Tunable Photofunctions of Multinary Quantum Dots with Less Toxicity
名古屋大学大学院工学研究科 応用物質化学専攻
教授
名古屋大学未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所
教授
鳥本 司 博士(工学)
“The discovery and synthesis of quantum dots( 量子ドットの発見と合成)”に関する業績に対して、A. I. Ekimov博士、L. E. Brus 博士、M. G. Bawendi 博士の3名の化学者に、2023年のノーベル化学賞が授与された1)。これが契機となり、様々な分野の人々が「量子ドットとは何か?」と関心を持ち始めたと思われる。小さな半導体ナノ結晶が量子サイズ効果を示し、それらの光学特性がバルク半導体とは異なることを、1980年代初期にEkimov 博士とBrus 博士らがそれぞれ別々に発見した2)。のちに量子ドットと名付けられるこれらの材料は、サイズに依存して変化する特異な光・電子特性を示すことから、今日まで活発な研究対象となっている。
“量子ドット”とは、電子が非常に小さな空間に三次元的に閉じ込められ、量子閉じ込め効果を受けた状態を指す用語であり、近年では特に、10 nm 以下の大きさの半導体ナノ結晶を示すことが多い。バルク半導体では、電子エネルギー準位が帯状のバンド構造(価電子帯、伝導帯)をもつのに対し、量子閉じ込め効果を受けた半導体ナノ結晶は、離散的な電子準位となり連続的なバンド構造は消失する。量子閉じ込め効果の程度は粒子サイズによって変化するために、量子ドットのサイズが減少すると、伝導帯下端の準位がより負電位側に、価電子帯上端の準位がより正電位側にシフトし、エネルギーギャップ(Eg)が増大する(図1)。これにより量子ドットの吸収スペクトルは、粒子サイズの減少とともに短波長シフトする。このようなナノサイズ化による半導体の光学特性の変化は、“量子サイズ効果”と呼ばれる。これを利用すると、構成する物質を変化させなくともサイズを変化させることのみで、量子ドットの電子エネルギー構造が制御できる。このようなサイズに依存して大きく変化する量子ドットの光・電子特性は、数多くの研究者を魅了し、活発な研究分野になっている。
著者も、サイズによって材料の色や発光色が変化する量子ドットに興味をもったひとりであり、主にそれらの液相合成法の開発と光機能材料への応用に関して研究を行っている3)。本稿では、量子サイズ効果による量子ドットの物性変化を概説するとともに、実用デバイスのために必須である低毒性量子ドットの開発とその光機能特性の制御について、著者らの最近の成果を紹介する。
図1 量子サイズ効果による半導体ナノ結晶(量子ドット)の電子エネルギー構造の変化(模式図)
量子ドットの光学特性を精密に制御するためには、サイズや形状を制御することが重要である。CdS, CdSe, CdTe, PbSなどの二元半導体量子ドットが、現在、活発な研究対象となっている。これは、Bawendiらにより1993年に報告された非水溶媒を利用するコロイド合成法(2023年ノーベル化学賞の受賞業績の1つ)によって高品質な量子ドットが比較的容易に合成できるようになったことが大きい4)。彼らの発明より前の合成法は、例えば、高分子などの粒子凝集を防ぐ安定化剤の存在下で、金属塩を含む希薄水溶液にカルコゲニド前駆体を室温で添加するというシンプルなものであり、粒子成長を精密に制御することができず、得られる量子ドットの多くは多分散なものとなった。これに対してBawendiらのグループは、高い沸点を有する有機溶媒を用いる前駆体の熱分解法を開発した。まず、300℃に加熱したトリオクチルホスフィンオキシド(TOPO)に、前駆体(ジメチルカドミウムとセレン)を含むトリオクチルホスフィン(TOP)をシリンジによって一気に注入することで、CdSe結晶核を生成させた。その後、溶液を230-260℃に再度加熱して結晶成長を継続させ、その加熱時間により量子ドットのサイズ制御を行っている4)。この方法はのちに“ホットインジェクション法”と呼ばれるようになった。結晶核生成過程と核成長過程をうまく分離できる方法であり、量子ドットの単分散性を保ったまま高精度なサイズ制御ができるために盛んに利用されている。得られたCdSe量子ドットは欠陥準位の少ない高品質なものであり、そのバンドギャップ発光のスペクトル線幅は非常に狭いものであった。この成果が端緒となり、単色性の高い発光素子としての量子ドットの応用が広がっている。
