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日立ハイテク

同位体顕微鏡で探る太陽系

The Solar System Explored by Isotope Microscope

北海道大学 創成研究機構 助教 坂本 直哉 博士(理学)

北海道大学 創成研究機構
助教
坂本 直哉 博士(理学)

はじめに

まさに今、我々は宇宙大航海時代の幕開けに立ち会っている。宇宙開発は、アポロ計画などの大規模な国家プロジェクトから、大小様々な国や企業が繚乱する経済的競争段階へと移行し、世界の大金持ちによる闊達なロケット開発は、現世代での宇宙生活を現実的に期待させるほど加速度的に進展している。
我々の赴く新天地はどのような場所であろうか? その大地は何でできているのか? 水はあるのか? 大気は? 有用な資源は? これらの問いに答えるために、化学組成や物理特性だけでなく、その成り立ちから大局的に理解することは、将来の資源探査計画の立案や政策方針の決定に有益であると思われる。我々は、同位体顕微鏡(図1)という装置を用いて、隕石やアポロ計画の月面の砂、探査機はやぶさの小惑星イトカワ試料などを分析し、太陽系の形成史について研究してきた1-4)。本稿では、同位体顕微鏡と地球外物質の同位体分析から見た太陽系の成り立ちについて紹介する。

図1 同位体顕微鏡の外観

図1 同位体顕微鏡の外観

同位体顕微鏡

なぜ同位体か?

道端の石ころは、一見何の変哲もないように見えるかもしれない。しかし、石ころを構成するほぼ全ての原子は、太陽系形成以前にどこかの星の中で核合成されたものであり、星の爆発で塵となって宇宙を漂い、重力収縮や衝突合体に伴う蒸発・溶融・固化などの物理化学過程を経て、現在、地球の道端に転がっている。石ころを構成する酸素やシリコンなどの元素は、互いに化学的性質が異なるため、温度や圧力など場の条件で元素の組み合わせや割合が様々に変化する。一方で、同位体は化学的性質がほぼ等しく、同位体比の変動は質量の差異に従う単純なものになる。例えば、ヤカンで水(H2O)を沸かすと、同位体の質量の差によってわずかに粒子の速度や化学結合のしやすさが違うため、酸素の同位体(16O, 17O, 18O)のうち軽い同位体の水(H216O)が湯気となり、ヤカンに残ったお湯は重くなっていくが、その同位体比(17O/16O:18O/16O)はほぼ分子と分母の質量差(1:2)を保ったまま変動する。湯気が冷えてまた水に戻った時、蒸発の履歴は軽い同位体として残される。つまり、いくらかの酸素やシリコンを混ぜて温度圧力を適切にすれば、宇宙の石と全く同じ元素組成のものは作れるが、同位体の組成を辿った歴史の痕跡が刻まれるため偽造することは難しい。
もし、電子顕微鏡でX線元素マップをとるように、同位体の比率を自在に可視化できれば、石ころのフリをして素知らぬ顔で紛れ込んでいる出自の異なる物質を探し出すことができる。そのような物質は、色や形では区別がつかず元素組成やサイズもありふれているにもかかわらず、同位体の比率だけが異なっている。ここで紹介する同位体顕微鏡は、固体表面の同位体分布をイメージングする装置であり、私にとって埋もれたお宝を発掘するのに欠かせない道具となっている。

構成

同位体顕微鏡は、投影型二次イオン質量分析計(SIMS)と二次元イオン検出器(SCAPS)から構成される5)。SIMS は、数~数十keV に加速した一次イオンを試料に照射し、試料表面からスパッタされた二次イオンを質量分離することで同位体情報を得る。SCAPS(図2)は、画素の最表面に電極を積層することで、イオンを直接検出可能にした独自開発のCMOSイメージセンサである6)。SCAPS の画素は、各々が積分型の検出器であり、良好な線形性を保って1画素あたり4桁半のダイナミックレンジを有する7)
SCAPS を、試料上の位置情報を保ったまま質量分離する投影型イオン光学系を備えた磁場型SIMS 8)と組み合わせることで、空間分解能がプローブ径に依存せず、大電流の一次イオンを連続的に照射しつつ質量分離とイメージングを同時に行うことが可能なデューティー比の高い同位体イメージングが実現される。

図2 二次元イオン検出器SCAPSと入射イオンに対する画素の出力特性

図2 二次元イオン検出器SCAPSと入射イオンに対する画素の出力特性

図3は、四角いアパチャを通過した一次イオンビームを試料に照射して得たシリコン同位体イメージである。一次イオンビーム強度を10倍にすると、アパチャを投影するケーラー照明が乱れ、一次イオンは二重になって試料に照射されているが、試料からスパッタされた二次イオンイメージの空間分解能は変わらないことが分かる。つまり、同位体顕微鏡は、走査型のようにビームを細く絞る必要がなく、高い二次イオン信号が検出器に入射しても画素が飽和しないため、強い一次イオンビームを用いて高感度に同位体分布をイメージングすることができる。

