東京工業大学 企画本部 戦略的経営室
教授
総括理事・副学長 特別補佐
オープンファシリティセンター センター長補佐
TCカレッジ長
一般社団法人研究基盤協議会 代表理事/会長
江端 新吾 博士(理学)
研究基盤(本稿では、研究設備・機器、それに関わる人財やシステム等を指します)に関する議論は、これまでも重要と考えられてはきていますが、最適な政策が見出されることがなく、政策的にはハード面の整備を中心に実施されてきました。我が国の財政の悪化とともに様々な課題が顕在化し、文部科学省を中心とした研究基盤の共用化政策を中心とした政策が実施されてきました。江端(2020)1)ではこれらの政策的な議論について初めて言及がなされ、その議論の場の重要性とともに、研究力を向上させるための研究開発環境イノベーションの課題と大学における研究基盤戦略のあり方について課題も含めて明示されることとなりました。以後、研究・イノベーション学会研究基盤イノベーション分科会(IRIS)2)や一般社団法人研究基盤協議会(CORE)3)の取り組みにより、研究基盤に関する論点整理や現場の状況の理解促進、適切な政策の企画立案等、少しずつではありますが、課題解決に向けた適切な議論がなされることになってきています。
第6期科学技術・イノベーション基本計画4)等において、研究基盤政策は「研究環境改革」の重要な柱として位置付けられ、大学における技術職員は我が国の研究力強化をチーム一体となって推進していくための重要なキーパーソンとして大きな注目を浴びてきています。
東京工業大学は、我が国の状況に先んじて国立大学法人の新たな経営改革にチャレンジしており、令和元年度(2019年度)には文部科学省国立大学経営改革促進事業に採択され、「次世代人事戦略」をはじめとした斬新な制度改革、技術職員を中核とした先進的な組織改革として「オープンファシリティセンター(以下、OFC)」の設立等を実施してきました5)。特に、図1に示すOFCを中心とした設備の統合管理と高度技術専門人財養成の2次元的強化は、東工大の次世代研究基盤戦略として全国的にも類を見ない新たな戦略として注目されてきました。
これらの最先端の戦略を元に、令和2年度(2020年度)に文部科学省先端研究基盤共用促進事業コアファシリティ構築支援プログラムに採択され、高度技術専門人財養成のシステムとして、オールジャパンで挑む産学官協働人財養成プロジェクト「TCカレッジ」を推進することとなりました(図2)。
本稿では、「TCカレッジ」の目指す高度技術専門人財のあり方、現状と課題、今後の展望を紹介しながら、「TCカレッジ」を通じた新たな産学官協働のあり方と、日本の科学を元気にするための技術人財養成のグランドデザインについて議論します。高度な技術人財の養成というグローバルあるいはグローカルな課題を解決する方策として、多くの研究機関、民間企業等がどのような関係であるべきか、TCカレッジのチャレンジを事例に多くの方に知っていただく機会となれば幸いです。なお、TCカレッジの取り組みの詳細については江端(2024)をご参照ください6)。
図1 東京工業大学の次世代研究基盤戦略(2019)(江端(2024)を筆者改変)
図2 東京工業大学コアファシリティ構想(https://www.mext.go.jp/content/20200729-mxt_kibanken01-000008419_3.pdf)
東京工業大学では、高い技術力・研究企画力を持つ高度専門人財を「テクニカルコンダクター(以下、TC)」として認定する称号制度を設立しました。TC制度における研究企画力は、研究支援企画力も含めた幅広い意味を持っています。研究者の研究力向上に資する技術職員等の新たなあり方として、研究者がどのように研究企画を行なっているかを理解し、TC認定された職員等は、将来研究者の研究企画に対して示唆を与えられるような人財になることを想定しています。
図3はTC人財像の4つの特徴を示しています。TCを有する技術職員等は、技術職員等に求められる「高い技術」はもちろんのこと、「幅広い知識」、「高いコミュニケーション力」、「技術の伝承」、さらに「組織運営」などの能力を、大学として正式に評価する指標となるものとしています。TCは、研究基盤に関する高度専門人財として、また、技術職員等の指導的立場として、組織の研究力向上やレベルアップに貢献することが期待されています(図4)。
図3 TC人財像の4つの特徴(東工大TCカレッジパンフレットより)
図4 TC人財の活躍の場(東工大TCカレッジパンフレットより)
TCカレッジは、2021年に東工大OFCに設置され、1年目(2021年)は東工大学内限定、2年目(2022年)には企業を含む学外者を受け入れ、これまでに大学民間企業を合わせて全国から計16機関55名が入学し、テクニカルマスター(以下、TM(Technical Master))取得者29名、TC取得者5名、2024年3月現在16機関46名が在籍している事業に成長しました(図5)。2024年3月現在9コースが設置されており、連携機関として、長岡技術科学大、岡山大、山口大がサテライト校として、自然科学研究機構が協力機関として、日本電子株式会社、株式会社島津製作所、株式会社日立ハイテクをはじめ8機関が協力企業として参画しています。
