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文化財に使われた色材のオンサイト非破壊分析調査

On-site Non-Destructive Analysis of Coloring Material Found in Cultural Properties

吉備国際大学 名誉教授 デンマテリアル株式会社・色材科学研究所 下山 進*1 博士(理工学)

吉備国際大学 名誉教授
デンマテリアル株式会社・色材科学研究所
下山 進*1博士(理工学)

目次

文化・歴史を伝える活きた資産として貴重な文化財の科学調査は、物理的・化学的な処理を加えて傷つけることは許されず、非破壊分析法によらなければならない。ここでは、琉球紅型衣装や漆器、陶器、日本画、油彩画、また浮世絵版画などの文化財に使われた色材の非破壊分析調査において、現在も実践使用しているオンサイト(現場)分析装置を紹介し得られる情報の解析方法について解説する。文化財に使われた色材の非破壊分析調査では、まず赤外線写真を撮影し色材がもつ赤外線吸収特性を確認、測定点を定めて顕微鏡写真を撮影し色材の着色状態を拡大観察、次に各測定点における可視-近赤外反射スペクトル(Visible Near Infrared Reflection Spectrum:可視-近赤外 Rfスペクトル)を測定し、そのスペクトル形状から色材を解析、続いて蛍光 X 線スペクトル(X-ray Fluorescence Spectrum:XRFスペクトル)による元素分析から顔料を同定、顔料と同定できない場合は三次元蛍光スペクトル(Three-Dimensional Fluorescence Spectrum : 3DFスペクトル)を測定し染料を同定している。

赤外線写真撮影

装置

赤外線写真撮影は、図1に示したように、カメラPENTAX 645D IR(有効画素数約4000万画素)の本体にレンズsmcPENTAX-FA645 75mm F2.8を取り付け、光源にはストロボCanon SPEEDLITE 420EX を2灯使用し、カメラのレンズ前面とストロボ発光面の両者に赤外線フィルター IR-86(波長860 nm から長波長側の赤外線を透過する富士フイルムシャープカットフィルター)を取り付け、さらにカメラ本体にはワイヤレス リモート フラッシュ トリガ(NEEWER 製)を、そのレシーバーはストロボ(2灯)にそれぞれ取り付け、シャッターとストロボを同期させて発光させ撮影している。したがって、暗室で撮影する必要もなく、ストロボからは波長860 nm よりも長波長側の赤外線が試料面に照射され、カメラは被写体から反射してくる波長860 nm よりも長波長側の光(赤外線)を受光してデジタル画像となり記録される。なお、通常はカメラ本体の内部に装着されている紫外線や赤外線をカットし可視光線のみを透過するバンドパスフィルターは除いている。

図1 赤外線写真撮影装置

図1 赤外線写真撮影装置

表1 色材(顔料・金属・染料)の赤外線写真

表1 色材(顔料・金属・染料)の赤外線写真

赤外線写真から得られる情報 1)

赤外線は、眼に見える可視光線よりも長い波長を持ち、可視光線のように物体表面で反射せず、物体の内部まで入り込んでいく。例えば、紅型衣装に使われている色材が赤外線を吸収せず透過すれば、その下にある絹、綿、または麻などの繊維表面まで到達して反射し、再び色材を通り抜けて外に出てくる。したがって、赤外線を透過する色材に赤外線を照射して撮影すると、繊維表面で反射した赤外線が再び色材から外へ抜け出てカメラに取り込まれ記録され白く写し出される。しかし、逆に赤外線を吸収する色材では、照射した赤外線が色材に吸収されてしまい繊維表面まで到達して反射することがなく、赤外線写真では黒く写し出される。そして、ある程度赤外線を吸収する色材では、色材を透過した赤外線だけが繊維表面に到達するので反射する赤外線も弱くなり、赤外線写真は灰色になる。また、赤外線を吸収せず透過する色材の下に目視では観察できない文字や描線(下素描)が墨(木炭)で描かれていれば、その文字や下素描が赤外線写真に黒く写し出される。紅型衣装などでは、赤外線を透過する色材に手描きで加えられた極細の墨線が赤外線写真では黒い描線となって写し出される。これらの現象は、炭素を主成分とする墨が赤外線を良く吸収することによる。赤外線写真で白く、あるいは黒く、もしくは灰色に写し出される色材(顔料・金属・染料)を表1に示した。

《油彩画モデル作品の赤外線写真》

油彩画の下絵(下素描)が木炭(カーボン)で描かれていれば、その下絵が赤外線写真によって確認できることは良く知られている。しかし、この現象は木炭だけではない。赤外線を吸収するプルシアンブルーであっても確認することができる。これは、図2に示したように、ひろしま美術館が所蔵するゴッホ最晩年の代表作の一つ油彩画「ドービニーの庭」(縦530 mm×横1030 mm)を X 線分析顕微鏡 HORIBA XGT-5000による元素マッピング解析によって、画面左下の芝生に(芝生が描かれている絵具層の下に)ゴッホが描いたとされる “ 黒猫 ” の姿が存在するか否か確認するときのことであった2,3)。この部分は、現在も第三者の加筆によって、その “ 黒猫 ” の姿は隠されている。実物の文化財を使用して実験することはできない。事前に検討が必要であればモデル作品を制作して実験する。この元素マッピング解析によって絵具層の下に隠されている“ 黒猫 ” の姿が確認できるか否か実験するため、モデル作品を制作した。このモデル作品は、画家の吉田寛志氏による模写によって制作された。彼は、ゴッホが用いたと思われる油絵具を使用し、“ 黒猫 ” が描かれていると思われる箇所を模写しモデル作品を制作した。まず、図3のAに示したように、プルシアンブルーとクロムイエローを混色して、いわゆる別称 “クロムグリーン” を作り、さらにプルシアンブルーを加えて黒に近い濃い青色の絵具を用い “ 黒猫 ” の姿を描いた。そして、図3の B に示したように、ゴッホが使用したであろうジンクホワイトを主体にシルバーホワイトも用い、黄色のクロムイエロー、緑のビリジアンやエメラルドグリーンを使用し、“ 黒猫 ” の周囲と同様に、“ 黒猫 ” の上に加筆して、芝目の1つ1つを盛り上げて塗り重ね、最初に描いた “ 黒猫 ” の姿を隠した。そしてさらに、これらに加えて第三者が用いたであろうレッドオーカーも重ねて加筆しモデル作品を制作した4)。この赤外線写真が図3の C である。この模写に使われた絵具の内、赤外線を吸収し赤外線写真で黒化するのはプルシアンブルーとエメラルドグリーンであり、白化するのはジンクホワイト、シルバーホワイト、クロムイエロー、そしてビリジアン、また灰化するのはレッドオーカーである。赤外線を吸収するエメラルドグリーンは芝生に点在しているが、“ 黒猫 ” の姿はプルシアンブルーを主体に描かれている。そのため、芝生を加筆して絵具層の下に隠した “ 黒猫 ” の姿が赤外線写真に写し出されることになった。このように、下素描が木炭でなくても、赤外線を吸収する色材が用いられている下素描であれば、赤外線写真に写し出されることになる。なお、実物の作品では、残念ながら “ 黒猫 ” の姿を赤外線写真に写し出すことはできなかった。これは、想像以上に絵具層が厚かった為と思われる。しかし、図4に示したように現場(美術館仮設実験室)での X 線分析顕微鏡によるスキャニング蛍光 X 線測定によって元素マッピング解析した結果、クロム元素のマッピング画像に猫の頭部、首、前足、胴体、そして尾の構図が現れ、ゴッホはそこに “ 黒猫 ” を描いていたことが確認できた。

