便材料中に直径凡そ27 nmのウイルスを検出し論文として1972年に報告している。その論文では、SRSVをフィルター濾過滅菌後ボランティアに服用させ同様の感染を起こすことに成功し、感染した患者便材料中に電子顕微鏡観察で同じSRSVを確認、さらに患者ペア血清を用いたIEM法で確定診断を行ったことが明記されている。これらの結果から、SRSVが事件の原因であると報告している。この後、TEMによるSRSVの検索は、世界各国でも、またわが国でも活発になり、他の検査法がまだ確立していないためにウイルス検索の主な検査法として地方衛生研究所や大学等で使われてきた。札幌因子(札幌市内の養護施設で発生した乳児嘔吐下痢症集団事件の原因ウイルスで今現在はサポウイルスと呼ばれている)、大阪因子(大阪府内で発生した嘔吐下痢症患者から分離)等々、検出された地域名が名前の由来となっているSRSVが多数報告された。TEM観察によるSRSV検出が多数になるにつれ、TEM観察法の標準化を望む声が起き、1987年東京都立衛生研究所において全国から地方衛生研究所の検査担当者が集まり、TEM観察のための患者便材料処理方法、ネガティブ染色液、免疫電子顕微鏡法の標準化等々、種々の検討が行われ現在に至っている。
前述の通り、1972年米国NIHカピキアン博士がTEMを使用してSRSVを検出し、このウイルスが流行の原因であることを明らかとした。その後世界各国でSRSVの報告がなされてきたが、残念ながら培養ができない状態が続いていた。
1990年、SRSVの全塩基配列が報告された。これによりPCR法による遺伝子検査法等を行うことで同一性検定が可能となった。近年は、PCR法等による遺伝子検査法等が主流であるが、ノロウイルスの感染性などが未だに解明されていないために遺伝子検出と感染性の関連が未知である。数値として報告されてきているノロウイルス遺伝子の1コピーの意味するところはまだ不確かなもので、厚生労働省の見解は、TEM法と遺伝子検査法との併用が必要であるとしている。
ノロウイルスは直径約30~40 nmの小型球形ウイルスで、分類学上ノロウイルス属にはノーウォークウイルス(Norwalk virus)種の1種類のみが存在する。しかし、世界で最初に検出されたノーウォークウイルス(種)の株名がノーウォークウイルスであることから、ノーウォークウイルスと記載した場合、種名を意味するのか株名を意味するのか混同されやすいこと、またウイルス学的な学術属名はラテン語を使用する慣習があり今現在ではノロウイルスと呼ばれている。
ウイルスの命名法は国際ウイルス命名委員会(ICTV)が決定している。ノロウイルスはICTVのウイルスデータベース;ICTV dBのカリシウイルス項目にカリシウイルス科(Caliciviridae)に属する1つのウイルス属(genus)として定義されている。カリシウイルス科には、ノロウイルス属(Norovirus)、サポウイルス属(Sapovirus)、ベジウイルス属(Vesivirus)、ラゴウイルス属(Lagovirus)、ネボウイルス属(Nebovirus)などの現在5つのウイルス属(genus)が存在する。なお、ノロウイルスの代替えウイルスとしてよく使用されるネコカリシウイルス(Feline calicivirus)はカリシウイルス科のベジウイルス属に含まれる。
今現在、通常使用している“ノロウイルス”という呼び名は、ウイルス属性を示すものであり、ウイルス種名を示すものではない。ノロウイルス属に新しいウイルス種名が発見されると、この名を改める必要が出てくるが、マウスに感染するノーウォークウイルスをマウスノロウイルス(Mouse Norovirus)と呼ぶことやノーウォークウイルスを表す言葉として、ノロウイルスが多くの論文に使用されていることなどから、この慣習に従い、本稿ではノロウイルスを使用することにする。