図6はTC取得までの流れを簡易的に示した図になります。TCカレッジは、原則3年間で修了するよう設計されており、入学し、カリキュラムを受講し、必要な単位数を取得するとTMとなり、その後、TC論文を執筆し、TC論文審査会での審議を経て合格となればTCの称号付与という流れになっています。TMは、全国の研究機関等における標準的な指標となることを念頭に、技術職員等のこれまでの経験等を含め評価する最新の仕組みとなっています。現在、民間企業からの受講生の実情に合わせた改良も進んでおり、全国の技術者にとって有意義な称号とするために尽力しているところです。
図5 TCカレッジの受講生と産学協働によるオールジャパンの連携ネットワーク
図6 TCカレッジ入学からTC取得までの流れ
東工大TCカレッジの大きな特徴として、産学協働でのカリキュラム開発があります。民間企業等にご協力いただき、各企業が持っているプログラムをベースとしたTCカレッジオリジナルのプログラム開発や、研究所や工場等の見学ツアー、各社の社長の皆様とのディスカッション等、TCカレッジでしか体験できないプログラムが多くあります。
中でも最も人気のプログラムが「中古機器バラシキャラバン隊」です。大学等研究機関には多くの中古機器が存在しており、その取り扱いに多くの研究者が困惑していますが、それらを改めて教材として活用しようというプロジェクトです。私は宇宙化学者として、電子顕微鏡や光学顕微鏡、世界最先端の質量分析計等を利用して、原始太陽系の形成プロセスについて研究を行っていました。ご指導いただいた長澤宏先生、圦本尚義先生、研究室のみなさんと一緒に装置のメンテナンスをしながら日々隕石を分析していました。その時に実施した電子顕微鏡のインストール作業や、超高真空から大気圧に戻してのメンテナンス作業、そして世界最高性能をもつ最先端装置の開発等を通じて、装置をバラして中身を見るということの重要性、それによる技術力・創造力の飛躍的な向上を実感したことが、このプログラムを開発するきっかけとなりました。
現在は、日本電子株式会社、株式会社島津製作所のご協力により、SEMとMALDI-TOFMSの2台で実施しています。図7は中古機器バラシキャラバン実施後の集合写真です。参加者の表情を見ると大変充実したプログラムであったことがよくわかるかと思います。この際にバラした装置は、日本電子社製の10年以上前のSEMでした。このような、大学等の中古機器は様々な事情により非常に扱いが難しくなっています。中古機器バラシキャラバンのような形で教材として活用することを進めながら、産学協働で技術者を育成していくことができれば、我が国の技術者の高度化がさらに促進されるのではないでしょうか。今後も、さらに多くの企業の皆様からのご提案、中古機器のご提供等も合わせて、プログラム開発を推進し、このような人材育成を通じた新たな産学協働の拠点化を実現していくことができれば、我が国の科学技術・イノベーション力の向上に向けたエコシステムを構築することができると確信しております。東工大にお立ち寄りの際には、ぜひTCカレッジバラシPLAZAにお立ち寄りください。
図7 中古機器バラシキャラバン実施後の集合写真(東工大すずかけ台キャンパスTCカレッジバラシPLAZAにて。2021年撮影)
これまで多くの国の予算が研究基盤に投じられ、先に紹介した文科省コアファシリティ事業の中間評価において、東工大TCカレッジをはじめとした取り組みは「S」評価をいただくことができました7)。評価コメントには、「TC制度を、産業界や他機関との連携も進め、全国規模でのプロフェッショナル人材の育成を推進する取組として発展させている」とあり、TCカレッジの取り組みが産学官協働のオールジャパンの取り組みとなることを期待されています。
我々は日本の科学を元気にするための技術人財養成のグランドデザインとして、TCカレッジを活用したエコシステムの構築(図8)を提案していますが、この事業は東工大(2024年10月に誕生する東京科学大8))だけでできることでは到底ありません。2023年1月には20機関を超える研究機関等が参画する一般社団法人研究基盤協議会3)が設立され、いままさに産学官の共通の課題である、高度技術専門人財の養成システムをオールジャパンで確立する状況が整ってきています。本稿でご紹介した様々な取り組みが産学官でビジョンを共有する一助となれば幸いです。
人財育成は喫緊の課題ではありますが、短期的な対策はもちろんのこと、一方で非常に長いスパンで見る必要があり、これを新たな産学連携の姿としてさらに発展させることが期待されています。引き続き、このようなグランドデザインの実現を目指して、TCカレッジはさらなるチャレンジを続けていきます。
図8 日本の科学を元気にするための産学協働によるオールジャパン技術人財養成のグランドデザイン
参考文献
登録記事数 203件
まだまだあります。