図2 ゴッホ「ドービニーの庭」に隠された“黒猫”の位置

図2 ゴッホ「ドービニーの庭」に隠された“黒猫”の位置

図3 部分模写によるモデル作品と赤外線写真

図3 部分模写によるモデル作品と赤外線写真

図4 ゴッホ「ドービニーの庭」のX線分析顕微鏡によるスキャニング蛍光X線測定

図4 ゴッホ「ドービニーの庭」のX線分析顕微鏡によるスキャニング蛍光X線測定

《紅型衣装の赤外線写真解析》

紅型衣装*2の赤外線写真を図5に示した。赤外線を吸収せず透過して赤外線写真では白く写る色材には、タンニンによる鉄媒染の黒染を除くほとんどの染料、金属、また顔料では白の「胡粉」や「鉛白」、赤の「朱」や「鉛丹」、黄色の「石黄」などがある。一方、これらとは逆に、赤外線を吸収して赤外線写真では黒く写る色材に緑の「緑青」や「花緑青(エメラルドグリーン)」、青の「ベロ藍(プルシアンブルー)」や「群青」、黒の「墨」などがある。さらに、赤外線がある程度吸収されて灰色に写し出される色材には、酸化鉄を成分とする赤の「ベンガラ」や黄色の「黄土」、青の「スマルト(スマルト鉱ガラス)」などがある。このように赤外線写真に写し出される白化度(あるいは黒化度)から色材を推定し絞り込むことができ、他の非破壊分析法によって得られた情報と総合して解析すれば、そこに使用された色材を特定することができる。例えば、図5に示した紅型衣装のカラー写真(左)とその赤外線写真(右)とを対比すると、赤外線写真では地色の「黄色」が白化しており、逆に鳳凰の尾羽の「青」や「緑」は黒化している。このことから、まず地色の「黄色」は、赤外線写真で白化する黄色の「石黄(As2S3)」か、あるいは「黄色染料」と推定でき、後述する XRFスペクトル測定で「ヒ素(As)」が検出されれば、それは「石黄」と特定できる。しかし、XRFスペクトル測定で特定できないときは、さらに3DFスペクトルを測定し、分子構造に由来する固有の蛍光指紋から染料を同定することになる。次に、赤外線写真に写し出された鳳凰の尾羽で黒化した「青」の場合、その色相(色味)と赤外線写真が黒化することで青の「ベロ藍(KFe[Fe(CN)63・nH2O)」か、あるいは「群青(Cu3(CO32(OH)2)」と推定でき、後述する XRFスペクトル測定で「鉄(Fe)」が検出されれば、その青は「ベロ藍」であり、「銅(Cu)」が検出されれば、それは「群青」と特定できる。さらに、赤外線写真に写し出された鳳凰の尾羽で黒化した「緑」の場合、赤外線写真が黒化したことで緑の「緑青(塩基性炭酸銅 CuCO3・Cu(OH)2)」と推定でき、後述する蛍光 X 線分析で「銅(Cu)」が検出されれば、それは「緑青」となる。しかし、これまで数多くの紅型衣装を非破壊分析してきたが、紅型衣装の「青」や「緑」の差し色に「群青」や「緑青」は使われていない。それは、布地(繊維)に刷毛で顔料を摺り込み着色するとき、粒子が大きい顔料は繊維に食い込み絡みつかず充分に定着させることができない。紅型の文様柄に摺り込み着色する色材は、微粒子であって鮮やかな色彩を呈する顔料が必要となる。「群青」や「緑青」は、粒子が大きい時には鮮やかで濃い色相を呈するが、微粒子になると「白群(びゃくぐん)」や「白緑(びゃくりょく)」と言われる“白っぽい”微粉末となり鮮やかな色に着色できない。このためか、紅型衣装の「緑」は、微粒子であっても鮮やかな青を呈する「ベロ藍」と鮮やかな黄色を呈する「石黄」の混色によって「緑」に着色している。この鳳凰の「緑」は、ベロ藍が混在することから黒化して写し出されている。このことは、後述する XRFスペクトル測定によって、「緑」の測定点から「ベロ藍」に由来する「鉄(Fe)」と「石黄」に由来する「ヒ素(As)」の両元素が検出され、「群青」や「緑青」に由来する「銅(Cu)」が検出されていないことで確認できる。

図5 紅型衣装の赤外線写真

図5 紅型衣装の赤外線写真

顕微鏡写真撮影

装置

顕微鏡写真撮影には、マイクロスタンドリングを取り付けたカメラPENTAX WG-3(レンズ焦点距離4.5~18.0 mm、F値2.0W - F4.9 T、有効画素数約1600万画素)を使用している。紅型衣装の顕微鏡写真撮影では、図6に示したように、カメラレンズの径に合わせて円形の窓を切り抜いた保護紙を衣裳の上に被せ、その円形の窓の上にカメラレンズを合わせ重ねて置き(本体重量:電池・SDカードを含め247 g)、カメラのモニターに映し出される画像の中心に測定点と定めた箇所を配置して、デジタル顕微鏡撮影モードで光学倍率を設定し、リモート撮影している。なお、光学倍率は、×1.2倍、×2.5倍、そして最大×4.0倍と設定し、それぞれの倍率で撮影した画像データを PC で観察している。

図6 顕微鏡写真撮影

図6 顕微鏡写真撮影

顕微鏡写真から得られる情報

紅型衣装の顕微鏡写真では、測定点と定めた繊維組織に地色や差し色に使われた色材が拡大されて写し出される。もし、それが染料であれば、有彩色の透明な染料が繊維の内部まで浸透して染められている状態が観察され、織の組織構造も観察できる。しかし、それが顔料であれば、繊維の表面に不透明な色材が張り付いている状態が観察され、欠損部が点在し、欠損部には下地の繊維が白く写し出されている状態も観察される。例えば、紅型衣装に施された牡丹文様の赤い花弁の顕微鏡写真(光学倍率×4.0倍)を図7(右)に示した。繊維の表面に不透明な赤い色材が張り付いた状態が観察され、それが剥がれた微小な欠損部も白く写し出されている。このことから、この牡丹文様の花弁には赤い顔料が使用されていることが判る。なお、この赤色の部分は、赤外線写真では白化しており、後述する可視-近赤外 Rfスペクトルでは、図9A の「朱」と同様のスペクトル形状を示し、さらに後述する XRFスペクトル測定では「水銀(Hg)」が検出されている。すなわち、この顕微鏡写真は、顔料の「朱(HgS)」が繊維に張り付いた状態を写し出している。

図7 紅型衣装に施された牡丹文様の赤い花弁の顕微鏡写真

図7 紅型衣装に施された牡丹文様の赤い花弁の顕微鏡写真

可視-近赤外反射スペクトル(可視-近赤外Rfスペクトル)測定

装置 6)

可視-近赤外線 Rfスペクトル測定装置の構成を図8に示した。Ocean Optics USA 製の二分岐型光ファイバー R400-7-VIS-NIR を用い、照射側の光ファイバーを同社製の光源 LS-1(タングステン・ハロゲンランプ)に取り付け、受光側の光ファイバーを同社製の小型マルチチャンネル分光器 USB4000に取り付けて使用している。例えば、紅型衣装の可視-近赤外 Rfスペクトル測定では、円形の窓を切り抜いた保護紙を紅型衣装の上に置き、窓の中心に測定点と定める箇所が配置されるように被せ、その上に光ファイバーの先端を挿入した遮光ボックス(390 g)を置く。次に、遮光ボックスの開閉窓から中を覗き込み、中にある光ファイバーの先端から測定点と定めた位置に光が照射されるよう微調整し、試料面との間隔を約3 mm 空けて、可視光線の領域から近赤外線領域の光(380 ~ 1000 nm)をピンポイント(1 mm φ)で照射する。そして、測定点から反射してくる光は、他方の光ファイバーから分光器に取り込み、波長毎に分光して可視光線領域から近赤外線領域の分光反射率曲線、すなわち可視-近赤外 Rfスペクトルを PC のディスプレーに表示させる。なお、この装置は、遮光ボックスを使用しなくても、光ファイバーの先端を測定点と定めた箇所に約3 mm 程近づければ、即座に反射してくる光が取り込まれ PC のディスプレーに映し出され、非破壊で可視-近赤外 Rfスペクトルが計測できるので、後述する《浮世絵版画に使用された「青」の色材》において記載したように、数多くの浮世絵版画を短時間に調査することができた。

図8 可視-近赤外Rfスペクトル測定装置

図8 可視-近赤外Rfスペクトル測定装置

可視-近赤外反射スペクトルから得られる情報

可視-近赤外 Rfスペクトルは、物体が反射した光を波長(単位:ナノメートル nm)毎に分光して横軸に、波長毎の反射率(単位:パーセント %)を縦軸とするグラフで表され、可視光線の領域(380 ~ 700 nm)から、これに続く近赤外線の領域(700 ~ 1000 nm)で波長毎に変化する光の反射率が曲線となって示される。可視光線の領域では、色材としての色相・明度・彩度に応じたスペクトルが示され、可視光線領域から近赤外線領域における幅広い領域では、物質としての特性を示すスペクトルの変化が現れる。この幅広い領域で固有のスペクトル形状を示す色材であれば、目視で同じ色に見える色材であっても識別することができる。代表的な色材から得られる可視-近赤外 Rfスペクトルを図9 〜 11に示した。
まず、図9の A に示した顔料「朱」であれば、ヒトに赤の色覚を生じさせる可視光線領域の600 nm から長波長側の光が急激に反射して高まり、近赤外線領域においても反射率が高いスペクトル形状となる。また B に示した酸化鉄系顔料のベンガラや黄土では、可視光線領域における655 nm 近辺と近赤外線領域における870 nm 近辺に特徴的な吸収が現れる。次に、図10の C に示した顔料「スマルト」であれば、可視光線領域の565 nm 近辺に僅かな反射を示す特徴的なピークが現れる。そして、図11の B に示した染料の「臙脂」であれば、図9の A に示した顔料「朱」と同様に、赤の色覚を生じさせる可視光線領域の600 nm から長波長側の光を急激に反射するが、可視光領域の545 nm 近辺に特徴的な僅かな反射を示すピークが現れる。さらに、図11の C に示した染料「藍」であれば、青の色覚を生じさせる420 nm 近辺の光を反射するピークが現れ、近赤外線領域に入ると700 nm から急激に反射率が高まる特徴的なスペクトル形状となる。このように、その色材が赤色の「ベンガラ」や黄色の「黄土」、青色の「スマルト」、あるいは赤色の「臙脂」などであれば、それらのスペクトル形状から、いずれの色材か識別することができる。

