Aiming to Improve and Expand the Quality of Therapeutic Drug Monitoring
– As a Bridge Between Education and Clinical Practice
同志社女子大学 薬学部臨床薬剤学研究室
准教授
松元 加奈 博士(薬学)
TDMとは、治療薬物モニタリング、therapeutic drug monitoring の略称で、対象となる薬物もしくはその代謝物の血中濃度測定結果に基づく患者個々への投与設計のことである。我が国におけるTDM は、1980年代初頭に医療現場に導入され、さらに特定薬剤治療管理料として診療報酬化されたことにより臨床の場に定着し、その対象薬も約40品目を数えるまでに拡大され続け現在に至っている。さらに近年では、特定薬剤治療管理料算定対象外のいくつかの薬物においてもTDM が実施され、個別化投与設計や科学的根拠のある薬物療法の実践、あるいは薬物動態学的な新知見の獲得等に寄与していることは周知の事実である。
言うまでもなくTDM は、採血の手技やタイミング、あるいは採血後の検体の取り扱いが正しくなされているとの前提の上に成り立つものであるが、医療現場では、採血タイミングの大幅なズレをはじめとする採血の手技や検体の取扱いに関するエラーが発生し、さらに、そのエラーにより測定データの解釈に誤りが生じ、患者さんの命を左右しかねない事例を著者らは経験している。
本稿では、著者が今日までに確認し得たTDM時の採血手技や検体取り扱いに関するミスの発生状況を解説するとともに、その現状を打破すべく大学内で取り組んでいるTDM 教育の内容を紹介し、教育と臨床現場とのかけ橋について述べる。
著者が主宰する研究室(以下、当研究室)では、図1の①~⑫のような流れで全国各地の医療施設と連携して患者の薬物体内動態(PK)研究を実施している。しかし、各医療施設から送付されてくる血液試料や解析に必要な患者情報等の記載された情報シートに何らかのミスが存在し、適切な薬物血中濃度測定や正確な解析の実施が困難な状況をしばしば経験している。その一例として、造血幹細胞移植の前処置に用いられる抗悪性腫瘍薬であるブスルファンのTDM 研究における検体取り扱い等のミス発生状況を図2に示す。全国23の医療施設から当研究室宛てに送付されたブスルファンの血中濃度解析のための145症例から採取された626検体を対象に、ブスルファンが投与され当研究室に検体が届くまで(図1の④~⑨)の間に発生したミスの種類を9項目にわけ、各項目の件数を調査したものである。発生数の多いミスは、患者や検体の情報の記載に関するものであった。これらのうち、情報の誤記入や未記入は医療施設への問い合わせにより解決したが、点滴時間の誤りや採血タイミングの誤り、検体保管法の誤りがあった18例(12.4%)は、結果として最終解析対象データから外さざるを得ず、あくまで参考値としてのみ医療施設へ結果報告するにとどまることとなった。
いうまでもなく、上に紹介した事例は日本全国で日々実施されているTDM 件数全体からすれば氷山の一角に過ぎないわけであるが、それでもこれほどまでにミスが多発している現実を目の当たりにするにつけ、国内の医療現場で実施されているTDMデータに基づいた投与設計のうち、信頼性を欠くケースははたしてどれほどに上るのかと、おおいなる不安を抱かざるをえない。このような現状を打破すべく著者が所属する大学(以下、本学)で取り組んでいるTDM 教育を次項で紹介する。
図1 臨床薬物動態研究の流れ
図2 ブスルファンのTDM研究における検体取り扱い等のミス発生状況
前項で示したようなTDM のための検体の採取や取り扱い時にミスが多発するのは、大学教育において、薬物血中濃度測定データが得られた後の薬物動態学的な解析に重きをおく教育がなされていることに起因するのではないかと考え、本学では、データ解析ばかりではなくTDM の根幹をなす、患者の状況や薬効発現の特性に応じた採血タイミング、あるいは検体の取り扱いに関する事柄を徹底して理解させる教育を実践してきた。その内容の一部を紹介する。