前述したように、量子ドットの電子エネルギー構造は、量子サイズ効果によって粒子サイズの減少とともに大きく変化するので、量子ドットの特性を精密に制御するためには粒径が単分散な量子ドットを作製する必要がある。そこで、多分散な量子ドットが得られても、後処理によって粒径分布を狭くして単分散化する方法が開発されている。例えば、粒子の大きさによって分離するサイズ排除クロマトグラフィーや、粒子の持つ電荷がサイズによって異なることを利用する電気泳動法などの分析的な手法を用いることができる3)。また、ナノ粒子特有の粒径分離法としてサイズ選択的沈殿法があり、量子ドットの溶解度がサイズに依存して大きく変化することを利用する4)。すなわち、均一に溶解した量子ドット溶液に非溶媒を少量添加することで、粒子サイズが大きく溶解度がより小さい量子ドットを凝集させて沈殿として分離するものである。これらの化学的手法は、量子ドットの化学組成や光学特性に関係なく、量子ドットを粒子サイズごとに分離するために利用される。
一方、著者らは、光化学反応を利用する量子ドットの単分散化法であるサイズ選択的光エッチング法を開発した5)。これは、CdSやCdSeなどの金属カルコゲニド半導体に光照射すると酸化溶解(光エッチング)することと、量子サイズ効果によって粒子サイズが減少するとEgが増大することの2つの原理を用いるものである。CdSeに光照射すると、以下の反応が進行し、光酸化溶解する。
CdSe + 3/2 O2 + 2H+ → Cd2+ + SeO2 + H2O ---(1)
化学合成したCdSe量子ドットに、その吸収端の波長よりもわずかに短い波長の単色光を照射すると、比較的大きなサイズの量子ドットが選択的に光励起されて光エッチングされ、より小さいサイズの量子ドットへと粒子サイズがそろう。量子サイズ効果によってEgが増大するので、照射した単色光が吸収できなくなる粒子サイズにまで小さくなると、式(1)の反応は進行しなくなり光エッチングは停止する。サイズ選択的光エッチングにより合成したCdSe量子ドットの吸収スペクトルを、図2a に示す5)。光照射によって吸収スペクトルが短波長シフトし、いずれの場合も吸収端波長は照射単色光波長に一致した。照射光波長を630 nm から460 nm へと短くするにつれ、生成するCdSe量子ドットサイズは4.3 nm から1.7 nm へと減少した。光エッチング後のCdSe量子ドットはいずれも強いバンド端発光を示し、その発光ピーク波長は照射光波長を短くするにつれ短波長シフトした。このようにして得たCdSe量子ドット溶液に、紫外光照射したときの発光の写真を図2b に示す。サイズ選択的光エッチング法の利点は、位置選択的に量子ドットのサイズ制御が可能な点である。CdSe量子ドットを固定したガラス基板にフォトマスクを通して部分的に単色光照射すると、光照射部分の量子ドットがサイズ選択的に光エッチングされて粒子サイズが減少する。光エッチングされた部分はより強く発光を示し、明瞭なコントラストを持つ発光像が観察できた(図2c)。このように、サイズ選択的光エッチングにより生成する量子ドットのサイズは照射光波長によって決定され、量子ドットのサイズを高精度かつ自在に制御できる。この方法は、量子サイズ効果を示しかつ光溶解する半導体に原理的に適用でき、CdSeの他にも、CdS6)やCdTe7)などの二元量子ドットに加え、後述の多元半導体の1つであるAgInS2量子ドットのサイズ制御に成功している8)。
図2 (a)種々の波長の単色光照射により光エッチングしたCdSe量子ドット膜の拡散反射スペクトル。(b)サイズ選択光エッチングにより作製したCdSe量子ドット溶液の発光の様子(紫外光照射)。(c)波長560 nmの単色光照射により部分的にエッチングしたCdSe量子ドット膜。室内光下(i)、紫外光照射下(ii)、室内光および紫外光照射下(iii)で撮影。文献5)より許可を得て転載。Ⓒ2006 American Chemical Society