図9 朱(A)、酸化鉄系顔料(B)、緑青(C)から得られる可視-近赤外Rfスペクトル

図9 朱(A)、酸化鉄系顔料(B)、緑青(C)から得られる可視-近赤外Rfスペクトル

図10 ベロ藍(A)、群青(B)、スマルト(C)から得られる可視-近赤外Rfスペクトル

図10 ベロ藍(A)、群青(B)、スマルト(C)から得られる可視-近赤外Rfスペクトル

図11 墨(A)、臙脂(B)、藍(C)から得られる可視-近赤外Rfスペクトル

図11 墨(A)、臙脂(B)、藍(C)から得られる可視-近赤外Rfスペクトル

《浮世絵版画に使用された「青」の色材》

日本の江戸で刊行された「浮世絵版画」の「青」の色材は、明和期から寛政期頃(1765 ~ 1800年頃)まで「露草(コンメリニン)」が使われ、寛政後期から文化末期(1817年)頃に「藍(インジゴ)」の使用が散見されるようになり、文政期(1818年)に入ると「藍」の使用が多くなり、文政中期(1824年前後)には「藍」が一般化した。そして、続く天保元年(1830年)には、「藍」から「ベロ藍(プルシアンブルー)」への転換が始まり、天保2年(1831年)後半には浮世絵版画の86%が、天保3年以降は、ほぼ100%の浮世絵版画に「ベロ藍」が使われるようになった6, 7)。この「浮世絵版画の青の変遷」を研究する際には、数多くの浮世絵版画、特に「役者絵(芝居絵)」*3 に摺られた青を分析した。必要に応じて後述する XRFスペクトル測定による「ベロ藍」の確認と3DFスペクトル測定による「藍」の確認を行ったものの、即座に可視-近赤外RFスペクトルが計測でき「露草」、「藍」、あるいは「ベロ藍」の識別が非破壊で分析できる本装置が有効に働いた。具体的には、図12に示した「露草」と図10の A「ベロ藍」、そして図11の C「藍」に示したそれぞれの可視-近赤外 Rfスペクトルを比較すれば明らかなように、そこに使われている青の色材が露草かベロ藍か、あるいは藍かスペクトル形状によって識別できる。

図12 「露草」から得られる可視ー近赤外Rfスペクトル

図12 「露草」から得られる可視ー近赤外Rfスペクトル

《浮世絵版画に登場する風景画ジャンル》

さらに、この可視-近赤外 Rfスペクトルによる非破壊分析法によって、浮世絵版画に初めて風景画ジャンルが登場するのは、天保元年ごろから刊行された葛飾北斎の「冨嶽三十六景」シリーズであることも判った。図13に示したように、「表富士」と称される「冨嶽三十六景」36図のいずれにも濃い青から薄い青へと遠近感を生み出す青い「空」や「海」が摺られている。これは “ ぼかし ” 8)の技法で摺られており、この青い「空」や「海」の全てから図10の A に示した「ベロ藍(KFe[Fe(CN)63・nH2O)」の可視-近赤外 Rfスペクトルが得られ、後述する XRFスペクトル測定によって鉄(Fe)が検出された5)。この風景画ジャンルで表現された綺麗な “ ぼかし ” は、超微粒子で鮮やかな青を呈する「ベロ藍」がなければ表現できない。また、この「ベロ藍」が使われたことで浮世絵版画の世界に風景画ジャンルが誕生したとも言える。さらに、浮世絵版画の制作工程では、最初に「主版(おもはん)」9)とよばれる版木で画題と絵師の名、そして線描による絵を摺り出し、これに色毎に彫った「色版(色摺り用の版)」を摺り重ねて多色摺りとする。一般的な浮世絵版画では、墨で「主版」摺りとするが、この「冨嶽三十六景」シリーズでは、青の「藍」で「主版」摺りをしていた。したがって、「冨嶽三十六景」シリーズの題名や絵師の名前、そして輪郭線から得られた可視-近赤外 Rfスペクトルは、図11の C「藍」と同じスペクトル形状を示した6)

図13 葛飾北斎「冨嶽三十六景(表富士)」シリーズ36図

図13 葛飾北斎「冨嶽三十六景(表富士)」シリーズ36図

《可視-近赤外 Rf スペクトルと赤外線写真の白化度の関係》

赤外線写真では、高い赤外線透過率をもつ顔料が使用されている部分に、下図(下素描)などの、表層下の様子がより検出され易い 1)。それぞれの色材が示す可視-近赤外 Rfスペクトルの「反射率」は「透過率」と読み替えることができる*4。このことから、可視-近赤外 Rfスペクトルの近赤外線領域における反射率から前記した赤外線写真による色材の白化度、あるいは黒化度が判る。例えば、その色材の赤外線領域における「反射率」が60 % 以上であれば、その色材の「透過率」は60% 以上と高く「照射した赤外線の多くが色材を透過する」と考えることができ、照射した赤外線の多くが色材を透過して、その下にある繊維などの表面で反射し、再び上層の色材を透過して外へ抜け出てカメラに取り込まれ受光され赤外線写真では白化し白く写し出される。逆に、その色材の赤外線領域における「反射率」が20 % 以下であれば、その色材の「透過率」は20% 以下と低く「照射した赤外線のほとんどが色材に吸収され透過しない」と考えることができ、照射した赤外線のほとんどは、その色材に吸収され、その下にある繊維などの表面に届くことも無く、また再び上層の色材を透過して外へ抜け出てくる赤外線も無いので赤外線写真では黒化して黒く写し出される。また、近赤外線領域の反射率が40 % 前後の色材では、照射した赤外線は多少吸収され一部は透過して、その下にある繊維などの表面で反射し、再び上層の色材を透過し外へ抜け出てカメラに取り込まれ受光されるが、色材から抜け出てくる赤外線の光量は少ないことから灰色に写し出される。具体的には、図9に示した A の「朱」、そして図11に示した B の「臙脂」や C の「藍」では、近赤外線領域における反射率が60 % 以上であることから、これらの色材は赤外線写真で白化し白く写る。逆に、図9に示した C の「緑青」、図10に示した A の「ベロ藍」とB の「群青」、そして図11に示した A の「墨」では、近赤外線領域の反射率が20 % 以下であることから、これらの色材は赤外線写真で黒化して黒く写る。また、図9に示した B の酸化鉄系顔料(ベンガラ・黄土)、そして図10に示した C の顔料「スマルト」では、いずれも近赤外線領域の反射率が40 % 前後であることから、これらの色材は赤外線写真で灰化し灰色に写る。この関係から、赤外線写真と可視-近赤外 Rfスペクトルを対比することで分析結果の正しさを確認することができる。

《可視-近赤外 Rf スペクトルによる紅型衣装に使われた「臙脂」の確認》

紅型衣装に使われていた色材の一つに赤の染料「臙脂(ラッカイン酸)」がある。紅型衣装の菖蒲の文様にある赤い花弁から得られた可視-近赤外 Rfスペクトルを図14に示した。このスペクトルには、可視光線領域の545 nm 近辺に僅かな反射を示す特徴的なピークがあり、その長波長側600 nm から近赤外線領域の光を反射している。そして、この545 nm 近辺に僅かな反射ピークをもつ特徴的なスペクトル形状は、図11の B に示した「臙脂」の特徴的なピーク形状と一致する。しかし、ここで得られたスペクトルのボトムとトップの差異(⊿)は、図11の B「臙脂」のそれと比べて小さい。すなわち、臙脂の色素(ラッカイン酸)を主成分とする標準試料*5と比べて彩度(鮮やかさ)が低いことになる。この原因は、後述する XRFスペクトル測定で判った。この可視-近赤外 Rfスペクトルを測定した同じ菖蒲の赤い花弁から鉛(Pb)が検出され、ここには赤い「臙脂」と共に白色の「鉛白(2PbCO3・Pb(OH)2)」が使用されていた。この「鉛白」が混ぜられたことによって「臙脂」の明度が高く(白っぽく)なり、同時に彩度(鮮やかさ)も下がって図14に示したように可視-近赤外 Rfスペクトルのボトムとトップの差が小さくなっていた。いずれにしも、測定された可視-近赤外Rfスペクトルに現れた545 nm近辺の特徴的な僅かなピークから、それが「臙脂」であると判定でき、後段の3DFスペクトルでは「臙脂」の蛍光指紋が得られたことから、この菖蒲の赤い花弁には、「鉛白」に「臙脂」を混色した赤の色材が「色差し」されていると確認された。

図14 紅型衣装の「赤」から得られた可視-近赤外Rfスペクトル

図14 紅型衣装の「赤」から得られた可視-近赤外Rfスペクトル

蛍光X線(XRF)スペクトル測定

装置 10)

XRFスペクトル測定で使用しているオンサイト(現場)分析に対応した装置の構成を図15に示した。本装置では、X 線発生器として X 線管(管球)を使用していない。X 線を放出する放射線同位元素(Radioactive Isotope:RI)を線源として使用している。具体的には、X 線の発生源(線源)として AET Technology 製の放射性同位元素アメリシウム241(セラミックスで密封した粒状の241Am をリング状に配置して内包させた密封環状線源 1.85 MBq)A を使用し、この線源を測定点と定めた箇所に約5 mm の距離まで近づけ、241Am が放出する X 線(エネルギー:13.95 keV・17.74 keV・59.54 keV)を試料に照射する。241Am から放出される X 線は円周状に照射され、中心点から半径約6 mm の円形部分(12 mm φ)に存在する種々の元素から発生する蛍光 X 線を測定することになる。ここで発生した蛍光 X 線のエネルギーは、Amptek 製の検出器(半導体検出器 Si-PIN XR-100CR / Beウィンドウ 0.3 mil=7.62 µm /分解能 180-205 eV)C で計測され、さらに同社製のプリアンプ(PX2T/CR 型)D で増幅、次いで同社製の小型マルチチャンネル波高分析器(PMCA-8000A)E で分別して、パーソナルコンピュータF にインストールされた解析ソフトで XRFスペクトルとする。本装置は、エネルギー分散型の装置であるため多元素同時分析ができる。なお、図15の B は、線源 A の上面と周囲、そして内腔部を包み込んだ遮蔽材(鉛)であり、線源 A から放出される X 線が検出器 C の窓から取り込まれないようにしてある。また、この遮蔽材Bを挟んで線源A の上面と検出器 C の先端は密着させている。

