一般財団法人 化学物質評価研究機構
「CERIとしては、存在価値が無ければ、いずれ無くなってしまう。その存在価値が何かということを考えると、それは皆様の役に立たなければならないということです」。
そう話すのはCERIで常務理事を務める四角目和広氏である。
CERIは化学の領域で、依頼者の要望に対して化学分析の手法を用いて、報告書を提出するという業務を行い、また、それら業務に関連した研究・開発を行なう機構である。そう言ってしまえば簡単だが、CERIの扱う化学分析の対象は幅広い。河川や大気といった環境から、身の回りの製品、建築、あるいは水道等のインフラにまで多岐にわたる。加えて、セルロースナノファイバーや生分解性プラスチックといった高分子材料の領域や、ライフサイエンスにおけるオミクス事業、クロマトグラフィーに至るまで、ひとくちに「化学の領域」といっても、その射程は大きく、我々の生活に深く根差したものである。
そして、環境技術部門、高分子技術部門、化学標準部門、クロマト技術部門、安全性評価技術研究所、化学物質安全部門の六部門がその広い領域をそれぞれに分かち、依頼者の目的に沿った「化学分析」と「数値」を日夜追い求め、またそのための試験方法を探究している。
今回は「(化学)分析」のプロフェッショナル、そして「数値」のプロフェッショナルとしてのCERIの「化学分析」、「物質評価」、「数値」の世界を、インタビューの内容とともにお届けしたい。
「化学分析」について考えるとき、大抵ついて回るのは「標準」である。CERIの六つの部門のうちの一つである化学標準部門は、国家標準(一次標準)としての標準物質の製造、維持、管理を行なっている。この標準物質の品質が普遍性を持ち、その名の通り「標準」として機能する限りにおいて、その化学分析の結果、あるいは数値は普遍的な「データ」となり得る。その意味において、化学分析には標準物質が「不可欠」となる。
さて、各研究機関や民間企業の試験室などで用いられる標準物質はこの国家標準よりも下位の標準物質であるが、CERIは国家標準としての標準物質を開発するとともに、下位の標準物質の濃度決定を行っている。それにより、広く使用される下位の標準物質から国家標準まで遡るトレーサビリティが確保されているのである。
この国家標準とは、国の公共財としての知的基盤※の内の計量標準の一つである化学標準物質である。この国家標準に繋がる標準物質は、ISO(国際標準化機構 )などの国際規格に沿って標準供給が行われ、標準物質の信頼性が担保されているのである。そして、このトレーサビリティ確保のシステムを JCSS(Japan Calibration Service System)と言い、この制度で供給されたものであることを証明するものとして、JCSSロゴマーク付きの証明書がある。CERIの大きな役割の一つは、この JCSSを維持・管理していくことである。
※知的基盤:
国際競争力の維持・強化、イノベーション促進、企業活動の信頼性向上、中堅・中小企業のものづくり基盤、国民生活の安全・安心の確保等を図るための具体的方策。2021年 5月 31日、経済産業省から 2030年度までを計画期間とする第 3期「知的基盤整備計画」が公表された。
「測定」があれば「標準」があり、この「標準」が普遍的に機能するためのシステムこそこの JCSSであるが、この「標準」のシステムが社会に浸透していくには厳しい道のりがあると四角目氏は話す。
四角目氏が部長を務める環境技術部門は、公害問題に対応した環境測定や、規制物質の測定、オミクス事業まで手がける部門であるが、CERIに限らず環境関連の分析業務を行う事業者のうち、多くの機関が水道水中の規制物質の測定を行っている。水道水の水質測定には、水質基準となる鉛、カドミウム、亜鉛等の「規制物質」があり、検出の対象とする物質毎に様々な測定があり、その試薬にも「標準」が存在する。だが、意外にも水道の水質基準試験において JCSS標準液の使用が認められたのは平成 27年 4月になってからだという。
「それまでは定められた方法で自分で調製して作ったものしか使えず、買った試薬は使ってはいけなかったのです。昔は自分で作るのが当たり前で、大学ではそうやって教えられて、みんなが調製できましたが、今はそうではなくなった」。
では、買った試薬を使うとなった時、トレーサビリティの確保ということの重要性に目を向ける必要が出てきた。だが、それが理解されるまでの道のりは厳しかった。
平成 27年に至る前の話だ。「いろんな省庁に(JCSSの標準液を)使って欲しいということで、回った時代がありました。どこの省庁に行っても、剣もほろろに『なんじゃそりゃ』って感じでね(笑)。他の省庁が国家標準と言っているものを知らず、だから『そんなものは使わない』ということでした」。
だが時代は移り、グローバル化の風向きもあり、徐々に標準物質のトレーサビリティの重要性に目が向けられるようになってきた。
試薬となる特定の物質に JCSSマークを付与するかどうかの決定は国に委ねられているが、その決定に関わる物質データを取るのは CERIの大きな仕事の一つである。そして、この JCSSの維持に関わる CERIの仕事は、水道試験で言えば、「試薬会社がきちんと社会に試薬を供給できるようなシステムを構築する」仕事である。そして、そのシステムとはトレースが可能であるという信頼性を担保しているという意味で極めて大きな意味を持つのである。
JCSS および標準物質のトレーサビリティの重要性の認知が高まってきているとはいえ、未だ多くの問題が残っていることも事実である。
晴れて、平成 27 年厚生労働省により水道水質試験ではJCSS 標準液が使用できるようになったわけだが、これはJCSS 標準液が「追加」されただけに過ぎない。つまり、従来のトレーサビリティの確保という観点では不十分な(自己調製による)試薬は未だ多くの現場で使われ続けているのである。これは水道水質試験だけに留まらない。トレーサビリティの確保可能な化学標準の普及は未だ大きな余地を残したままである。
標準物質の価格の問題もある。信頼性のある確実な標準、それを担保する JCSS のシステムを維持するためにはそれなりのコストが必要となってくる。また、省庁間の壁を超えることの困難。規制を変えることの困難。規制が変われば、使用者が設備を一新しなければならなくなる可能性もある。加えて海外から標準物質が輸入されるようになったという。ではその場合のトレーサビリティの確保は?未だ多くの問題を抱える現状だ。
民間の試験者においては、試験におけるコストとデータの信頼性を両天秤にかけたジレンマが悩ましく、普及が進まないことも四角目氏は指摘する。だが、こういった現状は、トレーサビリティを確保できる試験データの重要性が人々に認知される過程の一つの「段階」ではないだろうか。その証左に、グローバル化の進展の中、省庁をまたいだ「知的基盤整備計画」の推進に見られるように、JCSS の整備により各省庁間でも使用されるなど確かな歩みを進めているのである。
そう考えると、未だ問題の残るこの現状は前向きな「パラダイム・シフト」だとは考えられないだろうか。それは、標準物質、試験データの普遍性、あるいは信頼性のある「数値」とは何であるのか、というような「化学分析」を取り巻く、多くの重要なテーマ、あるいはそれに対しての人々の「認識」のパラダイム・シフトである。技術革新や制度の整備を支え、後押しする人々の「意識」、「認識」が変わろうとしているのだ。
CERIが逆境にひるむことのない、頼もしき「プロフェッショナル」である限り、この「パラダイム・シフト」の前向きな歩みは続いていくだろう。冒頭の四角目氏の言葉、「CERIの存在価値」はこの化学標準の変革期の現代、今後いっそう高まっていくに違いない。