ノロウイルスは約7,500 kbの一本鎖(+)RNAを有しているがエンベロープを持たないウイルスで、そのゲノムには3つの蛋白質コード領域(open reading frame ; ORF)が存在している。ORF1はウイルスの複製に関与する非構造蛋白質を、ORF2はウイルス構造蛋白質VP1を、ORF3は構造蛋白質をそれぞれコードしている。ORF2でコードされているVP1はウイルス粒子を構成する主要な蛋白質で、その粒子表面に位置するP–ドメインのアミノ酸配列は多様性に富み、流行の中で変異を繰り返している。また、ノロウイルスはORF1とORF2のジャンクション領域で、ゲノムの組み替えを起こすことが知られている。組み替えを起こしたウイルスはキメラウイルスと呼ばれる。
ノロウイルスのゲノム塩基配列は多様性に富んでおり、その遺伝子の塩基配列の相同性によりGI~GVの5群に分類されている。このうち、人に感染性を有する群はGI、GII及びGIVの3遺伝子群のウイルスである。
人から人への感染事例や食中毒事件から検出されるウイルスの大半はGI、GII群に属している。GIII群はウシ由来のウイルスで、GVに属するマウスノロウイルスはヒトノロウイルスが2016年培養可能になるまで唯一細胞培養可能なウイルスであった。なお、従来報告されていた遺伝子型に関して2015年新たに株間の読み替えを行っているので参考までに表に示す(表1)。
表1 ノロウイルス遺伝子型比較表(IASRより抜粋)
旧表記 | 新表記 |
---|---|
GI/1 | GI.1 |
GI/2 | GI.2 |
GI/3 | GI.3 |
GI/4 | GI.4 |
GI/5 | GI.5 |
GI/6 | GI.6 |
GI/7 | GI.7 |
GI/8 | GI.6 |
GI/9 | GI.5 |
GI/10 | GI.8 |
GI/11 | GI.3 |
GI/12 | 未定NA |
GI/13 | GI.9 |
GI/14 | GI.3 |
新表記 | 旧表記 |
---|---|
GI.1 | GI/1 |
GI.2 | GI/2 |
GI.3 | GI/3 |
GI/11 | |
GI/14 | |
GI.4 | GI/4 |
GI.5 | GI/5 |
GI/9 | |
GI.6 | GI/6 |
GI/8 | |
GI.7 | GI/7 |
GI.8 | GI/10 |
GI.9 | GI/13 |
旧表記 | 新表記 |
---|---|
GII/1 | GII.1 |
GII/2 | GII.2 |
GII/3 | GII.3 |
GII/4 | GII.4 |
GII/5 | GII.5 |
GII/6 | GII.6 |
GII/7 | GII.7 |
GII/8 | GII.8 |
GII/9 | GII.9 |
GII/10 | GII.10 |
GII/11 | GII.17 |
GII/12 | GII.12 |
GII/13 | GII.14 |
GII/14 | GII.13 |
GII/15 | GII.16 |
GII/16 | GII.21 |
(GII/17=GIV) | — |
GII/18 | GII.22 |
GII/19 | GII.15 |
— | GII.11 |
— | GII.18 |
— | GII.19 |
— | GII.20 |
-:該当なし
新表記 | 旧表記 |
---|---|
GII.1 | GII/1 |
GII.2 | GII/2 |
GII.3 | GII/3 |
GII.4 | GII/4 |
GII.5 | GII/5 |
GII.6 | GII/6 |
GII.7 | GII/7 |
GII.8 | GII/8 |
GII.9 | GII/9 |
GII.10 | GII/10 |
GII.11 | — |
GII.12 | GII/12 |
GII.13 | GII/14 |
GII.14 | GII/13 |
GII.15 | GII/19 |
GII.16 | GII/15 |
GII.17 | GII/11 |
GII.18 | — |
GII.19 | — |
GII.20 | — |
GII.21 | GII/16 |
GII.22 | GII/18 |