図3 (上段)同位体顕微鏡の撮像方式の模式図と(下段)一次イオン強度を変えて取得したシリコン同位体イメージ。投影型イオン光学系を用いることで、プローブ電流を10倍に上げても空間分解能は変わらないことが分かる。スケールは数字の2の線幅が2ミクロン。

図3 (上段)同位体顕微鏡の撮像方式の模式図と(下段)一次イオン強度を変えて取得したシリコン同位体イメージ。投影型イオン光学系を用いることで、プローブ電流を10倍に上げても空間分解能は変わらないことが分かる。スケールは数字の2の線幅が2ミクロン。

用途

同位体顕微鏡は、水素からウランまでの全元素および同位体を高感度かつ高空間分解能でイメージング可能なため、どこに、なにが、どのくらい潜んでいるか見当もつかないというケースで特に威力を発揮する。どこを見れば良いかというヒントが得られれば、電子顕微鏡やアトムプローブなどによる原子レベルの解析技術へと展開できる。そのため、宇宙の研究だけでなく、先端的な材料科学や半導体デバイス、生命科学、医学分野などで活用されており、全く新しい研究や開発の方向性や探索範囲を決める端緒として用いられることも多い。

同位体で見た太陽系

太陽系の原材料

太陽系は、燃焼を終えた星が爆発する際に撒き散らされたガスや塵が集まってできたと考えられている。このような塵は、星の中での様々な燃焼反応による元素合成過程で生じた原子で構成されており、その同位体組成は星の重さや進化段階により大きく異なる。隕石を同位体顕微鏡で観察すると、このような太陽系の原材料ともいうべき塵が見つかる9)。 図4は、一次イオンCs+ を2nA の強度で隕石の研磨薄片上の100 μm φの領域に照射し、表面からスパッタされた二次イオン16O18Oを磁場の強さを切り替えてSCAPS 検出器に交互に投影して得た同位体イメージである。1時間ほどの分析で16Oと18Oのイメージをそれぞれ10枚ずつ取得し、分析後にスパッタされて掘れた部分の深さはおよそ300 nmであった。よって、この分析では100 μm φ×0.3 μm の領域について30 nm 刻みで18O /16O の三次元同位体比イメージを得たことになる。
16Oと18O のイメージを比べてみると、大部分がほぼ同じ分布をしているが、18Oイメージの四角枠内に光る点が見える。16Oイメージ中の対応する部分は周囲と変わらないため、この点は周囲の物質より18O の比率が多いことを示す。図4下段に四角枠内の18Oと16O を割り算した同位体比イメージの拡大図を示す。右に行くほどより深い部分の同位体比イメージとなっている。18O に富む点の大きさは、表面からの深さが深くなるにつれて大きくなっていき、120 nm 付近で最大となり、徐々に小さくなって210 nm で消える。よって、この粒子の大きさは200 nm 程度であったことが分かる。元素合成理論によれば、このような比率の同位体組成を持つ酸素は超新星爆発で核合成されると考えられており、太陽系が形成する以前の粒子、プレソーラー粒子と呼んでいる。

図4 隕石の三次元同位体比イメージ。四角内に18Oを多く含む粒子があり、超新星爆発により形成したと考えられる。粒子のサイズは0.2ミクロン。

図4 隕石の三次元同位体比イメージ。四角内に18Oを多く含む粒子があり、超新星爆発により形成したと考えられる。粒子のサイズは0.2ミクロン。

もし、プレソーラー粒子が集まって太陽系ができたのであれば、これらの粒子を調べることで太陽系の原材料について直接知ることができる。1つ1つの粒子は小さいので、たくさん集めて統計的に調べるには、粒子が無くなるまで分析し続けるのではなく、同位体の異常を自動的に検知して分析を止め、次の領域を分析するようなシステムを構築すればよい。投影型で空間分解能がプローブ強度に依らない同位体顕微鏡は、太陽系の原材料を自動で探すことができる非常に効率的なプレソーラー粒子収集マシンとなる。