そう話すのは、化学物質評価研究機構・常務理事および高分子技術センター長を務める近藤武志氏である。高分子技術部門は、戦前、国家統制品であったゴムの品質検査・証明に始まり、今ではゴム・プラスチックに加え生分解性プラスチック、カーボンナノファイバー、セルロースナノファイバーに至るまで、様々な「高分子材料」を手がける部門である。依頼された材料を分子レベルで試験検査・証明し報告書を提出する「事業」に加え、様々な高分子材料の開発・研究を行う中で、近藤氏が言う「現象を数値化する」とはどのようなことなのだろうか。
「材料・製品には、特性というものがあります。硬さ、滑やすさ、摩耗しやすさ、靭性、耐熱性、耐寒性、絶縁性、導電性...。そういった特性をどういった『数値』に置き換えて、依頼者様に提供できるか。それを考え、その試験方法を選択することが、我々の大きな仕事になります」。あらゆる材料・製品の特性を「数値」として「把握」し、分析結果を報告すること。それが高分子技術部門の仕事である。依頼の中には、「数値化」を要求する特性・項目があらかじめ含まれている。だが、その要求される特性・項目もこちらで考えなければならない場合も多いと近藤氏は話す。
「あらゆる特性は、エンド・ユーザー様にどう使われるのかで変わってきます。そして時として、想定外の特性が要求される場合があります。それが『製品事故』につながるのです」。
近藤氏は「排水管のパッキン」を例に出す。
排水管のパッキンとは、管同士をつなぐ、「つなぎ目」のゴム製の部品である。大抵の場合、依頼者の要求項目は「硬さ」、「復元率」、「耐久性」といったものになり、それぞれの要求項目に応じた「圧縮永久歪み」、「耐水性」、「吸水性」などの数値を求め、報告することが求められる。ここで「耐水性」、「吸水性」が挙がるのはエンド・ユーザーの一般的な使用に際して「排水管なので水に触れる」という想定がなされているからである。
さて、そうした分析に基づいて製品化されたパッキンがここにあるとして、次のような使用例はどうだろうか。
たとえば、あるマンションでユーザーが塗装用のシンナーやラッカーを排水口へ流したとしよう。ゴムと溶剤の非常に混ざりやすい性質ゆえ、パッキンは溶剤を吸収していき、膨潤を起こし、結果的に水道管のつなぎ目に隙間が空いて「水漏れ」を起こす。「製品事故」の発生である。
塗装用のシンナーやラッカーのような卑近な例を上げずとも、もっと身近な例もある。たとえば調理用の天ぷら油が排水口に流されて、U字管内で滞留したとしたら。同様の膨潤がパッキンに起きて水漏れが起こる。
「事故というのはそのようにして起こるのです」。
そう、近藤氏は述べる。つまり、エンド・ユーザーの想定使用項目の中に「耐溶剤性」あるいは「耐油性」がなかったため、想定外の使用に対して製品が対応できなかった結末、それが「製品事故」なのだ。
「依頼者様の想定に対して、その外の想定項目のご提案をできるかどうか。それがその試験所、研究所のレベルが高いか低いか、というところに繋がってくるのだと思います。ISO規格でも、クライアントだけでなく、カスタマーがその恩恵を受けられるかを考える、という概念がありますけれども、まさしくそれと同じところだと思います」。
その製品がどういう使われ方をするのか、依頼の範囲を超えた「想像力」を持ちうることができるかどうかが、事故を未然に防ぐための試験として大変重要になってくるのだという。
近藤氏は言う。
「だからウチの若い人には、依頼者様だけを見ないで、その製品がその先、どういう使われ方をするのか、ということは必ず打ち合わせの中に入れるようにと言っています」。
「『いま使っているものが、どこから来て、そしてどこへ行くのか』を考えてほしいと思っています」。
これは近藤氏に環境問題に対しての考えるところを伺った際の言葉である。近藤氏は「タイヤの摩耗粉」を例に出す。「たとえば、自転車・自動車のタイヤはどこから来たか。タイヤはゴムですから、ゴムの木からゴムを取ってきたんだろうと、そこは皆さん想像がつくと思います。では買ったタイヤを使って摩耗して、減ったから新しいのに換える。そこで立ち止まって考えてみて欲しいのが、『じゃあ、減った分のタイヤはどこへ行ったのか?』ということなのです」。
減った分のタイヤ、とは路面との摩擦で削れたタイヤである。言ってしまえば「消しゴムのカス」と同じものだが、車というものが全て地面との摩擦によって動いていると考えると日々世界で生まれる「タイヤのカス」は如何程か。これはマイクロプラスチック問題の大きな原因になっているとも言われる、避けては通れない問題である。
「考えてみれば、削れたタイヤは、路面に落ちて川に流れて、海へ行くとわかる。何も考えなければ、現象として『タイヤが減った』、これで話が終わるわけです。けれども、タイヤは消えて失くなっているわけじゃない。タイヤもそうですけど、全てのものにおいて『最後はどこへ行くのか?』ということを考えれば、自ずと環境問題というところに話はつながってくると思います」。
近藤氏の言う「減ったタイヤの行方を考える」とは、あらゆるものを自分の使用の意識の範疇だけで考えず、必ずどこからかやってきて、必ずどこかへ行く、という前提のもとで考えるという広い視野の話であった。言ってしまえば、そういう視野を持つことこそ、最も本質的な意味で「環境意識」を持つということなのかもしれない。
「モノを燃やすことだって同じです。消えて失くなるわけじゃない。燃やせば、ふつう水と炭酸ガスと、あとは必ず灰が出ます。じゃあ、『その灰はどこへ行くのか?』と。コンクリートに混ぜて再利用されることもあれば、埋立地に行くこともありますよね。では埋立地へ行ったら?海水に晒されて、溶け出てきます。じゃあそれは結局海へ行くのでは?と、そういうことです。別に、それでどうする、どう行動に移す、というのは別の問題ですが、誰でも考えることはできます」。
考えてみれば、我々の「使用」を終えて、「消えて失くなる」ものなど一つとしてない。だが我々は、それがひとたび意識の外に出てしまえば、「消えて失くなったことと同じ」と考えてしまう。それが重大な環境問題を生み出すことの一因を担っていたことは言うまでもないだろう。
思えば、「製品事故を防ぐ」という話の中で何度も出てきた、「製品がその先、どのような使われ方をするか考えて欲しい。」という想像力の話も、この「最後はどこへ行くのか?」という広い視野の話と同じである。近藤氏の話に通底しているのは、常により広く、より外へ想像力と視野を持つという意識・姿勢である。現象を「数値化」するという高分子技術部門の仕事を考えると、この意識は頷ける。
現象を「数値化」することとはすなわち、純粋な「現象」を意識可能な有限個の特性に落とし込むことで、把握可能な数値という形態で表現するということなのだ。パッキンの例同様、その有限個の特性には時に「想定外」があり、「意識外」がある。そしてそこに対して絶えず注意を払い続けることは、常に慎しく謙虚に「現象と向き合う」ということなのだ。そしてその姿勢は環境問題への意識へとつながっていくのである。
「高分子はさまざまな方向へ行くと思います。限りなく液体に近い状態のもの、木材・金属・セラミックの性質に近似したもの、現時点で我々が想像することさえできないような特性のものも生まれるかもしれません。CとHの繊維状の樹脂を固めて “木材状 ”にすれば『木材を作る』なんてこともあるかもしれません。あるいはカーボンナノチューブが送電線で実用化されれば重量が今の 10分の1になって軽トラで運べるようになるかもしれません......」
近藤氏の抱く高分子材料の未来はどこまでも果てしない。高分子技術部門の持つ「想像力」、そして世界への「広い視野」のことを考えると、それら未来は全てのエンド・ユーザーと、彼らを含めた環境全体が共に等しく恩恵を受けるような形で、近くやってくるのに違いない。
環境技術部門の始まりは昭和47年にさかのぼる。当時の公害問題に対応した「環境測定」にはじまり、製品中の有害物質といった「規制」に関わる測定へと展開して来た。今日では人の寿命・長寿といったライフサイエンスの領域へと歩みを進め、ゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクスといった「オミクス事業」に、人間の体内のあらゆる数値を測定することで、参画している。