研究対象とされている量子ドットは、現在、主にCdS、CdSeやPbSなどの二元半導体からなるものである。これらの材料では、高品質な量子ドットの液相合成法が確立されているものの、CdやPbなどの高毒性重金属を含んでいて厳しく使用が制限されるために、これらの二元量子ドットを含むデバイスは実用化が困難になる。この問題を解決するために著者らのグループでは、低毒性元素からなる多元半導体を対象として新規量子ドットの開発を行っている。特に、11族、13族、16族の元素から構成されるI-III-VI族半導体に着目し、高品質な量子ドットを作製することに成功した。これらの化合物は高毒性元素を含まず、薄膜太陽電池の光吸収材料としても盛んに研究されている。
著者らは、AgInS2(バルクEg:1.8 eV)を対象とし、これと結晶構造の近いZnS(バルクEg:3.5 eV)を固溶化させることで、4元素から構成されるZn–Ag–In–S固溶体半導体((AgIn)x Zn2(1- x)S2)量子ドットを作製した9)。粒子凝集を防ぐための安定化剤(粒子表面配位子)としてドデカンチオール(DDT)を含むオレイルアミン(OLA)に、金属前駆体である酢酸銀、酢酸インジウムおよび酢酸亜鉛、硫黄前駆体であるチオ尿素を添加し、250℃で激しく撹拌しながら熱分解してZn–Ag–In–S量子ドットを得た(ヒーティングアップ法)。各金属イオンの仕込み比(Ag:In:Zn = x:x:2(1–x))を変化させて、粒子組成を制御した。二元量子ドット合成とは異なり、多元金属カルコゲニド量子ドットの合成では複数種類の金属前駆体を添加するために、それぞれの反応性を制御しないと、目的とする量子ドットの化学組成を精度良く制御できない。反応温度・反応溶媒・配位子・前駆体などの反応パラメータが、得られる多元量子ドットのサイズ、組成および形状に大きく影響を及ぼすので、高品質な量子ドットを得るためにはこれらをうまく設定することが重要である。平均粒径が5.5 nmと一定で、組成の異なるZn–Ag–In–S量子ドットの吸収・発光スペクトルを、図3a,b に示す。粒子中のZn含有量の増加、すなわち組成x値を1.0 から0.1 に変化させると、Zn–Ag–In–S量子ドットのEgが増大し、吸収端波長が680 nm から450 nm に短波長シフトした。いずれの組成の量子ドットにおいても、欠陥準位に由来するブロードな発光ピーク(半値幅>100 nm)を示した。発光ピーク波長は、量子ドットのEgの増大とともに約800 nm から530 nm へと短波長シフトした。チオール基を介してDDTは量子ドット表面に強く吸着するのでナノ結晶成長に大きく影響する。反応溶媒中のDDT濃度を増加させると、より小さいサイズのZn–Ag–In–S量子ドットが生成し、その平均粒径を4 ~ 8.5 nm の間で自在に制御することができた。紫外光照射下によるZn–Ag–In–S量子ドットのクロロホルム溶液の発光を、図3c に示す。発光色は、粒子サイズおよび粒子組成の2因子によって制御でき、緑色から赤色の広い可視光領域で自在に制御可能であった。このような特徴は従来の二元量子ドットにはない。
図3 異なる粒子組成xで作製したZn-Ag-In-S量子ドットの吸収(a)および発光スペクトル(b)。紫外光下でのZn-Ag-In-S量子ドットクロロホルム溶液の発光の様子(c)。図中には、粒子サイズ(d ave)をnm単位で記載している。文献9)より許可を得て転載。Ⓒ2015 American Chemical Society
Zn–Ag–In–S量子ドットの例に見られるように、I-III-VI族からなる多元量子ドットの多くは、粒子内部の結晶欠陥に由来するブロードな欠陥発光を示すことが多い。著者らも、研究当初は「欠陥準位が多いために発光ピークの先鋭化は困難」と考えていた。しかし液相化学合成条件の精密制御により、シャープなバンド端発光のみを示す高品質なI-III-VI族量子ドットが作製できることがわかった10,11)。
組成を精密に制御すると、AgInS2量子ドットで先鋭なバンド端発光が観察される11)。対応する金属塩と硫黄化合物を250℃のOLA/DDT混合溶媒中で反応させることで、AgInS2量子ドットを作製した。前駆体の金属仕込み比(Ag/In)によって得られる量子ドットの発光特性が大きく変化し、非化学量論組成よりもAg含有量の少ないAg-In-S量子ドットにおいて、ブロードな欠陥発光ピークとともに、その短波長側にシャープなバンド端発光が発現した11)。この欠陥発光ピークは粒子表面の欠陥準位に由来するものである。そこで、粒子表面を硫化ガリウム(GaSx)で被覆してコア・シェル構造Ag-In-S@GaSx量子ドットとするとブロードな発光ピークがほぼ完全に消失し、半値幅が狭いバンド端発光のみとすることができた。これは、より大きなEgをもつGaSxシェルでAg-In-Sコア表面を覆うことでタイプI型のヘテロ接合が形成され、コア粒子表面の欠陥準位が除去されるとともに、光生成電子-正孔対が効果的にコア粒子内部に閉じ込められたことによる。