太陽系の均質化

プレソーラー粒子が起源となる星の同位体組成を反映しているならば、イメージの大部分の領域を占める均質な同位体組成は何を反映しているのだろうか。図5は、アフリカの砂漠で見つかったAcfer 094という隕石から、プレソーラー粒子を探索していた時に得られた酸素同位体比イメージである。図4と同様、均質な同位体組成を持つ物質の中に、17O だけに富む小さなプレソーラー粒子と、矢印で示す数ミクロンサイズの17Oと18O の両方に富む物質が見える。この同位体比イメージに映りこんだ物質こそが、太陽系の均質な同位体組成の起源を解明する鍵となっている10)

図5 隕石の酸素同位体比イメージ。17Oだけ多く含むプレソーラー粒子の他に、17Oと18Oの両方に富む物質(矢印)が均質な同位体組成を持つ周囲のマトリックス中に存在している。

図5 隕石の酸素同位体比イメージ。17Oだけ多く含むプレソーラー粒子の他に、17Oと18Oの両方に富む物質(矢印)が均質な同位体組成を持つ周囲のマトリックス中に存在している。

これまでに分析されてきた主な太陽系物質の酸素同位体組成を図6に示す。酸素には質量数16、17、18の3つの安定同位体があり、地球では16O:17O:18O= 99.757:0.038:0.205の割合で存在する。天然における同位体存在度のレンジは4桁以上に及ぶにもかかわらず、その変動は非常に小さいため、縦軸と横軸をそれぞれ17O/16O、18O/16O の地球からの偏差の千分率で表している(図中の原点は地球の標準海水)。存在度が大きく異なる同位体の比率を精密に調べるには、ただ綺麗にイメージングできるだけでは全く役に立たず、定量的に十分な信号を得られる同位体顕微鏡の出番となる。
図6のように、大部分の太陽系物質の酸素同位体は、星の核合成を反映したばらばらな同位体組成を持つプレソーラー粒子と異なり、なぜか同一の直線上にプロットされる。しかも、質量差に依存した1/2の線上(地球型質量分別線)ではなく、傾き約1の線上にのる。図5に映りこんでいた17Oと18O に同程度富む物質は、この不思議な直線の右上の端点に位置していた。この物質を電子顕微鏡で観察すると、磁鉄鉱と硫化鉄のナノ結晶が1:1で絡み合うシンプレクタイト構造をしていたため宇宙シンプレクタイトと呼んでいる。磁鉄鉱(マグネタイトFe3O4)とは、いわゆる黒サビであり、太陽系星雲では元々酸素を持たない鉄(Fe)または硫化鉄(FeS)が水(H2O)で酸化されて形成するため、宇宙シンプレクタイトを酸化した水は17,18O に富んでいたと考えられる11)
もう一方の17,18O に乏しい左下の端点は、直線からやや離れているがNASA のジェネシス計画で捕獲された太陽風の分析値が近い12)。もし、ほぼ全ての太陽系物質が従う傾き約1の直線が、太陽系の99.8% の質量を占める太陽と宇宙シンプレクタイトの水との混合で形作られたのであれば、太陽系は17,18O に富む始原水と不完全に混ざり合いながら形成したことになる13)
探査機はやぶさの持ち帰った試料を同位体顕微鏡で分析したところ、その酸素同位体組成(図6挿入図)はほんのわずかに地球物質と異なっていた14)。このわずかな同位体組成の違いが、探査機はやぶさの帰還カプセルに入っていたのは、地球の物質ではなく小惑星イトカワの欠片であり、サンプルリターンに成功したという動かぬ証拠の一つとなった。将来の探査計画で能動的に持ち帰る地球外試料が、この図上でどこにプロットされていくかということは、太陽系の成立ちを議論する上で重要な情報となる。