その、「オミクス事業」の展開について、CERI東京事業所環境技術部技術課、主管研究員である山中秀徳氏に話を伺った。
そう話すのは化学物質評価研究機構、東京事業所環境技術部 技術課、山中秀徳氏である。
CERIのオミクス事業の歴史は、40年ほど前にバイオサイエンス分野での環境ホルモン等の事業を安全性評価研究所が行っていたことに始まる。2000年ごろにオミクス分野が勃興すると、このオミクス技術を化学物質の安全性、とりわけ発がん性の評価をオミクス解析によって行おうというNEDOプロジェクトに参入することで、本格的にCERIにおけるオミクス事業が始まったという。
「発がん性の評価をより短い期間で行おうというのが問題意識でした。当時、マウスに投与することで物質の発がん性を評価するのには2年間かかり、期間の長さもあって、費用も一つの物質あたり数億円かかりました。これがオミクス解析を用いると、28日間で終わる。しかも、遺伝子発現レベルまでデータがわかるということだったのです」。また、AI・Deep Learningを用いることで網羅的にデータを扱うという点も重要だと山中氏は述べる。
「ゲノム、プロテオーム、メタボローム。いずれにも『網羅的』、『総体』という意味が含まれています。ゲノム(genome)という言葉は、『gene』(遺伝子)と『ome』(総体)という言葉を組み合わせたものです。つまり、『遺伝子総体』なのです。そして、この『総体』、『網羅的』という点が重要です。網羅的にデータを取り、学習させることで未知の物質の性質に関する予測を立てられるようになります。予測率は90%を超えます。けれどもその予測が何に基づいた予測なのか不明な点が多いので、予測結果を用いるのが困難だという問題も現時点では抱えています。『網羅的に取ったデータをどう扱っていくか』がとても大事なのです」。
オミクス事業の次の四つ、ゲノミクス・プロテオミクス・メタボロミクス・リピドミクスはそれぞれ、遺伝子・タンパク質・代謝(物)・脂質を解析の対象としているものだが、その解析そのものが「網羅的」である。否、解析技術が近年飛躍的に向上したことで「網羅的」に解析できるようになった、と言う方が正しい。
例えばゲノム解析にしても、30億塩基対あるヒトゲノム解析は 2000年に完了しているが、始まった当初、1990年頃では、その解析に 1,500年から 2,000年の期間がかかると言われていた。これが意味するのは網羅的な解析が「ほとんど不可能」だということである。だが、コンピュータの性能の向上など、近年のめざましい技術革新によって、今では次世代シーケンサ―によって 30億塩基対のヒトゲノムは 2週間で解析が可能だ。
「DNAシーケンサーの処理は飛躍的に高速化しました。方法としては『電気泳動法』という 40年前、1980年代と変わらないやり方で、現在は『キャピラリー電気泳動』を用いています。やり方は同じですが、コンピュータの処理速度と容量の飛躍的向上の賜物なのです」。
高速化によって、解析の単価も大幅に下がり、今では個人のレベルでゲノム解析も行える時代となったことは、わずか三十年前の「ほとんど不可能」だった状況を鑑みると、凄まじい。
「ゲノムの解析が網羅的に完了していることは、プロテオーム解析においても非常に有意味です。タンパク質は発現した遺伝子から翻訳されるため、参照が可能なのです。これまではタンパク質を解析することそのもののハードルがありましたが、ではそこはクリアしたと。でも、アミノ酸配列が分かったところで『さてこれは何を意味しているのだろう?』となる。ここで遺伝子の解析データを参照すると、タンパク質総体の解析が飛躍的に進展するということなのです」。
網羅的解析が完了していることのほかに、ゲノム解析とは「感度の高い」解析なのだと山中氏はコロナ禍における「PCR検査」を例に話す。
「COVID-19の『PCR検査』は、実は DNAの解析なのです。コロナウイルスの DNA を増加させて、解析しているのです。この『増幅させる』という性質によって PCR検査は感度が高い。けれどもタンパク質は『増やせない』のです。コロナウイルスの『抗原検査』の信頼度が低いという話がありますが、あれはタンパク質の解析だからなのです。そのため、PCR検査と比較すると感度が低い解析となります。でも、増やせないタンパク質を網羅的に解析したい、というときに参照物として『感度の高い』DNAの解析結果が大きな助けになるという訳です」。
CERIの事業としては、疾患や薬効のマーカー探索試験や、化学物質の生体に対する安全性の解析試験を依頼主より受託する形で行なっている。上述の四つのオミクス事業のうち、環境技術部が行なっているのはプロテオーム(タンパク質総体)解析、メタボローム(代謝物総体)解析、リピドーム(脂質総体)解析である。いずれも、質量分析装置を用いた微量分析による解析が行われるため、環境技術部が担っており、それ以外のゲノム解析は安全性評価研究所が担当している。
がんなどの「疾患マーカーの探索試験」の事業では、がん細胞と正常な細胞のプロテオームを解析する。それにより、がん細胞特異的に発現しているタンパク質や発現とがんの進行度との関連性を解析可能な因子を特定するのである。
化学物質の安全性の解析試験は、ある化学物質を投与することで、その物質が人体にどのような影響を与えるのかを解析する。
「いずれの解析にしても、用いるのは実験動物や培養細胞です。その理由は『帰納的』な解析を行わなければならない、というところにあります。人から採取した血液等のサンプルでは、年齢、性別、人種、生活習慣による個人差がありますが、培養細胞はおよそ均質です。そのため細胞中で惹起されるさまざまな事象について普遍的に解析することが可能なのです。還元的方法に基づくバイオロジーを用いて影響が未知の物質を解析することはできないため、『帰納的』とはその意味です」。
二つ目の化学物質の安全性の方面で言えば、安全性の調査のほか、薬の発見や薬効の調査といったところも依頼としては多くなるという。
「ご依頼者様は大学、研究所にはじまり、食品会社や製薬会社といった企業様も多いです。健康食品に有効な成分を探したいといったご依頼まであります。我々は網羅的な測定技術を持ち、それを使うことができるというだけで、それをどのように用いていくかについては、こちらからのご提案も含め、ご相談させていただくという形になります」。
山中氏の行う事業・研究の一つが薬品中の不純物のプロテオーム解析であるという。これは不純物の解析にオミクス解析技術を適用したものである。
「コロナウイルス関連でも、抗体という言葉を耳にされる機会が増えたかと思いますが、『抗体医薬品』は動物の細胞を用いて作るもののあります。そのため、その動物細胞のタンパク質などが混ざっていると思わぬ副作用を招くことがあり、その不純物を解析するのです。『抗体医薬品』の製造工程で不純物は徹底的に除去されており、製品中に含まれる動物由来の不純物は極めて微量なため、タンパク質が不純物の場合には高感度なプロテオーム解析技術を、脂質であればリピドーム解析を用いることになります」。
今後の展望について、山中氏に伺った。
「世の中の進歩が本当に加速しているということを感じます。自分が学生の頃は研究を進める際に受託試験に外注することなどあり得ませんでした。ですが、今は世の中の進歩がめざましく、試験や解析は日々高度に複雑になりつつも、高速化によってコストも下がっている。大学などの共有機器では、実施するのが困難なほど解析は高度になり、また機械自体の進歩もめざましい。そして、外注コストも低くなって来ている。今後、より進歩が加速していくことを考えると、受託試験を上手に利用することが生産性の高い研究をスピーディーに進めるために必須になり、受託試験の需要は高まっていくと思います」。