図15 蛍光X線装置の構成

図15 蛍光X線装置の構成

図16 紅型衣装のXRFスペクトル測定

図16 紅型衣装のXRFスペクトル測定

図17 国宝「緑釉四方燭台」の蛍光X線測定

図17 国宝「緑釉四方燭台」の蛍光X線測定

図18 蛍光X線スペクトルの模式図

図18 蛍光X線スペクトルの模式図

本装置を使用して紅型衣装から XRFスペクトルを測定するときは、図16に示したように、線源Aを取り付けた検出器Cをカメラの固定治具として使用されるアームに固定し、検出器Cの先端に取り付けている線源 A を紅型衣装の上に配置して、測定点と定めた箇所に約5 mm の距離まで近づけ静置し(非接触)、先端部の241Am が放出する X 線を照射し、紅型衣装に定めた測定点から発生する蛍光 X 線のエネルギーを検出器Cで計測する。また、陶器のような場合は、図17に示したように、検出器Cの先端に取り付けた線源Aを陶器の平面部に約5 mm の距離まで近づけて静置し、先端部Aの241Am が放出する X 線を照射、そこから発生する蛍光 X 線のエネルギーを検出器で計測する。X 線の照射時間が経過するにしたがって、図18に示した「蛍光 X 線スペクトルの模式図」と同様のスペクトルが形成されていく。スペクトルが形成されていく速度は、測定試料に存在する元素量が多ければ多いほど早く*6、短時間の内に明確なスペクトルが得られる。通常の計測時間(有効計数時間 Live Time:LT)は、測定試料に存在する元素量によって異なるが、元素量が多ければ180 ~ 600秒間(3 ~ 10分間)程度、元素量が少なければ1200 ~ 1800秒間(20 ~ 30分間)程度かかる。また、測定点に存在する元素量が少ないとき、明確な XRFスペクトルを形成させるために3600s(1時間)を越えることもある。これは、微弱な線源(241Am /1.85 MBq)を使用するがゆえに測定時間が長くなる。しかし、この線源は、現行の「放射性同位元素等の規制に関する法律」が2005年に制定される以前の1999年に AET Technology USA が認証し日本アイソトープ協会を通して購入したもので、当時の旧法令に定められた規制値(3.7 MBq)を越えていないことから、使用管理を正しくすれば現状において所管監督署の許可や届出を必要とせず使用できる。また、密封線源であることと強度が3.7 MBq 以下であることから、外部放射線に係る線量の規定(3ヶ月間に1.3 mSv)を越えることがないのでオンサイト(現場)での非破壊分析において X 線管理区域を設ける必要が無い。また、この線源の製造時(1998年)における強度は1.85 MBq であったが、241Am の半減期が432年であることから、25年経過した2022年現在であっても5.8 % 減少した1.74 MBq 程の強度をもっており、蛍光 X 線分析用の線源として十分に使用できる。ただし、この線源を新たに購入して使用するには、現行法に基づく許可が使用となる。

XRF スペクトルから得られる情報

図18に示した模式図のように横軸をエネルギー(keV)とし、縦軸を強度(counts)とする XRFスペクトルは、試料を構成している元素から発生した蛍光 X 線のエネルギーを示し、また発生した蛍光 X 線の強度を示している。発生した蛍光 X 線のエネルギーは XRFスペクトルのピークの位置が示す横軸のスケール(keV)から、その強度は XRFスペクトルのピークの高さが示す縦軸のスケール(counts)から求めることができる。

《蛍光 X 線スペクトルはダブレットあるいはトリプレットとなる》

線源(241Am)から照射される X 線(エネルギー:13.95 keV・17.74 keV・59.54 keV)によって、カルシウム(Ca)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ヒ素(As)などの第4周期の元素、そして銀(Ag)、カドミウム(Cd)、錫(Sn)などの第5周期の元素からは、それぞれ Kα線と Kβ線が蛍光 X 線として発生し、またバリウム(Ba)、タングステン(W)、白金(Pt)、金(Au)、水銀(Hg)、鉛(Pb)などの第6周期の元素からは、それぞれ Lα線と Lβ線と Lγ線が発生する。すなわち、単一の元素から発生する蛍光 X 線には、図18に示した模式図のように Kα線と Kβ線の2つのスペクトルがダブレット(対 doublet)となって、もしくは Lα線と Lβ線と Lγ線の3つのスペクトルがトリプレット(三つ組み triplet)となって現れる。それぞれの元素から発生するこれらの蛍光 X 線のエネルギーは 元素に固有であり、X 線分析の専門書には原子番号順に各元素から発生する固有の Kα線と Kβ線、あるいは Lα線と Lβ線と Lγ線のエネルギーがそれぞれ詳しく示されている11)。これを使用して、測定された XRFスペクトルの横軸のスケールから読み取ったエネルギーの値と同じエネルギーを蛍光X線として発生する元素が測定した試料を構成している元素となる。ここでは、表2に代表的な「顔料・金属の成分元素から発生する各種蛍光 X 線のエネルギー」を示した。測定された蛍光 X線のエネルギー(XRFスペクトルの横軸の位置から読み取ったエネルギー)と同じエネルギーを示す元素を検索すれば、それを成分元素とする顔料や金属が特定できる。
また、一定強度の X 線を試料に照射したときに発生する蛍光 X 線の強度は、試料に存在する元素の量(原子数)に比例する。このことから、元素濃度が既知の標準試料を使用して、濃度が異なる各標準試料からそれぞれ蛍光 X 線の強度を測定し、元素濃度に対する蛍光 X 線の強度をグラフにした検量線を作成すれば、その検量線を使用して元素濃度が未知の試料から測定される蛍光 X 線の強度をもって、未知試料に存在する元素の濃度(量)を知ることができる。

表2 顔料・金属の成分元素から発生する各種蛍光X線のエネルギー

表2 顔料・金属の成分元素から発生する各種蛍光X線のエネルギー

《Kα線と Kβ線の強度比・Lα線と Lβ線と Lγ線の強度比》

ダブレットとなって現れる Kα線と Kβ線の強度比は「Kα:Kβ=10:1程度」、言い換えれば Kβ線の強度は Kα線の強度の1桁程度となり、トリプレットとなって現れる Lα線と Lβ線の強度比は、X 線を発生させる X 線管の管電圧によって変化し「Lα:Lβ=10:10 ~ 10:5」と変動する12)。しかし、X 線管を使用せず241Am(1.85 MBq)を線源とする本装置では、Kα線と Kβ線の強度比は X 線管を使用する装置の場合と同様に「Kα:Kβ=10:1程度」となるが、Lα線と Lβ線の強度比は「Lα:Lβ=10:6 ~ 10:5程度」となる。また、Lα線と Lβ線が確認できれば、強度は弱いが Lγ線も確認でき、そのときの Lβ線と Lγ線の強度比は「Lβ線:Lγ線=10:1程度」となる。例えば、本装置によって測定される緑色顔料「花緑青(エメラルドグリーン Cu(C2H3O2)2・3Cu(AsO2)2)」の XRFスペクトルを図19a に示し、白色顔料「鉛白 2PbCO3・Pb(OH)2」の XRFスペクトルを図19b に示した。本装置は、半導体検出器を用いるエネルギー分散型の蛍光 X 線分析装置であることから、多元素から発生した蛍光 X 線を同時に検出する。花緑青は、銅(Cu)とヒ素(As)を成分元素とすることから、両元素から蛍光 X 線が発生しそれぞれのエネルギーが検出される。図19a に示したように、Cu からは8.04 keV の Cu-Kα線に相当するスペクトルAと8.92 keV の Cu-Kβ線に相当するスペクトルB が現れ、As からは10.54 keV の As-Kα線に相当するスペクトルCと11.75 keV の As-Kβ線に相当するスペクトルD が現れる。この両元素から発生する Kα線と Kβ線の強度比は、いずれも「Kα:Kβ=10:1程度」となる。一方、鉛白は鉛(Pb)を成分元素とすることから、図19b に示したように、Pb の Pb-Lα線に相当する10.55 keV のスペクトルAと Pb-Lβ線に相当する12.64 keV のスペクトルB、そしてPb-Lγ線に相当する14.76 keV のスペクトルC が現れ、Lα線と Lβ線の強度比は「Lα:Lβ=10:6 ~ 10:5程度」となる。また、Lγ線の強度は Lβ線の強度に対して「Lβ線:Lγ線=10:1程度」となる。このように、ダブレットとなる Kα線と Kβ線の強度比とトリプレットとなる Lα線と Lβ線の強度比の違いから、測定されたスペクトルが Kα線と Kβ線に相当するピークか、あるいは Lα線と Lβ線に相当するかピークか判別できる*7
なお、XRFスペクトルでは、Kα線よりもKβ線のエネルギーが高く(スペクトルの横軸の位置では Kα線の右側に Kβ線のスペクトルが現れ)、Lα線よりもLβ線のエネルギーが高く(Lα線の右側に Lβ線のスペクトルが現れ)、また Lβ線よりもLγ線のエネルギーが高い(Lβ線の右側に Lγ線のスペクトルが現れる)。このことも踏まえて、XRFスペクトルに現れたスペクトルが「どの元素に帰属する Kα線と Kβ線か、あるいは Lα線と Lβ線か?」読み解いていくことになる。