まず、TDM 対象に設定される薬物の定義としては、表1に示すように①有効・安全濃度域が狭いこと、②薬物血中濃度と薬理効果とが明確に相関すること、③体内動態の個体内もしくは個体間変動が大きいこと、の3項目を満たしていることが挙げられる。先述した約40品目を数える薬物のいずれもが、これらの観点から保険診療上のTDM 対象薬に指定されている。その上で、これらの薬物のTDM が必要になるのはどのような場合かを列挙すると、表1の④通常の用法用量であるのに効果がみられない場合、⑤中毒症状が疑われる場合、⑥薬物動態学的相互作用が予想される場合、⑦生理学的・病態学的変化が予想される場合、⑧投与剤形・投与法を変更した場合、⑨服薬不履行が疑われる場合、を挙げることができる。
TDM は、上述の④~⑨のような様々な場面で薬物治療の質的向上に貢献し得るツールではあるが、すべての副作用の回避や重篤化の防止が可能になるわけではないことに注意が必要である。⑥に挙げた相互作用を例に挙げると、TDM を通して察知できるのはあくまで血中濃度の変動を伴う薬物動態学的相互作用に限ってであり、血中濃度変動を伴わない薬力学的な相互作用は察知できないほか、⑤に挙げた中毒(副作用)症状の察知や回避が困難な例として、ボリコナゾールによるフッ素蓄積の副作用1,2)があげられる。この副作用を取り扱った論文1)では、ボリコナゾール血中濃度は平均1.52 μg/mL(指標濃度域は1-5 μg/mL)と血中濃度としてはけっして高値ではなく、副作用発現との関連性は低いといえる。この場合は、薬物血中濃度の高低ではなく、平均21か月にも及ぶ投与期間の長さがフッ素蓄積のリスク因子とされる。
表1 TDMを実施すべき薬物や場合
一般にTDM で設定されている有効安全濃度域は、その血中濃度が定常状態に到達した段階でのものである。したがってTDM のための採血は、原則として定常状態到達以後の時期に実施され、その値が評価されるわけであるが、図3に示すように定常状態到達前に早々と採血されて得られた測定値(●印)に基づいて、濃度が低すぎるからと安易に増量してしまうと、定常期に到達するころには中毒域にまで血中濃度が上昇してしまうことにつながる。定常状態に到達する時間は薬物により異なり、通常、各薬物固有の消失半減期の4 ~ 5倍程度を要するとされる。
一方、重症感染症患者に投与される抗菌薬の場合のように、定常状態に到達するまで気長に待っていたのでは適正用量への変更が遅れ、救えたはずの命も救えない……という本末転倒ともいえる事態につながりかねない。そのような場合には、あえて定常期まで待たずに早期に採血し、血中動態をコンピューターシミュレーションできるソフトウエア等を活用するなど薬物動態学の知識を駆使し、定常状態到達時の血中濃度を迅速に予測し評価する臨機応変な対応も求められる。
このほか、最終投与から採血までの経過時間に留意することも重要である。TDMとは本来、当該薬物が標的となる組織内で薬効(または毒性)を発現し得る濃度に到達しているかを探る目的で実施されているわけであり、このことを考慮すると、測定対象とする血液中濃度と標的となる組織中濃度とが平衡状態に達していることが大前提となる。したがって、両者がまだ平衡に達する前の時間帯で採血し測定された血中濃度では、標的部位での薬効や毒性の発現状態を正確に反映したものとはならないことになる。その典型的な例として、図4にジゴキシン経口投与後の血中濃度推移を示す。ジゴキシン服用後およそ6時間までは、消化管から全身循環への吸収とその後の血中から組織中への分布過程(α相)に過ぎず、この段階の血中濃度はまだ組織中濃度と平衡に達していない。ジゴキシンのTDM では、平衡が成立してからのβ相での採血および評価が必須となる。これらのことを把握せず、まちまちなタイミングで採血された場合、あたかも日によって血中濃度が大きく変動しているように誤って捉えられてしまう可能性がある。
図3 定常状態到達前測定値に基づいての増量投与した例
図4 ジゴキシン経口投与後の血中動態
TDM に供する血液試料の多くは血清もしくは血漿であり、多くの場合どちらを用いても測定値に大きな影響はない。しかし一部の例外があるため、明確にこれら試料の違いを知っておく必要がある。
血漿:EDTA やヘパリンなどの抗凝固剤をあらかじめ添加した採血管に採取された血液を入れ、これを遠心分離することで血球成分を沈降させた後の上澄み。
血清:抗凝固剤を含まない採血管に採取された血液を入れ、約30分間室温で静置することで血球成分を凝固させる。その後遠心分離することで得られる上澄み。