科学技術の飛躍的な日進月歩は、受託試験による CERIの活躍の場を大きく広げていくだろう。そのような中で今後、CERIが目指していく像について山中氏は次のように語った。
「従来からあるのは、何か特定ターゲットの有害物質若しくは有害性と関連のある生体分子を定量分析するやり方でしたが、今オミクスで行われているのはノンターゲットの網羅的分析です。つまり、悪いもの、害のある激しい影響がある物質のみを考えるのではなく、網羅的な解析結果を帰納的に解析することで、より穏やかな影響=即ち体に良いもの、恩恵を与えてくれるものを『探していく』ことができるのです。この二つの性質の分析をうまく融合(コンバージェンス)させて、CERI独自の視点を目指せるのではと考えています」。
高分子技術部門の歴史は大正時代に遡る。当時の国家統制品のゴムの品質・特性の検査・証明を行なっていた統制組合から、戦後の輸出検査法のもとで輸出ゴム製品の検査・証明を行なっていたゴム製品検査協会を前身とし、現在ではゴム・プラスチック等の高分子材料、および製品の化学分析・分析試験・品質管理・品質検査・事故調査を行なっている。具体的には、生分解性プラスチックやセルロースナノファイバー・カーボンナノファイバー、耐候性試験などの分野にまたがって、事業・研究を行なっている。
生分解性プラスチックのトピックについて CERI東京事業所高分子技術部技術第二課長、菊地貴子氏、セルロースナノファイバーおよびカーボンナノファイバーのトピックについて東京事業所高分子技術部技術第一課長、近藤寛朗氏、材料・製品の耐候性試験(超促進耐候性試験)のトピックについて CERI東京事業所高分子技術部技術第五課長、伊東寛文氏にそれぞれ話を伺った。
そう話すのは、化学物質評価研究機構(CERI)、東京事業所高分子技術部 技術第二課長、菊地貴子氏である。
近年、巷でもよく聞く「マイクロプラスチック」という言葉。聞けば、マイクロプラスチックは、近年関連論文数も飛躍的に上昇、各種専門誌でも頻繁に取り上げられる注目のテーマなのだという。対して、「海洋プラスチック」と聞いて浮かぶのは、釣り糸に絡まって自由を失い、無惨な最期を遂げた海鳥の写真や、ウミガメ、鯨などの海洋生物の死体の胃袋の中から未消化のキャップやポリ袋などが大量に見つかった等のトピックである。
だが、この二つが異なるテーマであることをどれだけの人が認知しているだろう。これらを「プラスチックの問題」と一括りにする間違った認識が人々の間に浸透していると菊地氏は警鐘を鳴らす。さて本記事では、マイクロプラスチックと海洋プラスチックごみ問題、それぞれの問題の所在を明らかにすることで、問題の本質に迫りたい。
生分解性プラスチックとは微生物によって分解されるプラスチックである。二酸化炭素と水という分子レベルまで分解されることで、最終的に自然界へと循環していく性質を持ち、海洋をはじめとした自然界へのプラスチックの投棄が問題となる現代、関心の高まる分野である。
そんな生分解性プラスチックの評価と CERIの歴史の始まりは 20年前ほど前に遡る。菊地氏は当時を振り返る。「2005年『愛・地球博』で『地球に優しい万博』というのが話題になりましたが、あの頃は生分解性が産業界で流行になった年代でした。それで生分解性プラスチックの識別表示で『グリーンプラ(現生分解性プラ)』というシンボルマークができました。すると、シンボルマークを付与するにあたって、生分解性プラスチックと生分解とそうでないものを識別しなければならないと。それで、その識別試験(生分解度試験)の開発・試験機関として携わったのが始まりになります」。
だが、当初さまざまな機関が参画していた生分解性プラスチック分野だったが、徐々に下火になる。当時、生分解性プラスチックは「聞こえ」は良いものの、コスト的に高く、また成形加工が難しかったという点から市場参入のハードルが高く、多くのメーカーが撤退した。
ここで、あらゆる研究において、「流行」と「採算性」があると菊地氏は語る。
「採算性は低かったのですが、CERIは第三者機関ということで残って研究を行いました。農地のマルチフィルム等のメーカーが開発された材料を堆肥(コンポスト)や土壌に混ぜて問題なく生分解するかという評価試験を続けてきました」。
グリーンプラの識別表示制度に携わり、他の一般の試験機関が撤退する中で研究を続けてきたことは近年の活動につながっていると菊地氏は話す。
菊地氏は生分解性プラスチックにつながる「海洋ゴミ問題」の国内での潮流が直近で急速な変化を迎えていると指摘する。
「日本は海洋ゴミ問題では、ヨーロッパなどの環境先進国にかなり出遅れていました。2018年にカナダで開催された G7において、海洋プラスチック憲章に署名しなかったのは、米国と日本だけでした」。
だが、潮流は 2019年を機に大きく変わることとなる。その年開催された大阪サミットにおいて、当時の安倍首相が 2050年までに海洋ゴミ汚染をゼロにする『G20 大阪ブルー・オーシャン・ビジョン』を提案したのである。この年、6月・7月を機に大きく潮流が変わり、各機関が海洋ゴミ問題に取り組み始め、さまざまなプロジェクトが進行し始めたと菊地氏は話す。
「2019年 6月には、経済産業省と環境省主導で『海洋生分解性プラスチック開発・導入普及のロードマップ』が策定され、本格的に動き始めました。さらに、昨年 2020年からは現在実現不可能なことに挑戦的に取り組んでいこうという、『ムーンショット型研究開発制度』が内閣府主導で始まり、その中の目標のひとつ『2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な循環資源を実現』の中にも『生分解のタイミングやスピードをコントロールする海洋生分解性プラスチックの開発』が盛り込まれております。我々はそういったところに参画させていただいているところです」。
「ムーンショット型研究開発制度」の中で、高分子分野の権威である東京大学・伊藤耕三教授をプロジェクト・リーダーとした研究開発には、東京大学、九州大学をはじめとした企業を含む 19もの機関が参画しており、菊地氏らは東京大学の再委託機関として参画しているのだという。
「具体的には二つあります。まず一つ目が、非可食性の原料を用いたバイオベースのポリマーを開発するということ。これはカーボン・ニュートラル貢献へと繋がるポイントになります。二つ目は『マルチロック型』というもので、これは使用時には強靭な機能をもたせておきながら、自然界上での何か複数の刺激が重なると分解が始まるというものです」。
菊地氏によれば、この「マルチロック型」とは今までの「生分解」とは異なり、オンデマンド型の環境分解機能を付与したものなのだという。
「生分解性プラスチックは微生物によって分解が進みます。先程の農地用のマルチフィルムでしたら、土壌やコンポストの中の微生物が分解するわけです。それに対して、『マルチロック型』は生分解とは違って、熱、光、塩濃度といった自然界の条件のうち二つ以上が満たされるとそれがトリガーとなって分解が始まり、その後最終的に生分解して二酸化炭素と水になるというもの。その条件についても試行錯誤中で、これが大変困難な、チャレンジングな開発のため、そういう意味で『ムーンショット型』と言われているわけです」。
また、これまでの生分解性プラスチック等の研究は、より良いものを作ろうという意識はあったものの、それが実際にどれだけ人々の使用に受け入れられるかという「社会実装」の視点が低かった点を菊地氏は指摘する。だが、今回の「ムーンショット型研究開発」は、それが〈実際に使えるか〉、〈市場に受け入れてもらえるか〉という社会実装面にも重きを置いて進められている。その発想としては、新たなポリマー素材を作る中で、同時にその作られた素材が「社会・市場に受け入れられるため」に、安全性・分解性を〈市場にて受け入れてもらえるような評価方法によって〉評価していくというものであり、「そのために、私たちのような評価機関がお役に立てる」と菊地氏は話す。