《XRF スペクトルの重なり》

本装置は分解能が180 ~ 205 eV の半導体検出器を用いたエネルギー分散型の蛍光 X 線分析装置であり、多元素から発生した蛍光 X 線のエネルギーを同時に検出するが、異なる元素から発生したエネルギーが近接していて205 eV =0.205 keV 以上の差がないと重なることになる。例えば、緑色顔料の「花緑青」は、前記したように銅(Cu)とヒ素(As)を主成分元素とし、両元素から同時に発生した蛍光 X 線が XRFスペクトルに現れる。この「花緑青」だけが使用されていれば、図19aに示したように、Cuと As のそれぞれから発生した Kα線と Kβ線のエネルギーはいずれも近接しないので重なることなくそれぞれのスペクトルが確認できる。しかし、彩色表現では明度を高く明るい色調とするために白色顔料の「鉛白」を加えることがある。濃い緑の「花緑青」に白い「鉛白」が加えられて明るい緑色とされた場合、図19c に示したように、「花緑青」から発生した蛍光 X 線のエネルギー(図19a)と「鉛白」から発生した蛍光 X 線のエネルギー(図19b)が同時に検出され、「花緑青」に由来して発生した As の Kα線と「鉛白」に由来して発生した Pb の Lα線は重なることになる。このことは、「花緑青」と「鉛白」が混在している場合に限らず、測定試料に Asと Pb の両元素が共存すれば、As の Kα線(10.532 keV)と Pb のLα線(10.550 keV)は重なることを示している。
また、黄色顔料の「石黄(As2S3)」に赤色顔料の「朱(HgS)」を加えて橙色とすることがある。この両者が混在すると、「石黄」の成分元素であるヒ素(As)の Kα線(10.532 keV)と Kβ線(11.726 keV)が発生し、同時に「朱」の成分元素である水銀(Hg)の Lα線(9.987 keV)と Lβ線(11.821 keV)も発生する。この場合は、As の Kβ線(11.726 keV)と Hg の Lβ線(11.821 keV)が重なることになる。これは、「石黄」による黄色と「朱」による赤が隣接している場合も同じようになる。例えば、図20に示した紅型衣装の文様の場合、この黄色の差し色から得られた XRFスペクトルに9.98 keV のエネルギーを示すスペクトルAと10.54 keV のエネルギーを示すスペクトルB、そして11.73 keV のエネルギーを示すスペクトルC が現れている。まず、BとC のピーク強度は B:C=10:1程度であることから、強度が強い方のピークB は Kα線で、強度が弱い方のピークC は、ピークBとダブレットを組む Kβ線と考えられる。そして、表2を使用し「10.54 keV のエネルギーに相当する Kα線と11.73 keV のエネルギーに相当する Kβ線が発生する顔料は何か?」を検索する。測定した箇所の主たる色相は黄色であることから、ピークB は「石黄」の成分元素である As の Kα線(10.532 keV)に相当し、またピークC は、このAs の Kβ線(11.726 keV)に相当する。このことから、この黄色の顔料は「石黄」であると同定できる。それでは、9.98 keV のエネルギーを示すスペクトルA は「何から発生した蛍光 X 線か?」、再度表2を使用して「このエネルギーに相当する蛍光X 線が発生する元素は何か?」を探れば、それは Hg の Lα線(9.987 keV)に相当し、これとダブレットを組む Hg の Lβ線(11.821 keV)が、上記の As から発生した Kβ線(11.726 keV)のスペクトルCと重なっていることが判る。このように、スペクトルの重なりを理解しておかないと、スペクトルA は「何に由来するピークか?」紐解くことができないことになる。

図19a 「花緑青(エメラルドグリーン)」から得られるXRFスペクトル

図19a 「花緑青(エメラルドグリーン)」から得られるXRFスペクトル

図19b 「鉛白」から得られるXRFスペクトル

図19b 「鉛白」から得られるXRFスペクトル

図19c 「花緑青」と「鉛白」から発生する蛍光X線の重なり

図19c 「花緑青」と「鉛白」から発生する蛍光X線の重なり

図20 赤色顔料「朱」に隣接した黄色顔料「石黄(左)」のXRFスペクトル(右)

図20 赤色顔料「朱」に隣接した黄色顔料「石黄(左)」のXRFスペクトル(右)

《顔料「スマルト」から得られる XRF スペクトルの解析》10)

顔料が誕生した歴史的背景を知ることで多元素同時分析が功を奏することもある。例えば、古典的な青色顔料の「スマルト」と同定することができた XRFスペクトルを図21に示した。この XRFスペクトルは、江戸期の天和2年(1682年)に福井県朝倉神社に奉納された絵馬「羅生門図(縦134.4 cm ×横102.3 cm)」に描かれた武将(渡辺綱)の兜の鉢に塗られていた青い箇所から測定された。
「スマルト」は、最古のコバルト系人造顔料であり、溶融したケイ酸ガラス(SiO2,K2O,CaO)にコバルト鉱([Co,Ni]As3-2,Fe)を投じて製する青ガラスを粉砕した顔料である13,14)。この鉱石に含まれるコバルト(Co)が青の発色源で鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、ヒ素(As)が随伴することになる。このことを知ることで、図21の XRFスペクトルには、ケイ酸ガラスに由来する Caとコバルト鉱に由来する Fe、Co、Ni、As が同時に現れていると解析できる。現在販売されている絵具に「スマルト」と称するものがあるが、Co 元素のみを青の発色源として製したもので古典的な「スマルト」とは異なる。なお、この図21に示した XRFスペクトルの中に「scatter」と付記したエネルギー領域は、本装置で使用している線源(241Am)から放出される X 線(13.95 keV・17.74 keV)が散乱して検出される散乱線であり測定点に存在する元素由来のピークではない。
なお、XRFスペクトル測定による分析は、顔料や金属などの無機物の分析に適しているが、染料などの有機物は分析できない。これは、表2に示した「墨」の成分である炭素(C)から発生する蛍光 X 線のエネルギーが0.277 keVと極端に低く、現在のいかなる蛍光 X 線分析装置であっても検出できない。したがって、炭素(C)結合を主体に構成される染料などの有機物も分析できない。

図21 江戸期(天和2年/1682年)に奉納された絵馬「羅生門図(左)」の兜の鉢に塗られた青色顔料から得られたXRFスペクトル(右)

図21 江戸期(天和2年/1682年)に奉納された絵馬「羅生門図(左)」の兜の鉢に塗られた青色顔料から得られたXRFスペクトル(右)

《XRF スペクトルと可視-近赤外 Rf スペクトルによって解析された「緑」》15)

絵画的文様を漆器に施す技法として「堆錦」がある。これは、漆に顔料を均等に練り込んだ「堆錦餅」を薄く延ばして文様の形に切り抜き張り付ける技法で、図22に示した国宝「黒漆宝尽堆錦軸盆」もその一つとなる。この図に「黄色」の堆錦部分から得られた XRFスペクトル(左上)と「緑」の堆錦部分から得られた XRFスペクトル(右上)、そして同じ「緑」の堆錦部分から得られた可視-近赤外 Rfスペクトル(右下)を示した。まず、「黄色」の堆錦部分から得られた XRFスペクトル(左上)では、スペクトルAと B が検出されており、最も強度が強いピークA のエネルギーは10.54 keV を示し、これに対し1桁程度(10:1程度)の強度を示しているピークB のエネルギーは11.77 keV を示している。この強度比は、ピークA がKα線でピークB が Kβ線であることを示し、表2から検索すれば、ピークAと B はヒ素(As)から発生した Kα線(10.532 keV)と Kβ線(11.726 keV)に相当する。したがって、ここには黄色の「石黄(As2S3)」が使われたことが判る。すなわち、この黄色の絵画的文様には、漆に「石黄」を均等に練り込んだ堆錦餅が使われている。次に、緑の堆錦部分から得られた XRFスペクトル(右上)においては、最も強度が強いピークBと、これに対して1桁程度(10:1程度)の強度を示しているピークC は、前者が Kα線を、後者が Kβ線を示しており、ピークBとピークC が示しているエネルギーは、表2から黄色い顔料「石黄」の Kα線と Kβ線に相当する。また、この XRFスペクトルには6.39 keV を示すピークA も検出されているが、これは地塗りに使われた黒漆、すなわち鉄粉あるいは鉄の塊を漆液に入れて製した黒漆16)に由来する鉄(Fe)の Kα線(6.400 keV)であって、この黄色の堆錦部分に由来する Fe の Kα線ではない。このことは、地色の黒の部分から得られた XRFスペクトルに Fe の Kα線と Kβ線の両スペクトルが強く現れていたことからも理解できる。それでは、「緑」とするために黄色の「石黄」と共に使われた「青の色材」は何か?を探らなければならない。緑漆には「緑青」が使われた例があると言われている16)。しかし、ここでは「緑青(CuCO3・Cu(OH)2)」に由来する銅(Cu)の Kα線(8.041 keV)も、その Kβ線(8.905 keV)も検出されていない。また、「古い時代の史料を見ると藍染に使用する藍を使用しているとある」16)。しかし、「青代(藍)は当時あったが石黄と混ぜて使ったかは不明である」17)とされてきた。そこで、分析方法を変えて、同じ緑の堆錦部分から可視-近赤外 Rfスペクトルを測定した。それが、図22の右下に示した可視-近赤外 Rfスペクトルである。この可視-近赤外 Rfスペクトルには、測定箇所の色相が「緑」であることから、それが反映して青の色覚を生じさせる400 ~ 500 nm の領域にピークは現れていない。しかし、前記した図11の C に示した「藍」のスペクトル形状と同様に近赤外線領域の700 nm からスペクトルが立ち上がり近赤外線を反射している。藍染の「藍(インジゴ)」は、藍甕の中では水溶性のロイコ塩(緑色)を呈し、これが空気中で酸化されて青く結晶化し不溶性となるため顔料に用いられる18)。これらのことから、この緑の堆錦は、黄色の「石黄」と青の「藍」を練り込んで混色した「緑」と判定した。
なお、堆錦ではないが、(一財)美ら島財団が所有する「緑漆牡丹唐草石畳沈金膳」の四隅側面に塗られた「緑」から図22と同様の XRFスペクトルと可視-近赤外 Rfスペクトルが得られており、この漆器にも「石黄」に「藍」を加えた「緑漆」が塗られていると判定している19)