GI及びGIIの各遺伝子群は、それぞれ少なくともGI群が9種類(GI/1~GI/9)、GII群は22種類(GII/1~GII/22)に分類されている。異なる遺伝子型は基本的に抗原性が異なる。近年全世界に流行しているノロウイルスの遺伝子型はGII/4に属するものが多いが、2015年ノロウイルスの流行株に大きな変動があり、GII/4が減少し、代わりにGII/17が主要な遺伝子型になった。しかし、現在ではまたGII/4が主流となってきており、年によって流行する遺伝子型に変化が見られる傾向にある。
ノロウイルスはエンベロープを持たないためエタノールには比較的耐性であるので、吐物などに含まれる感染性ノロウイルスの消毒にアルコール消毒は効果がない。ノロウイルスの消毒には、次亜塩素酸ナトリウムが推奨される。但し、次亜塩素酸ナトリウムの多用は環境中の生物に悪影響を及ぼす可能性(環境破壊、環境汚染など)が指摘されており、これに代わる消毒薬の開発研究が求められている。
食中毒事件の場合、吐物の処理が必要不可欠である。この吐物を処理する際に処理方法を誤ると2次感染を引き起こし、広範囲に広がりを見せる食中毒事件が容易に起き易い。我々は、色素及びノロウイルスの代替ウイルスとしてBacteriophage Qβ(phage Qβ)を添加した模擬吐物を用いて嘔吐時吐物落下実験を行った2)。この実験では、色素による目視確認嘔吐物飛散状況の観測及び飛散物をキャッチしたプラスチック板上のウイルス感染価測定でウイルス検出を行った。我々の研究結果で、高さ1.6 mより落下した色素を含む擬似吐物は同心円状に拡散し、垂直方向に0.8~0.9 m、水平方向に3.1 mまで色素で着色した飛散物を目視確認できた(図2)。この実験で使用した擬似吐物は約8 log10PFU/mlのphage Qβウイルスを含んでおり、吐物落下地点から同心円状に5 m離れた場所では色素着色による目視では飛散が確認されなかった。しかしながら、設置していたプラスチック板上に0.9 log10PFU/100cm2のウイルスを検出できた。これらの結果から、目視では限界があることが明らかとなった。即ち、吐物落下地点から同心円状に5 m離れた場所では色素着色による目視で飛散が確認されなかったが、一方、感染価で見ると従来報告されている2 mの距離よりもはるかに長距離に渡り吐物が飛散していることを明らかとした。嘔吐物が、落下地点を中心にして半径5 m(従来報告されている落下範囲は2 m程度)以内に吐物中に排泄されたノロウイルスが散乱している可能性が高いことが明らかとなった。現在、各県・地方衛生研究所などの嘔吐物処理法に関する記載を見ると、半径2 m以内のウイルス散乱を想定しており、2 mから5 mの間にある床面などの清掃は行われていないのが現状である。このため、消毒作業が行われなかった床面に拡散した吐物が存在し、この吐物を靴底面で踏みつけ、更に吐物が散乱していない場所へ拡散し感染症を引き起こす可能性が高くなる。これが2次感染の大きな要因の一つと考える。嘔吐物処理後に生じる感染事例は後を絶たないが、吐物処理において靴底などを介した拡散があることを考慮すべきである。我々はこの仮説を証明するために、靴底に付着したウイルスの拡散方法について、靴裏に付着した模擬吐物が床との接触によりどの程度床面へスタンプされるのかを靴裏及び床面の擦過物の感染価で判定した3)。
Phage Qβを用いた実験結果では、一旦靴底に付着したウイルスは歩行距離49 m歩いた後でも靴底に付着したままであった。実験結果から、床面にウイルスがスタンプされた距離は最初に吐物が落下した地点から凡そ50 mとなる。今回は50 mまでの結果であるが、靴底には付着したままなので、さらに遠距離までウイルスを運ぶ可能性が否定できない。このように、靴底で運ばれるウイルスはかなりな遠距離まで運ばれていくことが明らかとなった。これらの床面にスタンプされた吐物には感染性のウイルスが含まれており、乾燥後に空気中へ拡散し2次感染の大きな原因となる可能性が強く示唆された。以上の結果から2次感染防御には、かなり広範囲の消毒作業が必要不可欠であることが明らかとなった。また、今までの報告によると、加熱による不活化は中心温度85℃で1分以上の加熱が必要であることが判明している。