「ムーンショット型研究開発制度」とともに菊地氏らが参画するのはNEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization/国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)プロジェクトにおける ISO規格化である。現在、海洋生分解性の分野の ISO規格化はどうしてもヨーロッパ主導で進められており、日本は後手後手という現実があるが、ここで国が ISO規格化として動き始めたのが、この NEDOプロジェクトである。具体的には、日本発の規格の作成や、現行の規格の問題点の修正・改善といったものであり、CERIとしては現状の問題を見つつ、今後開発されていく材料に合わせた規格を作っていくこと、またそれに適した試験方法を見出していくことで、規格作成・開発のサポートを行っていくのだと菊地氏は話す。現状、生分解性ブラスチックの分野は盛り上がりを見せ、菊地氏を含め CERIとしても大々的にその動きに参画しているそうだ。
さて、冒頭のマイクロプラスチック問題と海洋プラスチックごみ問題であるが、いずれも「海の問題」ということで、これらは日本だけの問題ではなく世界全体の問題である。この二つの問題を一括りに「プラスチック問題」として、プラスチックに対して否定的な風潮が人々の間に広く浸透しつつあるのが現状である。まず、この二つが全く性質を異にするものだということを踏まえた上で、それぞれの問題がそれぞれの特性と困難を抱えており、それゆえに「根深い」ことを菊地氏は指摘する。
「マイクロプラスチック問題に関して言えば、人類がこれだけ日々、プラスチックに囲まれた生活をしているのですから、マイクロプラスチック問題は必ず出てくる。けれども、マイクロプラスチックが何をもって「悪」なのか、どのような影響を生態系に対して及ぼすのか、未だ真に評価されていないのが現状です。ただ単に調査してマイクロプラスチックが出てきました、というような不安を煽るような言説が横行していることも事実です」。
マイクロプラスチックにおいては、例えば、ヨーロッパでは、洗顔剤や歯磨き粉などに含まれる、回収不可能なスクラブ材は「意図的添加」ということで一部規制をかけているが、そういうものと、適切な廃棄をされず自然環境に捨てられたポリ袋やペットボトル等が海に流出して発生したマイクロプラスチック問題とは、区別されなければいけないものの、混同されていると、菊地氏は話す。
菊地氏はこのマイクロプラスチック問題の「リスク」を考えるにあたって、思うところがあるのだという。
「『リスク』を考える際に、考慮しなければならない要件は『有害性』と『暴露量(摂取量)』です。どちらかが欠けても、リスクを考えることはできません。『有害性』で言えば、マイクロプラスチックの生態毒性(安全性)をきちんと評価していない、科学的エビデンス自体が圧倒的に不足していることは問題です。では、量の問題はというと、日本は下水処理がきちんと行われているので、下水経路でのマイクロプラスチック流出はある程度抑えられていると。では自然環境に投棄されたゴミなど、下水を通らない経路については、調査はしているものの、経路の洗い出しや実態量の把握は未だ完了していないのです」。
一方の海洋プラスチックごみ問題については、その「事故」性について鋭く指摘した。例えば冒頭であげた、釣り糸に絡まってしまった海鳥や、ストローのプラスチックの誤飲などの例について、菊地氏は「それらは、ごみ処理の失敗による事故なのです」と述べる。
「事故が起きた。だから、プラスチックは NG、という今の風潮には違和感を感じます。例として適切ではないかもしれませんが、例えば、クルマの事故が起きたらといってクルマの使用は NGとはなりません。事故には必ず原因があって、それは法規制を守らなかったことだったり、事故を起こす『状況』みたいなものだと思うのです。では、その後者に対しては、現在の技術を駆使して、自動ブレーキをつけたりだとか、センサーをつけたりだとかして対応しようとする。それがひとつのやり方だと思うんです。
海鳥やウミガメの例で言えば、あの写真でプラ問題に対する社会の意識に動きが生まれたことには意味がありますが、別の意味ではあらゆる混乱を生み、〈プラスチック=悪〉の図式を植え付けられてしまったと思います。海鳥やウミガメの、ああいった『事故』が起きた原因は『人類がプラスチックを使ったから』ではなく、『正しい使い方・回収を行わなかったから』です。そこは回収やリサイクルシステムの整備・構築をすることで対応するべきだし、事故を起こす『状況』に対しては、例えばムーンショット型の研究開発が取り組んでいるように、プラスチックに分解等の『新しい機能』を搭載させることで、事故になる『状況』を回避しようと。クルマの改良と同じです。これがプラスチック問題のあるべき向き合い方だと私は思います」。
我々が不必要な我慢や無理をしないで済むやり方で、環境問題に取り組んでいくことが、実は実現性と持続性を考える上では、とても大切なことだと菊地氏は話す。
「環境問題は、例えば《プラスチック=悪》のようなイデオロギーと結びつきやすいもの。割り箸も、一昔前まではNGでしたが、今はそうではない。消費者の皆さんにはそういったイデオロギーに振り回されずに、本質を見極めて、プラスチック問題、強いては持続可能な開発目標 SDGSに向き合ってほしい」。
研究・開発には「流行」や「注目のトピック」があり、またそこには研究の「採算性」があると菊地氏は話す。思えば、プラスチックも、そのような「流行」の波に翻弄されてきた。だが、そのような状況だからこそ、「第三者機関」としての CERIでの活動に意味があると菊地氏は今後の展望を語った。
「第三者機関として、『生産性』『採算性』に見合わずとも、本当に必要とされている研究ができると感じています。社会においてその研究を必要としている人の数の多い・少ないに関わらず、誰かが必要としている分野に対して、あくまでサイエンティフィックにデータと向き合って、その解決のお手伝いができるのです」。
「環境問題」の研究には「流行」や「採算性」があり、またあらゆるイデオロギーと結びついて本質が見えづらい傾向にある。時代に翻弄されることなく、あくまで真摯にデータと向き合い続けることの難しさがそこには表れている。だが、菊地氏の述べる通り、「本当に必要とされている研究」は今も確実に存在し、また日々それらは生まれ続けている。
まずは、プラスチックの不運な汚名が拭われ、問題の本質が社会の中で浮き彫りになり議論されることを祈るばかりである。ムーンショット型の研究開発も含め、CERIの関わるさまざまな仕事の真価が明らかになる日も遠くないだろう。
そう話すのは、化学物質評価研究機構、東京事業所高分子技術部 技術第一課長、近藤寛朗氏である。近藤氏は高分子技術のうち、セルロース・ナノファイバー(チューブ)、カーボン・ナノファイバー(チューブ)を専門に研究を進めている。
カーボン・ナノファイバー、セルロース・ナノファイバー、いずれも「ナノ」という言葉に見られる通り、ナノサイズの直径を持った繊維状の物質である。軽量で高強度な性質から、さまざまな高分子材料に対してフィラー(充填材)に混ぜて用いられ、さまざまな性質を付与することができる。カーボン・ナノファイバーで言えば、高い力学強度、導電性があり、セルロース・ナノファイバーで言えば、こちらも高い力学強度を持ち、またバイオベースであることからカーボン・ニュートラルに繋がってくるという側面もある。