医療機関で実施されている、いわゆる特定薬剤治療管理料対象のTDM では後述する免疫抑制薬の場合を除けば通常、血清が試料として用いられる。すなわち、抗凝固剤を不要とすることから血漿を用いるよりもコスト的にメリットがあるほか、EDTA やヘパリンによる測定妨害を回避できるとの理由があげられる。例えば、薬物自体が陽性荷電しているアミノグリコシド系抗菌薬の場合は、陰性荷電をもつヘパリンと共存することで複合体を形成し測定が妨害されるおそれがあるほか、血清分離剤入りの採血管の場合は測定対象薬物が血清分離剤に吸着されてしまい正確な測定が困難になるケースもある。一方、著者の研究室で研究対象として医療機関と共同で実施中のメロペネムをはじめとするカルバペネム系抗菌薬3,4)や抗悪性腫瘍薬であるメルファラン5)などのTDM の場合は、これらの薬物が血液試料中では時間オーダーできわめて速やかに分解するため、採血後、凝固が完了するまで30分間も室温に放置しなければならない血清を試料としたのでは正確な濃度測定が不可能となる。このようなケースでは採血後、速やかに試料を分取できる血漿6)が望ましいと言える。
その他、全血試料を用いるべき薬物もある。免疫抑制薬のシクロスポリン、タクロリムス、あるいはエベロリムスがその代表例である。これらの薬物は、血液中では赤血球中に存在する特殊なタンパク質に多くが結合する性質を有しており、赤血球内部の薬物濃度も測定する必要があるためである。EDTA が添加された採血管に採取された血液を入れ、これを溶血させることで、赤血球内部から薬物を溶出させて測定が実施される。
実際の薬物血中濃度測定には、免疫学的測定法や高速液体クロマトグラフィー(HPLC 法)をはじめとする多種の測定法があり、自施設での測定、外注測定など様々なケースがあるが、いずれの方法でも、上記の3-1 ~ 3-3で述べた事柄が適切に実施・確認される必要がある。
血中濃度測定が完了すると、次はデータ解析の段階になるが、その際に必要な情報を表2に示す。これらの情報の入手が不十分なまま、数値だけをみて投与設計を行ってしまうと、誤った解釈に陥ってしまう。例えば、血中濃度としては指標域に収まっており妥当な値と判断できるものでも、②の奏効状態が不良であれば、③の最終投与から採血までの経過時間が適切であったかを確認することなどが必要となる。当然のことながら、先述した薬物投与(服用)、採血、検体の取り扱い、測定法に問題がないかも十分に確認した上で、結果をフィードバックしなければならない。
表2 データ解析に必要な患者情報
前項で紹介したTDM に関する教育内容は本学薬学生に向けたものであるが、当研究室所属の学生に対しては、さらに、実際の患者検体の薬物濃度測定を行い、データ解析から結果報告に至るまでの全行程を経験させ、臨場感ある体験をさせるよう心掛けている。患者検体や患者情報を取り扱い、自らの手で解析した結果を実際の治療に反映させるというTDM 研究に学生時代に携わった経験は、たとえ就職先では自施設での血中濃度測定等が行われていなかったとしても、患者個々に最適な薬物投与設計法の提案に携わる際に活かされるものと確信している。さらには、地域の薬剤師の先生方にも、患者検体を取り扱い、HPLC 等による濃度測定の機会を設ける生涯教育や卒後教育を提供できないかと模索している。
本稿で紹介したような教育を受けた薬学生たちが次世代の薬剤師として教育と臨床とのかけ橋となり、我が国のTDM の質的向上と拡充がなされることを期待したい。
参考文献
バイオソリューション
AS活動を推進するために遺伝子解析と薬物血中濃度を活用しよう!
慶應義塾大学 薬学部 松元 一明 博士(薬学)
抗菌薬適正使用支援(Antimicrobial Stewardship:AS) を推進することは耐性菌の出現を防ぐ、あるいは遅らせることができ、医療コストの削減にも繋がるとされています。
その有用性について、慶應義塾大学 薬学部 松元先生に寄稿いただきました。
(SI NEWS Vol.65 No.1 研究報文)
バイオソリューション(医療向け)
この装置は医療向けです
LM1010高速液体クロマトグラフ
AS を実践するための、迅速な薬物血中濃度測定について、バンコマイシン(グリコペプチド系)と、ボリコナゾール(抗真菌薬)の測定例をもとに解説します。
(SI NEWS Vol.65 No.1 技術解説)