Creation of Fundamental Technologies and Future Prospects for Material Informatics and Process Informatics in Advanced Catalysis Research
産業技術総合研究所
触媒化学融合研究センター
藤谷 忠博
UBE株式会社
研究開発本部
橋口 雄太
近年の材料開発の分野では、コンピューターや人工知能の進歩により、“ 経験と勘” に基づく従来の非効率な手法に代わる、良質なデータからインフォマティクスを用いて高速で材料開発を行うマテリアルズインフォマティクスが大きな潮流となってきている。このような背景の下、我々は、2016年から、計算・プロセス・計測の三位一体による機能性材料の高速開発を目指したNEDO 委託事業「超先端材料超高速開発基盤技術」を開始した。ここでは、有機系機能性材料をモデル材料として、①計算科学技術のマルチスケール化による材料物性予測技術の確立、②実サンプル試作の高速かつ自在な製造が可能な革新的プロセス技術の確立、③従来観測できなかった構造の精密観測や機能発現のその場観測等の先端計測技術の確立の三つの基本技術を融合して創出されるデータに基づいたデータ駆動型研究で、特定の材料物性の発現条件の予測技術確立を狙った(図1)1)。この技術融合型の開発により、従来の延長線上にない新しい材料探索技術の確立と研究開発期間の短縮を目指し、先端素材高速開発技術研究組合と横浜ゴム(株)およびUBE(株)との共同研究により、エタノール(EtOH)からのブタジエン(BD)合成触媒の開発およびフロー法によるPdコアPtシェル(Pd@Pt)触媒の合成法の開発を課題として進めた。ここでは、計算科学的アプローチに加え、触媒の自動合成、多連の反応器による迅速触媒性能評価、触媒物性の迅速測定等、触媒化学に重要な実験をハイスループット化し、大量のデータを迅速に取得することで、データ駆動型触媒インフォマティクスによる触媒の自動探索の取り組みについて述べる。
図1 革新的な材料開発手法による機能性材料基盤技術開発
EtOH からBD への転換反応(ETB 反応)は複雑で、脱水素、アルドール縮合、Meerwein-Ponndorf-Verley( MPV)還元、脱水の4つの過程から構成される(Scheme 1) 2)。したがって、酸性と塩基性の反応サイトがバランス良く存在する触媒が、ETB 反応に対して最適な変換と選択性をもたらすと期待される。各反応の最適な触媒を探索するにあたり、検討すべき触媒の種類や反応条件の組み合わせが非常に多く、最適触媒や反応条件の系統的なスクリーニングには多大な時間とコストがかかる。そこで、本プロジェクトで導入したハイスループット装置群を利用し、多くのデータを蓄積し、触媒インフォマティクスに基づくデータ駆動型触媒開発を検討した。本研究では、触媒の調製、活性評価および物性評価にハイスループット装置を適用した。触媒調製には触媒自動合成装置(BIG KAHUNA, UNCHAINED Labs, 図2A)を用い、50種類の金属酸化物前駆体水溶液を担体であるSiO2に含浸担持させた。担持量や焼成温度を変化させ、短期間で約200種の触媒を調製した。活性評価は、8連式(TS-14-8R, 太洋システム, 図2B)および16連式フローリアクター(Flowrence XR, avantium, 図2C)で評価した。データはオンラインのガスクロマトグラフィで解析され、EtOH の変換反応による生成物組成のデータを得た。ETB 反応は二段階に分け、一段階目の反応としてEtOH からアセトアルデヒド(AcH)への変換、二段階目の反応としてEtOH/AcH 混合物からBD への変換活性を主に調べた。
Scheme 1 ETB反応の反応機構
図 2 ハイスループット実験装置
A) 触媒自動合成装置、B) 8連式触媒活性評価装置、C) 16連式触媒活性評価装置