「カーボン・ナノファイバーは、常温常圧では凝集する性質があります。けれども、それだと、カーボン・ナノファイバーの強度や導電性といった特性がうまく出てこない。それでカーボン・ナノファイバーを『ほぐす』というプロセスが重要になってきます。ただ、『ほぐす』と言っても凝集した分子を細かく、細かく分ければいいという訳ではなく、『分散をコントロール』するということになります。つまり、要求される特性とその分散レベルがうまく出るような『適切な分散状態に制御』するということです。それが私の研究の中心になっています」。
素材の特性の元となるファイバーの分子の「分散」をコントロールすることで、全体の特性をコントロールしていくという考え方は非常に興味深い。ここに、CERIの「数値」や「化学分析」の領域はどのように関わってくるのだろうか。
「私の担当部署は『成形加工』というところになります。業務として行っているのは、お客様から材料をお預かりして、ゴムやプラスチックなどを『試作』し、出来上がったものをテストケースとして『分析』し、完成物を含め分析結果をご報告することになります。実際に素材を『試作』することと『分析』することを一緒に対応しているところは、特に CERIのユニークな点なのではないでしょうか」。近藤氏によれば、「試作」と「分析」を一緒に行なう点では、「数値」を出していくことと密接な関係を持っているのだという。
「同じ材料で作っているにも関わらず、出来上がりを分析すると数値がばらつくことはよくあります。作る際の条件が違うからなのです。材料は『安定した加工工程』で作ってはじめて、安定した数値を持つのです。すると、一口に分析と言っても、分析だけを考えていられないわけです。ものを作る過程を知らないと難しい。ある完成された素材を分析してください、と言われても、その素材がどのように作られたか、どのように使われ、材料は何か、そういうことを考えてはじめて、「数値」を出せるのです」。それは、その素材が依頼主であるメーカーの手に渡った後で、彼らがその素材を「どう作っていくか」というところに重きを置いているということである。サンプルを単に分析したところで、叩き出される数値は「一例」に過ぎない。どのように作ったから、成果物からこのような数値が出る、というような、生産全体のプロセスを考慮した「因果関係」を分析していると言ってもいい。
「例えば、加工工程のなかで熱や圧力が加えられる。すると物質は変化してしまう。ある物質に、どういうプロセスが与えられると、どういう物質へ変化するのか。そういうデータベースを豊富に持っているのは我々の強みであり、他の分析機関にはない点だと思います。言い換えれば、『答えのわかっている物質』のデータのストックをたくさん持っているということです。我々の歴史は 70年ほどありますから、その蓄積にもなかなかのものがあります。そういう成形プロセスを知っているので、完成品をプロセスの前段階へ前段階へとトレースしていくことが可能になります。そして、それは分析を進める上で非常に有益な点になります。」。
先に述べた通り、依頼主から預かった材料から試作するというところは重要な「業務」であるが、出来上がった完成品の「数値」・「分析結果」と製作段階との密接な因果関係を伝えるという意味で、CERIはその試作時のデータおよび、製作におけるさまざまな方法まで、全て依頼主に報告するのがスタンスなのだという。
「我々はメーカーではありませんし、財団法人、公的な立場という意味からも、皆様のお役に立たなければという思いで業務を行なっています。製作工程の方法であったり、数値であったり、さまざまな情報を惜しみなく使っていただいて、いい商品を作っていただき、また特許も取ってもらえれば、と思っております。それが我々のスタンスです」。
材料の開発、分析の依頼は、化学メーカー、材料メーカーのほか、自動車メーカーや電機メーカーなど、ほぼ全ての産業と関わっているとのこと。それには一般的に民間のメーカーでは、研究・開発がしにくくなったという現状が背景にあると近藤氏は指摘する。コンプライアンス上の問題もあり、社内の試験場で各種試験を行うことが難しくなっているのだという。
また、評価の偏りがない中立機関としての側面を生かして、規格に携わる仕事も多いという。近藤氏はゴムの JIS規格、ISO規格の作成に関わってきた。
「標準規格は、試験方法とセットなることが多いですが、使用者でもなく、提供者でもない中立な立場で試験を実施する機関として、標準規格の作成に関わっています。国際標準化戦争という言葉がありますが、多くの規格が日本から提案されるよう、国や産業界の方々と協力して、一緒に開発しております」。
冒頭でも紹介した、近藤氏の研究の中心でもあるファイバーだが、これら材料の現状と行方について、近藤氏の考えを訊いた。
「カーボンナノチューブに期待されている用途は、燃料電池やキャパシタ等の電池、半導体デバイス、自動車、建築材料など多岐にわたります。また、これからますます広がっていく電気社会を担っていく材料だとも思います。
セルロース・ナノファイバーで言えば、これは日本が木材の豊富な土地で、利用可能な間伐材も多くあることから木材の有効利用ということで始まりました。自動車の金属に代わる部品として、代替が検討されています。こちらも軽いので、車体が軽量化され、低燃費化となることが期待されています」。
だが、先に述べた通り、凝集して安定するその性質上、「ほぐす」あるいは「分散をコントロールする」ことには大きなエネルギーがかかり、生産エネルギーは高くなってしまう。当然コストが大きくなるため、材料としての浸透率はあまり伸びてこない現状があるという。「工業界では『死の谷』という言葉があるんですが、例えば、研究段階で大きく注目された技術や材料がある。でも、これが工業化されて製品の中に組み込まれていく間には大きな隔たりがある。多くの技術や材料は、この隔たりの間で落ち込んでしまう。これが『死の谷』です。これが大きいのです。カーボンナノチューブはこれを超えたかな、という感じだと思います」。
以前、塩化ビニール樹脂には安定剤として鉛が用いられており、住宅にはアスベストなどが用いられていたが、いずれも現在では規制されている。環境や人体への影響は無視できないが、安価でかつ性能も良かったそれらの材料に代わる材料を考える上で、「コスト」は無視できないと近藤氏は述べる。「死の谷」とはそういった新しい材料の開発と、その浸透における「ジレンマ」を表している。
「世界のタイヤ会社の老舗、フランスのミシュラン社が2050年までにタイヤを 100%持続可能する目標を掲げ、取り組んでいます。これまで破棄されたタイヤは、粉砕されてチップとして道路の舗装に使われたり、燃やされて燃料として用いられていました。タイヤに配合されている材料を原料の状態へ戻す、というのです」。
このように、あらゆる製品について、生産され、消費された「その後」を考慮する動向は、現在世界でも徐々に活発化していると近藤氏は指摘する。
「CERIも基本的な考え方としては、その製品がどう使われ、どう消費され、そしてどこへ行くのかを考えるべきだと。そういうことを私は考えます。『材料の運命』はどうなるのか、ということです。私が担当する成形加工で新しい材料を開発すれば、その材料がどのように劣化していくのか、『耐候性試験』をはじめとした様々な環境における劣化を評価する技術が CERIにはあります。分解がどのように進むのか、『生分解性』を評価する技術もあります。あるいは環境技術部門や化学物質安全部門では、ある材料が生態系にどのような影響を与えうるのか調べることができる。他の部署と協力し合うことで、材料の開発だけでなく、その後のこと、「劣化」や「環境への影響」を同時に考えることができる。こういう多視点と広い視野を持つことができるのは CERIの素晴らしいところだと思います」。ある材料・ある製品の開発から、その終わりまでをそれぞれの部署が分担して分析を行うことで、最後までその開発に「責任」を持つということなのかもしれない。いずれにせよ、その考え方は紛れもない、慎重かつ丁寧な「環境意識」に他ならない。機構全体としてそれを実現可能な仕組みを持つ CERIは、現代の世界的な「環境意識」に並行して、大きな役割を社会の中で果たしていくだろう。