図2 模擬吐物(phage Qβ添加)を用いた飛散状況の評価
ノロウイルスに対するヒトの防御免疫は、感染性を検査する中和反応のような検査法が確立していないために、持続期間や多様な遺伝子型に対する交差反応など解明されていない点が多い。個体レベルでもっとも直接的に研究した例として、ボランティアに対するノロウイルスの暴露実験がある。その結果、免疫の持続期間は同一のウイルスに対して6カ月~2年程度と考えられる。一方で、数理モデルによる解析ではそれよりも長い期間が推定されている。
ノロウイルス感染後の症状は、成人は下痢症状が多く、小児や老人は嘔吐症状が多いのが特徴である。また、免疫力の弱い小児や老人と成人の症状を比較すると、予後に差が生じてくる。免疫力が低下している老人や子供はノロウイルス感染が引き金になって病態が悪化し最悪の場合死に至ることがある。特に低開発国における下痢症患者の死亡数は毎年100万人を超えており、ノロウイルス感染は他の下痢症ウイルスと同様、原因ウイルスの一つと考えられている。
ノロウイルスの流行状況は、例年10月後半から報告が上がってきて翌年3月まで流行が続く傾向にある。2016年から2017年の最新のIASR報告を見ると、例年同様11月初めから年が明けた翌年3月初めまで全国各地で検出報告されている。
さて、ノロウイルスのワクチン開発について見てみよう。米国ベイラー医科大学メアリー・エステス教授らは1990年代組み換えバキュロウイルスを利用した昆虫細胞発現系を用いてヒトノロウイルスのウイルス様中空粒子(VLP)作製に成功した。以来、VLPは、株化培養細胞で増殖させることができないヒトカリシウイルス抗原性の研究、特異的抗体の作製、抗原検出システムの構築、ウイルス粒子形状の研究などに用いられてきた。今までに種々のノロウイルス株に関しVLPの作製が世界各国で行われてきた。VLPはヒトノロウイルスの感染性粒子と同じ外部構造を有し、同じ抗原性を持つと信じられてきたが、実際はVLPと感染性粒子の比較は行われていない。しかし、今までに報告された種々の研究から類似性が認められているとするならば、VLPをワクチン成分として使用することでヒトノロウイルスに対するワクチン開発は可能であろうと考えられてきた。
この観点から、第一世代ワクチン開発として、武田薬品工業は米国リゴサイト社を合併し、ノロウイルス GI.1、GII.4 VLPを含む2価のワクチン開発を行っている。これらのワクチンは筋肉注射で接種され、接種対象者体内にこれらの種類のVLPに対する抗体を誘導する。ボランティア研究で、誘導された抗体は、GI.1、GII.4 VLPがHBGAに結合することを物理的に阻害し、結合効率を低下させることが判明した。しかし、遺伝子の異なるヒトノロウイルスに効果があるかどうかはこれからの検討課題である。このように、VLPを抗原として用いる第一世代ワクチンに関し、複数の国内外の企業が参入に関する発表を行っており、今後の実用化に向けた研究開発に期待がかかる。
2016年米国エステス博士らのグループがヒトノロウイルスの培養に成功したとサイエンスに報告している4)。即ち、ヒトノロウイルスをヒト由来のStem Cellで培養が可能となったことが報告された。VLPを使用した第一世代ワクチン開発が始まったばかりではあるが、実際には自然界で流行しているヒトノロウイルスとの抗原性に違いがある可能性を否定できないことから、今後は第二世代ワクチンの抗原候補として、VLPに取って代わり培養可能なヒトノロウイルスが台頭してくる可能性が大きい。どちらにしてもワクチン開発に関し世界各国で凌ぎを削っている現状から、近い将来ヒトノロウイルスの流行を阻止できるワクチン作成の可能性が出てきたことは大いに期待したい。
参考文献
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