Construction of Phthalates Screening System
ブラザー工業株式会社
製造センター 生産革新部
北原 武夫
EU RoHS指令において、2015年6月4日の官報にて、2019年7月22日から4種のフタル酸エステル使用禁止が決まりました(表1)。ブラザー工業(株)(以下、ブラザー工業)では、新規規制物質が追加されることを2013年から予測して削減方法を検討してきました。
今回、(株)日立ハイテクサイエンス(以下、日立ハイテクサイエンス)と協働してスクリーニングシステム構築にチャレンジするために、新規スクリーニング装置を開発した経緯と削減手法について紹介します。
物質名 | 略称 | CAS番号 |
---|---|---|
フタル酸ビス(2-エチルヘキシル) | DEHP | 117-81-7 |
フタル酸n-ブチル=ベンジル | BBP | 85-68-7 |
フタル酸ジ-n-ブチル | DBP | 84-74-2 |
フタル酸ジイソブチル | DIBP | 84-69-5 |
上記4種のフタル酸エステルについて、均質材料中0.1%(1,000 ppm)の最大許容濃度で、2019年7月22日以降にEUに上市される電気電子機器への使用を制限されます
*カテゴリー8、9(体外診断用医療機器及び産業用監視制御機器含む):適用開始日2021年7月22日
可塑剤とは柔軟性や加工性を向上するための添加剤であり、その中にフタル酸エステルが含まれています。可塑剤は現在でも非常に多くの量が使用されています。
EUでは、毎年化学物質に関連する違反事例が指摘されており、2016年も400件以上の違反が指摘されています(表2)。2016年の違反事例を解析してみると、製品カテゴリーでは、「玩具」、「衣類・織物・ファッションアイテム」が多くなっています(図1)。「電子機器」は10件と件数は少なくなってきています。また、法令別、物質・事象別件数を見てみると、圧倒的に玩具に含まれるフタル酸エステル類に、REACH規則違反となる事例が多く指摘されています(図2、3)。そのため現在は、RoHS指令違反は減少していますが、2019年7月以降、4種フタル酸エステルが規制開始された後、「電子機器」に関しても、RoHS指令違反の増加が懸念されます。
年 | 化学物質・環境関連(*2) | TOTAL | |
---|---|---|---|
違反件数 | 率(%) | 違反件数 | |
2005 | 83 | 11.6 | 713 |
2006 | 137 | 15.0 | 915 |
2007 | 281 | 21.1 | 1,332 |
2008 | 339 | 22.0 | 1,542 |
2009 | 490 | 29.4 | 1,668 |
2010 | 437 | 22.2 | 1,972 |
2011 | 337 | 21.9 | 1,542 |
2012 | 412 | 21.4 | 1,923 |
2013 | 494 | 24.4 | 2,026 |
2014 | 632 | 28.1 | 2,248 |
2015 | 551 | 29.7 | 1,855 |
2016 | 467 | 24.7 | 1,887 |
TOTAL | 4,660 | 23.7 | 19,622 |
図1 製品カテゴリー別違反件数
図2 物質・事象別件数(重複あり、代表的なものを抽出)
図3 法令別件数(重複あり、一部代表的なもの)
フタル酸エステルは、様々な製品に含まれており、可塑剤として使用されますので、柔軟性や加工性を向上したい製品に含まれます。特にPVC(塩化ビニル)を軟質化するためによく利用されるためPVC(塩化ビニル)ホースや、電気電子製品ではケーブルのPVC(塩化ビニル)被覆などにも含まれます。EUでは既にREACH(*1)規則3)の認可対象候補物質リスト2)に収載されるSVHC(*2)であるDEHPが、年間1トン以上輸入された成形品としてECHA(*3)に届出されたリストが下記の表(表3)のように公開されており、非常に多様な製品に含有していることがわかります。
分野 | 用途 |
---|---|
日用品 | テーブルクロス、ノートブック、筆箱、時計、靴、雨靴、ミシン、財布、傘、レインコート、道具箱、エアベッド、枕、バスタブ、シャワーカーテン、バスマット、タライ、シャワーキャップ、衣紋掛け、書類挟み、泥落としマット、虫よけ網、園芸用品、椅子、バックパック、ブレスレット、ネックレス、パンプス、スーツケース、人工皮革、マニキュア、小銭入れ、家具、洗濯機、掃除機、マッサージ機械、トレーニング機器、ヘアドライヤー |
建築材料 | 床材、床タイル、コード、フェンス、ランプ、クッション材、カバー、街灯、ダウンライト、床カバー |
遊具 | パビリオン、テント、ターポリン(オートタープ:オートキャンプに使用する日よけ)、ダイビングフリッパー、ダイビングマスク、ボート、トーチ |