図22 国宝「黒漆宝尽堆錦軸盆」の「黄」から得られたXRFスペクトル(左上)および「緑」から得られたXRFスペクトル(右上)と可視-近赤外Rfスペクトル(右下)

図22 国宝「黒漆宝尽堆錦軸盆」の「黄」から得られたXRFスペクトル(左上)および「緑」から得られたXRFスペクトル(右上)と可視-近赤外Rfスペクトル(右下)

《陶器(釉薬)の蛍光 X 線分析》20)

4-1. の図17に示した国宝「緑釉四方燭台」は、この名からも緑釉を使用した陶器であることがわかる。緑釉は、青織部釉とも言われ「透明になる土灰釉や石灰釉に酸化銅(Cu2O)を加えて焼成することによって得られ、場合によっては、着色剤として胆礬(硫酸銅 CuSO4・5H2O)や真鍮粉(銅 Cuと亜鉛 Zn の合金)、銅へげ(銅 Cu の削りくず)などの不純物が混入した銅分(Cu)を用いることもある」とされている21)。この陶器「緑釉四方燭台」の肌から得られた XRFスペクトルを図23に示した。この XRFスペクトルには A:3.69 keV、B:6.41 keV、C:8.00 keV、D:8.67 keV、E:8.88 keV、そして F:9.54 keV のエネルギーを示すスペクトルがそれぞれ現れている。これらのスペクトルの中で最も強度が強いピークC(8.00 keV)が緑釉の焼成発色成分となる銅(Cu)の Kα線(8.041 keV)に相当し、その Kβ線(8.905 keV)がスペクトルE(8.88 keV)に相当することが判る。そして、次に蛍光 X 線の強度が強いスペクトルは D であり、そのエネルギーは8.67 keV を示している。また、このスペクトル強度に対して1桁程度(10:1程度)の強度を持つスペクトルは F であり、そのエネルギーは9.54 keV を示している。このことから、スペクトルD は亜鉛(Zn)の Kα線(8.631 keV)に、またスペクトルF は、その Kβ線(9.572 keV)に相当する。すなわち、この緑に焼成発色している部分には、銅と亜鉛が共存していることとなり、その釉は真鍮紛であることになる。なお、この XRFスペクトルに現れているスペクトルA(3.69 keV)や B(6.41 keV)は、この素地に用いられた粘土(陶石)や石灰釉(炭酸カルシウム CaCO3)に由来する鉄(Fe)の Kα線(6.400 keV)とカルシウム(Ca)の Kα線(3.691 keV)に相当するスペクトルとなる。

図23 国宝「緑釉四方燭台」に使用された緑釉のXRFスペクトル

図23 国宝「緑釉四方燭台」に使用された緑釉のXRFスペクトル

三次元蛍光(3DF)スペクトル測定

装置

現在行っている3DFスペクトル測定は、オンサイト(現場)で光ファイバーを取り付けた日立 F-2500形分光蛍光光度計(光度計本体:35 kg)を使用し、研究室では同様の光ファイバーを取り付けた日立 F-7000形分光蛍光光度計(光度計本体:41 kg)を所定の場所に据え付けて使用している。文化財自体を移動することが不可能な場合もあり、また収蔵庫などの現場調査が必要となる場合もある。このような場合は、専用の金属製収納ケースに F-2500形分光蛍光光度計と光ファイバーを納め自家用車で自ら、あるいは物流会社に精密機器として移送依頼し現場に持ち込んでいる。当然、現場での装置関数の測定(スペクトル補正)および蛍光側長波長域の装置関数測定を行うためローダミンB 等の試薬や副標準光源も持参している。F-2500形および F-7000形で使用する光ファイバーの略図を図24に示した。この略図は、最初に使用した光ファイバーをイメージして作成したものでファイバーの形状を二重線で書き表し、励起側のファイバー(線芯数:48芯)を一本に束ね、その周囲を取り巻くように蛍光側のファイバー(線芯数:32芯)を配置したダブルバンドル形としている。しかし、現在の光ファイバーは、励起側のファイバー(線芯数:48芯)と蛍光側のファイバー(線芯数:48芯)を分散させて束ねたランダム型としている。両光ファイバーについて、同じ測定条件で3DFスペクトル(図26中央参照)を測定し、両者の蛍光強度を比較すると、ランダム型ファイバーで測定したときの強度は、3DFスペクトルに散乱線として現れる2次光をカットするフィルター(L39)を蛍光側にセットした場合であっても、ダブルバンドル形のそれよりもランダム形の方が約2.5倍強く計測でき、試料から発生した蛍光をより多く集光できる22)。ただし、光ファイバーの先端と試料との間隔を約5 mmとしたとき、ファイバーから試料に照射されるスポット光の直径は、ダブルバンドル形の場合が約3 mm であるのに対して、ランダム型の場合は約5 mmとなり広がる。このランダム型の光ファイバーを使用した F-2500形の分光蛍光光度計による現場での3DFスペクトル測定は、図25に示したように、まず紙の中央に約30 mm φの穴を開けた保護紙を試料(図25では紅型衣装)の上に被せ、保護紙に開けた穴の中央に測定点と定める箇所を配置する。次に光ファイバーの先端を挿入した遮光ボックス(390 g)を重ねて置き、遮光ボックスの窓を開けて光ファイバーの先端が測定点と定めた位置に配置されているか確認し、光ファイバーの先端と試料面との間隔を約5 mm 空けて固定し測定を開始する。なお、光ファイバーの先端を挿入した遮光ボックスの位置調整を行うとき、光ファイバーに可視光の光(例えば、550 nm)を通しておくと良い。
私達が最初に使用開始した装置は日立 F-4010形分光蛍光光度計であった。共役二重結合が発達した分子構造をもつ植物や動物由来の天然染料23)であれば、固有の励起波長と蛍光波長を有し、三次元蛍光スペクトルによって得られる等高線図(蛍光指紋)から、その染織物に染着している染料が直接同定できると考え、1990年代の初頭から研究を開始した24)。その後、装置を F-4500形に切り替え、さらに光ファイバーを導入して研究の対象を染織物から浮世絵版画へと展開し25,26)、同時にオンサイト分析では F-2500形を採用して日本国内の美術館やボストン美術館(USA)で浮世絵版画の非破壊分析を進めた27)。現在は、F-7000形を使用して漆器に使われた漆の非破壊分析へと研究を進めている。1990年代から現在に至るまで使用してきた分光蛍光光度計の能力は、都度向上しており、特に測定時間の大幅な短縮(スキャンスピードの高速化)、光源とするキセノンランプの大幅な寿命延長、そしてデータ解析機能の充実があった。また、オンサイト分析で使用している F-2500形の後継機としては、小型蛍光光度計の F-2700形(41 kg)が考えられる。