I-III-VI族半導体は、同族の元素を結晶内部に取り込んで固溶体を容易に形成するという特徴をもち、光吸収特性の異なる半導体薄膜を作製するために研究されてきた。この光学特性の変調方法は、I-III-VI族をベースとする多元量子ドットにもあてはまる。異なるEgをもつ2つの半導体を用いて固溶体量子ドットを作製すると、そのEgはそれぞれの純粋な半導体からなるものの中間の値を示し、さらに固溶体組成を制御することで連続的に変化させることができる。著者らは、より大きなEgをもつAgGaS2(バルクEg: 2.7 eV)をAgInS2に固溶化させることによって、得られる量子ドットの光学特性を幅広い可視光波長領域で制御した11)。ガリウム塩を合成の際に添加してAg-In-Ga-S固溶体量子ドットを作製した。粒子中のIn/Ga比を減少させると、Egが2.07 eV から2.54 eV に連続的に増大した。さらに表面をGaSxシェルで被覆したAg-In-Ga-S@GaSx量子ドットは、いずれのIn/Ga組成でもシャープなバンド端発光を示し、そのピーク波長はEgの増大によって短波長シフトした(図4)。このときの発光量子収率(PLQY)は、波長530 nm にバンド端発光(半値幅:41 nm)を示す量子ドットにおいて最大(28%)となった。多元量子ドット合成法の改善によってPLQYはさらに向上し、現時点での最高値は、緑色のシャープなバンド端発光(ピーク波長:543 nm、半値幅:37 nm)で75% にまで達した12)。
Ag-In-S固溶体量子ドットの発光特性をより長波長なものとするためにはいくつかの方法があり、SをSeに変える、あるいはAgをCuに置き変えてEgをより小さくすることで達成できる。著者らは、まず16族元素をSeに変更し、Ag-In-Ga-Se固溶体量子ドットを作製し、近赤外領域にバンド端発光を示す量子ドットを作製した。カルコゲン化合物としてセレノウレアを用い、対応する金属塩と共にOLA/DDT混合溶媒中で300℃で熱分解することでAg-In-Ga-Se量子ドットを得た13)。前述と同様に、粒子表面をGaSxシェルで被覆してコア・シェル構造量子ドットとした。得られたAg-In-Ga-Se@GaSx量子ドットも強いバンド端発光を示し、In/Ga比の減少によるEgの増大とともに、発光ピーク波長が890 nm から 630 nm に短波長シフトした。800 nm に発光ピークをもつAg-In-Ga-Se@GaSx量子ドットで、最大のPLQY(14%)を示した。さらに16族元素のSとSeを固溶化させることによっても、発光波長制御することができる。Ag–In–Ga–S–Se量子ドットを作製すると、バンド端発光のピーク波長は、Seの割合の増加と共に、580 nm から790 nm へと長波長シフトした14)。このように、AgをベースとするI-III-VI族量子ドットでは、13族および16族元素の種類と組成を変化させることで、シャープなバンド端発光ピークを維持したままその発光波長を可視光から近赤外光の幅広い波長領域にわたって自在に制御可能である。
発光する量子ドットの応用の1つとして、バイオイメージングのための発光プローブがある。700 ~ 1870 nm の近赤外光領域は“生体の窓”とも呼ばれ、高い生体透過性を示す波長領域である。高発光性の量子ドットが低毒性材料を用いて作製できれば、生体組織イメージングのための蛍光プローブとして有用となる。著者らは、前述のAg-In-Ga-Se@GaSx量子ドット(発光ピーク波長:821 nm)をリポソームに取り込ませて水溶化し、マウスに皮下注射して生体発光イメージングを行った13)。量子ドットによる近赤外発光像をマウスのX線CT画像と重ね合わせ、図5に示す。量子ドットが生体中で強く発光し、量子ドット濃度の増加とともに発光強度も大きくなった。また、注入された量子ドットが、皮膚から約5 mm 程度の深さまで広がっている様子が観察できる。