あらゆる素材、製品は時の流れとともに「変化」し、あるいは「劣化」する。これを現実の何倍もの時間のスピードで「再現」するのが「耐候性試験」である。今回はこの「耐候性試験」について化学物質評価研究機構、東京事業所高分子技術部 技術第五課長、伊東寛文氏にお話を伺った。
耐候性試験とは、もともと「答えがあるもの」というのが、基本的な考え方だったと伊東氏は話す。例えば、現実に 10年間走行した自動車があったとすると、この現実の世界での 10年間の経過の中で自動車には、塗装の色褪せや内装の故障など、さまざまな変化・劣化が訪れる。その「10年後に起きている現象」という答えに対して、10年間ではなく、もっと短い時間で再現しようというのが、耐候性試験の本質的な考え方なのだという。
だが、最近では違った意味合いで考えられることが増えたと伊東氏は話す。
「最近は耐候性試験を『未来予測的な意味』で考える方が多くなりました。例えば新製品が出た、それでこの製品の 10年後の劣化した姿が知りたい、といったご依頼があります。でも、よく考えれば、その新製品の 10年後など誰にもわからないわけですよね。なので、そこには『答え』はありません。10年後にわかる『未知の未来を予測する』ということですね」。
耐候性試験には、次の三要素がある。
一つ目は促進性である。これはどれだけ早く、短い時間でその再現を行えるかであり、例えば現実の 10年間は、条件次第では最速で 1週間で再現できるのだという。
二つ目は相関性である。文字通り、現実での結果と、試験結果にどれだけの「相関性」があるか、ということであり、「いかに正確に再現されたか」という点でもある。
三つ目は再現性であり、これは同じ試験を行った時に、同じ結果が出せるか、ということである。例えば、屋外での耐候性試験の場合、北海道で行う場合と沖縄県で行う場合では、日照時間、太陽の高度 (=光量 )、紫外線量などあらゆる要素が異なる。また、僅かな差であっても、「促進」されることで結果としては大きくなる。この条件差を考慮しなければならないということである。
だが、この三要素のうち、「促進性」と「相関性」はトレードオフ的なものだと伊東氏は話す。
「より、正確な結果を求めれば、時間がかかってしまい、より早く結果を求めれば、高い相関性を求めることは諦めなければならない。この二つを含めた三要素全てを高い水準で保証する耐候性試験は未だありません。だからお客様のニーズを考えて、最適な試験とソリューションをお届けしなければなりません」。
伊東氏の業務、耐候性試験の業務は、依頼された試験を行うというものだが、それは依頼に対して最適な試験を提案するということに近いと伊東氏は話す。
「これまで行われた膨大な試験データの蓄積から、お客様が望まれる耐候性試験のイメージにぴったりのものをお探しします。三要素のうち、どれを取り、どれを切るか、その塩梅によって最適な試験を一緒に考えていくのが私どもの大きな仕事のひとつです」。
依頼主のニーズは、例えば、一口に「劣化」といっても、それは様々だ。物性の低下、色の変化、表面の見え方など、あらゆる変化がある。依頼主の最も知りたい劣化が、そのうちのどれなのかということも勿論、考慮に入れなければならない。
「耐候性試験の中で、水を噴霧することで、雨による影響を試験するものがあります。それで最近、水の代わりに過酸化水素を噴霧すると促進性が上がる、という方法が出て来ました。これは酸化チタンを含む白い塗膜に対して、酸化チタンの光触媒作用により促進性が向上するものです。沖縄県における 5年間を約 1週間で再現出来るのですが、ただこのやり方ですと、表面の荒れ方については再現性が高いのですが、色の変化についての再現性は高くありません。それは過酸化水素の漂白作用のせいで白化してしまい、経年による黄変などが再現されにくくなるからなのです。つまり、この方法は表面の荒れ方を知りたい方には相応しいものの、色の変化を知りたい方には他の方法をご提案しなければならないのです」。
また、この方法は、酸化チタンを含む白い塗膜に対するデータはあるものの、例えばポリプロピレンやポリエチレンなどのその他の材質に対してはデータがない。そのデータ録りにも取り組んでいるという。
また耐候性試験を行うための試験機の問題も考えなければならないという。各メーカーの試験機同士で、やはり特性差があるため、結果が変わって来るのだという。
「電子レンジの 600 wで 2分の結果が各メーカーで多少なりとも異なるのと同じです」。
電子レンジであれば 2分だが、試験機は数週間から数年の期間となるため、結果の差は大きくなる。
この結果の差、つまり「再現性」は昨今の日本で、重要な問題になってきていると伊東氏は話す。
「耐候性試験のニーズは大きな傾向として国ごとに差があるようで、例えば欧米は多少時間がかかっても良いので、再現性の高い結果を求める。これに対して日本は、より長期間先の結果をより早く知りたいというような、超促進性を求める傾向があります。
例えば今の建材は長いものだと 50年保証のような長期保証を謳っているものがあります。、これを従来の耐候性試験で再現しようとすると試験期間が 10年近くかかり、評価期間が長すぎて現実的ではありません。そこで日本では超促進試験を行って 50年分を半年~ 1年で結果を出したりするケースがありますが、設置位置や機差など再現性のわずかな差がとても大きくなってしまうのです。電子レンジでも、2分でしたら微々たる差が、1時間としたら、大きな差になります」。
どの試験機が正しいというものではないが、CERIは銚子(千葉県)、旭川(北海道)、宮古島にある屋外曝露の標準試験場の結果との比較を行いながら、データ録りを進めている。
「でも、屋外曝露でも、2019年と 2020年の一年では気候差が違うので、結果もやはり異なってきます。かなりファジーな分野ではあります。
試験機の選択、試験方法、期間含めて、最もお客様に有益な方法をご提案できればと思っております」。
「有機材料を扱う我々としては、昨今よく言われております SDGsやエネルギー問題とは、密接に関わっていくと考えています。例えば、我々のお客様でご依頼をよく頂く自動車産業、あるいはサプライヤーメーカーですが、材料消費で言えば国内でも大変大きな存在です。エネルギー問題を考えると、今後電気自動車へと移行していく中でホースもベルトもほとんど不要になり、産業界としても大きな転換期になるのだと思います」。
そんな転換期に、「傍観者」でいたくはない、積極的に産業界に対して貢献できることを模索していきたいと伊東氏は話す。
また昨今、耐候性試験における安全基準の高まりも見られるという。
「我々の行う試験などの業務は、メーカーさんにとってのアウトソーシングとなるかと思いますが、その範囲は昨今拡大しているように思います。以前はメーカーさんが自前で行うことができていた試験などが安全基準の高まりの中で行えなくなったという背景があります。そういう状況の中で、これまで関わることのなかった業界の方面からもご依頼を頂くことが増えたと感じています」。
高分子技術部門の課が増えたことも、その流れに並行してのものだという。これまで全体でしか扱えなかった「ニッチな範囲」を、課を分けることでそれぞれの専門性の高まりの中で対応できるようになったと伊東氏は話す。
「耐候性試験で言えば、『お客様の特殊な状況・条件・ニーズ』は多くの受託会社では受託しない (できない )ケースが散見されます。けれども、そういうニーズ、ケーススタディになるような特殊なケースこそ CERIの出番だと考えています。その解決とご提案を、受けるだけでなく、一緒に考えていくことが我々の仕事です」。
耐候性試験とは、依頼者の個別のニーズを反映させたものであるべきだ。CERIの「ニッチさ」はそういう個別性に見事に対応している。エネルギー問題と、実験のコンプライアンスと、二つの転換に挟まれた現代、CERIは着実に活躍の場を広げている。