まず、一段目のEtOH からAcH への変換反応における有効な触媒のスクリーニングを行った。検討した触媒は、200種類である。表1には、EtOH の変換反応結果の代表例(触媒10種)を示す。SiO2担持のCuO, Ag, SnO2触媒ではEtOH からAcH へ高い変換がみられ、一段目の反応に有効な触媒であることがわかる3)。ZnO 触媒の場合、AcH への変換とともにBD への変換もみられた。一方、IrO2、MoO3、Ga2O3、V2O5、Nb2O5およびNiO 触媒では、EtOH からエチレンが生成しており、EtOH の脱水が主反応となる。CuO, Ag, SnO2およびZnO 触媒がAcH 変換に効果的であったことから4,5)、これらの触媒活性に及ぼす反応温度の影響を調べた。CuO 触媒は623 K の低温でも高い活性を示したが、反応温度の上昇とともに活性は著しく減少した。Ag, SnO2, ZnO 触媒のAcH 収率は、反応温度の上昇とともに増加した。特に、Ag/SiO2触媒では、広い反応温度範囲で最も高いAcH 選択率と収率を示した。
表 1 ハイスループットシステムで調製した触媒のEtOH反応
EtOH: 0.03 mL/min, N2: 10 mL/min, 反応温度: 623 K, 担体: SiO2, 金属酸化物担持量: 5 wt%
表2には、二段階目の反応結果の代表例を示す。ここでも、200種類の触媒評価を実施した。EtOH/AcH の比は50/50とし、活性は623 K で評価した。SiO2担持のHfO2, ZrO2, Sc2O3およびNb2O5触媒では、高いEtOH 転化率と高いBD 選択率を示した3)。HfO2やZrO2は優れたETB 触媒として知られていたが、新たにSc2O3もEtOH/AcH からのETB 反応に有効な触媒成分であることがわかった。活性の高かったHfO2, ZrO2, Sc2O3およびNb2O5触媒について各種条件の最適化を行った。その結果、HfO2担持量7 wt%、EtOH/AcHモル比が1.5、反応温度673 K において、最高収率63%を得た。以上のデータを基に、EtOH/AcH 原料での反応におけるBD 収率予測モデルを作成した。学習データを180、テストデータを20としてランダムフォレスト法により検討した(図3)。BD 収率には、金属酸化物の金属電子電荷が最も重要度が高く、次に、金属原子と酸素原子の距離もBD 収率に重要な記述子であることがわかった。これは、金属部分が(+)電荷を有しLewis 酸点として機能し、酸素部分が(-)電荷となりLewis 塩基として働くと考えれば反応機構的にも妥当な結果と考えられる。
表2 ハイスループットシステムで調製した触媒のEtOH/AcH反応
EtOH/AcH: 50/50, 0.03 mL/min, N2: 10 mL/min, 反応温度: 623 K, 担体: SiO2, 金属酸化物担持量: 5 wt%
図3 EtOH/AcHの変換反応における金属酸化物触媒のBD収率予測
アルゴリズム:Random Forest、学習データ:180、記述子:5、テストデータ:20
ここまでのハイスループット評価や、そこから得られた200程度のデータや理論計算データを用いた統計解析に基づき、一段階目ではAg/SiO2触媒、二段階目ではHfO2/SiO2触媒が有効であることが明らかになった。そこで、タンデム型のフローリアクターを設計し、これらの金属種の組み合わせでの二段階反応でETB の活性を評価した結果を表3に示した。一段反応では、Ag/SiO2とHfO2/SiO2の物理混合触媒、およびAg とHfO2をSiO2に同時担持した触媒は、BD 選択性が低い値であった(48%)。また、ZnOとZrO2をSiO2に担持した触媒では、EtOH 転化率が低い値であった(67%)。これに対して二段反応の場合には、反応温度をそれぞれの反応に最適な603と673 K にすると、EtOH 転化率99%、BD 選択率63% を達成した3)。