一方、AgをCuに変えて作製したCu-In-Ga-S量子ドットは、Ag-In-Ga-Sよりも小さいEgをもつ。酢酸銅(II)を11族前駆体として用い、OLA/DDT混合溶媒中で300℃で熱分解してCu-In-Ga-Se量子ドットを得た15)。粒子中のIn含有量の増加によって、Cu-In-Ga-S量子ドットのEgが2.77 eV から1.74 eV に減少し、発光ピーク波長は625 nm から740 nm へと長波長シフトした。発光ピークの半値幅は、0.23 eV であり、従来のCu-In-Ga-S量子ドットで報告されている半値幅(>0.40 eV)よりも非常に狭いものであったが、その発光寿命は比較的長く200 ~ 400 ns であり欠陥準位に由来する発光といえる。Cu-In-Ga-S量子ドットのPLQYは、600 nm 付近に発光ピークを持つ粒子で最大8.3%となった。GaSxおよびGa–Zn–SでCu-In-Ga-S量子ドット表面を被覆すると、発光波長と半値幅を大きく変えることなくPLQYはさらに増大し、それぞれ27%および46%となった。
発光波長を制御可能な量子ドットを用いるEL(Electroluminescence)素子が、ディスプレイや照明への応用を目指して活発に研究されている。このEL素子は、電子輸送層および正孔輸送層の間に高発光性量子ドット層を薄く挟み込んだ構造をもち、電圧を印加することによって電気的に発光する。図6に、Cu-In-Ga-S量子ドットを用いて作製した赤色EL素子のデバイス構造、駆動中の素子の発光の様子とそのELスペクトルを示す15)。ELスペクトルは、Cu-In-Ga-S量子ドット薄膜のPLスペクトルと発光波長位置に変化がないものの、長波長側に欠陥発光成分が現れた。これは、外部から注入された電荷キャリアが量子ドットの欠陥準位に捕捉され、発光に寄与したためである。著者らのグループは、同様にして様々な色で発光するEL素子を作製しており、これまでにAg-In-S量子ドットで黄色発光素子16)、Ag-In-Ga-S量子ドットを用いて緑色発光素子を作製することに成功した17,18)。このように、狭い発光ピーク幅をもつ多元量子ドットを用いることで、色鮮やかなEL発光を実現することができる。多元量子ドットは発光波長が広範囲で自在に制御できることから、この特性を利用するフルカラーデバイスが実現できると期待される。
図4 (a) コア・シェル構造を持つAg-In-Ga-S@GaSx量子ドットのHAADF-STEM像(左)と対応する構造模式図(右)。
(b) 種々のコア組成をもつAg-In-Ga-S@GaSx量子ドットの発光スペクトル。図中の数字は、コア粒子合成に用いたIn/(In+Ga)比。文献11)より許可を得て転載。Ⓒ2018 American Chemical Society
図5 (a-d) Ag-In-Ga-Se量子ドットを皮下注射したマウスの三次元近赤外発光イメージング。画像はマウスのX線CT画像とPL像とを重ね合わせたもの。(e)マウスの画像撮影の模式図。
文献13)より許可を得て転載。Ⓒ2020 American Chemical Society
図6 (a) Cu-In-Ga-S(CIGS)量子ドットを発光層に用いるEL素子の構造模式図、(b)駆動時のEL素子の写真、および(c)ELスペクトル(実線)とPLスペクトル(破線)(CIGS@Ga–Zn–S(赤)およびCIGS@GaSx(青))。文献15)より許可を得て転載。Ⓒ2023 AIP Publishing
サイズ制御によって光電子特性が制御可能な量子ドットは、光機能デバイスへの応用を目指して現在活発に研究されている。しかしその多くは毒性の高い重金属を含む二元量子ドットであり、実用化を困難なものとしている。この課題を解決するために、低毒性な材料による新たな量子ドットの開発が切望されており、1つの有望な候補が多元半導体量子ドットである。多元量子ドットの光学特性は、粒子サイズと粒子組成によって変化し、これらパラメータを制御することで2次元的に変調することが可能である。この点は、CdSeをはじめとする従来の二元量子ドットにはない、多元量子ドットの特徴の1つである。最近の液相合成法の急速な進展によって、多元量子ドットにおいても高品質なものが合成できつつある。低毒性多元量子ドットの利用範囲はさらに広がり、近い将来、実用デバイスへの利用が進展するだけではなく、新規な光機能材料を開拓するためのキーマテリアルとなるにちがいない。
参考文献