国の公共財として経済産業省が整備する「知的基盤」における計量標準のうち、化学標準に大きく関わっているのが CERI・化学標準部門である。
化学分析の領域で用いられる標準物質の、国家標準(一次標準)を維持・管理している。一般的に民間で用いられる標準物質は三次標準であるが、国家標準まで連なる上位の標準へのトレーサビリティを担保するという意味で大きな役割を担っている。
経済産業省の推進する第3期知的基盤整備計画について、今後の標準物質との関わりも含めて、CERI東京事業所化学標準部次長、上原伸二氏に話を伺った。
「JCSSの維持・普及が我々における大きな使命です」。そう話すのは化学物質評価研究機構、東京事業所化学標準部 次長、上原伸二氏である。
化学標準部門の扱う標準物質は標準液と標準ガスがある。それらは特定標準物質(一次標準物質)と呼ばれ、化学標準部門ではそれらを製造し、基準としてその品質の維持・管理を行なっている。だが、一般ユーザーが解析・分析において用いる実用標準物質を化学標準部門が製造・供給することは難しい。そのため、登録事業者が、品質の担保された特定標準物質によって値付けられた特定二次標準物質の品質の維持・管理を行い、実用標準物質の品質を担保する。これによって、標準物質の品質は最高位の特定標準物質までトレースが可能になり、品質は担保される。このシステム及び制度を JCSSという。
また、CERIにて製造される標準物質は国による標準物質整備計画により決定されてきたもので、この整備計画に CERIは参画して来た。この標準物質整備計画は、現在、第三期が始まっている。この計画を第一期、第二期と振り返り、CERIと標準物質整備の歩みをここに確認してみよう。
第一期標準物質整備計画は 1996年から 2010年にかけて(後の)経済産業省主導で行われた。当初、日本は欧米に比べて標準物質の種類の数自体がとても少ない状況で、この種類を増やすというところから第一期計画は始まった。その数については 2010年までに欧米に並ぶ 250種類程度まで増やす、という一定の数値目標を含む「計量標準整備計画」が公表され、この目標を上回る種類の標準物質の整備がなされ、第一期計画によって、日本の標準物質整備の状況は欧米レベルまで引き上げられたといえよう。
第二期計画は、前第一期計画によって標準物質の種類の数は増えたということで、有識者へのヒアリング、意見交換を含め、よりユーザー・ニーズに沿った標準物質の整備へと移行していく。「量から質への移行」であり、この第二期計画は 2012年から 2022年までの計画で、未だに現行である。
そして今回の第三期計画は、現行の第二期計画に対して前倒しの形で始まっている。これまで開発された標準物質をいかに効率的に使ってもらえるようにするかがポイントである。
「この整備計画は経済産業省の管轄ですが、第一期の頃などは他の省庁で JCSSは全く普及していなかったのです。例えば水道法関連で言えば厚生労働省など、省庁の壁を超えて用いられるようになったのは第二期以降です。もっとその壁を超えて、JCSSが普及し、より広い分野で用いられるようになればと思います」。
上原氏によれば、JCSSがあらゆる分野で普及していくことは産業効率の側面でも大きな意味があるという。
「JCSSの普及前というのは標準液を自ら調製して調査を行わなければならなかった。そして今は、ある分野ではJCSSのトレース可能な標準物質が使えるが、ある分野では使えないというような過渡期でもあります。当然事業者様の多くは、あらゆる分野を横断して業務を行われますので、JCSSの使用の可否が分野別で混じっているという状況が改善されて JCSSで統一されることには業務の効率化の側面では大変意味があります。
JCSSの普及においては、産業技術総合研究所、製品評価技術基盤機構、日本品質保証機構といった関係機関様と講習会などを通して啓蒙活動を行なっております」。
「CERIの事業としてはまず JCSSのシステムとしての管理業務があります。この場合のご依頼者は登録事業者様です。登録事業様からご依頼頂いた二次標準物質に『値づけ』を行い、証明書を発行するという形になります。
標準物質には必ず、特定標準物質の値が先行して存在します。例えば気体の標準ガスであれば、値(濃度)の決め方にはいくつか方法はあり、代表的なものとしては『質量比混合法』があります。容器に成分ガスと希釈用のガスを順次充填し、それぞれの質量を大型精密天びんで秤量しその結果から、特定標準ガスの値を求めます。次に特定標準ガスで分析計を校正し、特定二次標準ガスの値付けを行います。そうして校正された二次標準から、ユーザー様の用いる三次標準への「値付け」を登録事業者様が行います。登録事業様も ISO/IEC 17025という規格に基づいて、審査をクリアした事業者様であり、それにより一次から二次、二次から三次へとトレーサビリティの担保が完成します」。
また、JCSSの維持管理のほか、化学標準部では特定標準物質の開発・製造を行なっているが、分銅などの「標準」とは異なり、「使えば無くなってしまう標準」である標準液や標準ガスについては、「均質なものを作り続けなければならない」と上原氏は話す。
「製造としては、定期的に特定標準物質を作り続ける。維持・管理としては直前の標準物質と比較して、値を確認することで、常に精確な標準物質というものを維持しなければならないのです」。
JCSSのトップとして、第三者機関の立場で標準物質物質を扱う CERIの責務には大きなものがある。最近ではグローバル化の流れから「国際比較」にも産業技術総合研究所から指名された指名計量標準機関という立場で参加し、扱う物質の種類や濃度についての議論にも参画しているという。そんな化学標準部の今後の展望を上原氏に聞いた。
「やはり、省庁の壁を超え、広く標準物質を普及させなければならない、それが CERIの化学標準部としての役割だと考えています。第三期整備計画と同じく、産業技術総合研究所と協力し、現場でのユーザー・ニーズを把握し、JCSSへ反映させていかなければならないと考えています」。
また、このコロナ禍の中で、先述の「啓蒙活動」や「講習会」はある種の困難に立たされていながら、新しい形での意味も持つようになっているという。
「より多くの方に、計量標準及び化学標準物質に対する『正しい認識』を知ってもらうため、積極的な啓蒙活動に励んでいかなければならないと考えています。特に、この現代のコロナ禍において WEBによる講習会などが多く開かれるようになったと聞いていますが、その中にはあまり正しいとは言えないような『標準に対する認識』を流布するものもあるといいます。啓蒙活動においては、このコロナ禍はひとつの障壁になっていることもあるのですが、WEBでの配信も含めて積極的に標準物質について多くの方へ発信していかなければと考えています。JCSSの普及が我々における大きな使命です」。
クロマトグラフィーのうち、とりわけガスクロマトグラフィーおよび液体クロマトグラフィーにおいて用いられるカラムの製造・供給を行なっており、CERIにおいては唯一製品の販売を行なっている部門となる。そのため、製品としてクロマトグラフィー及びカラムの研究・開発を行なっている。
CERIにおいては、企業における「総合研究所」のような立ち位置であり、事業を行うよりも研究がメインとなる部門である。他の事業部で行われる測定・解析等の事業に対して研究という形で貢献している。具体的には、化学物質の安全性評価を中心に、遺伝子やタンパク質、代謝産物に加え、発がん性など主にバイオサイエンスの領域での測定や試験方法の開発を行い、民間での受託も可能な形で整備を進めている。
(インタビュー・文:新居進之介)
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