図6 太陽系物質の酸素同位体組成。グラフ右上の17,18Oに富む物質と左下の17,18Oに乏しい物質が混合して太陽系が形成したと考えられている。

図6 太陽系物質の酸素同位体組成。グラフ右上の17,18Oに富む物質と左下の17,18Oに乏しい物質が混合して太陽系が形成したと考えられている。

月に水はあるのか? 1960年代、月面に着陸して数トンの月試料を回収したアポロ計画の出した答えはNoであった。しかし、近年になって風向きが変わり、月には水があることになっている。図7に、同位体顕微鏡で分析したアポロ11号の月帰還試料の水素イメージを示す15)。試料の大小さまざまな割れ目や穴から大量の地球の吸着水が出てくる中、アパタイトという鉱物から水素が検出された。水は、地球上でありふれた物質であるが故に至る所に存在するため、大気中はもちろん同位体顕微鏡の超高真空下であっても数百ppm 程度の水ですら見誤りやすい。月の石の場合、幸運なことにアパタイトの水素同位体比が地球と著しく異なっていたため、正しく分析できているという裏付けを得ることができたが、地球と同じ同位体組成となった場合は細心の注意が必要である。不思議なことに、このイメージを取得し終わったちょうどその時、隣でインターネットを見ていた共同研究者のグリーンウッド博士が、NASA がLCROSS探査機を月に衝突させて舞い上がった塵から水が検出されたというニュースを見つけ、どうやら月に水はありそうだと言ってきた。私は「知ってる」とだけ答えたのを覚えている。
とはいえ、我々の見出した月の水はわずかな結晶水に過ぎず、依然として月の表面は乾燥していると思われる。逆に言うと、月面には水も大気もないため、あれだけ苦しめられた試料表面の吸着水によるコンタミの心配がない。月面で試料を分析できれば、将来の宇宙探査機は地球への大気圏突入の危険を冒すことなく、月にそっとサンプルカプセルを届けるだけで良い。水の探索は宇宙開発の大本命である。本格的に月に進出する手始めとして、まず月面に同位体顕微鏡を設置してみてはどうだろうか。

図7 (左)アポロ11号の持ち帰った月試料の研磨薄片の電子顕微鏡写真と(右)白枠内の水素同位体(1H)イメージ。周囲の無水鉱物(KBa, Meso,Pyf)に比べアパタイト(Ap)から水素が検出されている。割れ目(Crack)に見える大量の水素は地球の表面吸着水(コンタミ)。

図7 (左)アポロ11号の持ち帰った月試料の研磨薄片の電子顕微鏡写真と(右)白枠内の水素同位体(1H)イメージ。周囲の無水鉱物(KBa, Meso,Pyf)に比べアパタイト(Ap)から水素が検出されている。割れ目(Crack)に見える大量の水素は地球の表面吸着水(コンタミ)。

おわりに

論理学では、前提となる公理と仮定から推論される定理に矛盾がない世界は正しい。我々の世界の前提となる直接的な試料は、地球の表面と時折落下してくる隕石、少しの月、さらに僅かな彗星や小惑星の欠片しかなく、起源を探る推論の根拠となる同位体のイメージは、全て並べても未だ切手サイズに満たない。目前に迫った宇宙大航海時代において、我々が入手する莫大な地球外物質と同位体イメージング技術により、どれほどの前提が覆えり、どのような新しい世界が見えてくるのか大変楽しみにしている。

参考文献

1)
圦本尚義,アラユルニウム・同位体顕微鏡―SIMSによる定量イメージング―,地質ニュース,450, 59-66(1992).
2)
圦本尚義,同位体顕微鏡―全地球ダイナミクスを診る次世代分析装置,科学,67, 560-566(1997)
3)
圦本尚義,同位体顕微鏡―高感度 2 次元イオン検出による結像型 SIMS―,顕微鏡,41, 134-137(2006).
4)
圦本尚義,坂本直哉,隕石中に閉じ込められた太陽系形成当時の化石を同位体顕微鏡で捜す,顕微鏡,47, 92-97(2012).
5)
H. Yurimoto, et al., High precision isotope micro-imaging of materials, Appl. Surf. Sci., 203-204, 793-797(2003).
6)
I. Takayanagi, et al., Dark current reduction in stacked-type CMOS-APS for charged particle imaging, IEEE Trans. Electron Dev., 50, 70-76(2003).
7)
K. Yamamoto, et al., Analysis of the noise properties of a solid-state SCAPS ion imager and development of software noise reduction, Surface and Interface Analysis, 42, 1603-1605(2010).
8)
R. Castaing & G. Slodzian, Microanalyse par émission ionique secondaire, J Microsc., 1, 395–410(1962).
9)
K. Nagashima, et al., Stardust silicates from primitive meteorites, Nature, 428, 921-924(2004)
10)
N. Sakamoto, et al., Remnants of the early solar system water enriched in heavy oxygen isotopes, Science, 317, 231-233(2007).
11)
坂本直哉,重い酸素同位体に富む太陽系物質の発見,遊星人,18, 25-30(2009).
12)
K. D. McKeegan, et al., The Oxygen Isotopic Composition of the Sun Inferred from Captured Solar Wind, Science, 332, 1528-1532(2011).
13)
N. Sakamoto and N. Kawasaki, Extreme 16O-Rich Refractory Inclusions in the Isheyevo Chondrite, 82nd Annual Meeting of the Meteoritical Society, #6069(2019)
14)
H. Yurimoto, et al., Oxygen isotopic compositions of asteroidal materials returned from Itokawa by the Hayabusa mission, Science, 333, 1116-1119(2011).
15)
J.P. Greenwood, et al., Hydrogen isotope ratios in lunar rocks indicate delivery of cometary water to the Moon, Nature Geoscience, 4, 79-82(2011).

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