図24 光ファイバーの構成

図24 光ファイバーの構成

図25 紅型衣装の3DFスペクトル測定

図25 紅型衣装の3DFスペクトル測定

3DF スペクトルから得られる情報

染料「紅花(色素:カーサミン)」から得られる3DFスペクトルと等高線図(蛍光指紋)を図26に示した。3DFスペクトル測定では、異なる波長の励起光を順次試料に照射し、その都度試料から発生する蛍光スペクトルを測定していく。照射する励起光の波長領域(通常は250 ~ 600 nm)と異なる波長に移動していく間隔(通常は5 nm)、そして異なる励起光毎に発生する蛍光スペクトルの測定領域(通常は300 ~ 700 nm)を設定して測定を開始する。照射した励起波長毎に測定される蛍光スペクトルは少しずつ変化していく。照射する励起光の波長を250 nm から開始し、5 nm の間隔で励起波長を移動し(変えて)、600 nm で終了したとすれば、蛍光スペクトルは合計71回測定される(図26の左)。そして、照射した励起波長毎に測定された蛍光スペクトルを励起波長(Ex)と蛍光波長(Em)と蛍光強度の三次元で表示する(図26の中央)。これを「三次元蛍光(3DF)スペクトル」28)と呼んでいる。そして、この鳥瞰図のように見える山並みの姿を地形図で土地の高低を平面図上に表すように等高線に書き換える(図26の右)。これが試料から発生した固有の「蛍光指紋」であり、これをもって繊維を染めた染料や浮世絵版画などの色材として使われた染料を識別し同定する。図26の右に示した等高線図は、この図の中央下に示した分子構造をもつ染料「紅花」の色素「カーサミン」から得られた「蛍光指紋」であり、この「蛍光指紋」は染料の分子構造に由来し、染料が異なれば、すなわち染料固有の分子構造が異なれば異なる指紋となる。科学捜査では、ヒトの指紋から人物を特定する。現場に残された指紋(遺留指紋)と警察庁の指紋センターが管理する800万件以上の犯罪者指紋および数10万件以上の犯行現場に残された過去の遺留指紋を自動指紋識別システム(Automated Fingerprint Identification System:FAIS)で照合し、検索された指紋が遺留指紋と一致するか否か鑑識の専門家が最終的に判断する29,30)。文化財に使われた染料を蛍光指紋から判定する場合は、文化財から得られた遺留指紋にあたる蛍光指紋と実験準備した標準試料から得られる蛍光指紋を照合し、一致した蛍光指紋をもつ標準試料の染料が文化財に使われた染料と同一のものとなる。この基準となる標準試料の蛍光指紋は、代表的な天然染料を使用した絹染織物や和紙に摺った天然色素から測定した。図27に単一染の絹染織物や単一の染料を摺った和紙から得られた蛍光指紋を示した。また、日本古代の染色物では2つの染料を重ねて「緋色」や「緑」を染め出している31)。赤色染料の「紅花」に黄色染料の「黄蘗(ベルベリン)」を重ねて染めた「緋色」の絹染織物を標準試料とし、これから得られた蛍光指紋を図28に、青の染料「藍(インジゴ)」に黄色の染料「黄蘗」を重ねて染めた「緑」の絹染織物を標準試料とし、これから得られた蛍光指紋を図29にそれぞれ示した。なお、図28と29に「拡大」して示している蛍光指紋は、蛍光強度が弱いために隠れている等高線のピークが識別できるように、3DFスペクトルの強度を低くして表示させている。これらの蛍光指紋を比較すれば明らかなように、それぞれの蛍光指紋は染料に固有の形状を示し、それぞれ固有の最大励起波長(λ Ex)と最大蛍光波長(λ Em)を示す等高線ピークが現れている。また、2つの染料を重ねて染めた「緋色」や「緑」の蛍光指紋では、使用した染料に由来する個々の等高線ピークが現れている。なお、これらの蛍光指紋は、共同研究者の染色家 下山裕子氏から提供された絹染織物から得られ、また故 勝原伸也氏(作家名:立原位貫氏)から提供された和紙に染料を摺った浮世絵版画の標準試料からそれぞれ得られたもので、いずれも染料既知の蛍光指紋として識別同定の基準とした。なお、これらの蛍光指紋(等高線のパターン)は、染着している物が絹や麻などの繊維であっても、あるいは和紙であっても変化しない。

図26 染料「紅花(カーサミン)」の3DFスペクトルと等高線図《蛍光指紋》

図26 染料「紅花(カーサミン)」の3DFスペクトルと等高線図《蛍光指紋》

図27 標準試料「単一染の絹染織物」「和紙に摺った単一染料」から得られた蛍光指紋

図27 標準試料「単一染の絹染織物」「和紙に摺った単一染料」から得られた蛍光指紋

図28 標準試料「重ね染による緋色の絹染色物」から得られる蛍光指紋

図28 標準試料「重ね染による緋色の絹染色物」から得られる蛍光指紋

図29 標準試料「重ね染による緑の絹染色物」から得られた蛍光指紋

図29 標準試料「重ね染による緑の絹染色物」から得られた蛍光指紋

《古い時代の染織物に使われた色材の同定》

チベットのラサで16~17世紀(日本では室町後期~安土桃山時代)の中国製織物「錦」(図30)が1994年に発見された。この「錦」には、中国皇帝の象徴とされる五本の爪をもった「龍の文様」が金糸で、青の糸と緑の糸で「雲の文様」を、そして緋色の糸で「炎の文様」を織り出しており、当時の(株)龍村美術織物で首席技術員であった白井 進氏によって「白茶地龍雲紋錦」と命名された。大きさは縦290 mm×横280 mm で光度計本体の試料室に納めることはできない。ここでは光ファーバーによる細部の測定を行った。
まず、図31(左)に示した「雲の文様」を織り出している青の糸(X)からは、図32に示した蛍光指紋が得られた。この蛍光指紋は、図27の G に示した藍の絹染織物から得られる蛍光指紋と一致した。
次に、「雲の文様」を織り出している緑の糸(Y)からは図33に示した蛍光指紋が得られた。この蛍光指紋は、図29に示した藍に黄蘗を重ねて染めた絹染織物から得られる蛍光指紋と一致し、Y1と Y2は染料の黄蘗に由来する等高線ピーク、Y3は染料の藍に由来する等高線ピークであることが判る。
そして次に、「炎の文様」を織り出している緋色の糸(Z)から得られた蛍光指紋を図34に示した。この蛍光指紋と等高線のピークは図28に示した紅花に黄蘗を重ねて染めた絹染織物のそれと一致し、Z1と Z2の2つの等高線ピークは染料の紅花に由来し、Z3と Z4と Z5の3つの等高線ピークは染料の黄蘗に由来する等高線ピークである。
これらのことから、この「錦」に織り込まれている青の色糸は藍の単一染によるもの、緑の糸は藍と黄蘗による重ね染によるもの、そして緋色の糸は紅花と黄蘗による重ね染によるものと同定した32-34)

図30 錦織「白茶地龍雲紋錦(16~17世紀)」と裏側(右)の測定点

図30 錦織「白茶地龍雲紋錦(16~17世紀)」と裏側(右)の測定点

図31 錦織「白茶地龍雲紋錦」の測定点

図31 錦織「白茶地龍雲紋錦」の測定点

図32 錦織「白茶地龍雲紋錦」の測定点X「青の糸」から得られた蛍光指紋

図32 錦織「白茶地龍雲紋錦」の測定点X「青の糸」から得られた蛍光指紋

図33 錦織「白茶地龍雲紋錦」の測定点Y「緑の糸」から得られた蛍光指紋

図33 錦織「白茶地龍雲紋錦」の測定点Y「緑の糸」から得られた蛍光指紋

図34 錦織「白茶地龍雲紋錦」の測定点Z「緋色の糸」から得られた蛍光指紋

図34 錦織「白茶地龍雲紋錦」の測定点Z「緋色の糸」から得られた蛍光指紋

《浮世絵版画に使われていた「緑」の色材》

浮世絵版画では、染料の藍(インジゴ)と顔料の石黄(As2O3)による混色「緑」が3DFスペクトルと XRFスペクトルによる分析によって確認されている35)。この浮世絵は五渡亭国貞の三枚続き「江戸八景 木母寺暮雪」の右側の一枚で1821年頃(江戸後期 文政4年頃)に刊行された。この浮世絵版画の緑の測定点から得られた蛍光指紋と XRFスペクトルを図35に示した。
まず、この「緑」から得られた蛍光指紋は、図27の G に示した藍の蛍光指紋と近似している。しかし、等高線のピークが示す最大励起波長(λEx)は、藍のそれと比べて少し長波長側にシフトしている。また、同じ緑からヒ素(As)元素が検出され、ここには黄色の顔料である石黄が使われていることが判る。そこで、青色の藍と黄色の石黄を混ぜて和紙に摺った標準試料を調製し、3DFスペクトルと XRFスペクトルを測定した。この標準試料の XRFスペクトルから当然にヒ素(As)元素が検出され、また図36に示した蛍光指紋が得られた。この蛍光指紋は、図35に示した「江戸八景 木母寺暮雪」の緑から得られた蛍光指紋と一致し、両者の等高線ピークの位置(λEx /λEm)も一致した。この実証実験から、この浮世絵版画に限らず当時の緑は、藍と石黄の混色による発色であることも判った。なお、この藍と石黄が混在した緑の蛍光指紋が示すように、共存する顔料の影響を受けて染料由来の蛍光指紋が歪み、また蛍光性分子の蛍光強度が鉄、ニッケル、クロム、銅及びコバルトイオンなどの常磁性イオンによって著しく減少(消光作用)することがあるので注意を要する22,36)