さらに興味深いことに、Ag/SiO2+HfO2/SiO2 (物理混合触媒)、Ag-HfO2/SiO2 (同時担持触媒)およびZnO-ZrO2/SiO2 (同時担持触媒)による一段反応では、いずれも反応の経過とともに触媒活性が大幅に低下したが、Ag/SiO2とHfO2/SiO2による二段階反応プロセスでは、BD 収率はほぼ安定しており、反応時間の経過に伴う触媒活性の低下が抑えられることがわかった。触媒寿命の観点からも二段階反応プロセスが有効なものであることが明らかになった。現在、これらの触媒の改良を進めるとともに、種々のエンジニアリングデータをハイスループット装置により取得し、プロセスインフォマティクスを活用しながら実用化に向けたスケールアップ検討を実施している。
表 3 反応方式とETB反応結果
EtOH feed rate: 0.03 mL/min, N2: 10 mL/min,
a) Ag およびHfO2 担持量: 7 wt%, b) 物理混合Ag/SiO2 + HfO2/SiO2, Ag およびHfO2 担持量: 7 wt%, c) Ag およびHfO2 担持量: 7 wt%, d) ZnO およびZrO2 担持量: 5 wt%
固体高分子形燃料電池用の正極の触媒として用いられているPt の使用量低減が必要不可欠である。その解決策の一つとして最表面にのみPt を配置するコアシェル構造を利用した触媒開発の研究が活発に行われている。しかし、既存のコアシェル触媒合成法は、バッチ式プロセスであるため、生産性が低いことなどが実用化に向けた大きな問題点となっている。そこで、我々は、高い生産性および高度な触媒構造制御を両立した合成法の確立を目的として、コアシェル触媒におけるフロー合成法の開発を検討した。フロー合成においては、各種のPtシェル形成条件を最適化して、Pt 単原子層のPtシェル構造を持ったPd@Pt 触媒のフロー調製法の開発が求められる。我々は、図4に示すコアシェル合成用ハイスループットフロー合成装置を開発し、金属前駆体や反応剤、添加剤の種類、接触効率、滞留時間などのプロセス条件の最適化を迅速に実施した。この合成装置は、種々の金属原料および還元剤をオートサンプラーから送液ポンプを用いてリアクターに供給する。リアクターでは、まず、コア金属であるPd 前駆体を還元剤により還元し、Pdコア粒子を形成する。次に、二段目でPt 前駆体と還元剤を混合する。ここで、還元されたPt 金属とPdコア粒子からPd@Pt 構造を持つ粒子を形成する。生成したPd@Pt 粒子は、炭素スラリー中に供給され、活性炭に担持される。活性炭担持Pd@Pt 触媒は、フラクションコレクターにより、それぞれのバイアルに保管される。本装置を用いることで、1日当たり約20種類のPd@Pt 触媒の連続・自動合成が可能となった。
図 4 Pd@Pt触媒用ハイスループットフロー合成装置
最初に、Pt 前駆体をH2PtCl6として、還元剤の種類がPtシェル構造と触媒活性に与える影響を検討した。合成したPd@Pt 触媒のPt-Pt 配位数およびPt-Pd 配位数は、XAFSスペクトルを測定して、そのフィッティング解析から求めた。また、触媒活性は、酸化還元反応(ORR)活性を調べた。還元剤として2-MePy・BH3を用いた場合、Pt-Pt およびPt-Pd配位数は、それぞれ6.8と2.5と見積もられた。これは、単原子層のPtシェルが形成した場合の理論値(NPt-Pt : 6, NPt-Pd :3)に近いことから、ほぼ1層のPtシェル構造に制御されたPd@Pt 粒子が形成していることが考えられる。しかし、Pd@Pt 触媒中の白金有効利用面積(ECSA)、Pt 重量当たり(MA)およびPt 表面積当たり(SA)のORR 活性は、既存の銅-アンダーポテンシャル析出法(Cu-UPD 法)により調製したPd@Pt 触媒に比べて半分程度の値しか示していない。単原子層のPtシェル構造を有しているにもかかわらず、Pt 表面積およびORR 活性が低いのは、図5に示すように、Pd@Pt 粒子同士が凝集しているためであることがわかった。