電気・電子 | 絶縁材、電源コード、ケーブル、ワイヤー、電線、アダプター、コネクター、ビデオ、オーディオ機器、パソコン、キーボード、ヘッドフォン、スピーカー、ハブ、三脚、スキャナー、ファックス、ネットワークカメラ、エアコン、髭剃り、空気清浄器 |
繊維・布 | ボタン、ジッパー、ラベル、パイエット(舞台衣装、婦人服などのぴかぴか光る飾り、スパングルともいう)、装飾品、パジャマ、プリント布 |
車両 | ワイヤーハーネス、プロテクター、ケーブル、シリンダー、鍵、モーター、オートバイ、ヒーターセンサー、ホース、プラグ、伝動機構、キャップ、ベアリング、換気ホース、ガスケット、カバーホール(cover hole)、灰皿、喫煙セット、乗客リフト、風防ガラスストッパー、騒音制御、カーマット、スピーカー、ラバーパーツ |
医療機器 | 人工呼吸器、血液バッグ、血小板バッグ、透析装置、動脈チューブ、静脈チューブ、輸血チューブ、光学フイルム、診断機器 |
その他 | 研磨パッド、ゴーグル、防護具、防護メガネ、バルブ、ゴム(金属)補修用PVC製品、接着剤(ラベル、フイルム) |
EU RoHS指令において、4種のフタル酸エステルが使用禁止になることから、電気電子製品の製造者は期限までに含有部品を特定して削減しなくてはなりません。フタル酸エステルは3項で述べたように、様々な製品に使用されています。そのため従来の分析法では、有機溶媒にフタル酸エステルを抽出させて、その後、ガスクロマトグラフ質量分析装置で分離・定量する方法が一般的でした。近年、樹脂などを直接加熱して分析成分を気化させて、その気化したガスを直接ガスクロマトグラフ質量分析装置で分析する方法も利用されるようになり、分析にかかる時間と手間は簡易化されてきましたが、化学分析を専門とする指導者・作業者が必要、またヘリウムガスを使用するため、配管やボンベの設置が必要でした。
ブラザー工業では、製造現場でスクリーニングを行い、製品への混入を防止するため、様々な方法を模索してきました。その検討を進める中で、日立ハイテクサイエンスにおいて、製造現場で利用できることを目的としたスクリーニング装置の開発が行われました(図4、5)。
<特長>
<概要>
試料の一定量を切り出しサンプル容器にセットし、加熱炉内でフタル酸エステルを気化させる。
気化したフタル酸エステルをそのままイオン化し質量分析する。
図4 スクリーニング装置 測定手順(概要)
図5 測定装置(外観と測定系の構成)
下記の測定例(図6)を見ると、4種のフタル酸エステルのうち、DBP、BBP、DEHPが非常に感度良く、短時間で測定されていることがわかります。
この装置の特性として、DIBPについては、DBPとDIBPは同重体であるため、それぞれを分離して定量することだけはできません。
しかし、製造製品に規制対象物質を含有させない目的としては、ともに規制対象物質であるため、DBPとDIBPを区別せず、DBP・DIBP総量としてスクリーニングすることで問題ないと考えられます。
同重体の分離はできなくても、短時間でまたヘリウムガス(ボンベ)・カラム不要であることにより、ガス配管も必要がなく、どこへでも設置ができるようになりました。この装置は、製造業において非常に利用価値が高いスクリーニング装置として開発されました。
図6 ポリスチレン中のDBP、BBP、DEHP測定例
ブラザー工業では、ブラザーグループ グリーン調達基準書4)によって4種のフタル酸エステルの含有量調査を行っています。しかし、フタル酸エステルは移行性(接触により他の成形品から物質が移動する性質)を持つ恐れがあることから、移行や混入、コンタミネーション(汚染)などによる外的な意図しない要因により製造工程に入り込む恐れが指摘されています5)。そのため含有の疑わしい部品について調査が必要となります。
ブラザー工業と日立ハイテクサイエンスは、効率的かつ適正にスクリーニングを行うために、今回開発したスクリーニング装置と、溶媒抽出法、一般的な加熱脱着式もしくは熱分解ガスクロマトグラフ質量分析装置による方法を比較検討しました。その結果が次の事例です(表4)。
日立ハイテクサイエンスが開発したフタル酸エステルスクリーニング装置と、従来の分析法として利用されている溶媒抽出によるガスクロマトグラフ質量分析装置のデータを比較した場合に、両者のデータは、特に遜色がないことがわかり、スクリーニング法として、利用可能であることがわかりました。
またこの事例では、もう1つ重要なことがわかりました。フタル酸エステルであるDEHPは、樹脂モールド部分に数万ppmと多量に含まれており、同じような軟質性がある電線被服部分は、EU RoHS指令の規制値である1,000 ppm以下であることがわかりました。この事例の測定において、溶媒抽出によるガスクロマトグラフ質量分析装置を外部試験機関に依頼した場合、溶媒抽出の手間にも時間がかかるため、結果を得るためには、数日かかりました。日立ハイテクサイエンスで開発したフタル酸エステルスクリーニング装置では、1サンプル10分以内のため、今回の測定においても20分以内で結果の確認ができており、製造現場で利用するためには、非常に有効であることが実証できました。