図35 浮世絵版画「江戸八景 木母寺暮雪」から得られた3DFスペクトルとXRFスペクトル

図35 浮世絵版画「江戸八景 木母寺暮雪」から得られた3DFスペクトルとXRFスペクトル

図36 標準試料:石黄と藍の混色「緑」から得られた3DFスペクトル

図36 標準試料:石黄と藍の混色「緑」から得られた3DFスペクトル

《浮世絵版画に使用される和紙の蛍光指紋》

浮世絵版画は、まず彫師が絵師の版下絵に従って絵の構図(輪郭線)や絵師の名前などの文字を彫って主版(おもはん)を制作し、その主版で摺った校合摺(きょうごうずり)に絵師が構図の各所に色指定する。そして、再び彫師は、絵師に指定された色毎に版木を彫り複数の色版を準備する。次に、それらの複数の版木が摺師に渡され、摺師はまず和紙に主版を摺り、それに複数の色版を使って色摺りを重ねていく。したがって、和紙の上層に色材が摺られていくことになる。このような場合、染料が和紙の上に摺られていれば、その染料由来の3DFスペクトルが測定されるが、そこに顔料が摺られていると下地の和紙(セルロース)自身から発生する蛍光を指紋情報として捉えることになる。図37に五渡亭国貞 改め三世 歌川豊国の「浮世八景ノ内 木下川乃夜の雨」から得られた蛍光指紋と XRFスペクトルを示した。この浮世絵版画は、葛飾北斎がベロ藍を使用して浮世絵版画の世界に初めて風景画ジャンルを確立してから後の1855年(安政2年)に刊行されており、ベロ藍の使用が一般化した時代にあたる。図37の上段に色摺りされていない測定点 A から得られた蛍光指紋と XRFスペクトルを、下段には青に摺られた測定点 B から得られた蛍光指紋と XRFスペクトルを示した。この両者の蛍光指紋を比較すると、青く摺られた測定点 B の蛍光指紋は、色が摺られていない測定点 A の蛍光指紋と一致している。これは、測定点 Bの蛍光指紋が和紙(セルロース)自身の蛍光指紋であることを示しており、測定点 B の青は紫外線や可視光線では蛍光を放出しない顔料であることを示唆している。したがって、測定点 B から得られた後段の XRFスペクトルが示しているように、鉄(Fe)元素が検出されていることから、ここには青色顔料のベロ藍が摺られていることになる。このことは、彩色された部分から蛍光指紋が得られたことをもって即座に染料と判断せず、バックグラウンド(余白や色材が摺られていない箇所)から得られる蛍光指紋と比較し、もし一致していれば、そこには顔料が摺られていると推定し XRF 分析を行う必要が生じてくる。

図37 浮世絵版画「浮世八景ノ内 木下川乃夜の雨」の「白(和紙)」と「青」から得られた蛍光指紋とXRFスペクトル

図37 浮世絵版画「浮世八景ノ内 木下川乃夜の雨」の「白(和紙)」と「青」から得られた蛍光指紋とXRFスペクトル

《蛍光指紋から新たな機能性を知る》

昔のことを調べ、そこから新しい知識や見解を得ることを「温故知新」と言うが、古くから文化財に使われていた染料の蛍光指紋から、新たな機能性に気付き、それを現代に活かして新製品を開発することもある37)。図26に示した紅花の蛍光指紋は、550 nm の光を吸収して励起し、605 nm の光を放出する現象を示している。550 nm の光はヒトに緑の色覚を生じさせ、605 nm の光はヒトに黄赤(赤味のオレンジ色)の色覚を生じされる。これを紅花の光機能性と捉え現代に活かすことを検討した。現在多用され始めている LED 光源とは異なり、当時の照明光源は昼光色蛍光灯や白色蛍光灯が多用された。女性の方なら経験していると思うが、綺麗な化粧肌も蛍光灯の下では “くすんで ” 見える。この原因は、図38に示したように、これらの蛍光灯は、赤味の色光を殆んど放出せず、青味や緑味の色光を強く放出している。そのため、蛍光灯の下では化粧肌が “くすんで ” 見えることになる。もし、“くすみ ” の原因となる青味や緑味の色光を吸収して消すことができ、これに代わって赤味の色光が発生するような機能性を持った化粧品原料があれば、メイクアップ化粧品に加えることで好ましくない現象は無くなる。そこで紅花で染色したセルロースの微粉末をファンデーションや化粧パウダーに配合した。これらの新製品は、1994年に資生堂やちふれ化粧品から発売された38,39)。また、ヨーロッパでは、スティック型の口紅が使われ始めたころから、赤の色素としてコチニール(カルミン酸)が主たる発色材として使われていた。コチニールは、紫外線を照射しても蛍光は生じない。しかし、このコチニールに紅花を混在させることで、紅花の最大蛍光波長605 nm の光が長波長側にシフトし、625 ~ 635 nm(λEm=635 nm /λEx=400 nm & λEm=625 nm /λEx=545 nm)の赤の色光となることが確認でき、2005年にフランスのシャネルから口紅 “AKA”として日本限定発売された(図39)。

図38 蛍光灯から放出される色光(-実線は昼光色蛍光灯/ ---点線は白色蛍光灯)

図38 蛍光灯から放出される色光(-実線は昼光色蛍光灯/ ---点線は白色蛍光灯)

図39 シャネルから発売された《口紅“AKA”》

図39 シャネルから発売された《口紅“AKA”》

まとめ

文化財に使われた色材の非破壊分析について、現在も実践している五つの分析法(赤外線写真解析、顕微鏡写真解析、可視-近赤外反射スペクトル解析、蛍光 X 線分析、三次元蛍光スペクトル分析)について事例を示し解説し、それぞれの分析法によって得られる情報・データを “どのように解釈し、どのように読み解くか ” を示して、文化財に使用された顔料や染料を紹介した。色材には、顔料と染料があり、それらの混合物も使われた。したがって、1つの分析法だけでは両者を同時に分析し解析することができない。少なくとも顔料の成分元素が分析できる X 線分光分析と染料が分析できる蛍光分光分析(三次元蛍光スペクトル)の両者は必要となる。それにオンサイト(現場)分析ができる装置でなければならない。また、古典的な分析法ではあるが、ここで紹介した赤外線写真撮影による解析や顕微鏡写真による細部の観察、そして可視-近赤外反射スペクトル解析も含めた総合的な判定が必要となる。さらには、文化財の色材解析にあたって、色材の物理的・化学的な性質を知り、色材が誕生した歴史背景をも知り、それに加えて “ その文化財は、どのように制作されるか ”を知らなければ、得られたデータを正しく読み解くことはできない。

ボストン美術館にて、オンサイト分析の様子。

ボストン美術館にて、オンサイト分析の様子。

謝辞

これまで多くの方の協力を得て貴重な文化財と身近に接することができたこと、そして皆様のお蔭で各作品を彩る色彩表現に使われた顔料や染料、そして素材を非破壊分析調査し知ることができたことに感謝いたします。特にここでは、本稿で示した作品を所蔵する機関を下記に明記し感謝いたします。

・ひろしま美術館
ゴッホ油彩画「ドービニーの庭」図2,図 4

・那覇市歴史博物館
国宝「那覇 -15- 紅型 -07-07 黄色地鳳凰牡丹文様紅型縮緬袷衣裳」図 5 ~ 7,図 16
国宝「那覇 -20- 紅型 -12-12 黄色地流水蛇籠鶴菖蒲文様紅型木綿衣裳」図8,図 14
国宝「那覇 -26- 紅型 -18-18 白地松桜紅葉亀松皮菱繋文様紅型木綿衣裳」図 20
国宝「那覇 -80- 陶器 -01 緑釉四方燭台」図 17,図 23
国宝「那覇 -77- 漆器 -09 黒漆宝尽堆錦軸盆」図 22

・山口県立萩美術館・浦上記念館
葛飾北斎「冨嶽三十六景」(表富士シリーズ 36 図)図 13

・福井県朝倉神社「羅生門図」図 21

参考文献

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*1
吉備国際大学 名誉教授、デンマテリアル株式会社 取締役 色材科学研究所(〒 703-8273 岡山県岡山市中区門田文化町 3-4-19)。いわき明星大学 大学院理工学研究科 物質理工学専攻 博士課程学位取得 博士(理工学)《三次元表示蛍光スペクトルによる古代染織遺物及び浮世絵版画に使用された染料の非破壊的同定法に関する研究》(1998)。
*2
紅型衣装は、まず牡丹や菖蒲といった植物文様や鳳凰といった吉祥文様の “ かたち(型)” を残して、その周囲を切り抜いた型紙を布地の上にのせ、それに糊を箆(へら)で塗って置き乾燥させる。そして、糊が置かれず残された文様部分(型)に刷毛(摺り込み筆)で色材を摺り込み、さらには上塗りし、あるいは隈取りを施す。これを「色差し(色を差す)」という。その後、糊を水で洗い流す。次に、「色差し」された文様部分(型)に糊を置いて被せて隠し乾燥させる。そして、糊が置かれていない布地を刷毛で「地染め(引き染め)」をする。
*3
浮世絵版画の「役者絵(芝居絵)」は、浮世絵版画の中でも最も多く刊行され、原則的に版木保存による後年後摺りが無く、歌舞伎番付等で興行年が考証でき、当時の歌舞伎上演が 2 カ月単位であることから月まで判別可能となる。また、興行前の宣伝出版であることから、その制作年は興行前となる。
*4
可視-近赤外反射スペクトル測定で使用している Ocean Optics USA 製の解析ソフトは、反射率と透過率の測定で同じ数式を使用している。このことから「反射率」を「透過率」と読み替えることができる。
*5
図 11の B「臙脂」に示した可視-近赤外 Rf スペクトルは、「ウエマツ画材店(東京都渋谷区)」代表 上田邦介氏から提供された江戸期の「臙脂綿」を標準試料としている。
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X 線発生器に X 線管を使用する場合は、測定試料に存在する元素量によるが、X 線管の管電圧(kV)を上げて発生させる X 線のエネルギーを強め、また X 線管の管電流(µA)を上げて発生する X 線の量(数)を高めれば、計測時間を短くすることができる。
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蛍光 X 線分析装置に付帯して PC にインストールされた元素検索ソフトによって、自動的に XRF スペクトルのピーク検出を行い、そのエネルギーから元素を解析することもできるが、その結果の正しさを確認する上でも、また文献などで提示される XRF スペクトルの解析結果を理解する上でも、Kα線と Kβ線の強度比と Lα線と Lβ線の強度比の違いを知っておくことは必要になる。

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