図 5 Pt前駆体をH2PtCl6、還元剤を2-MePy・BH3から合成したPd@Pt触媒のDF-STEM像
Pd@Pt 粒子を分散させて活性炭上に担持するため、保護剤を使用する例が報告されている6)。窒素でPt に配位するピリジン系化合物も保護剤として使用されている例があり7-9)、2-MePy・BH3還元剤とPt 前駆体の反応で生じる2-MePyが保護材としての役割を持つことが考えられる。しかし、2.1当量の2-MePy・BH3をPt 前駆体の還元剤として添加した場合、Pd@Pt 粒子の凝集は全く抑制できていなかったので、添加量を増加させPd@Pt 構造におよぼす影響を検討した。EXAFSスペクトルのフィッティング解析の結果から得られたPt-Pt 配位数、Pt-Pd 配位数とORR 活性評価結果を表4に示す。2-MePy・BH3の添加量が6.4等量までは、Pt-Pt、Pt-Pd 配位数は単原子層のPtシェル構造の理論値に近く、均一な単原子層のPd@Pt 構造を保っていることがわかる。ECSA およびMA は、還元剤の増加に伴い増大し、MA は6.4等量で522と最も高い値を示した。この値は、既存のCu-UPD 法によるPd@Pt 触媒にほぼ匹敵する活性である10)。しかし、それ以上、2-MePy・BH3の添加量を増やすとMA は低下することがわかる。最も高活性であったCat. 3のTEM 写真を図6A に示す。Pd@Pt 粒子は、Cat. 1に比べ粒子の分散性が大きく向上していることが確認された。これは、ECSAの結果と一致しており、2-MePy・BH3の2-MePy が分散剤として機能していることが明らかである。また、Pd@Pt の単一粒子を取り出し、EDSマッピング分析を行った結果(図6B)、球状Pd 粒子上に均一にPt(赤い部分)が分布していることが明確に示され、Pdコア-Ptシェル構造を有することが確認された。ここで、Ptシェル構造を詳細に検討するため、電子エネルギー損失分光ライン分析を行った結果を図6C に示した。解析の結果、Ptシェルの厚さが約0.25 nmと見積もられた。Pt の原子径は0.28 nm であることから、局所構造としても1ML のPtシェルを有したPd@Ptコアシェル粒子が合成されていることが明らかになった。これまでの結果から、2-MePy の役割は、i) 単原子層のPtシェル構造の形成、ii) 生成したPd@Pt 粒子の凝集抑制である。これは、Pdコア粒子表面に析出したPt 原子には2-MePy が配位しており、この2-MePyがPt の結晶成長を阻害するため、単原子層のPtシェル構造をもつPd@Pt 粒子が形成されるものと考えている。さらに、2-MePy の量を最適化することで、Pd@Pt 粒子同士の凝集も抑制していることを示している。
表 4 Pd@Pt 触媒の構造および触媒特性に及ぼす2-MePy・BH3添加量の影響
図6 Pt前駆体をH2PtCl6、還元剤を2-MePy・BH3(6.4 eq.-Pt)から合成したPd@Pt触媒(Cat. 3)のTEM像(A)、EDSマッピング分析(B)およびEELSライン分析(C, D)
我々は、ハイスループット装置で触媒調製および性能評価を迅速化して良質な実験データを蓄積し、インフォマティクス技術と組み合わせるデータ駆動型の触媒開発を検討してきた。その結果、高性能な触媒や新しい合成方法が短時間で開発できることがわかってきた。現在も、ハイスループット装置群の整備を積極的に進めており、様々な触媒反応に対し、ハイスループット化された触媒合成装置、触媒活性評価装置および各種分析装置で実験データの蓄積中である。さらに、装置群を充実させた触媒開発プラットフォームを産総研つくばセンターに整備した。ここで、多くの研究者にハイスループット装置を使用してもらい、データ駆動型の新たな触媒開発研究を発信できる研究施設としていきたい。
謝辞
本研究は、NEDO の支援を受けて実施された。関係各位に感謝の意を表す。
参考文献