EU RoHS指令では、物理的に分離可能な均質材料単位での規制値の遵守を求められます。ブラザー工業では、グリーン調達における調査データだけでなく、蛍光X線分析装置を使用したカドミウム、鉛、水銀、クロム、臭素の各元素をスクリーニングしてコンプライアンス遵守に努めています。今後は、新規EU RoHS規制物質削減への取り組みとして、フタル酸エステルスクリーニング装置を活用することで、新規規制のコンプライアンス遵守においても、大きく貢献できることが確認できました。
測定対象 DEHP(図7) |
日立ハイテクサイエンス フタル酸エステル スクリーニング装置(*1) |
溶媒抽出による前処理後 ガスクロマトグラフ 質量分析装置(*2) |
一般的な加熱脱着式もしくは 熱分解ガスクロマトグラフ 質量分析装置(*2) |
---|---|---|---|
樹脂モールド | 40,000 ppm以上 | 64,000 ppm | 1,500 ppm以上 |
電線被覆 | 213 ppm | 89 ppm | 500~1,500 ppm |
図7 サンプル模式図
EUでは、スウェーデン化学物質局(KemI)が、次回のEU RoHS指令で制限する物質として中鎖塩素化パラフィン(C14~C17、略称MCCP)を提案しました。既に「MCCPをRoHSで制限するべき」とのレポート6)が公開されており、近くEU RoHS指令規制物質追加のドシエが公開される可能性があります。このように規制対象は、単一化合物から複雑な質量範囲を含む物質群に拡がり始めています。日立ハイテクサイエンスが開発したスクリーニング装置は、サンプルを直接イオン化して、そのまま質量分析を行うため、複雑な質量範囲を含む物質群の測定においても、各成分を測定することが期待でき、将来更なる規制が増えた場合においても、装置を応用して使用することが可能であると考えられます。
今後、日立ハイテクサイエンスのフタル酸エステルスクリーニング装置を導入した場合の取り組みのポイントをまとめました。
3節で述べたように、フタル酸エステルは可塑剤としての機能により、様々な用途に利用されています。今回EU RoHS指令で使用が制限される4種のフタル酸エステルは、EU REACH規則において成形品中の認可対象候補物質リスト(Candidate List)に収載されており、年間1トン以上のEUへの輸入者は届出が必要です。更にDIBPを除く3種(DBP、BBP、DEHP)については、各国で玩具や育児用品への使用が禁止されており、世の中では人の摂取による影響懸念が払拭されていません。今回の取り組みにより4種のフタル酸エステルのスクリーニングシステムが構築されることにより、世界の電気電子製品に含有する4種のフタル酸エステルの削減に貢献することができ、環境負荷の削減効果は極めて高いと考えられます。また今回のスクリーニング装置は、溶媒抽出を行わないため、分析において多量の有機溶剤の使用を行わないことからも、環境負荷の削減効果として大きく貢献しています。
ブラザー工業と日立ハイテクサイエンスは、EU RoHS指令の新規物質追加の情報を工業会活動などから入手して最新の化学物質含有規制に対応できるように努めてまいりました。2015年6月4日付で、EU RoHSで4種類のフタレートが禁止されることを内容とする官報が発出され、2019年7月22日以降にEUに上市される電気電子機器への使用が制限されましたが、官報発出前から既に検討を開始していた点においてテーマの新規性が高いと考えられます(医療機器および監視制御機器は2021年7月22日以降に使用制限)。
そのような状況の中、2017年7月13日から販売を開始した日立ハイテクサイエンスのフタル酸エステルスクリーニング装置(HM1000)は、短時間(1サンプル10分以内)・低コスト(一般的な加熱脱着式もしくは熱分解ガスクロマトグラフ質量分析装置との比較)・低ランニングコスト(ヘリウムガス不要、カラム不要、50サンプル連続分析)で世界中の製造現場で使用できる装置であるため、技術的な新規性が極めて高いと考えられます。
今回開発したフタル酸エステルスクリーニング装置は、従来の質量分析において一般的に使用されるヘリウムガスを使用せず、窒素ガスを利用します。また窒素ガスは空気中に大量に存在することから窒素ガス発生装置を利用した場合、窒素ガスボンベも不要となります。
したがって、窒素ガスで稼動することを想定した日立ハイテクサイエンス製フタル酸エステルスクリーニング装置は、世界のヘリウムガス削減に絶大な効果が期待できます。
ヘリウムガスは、世界的にも天然ガスの副産物として産出されますが、米国が世界の70%以上を生産しており、また政策により輸出量が制限されることもあります。一方、ヘリウムガスは、その特性から医療や産業用途として欠かせない貴重な資源であります。2012年から2013年には世界的にヘリウムガス不足となり、日本国内においても安定した供給が出来なくなる事態も生じました。そのような貴重なヘリウムガスを分析に使用せずに、空気中から分離精製可能な窒素ガスを使用することで、ヘリウムガス製造におけるエネルギー消費の削減効果は計り知れません。
2006年からEU RoHS指令の対応としては、蛍光X線分析装置がスクリーニング装置として利用されています。2010年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告)において、2008年度の蛍光X線分析装置の国内販売台数は1,000台7)とされています。そのため今回の規制物質追加により、蛍光X線分析装置と同様の台数が年間に導入されると想定した場合、分析用のガスとしてのヘリウムガスは、単純計算で84,000 m3となります(ヘリウムガスの使用量は表5参照)。2013年度の日本のヘリウムガス輸入量8)が1,100万 m3であることから、これは輸入量の約0.8%に相当します。
従来から使用されているガスクロマトグラフ質量分析装置は、基本的に稼動中はヘリウムガスを流し続ける必要があります。もしも世界的にガスクロマトグラフ質量分析装置の使用が増加した場合、ヘリウムガスの不足が懸念されます。貴重な資源であるヘリウムガスを使用しないことは、エネルギー消費のみならず世界の資源消費の削減にも繋がると考えられます。
化学物質規制は年々厳しくなってきており、6節で述べたように、単一化合物から複雑な質量範囲を含む物質群にも拡がり始めています。ガスクロマトグラフによる分離は同重体を分離できる利点がありますが、反面、ピークが複雑になり過ぎて炭素鎖毎の同定が困難となります。しかし、今回の装置のように質量分析装置だけを使用した場合、例えば塩素化パラフィンであれば、炭素鎖毎のイオン化ピークが得られることで、短鎖(C10~C13)、中鎖(C14~C17)の確認が期待でき、更にその他の分離困難な化合物のスクリーニングへの技術の発展性があります。また装置の使用方法としては、0.2 mgをセットするだけで、自動分析ができ、成分は、分子イオンピークだけを確認すればよいので、化学分析の専門家でなくても利用できるなど、汎用性も極めて高いと考えられます。
今回の装置は、熱分解部分と質量分析装置だけであるため、ガスクロマトグラフが不要です。そのため②技術の新規性の項や、③のエネルギー消費の削減効果の項で述べたように、低コスト(一般的な加熱脱着式もしくは熱分解ガスクロマトグラフ質量分析装置より安価)・低ランニングコスト(ヘリウムガス不要、カラム不要、50サンプル連続分析)による削減への取り組みが実施可能となります(表5)。
今回の装置では、測定サンプル情報を入力する試料テーブル設定において、インポート機能を備えています。そのため2006年以降EU RoHS指令の対応として使用されている蛍光X線分析装置とデータ連携を行うことで、測定サンプルの情報をフタル酸エステルのスクリーニング装置と共有することが可能です。また蛍光X線分析装置では元素情報しか検出できませんでしたが、今回、特定臭素系難燃剤であるDeca-PBDEの測定も想定しています。
そのため従来の蛍光X線分析装置とセットで使用することで、測定作業の省力化だけでなく、EU RoHS指令に対する含有化学物質規制全体への対応が一括管理可能となることの利点が極めて大きいと考えられます(図8)。また将来の規制においても対応検討が可能であることから、製造業として安心してお客さまに安全な製品を届けることが可能となることが最大の効果であると認識しています。
日立ハイテクサイエンス フタル酸エステル スクリーニング装置 |
一般的な加熱脱着式もしくは 熱分解ガスクロマトグラフ 質量分析装置 |
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---|---|---|
前処理+測定時間 | 10 min/サンプル | 約40 min/サンプル |
1日当たり測定数 (1日:24 h) |
144サンプル | 36サンプル |
オートサンプラー | 50サンプル (8時間連続測定) |
48サンプル (32時間連続測定) |
分析用ガス | 窒素ガス *ボンベ不要、窒素発生装置使用 |
ヘリウムガス |
年間の分析用ガス ランニングコスト (1台) |
電気代のみ | ヘリウムガス 7 m3 43,000円×12本=516,000円(84 m3) *参考価格(日本) |
図8 日立ハイテクサイエンスの分析装置によるRoHS指令遵守イメージ
参考文献
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