RoHS 指令※は2006年7月に発効され、2007年以降は、多くの国・地域でそれに倣った法規制が導入されています。さらに2019年には規制対象物質に4種のフタル酸エステルが追加されました。
これに対応するため、日立ハイテクサイエンスは北原 武夫氏と協働でフタル酸エステルスクリーニング専用装置HM1000を開発しました。また、さらに厳しくなる規制に対して、検査データの共有や業務効率化に資するExTOPEの役割もますます重要になっています。そこで今回はHM1000の開発ストーリーと、新たに導入されたExTOPEに寄せる期待についてブラザー工業株式会社 気候変動対応戦略部 北原 武夫氏にお話しを聞きました。
ブラザー工業株式会社
気候変動対応戦略部
プリンシパル
北原 武夫
※ RoHS指令とHM1000の開発に関する北原氏の記事もご参照ください
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/sinews/reports/6110204/
・加熱脱離質量分析計(フタル酸エステル類スクリーニング検査装置)HM1000Aについてはこちら
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/products/analytical-systems/ms/td-ms/hm1000a/
・ExTOPE(IoTサービスポータル) を使用した装置データ収集システムの紹介はこちら
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/products/analytical-systems/xrf/device-data-acquisition-system/data-collection.html
北原氏がExTOPEの導入に踏み切った背景には、かつて日立ハイテクサイエンスと協働でHM1000の開発に携わった経緯がある。そのスタートは2013年ごろにさかのぼる。
当時、北原氏は、フタル酸エステル類が新たに規制対象になる可能性が高いことを予測し、フタル酸エステル類の削減と検査への対応を検討していた。フタル酸エステル類は、樹脂やゴム等を柔らかくする可塑剤として、電線被覆材・電気絶縁テープ・包装用フィルムなどに広く使用されているため、電子・電気機器をはじめとする各メーカーにとって喫緊の課題になっていた。北原氏は、そのためには新しい分析装置が必要になると考え、解決を日立ハイテクサイエンスに求めた。
「規制開始の約2年前にテスト装置のデモンストレーションを拝見しました。その時の印象は、測定時間がやや長いものの、液体窒素を使用しない電子冷却方式であることに魅力を感じました。私たちの工場には、液体窒素のような極低温の作業を取り扱う専門家が常駐しているわけではないので、誰でも安全に使用できることが大切だったからです」。
デモンストレーションで明らかになった課題を解決し、RoHS指令をクリアできる性能に引き上げる。そのための時間は短く、約1年で達成できたのは北原氏の協力があってこそと言えるだろう。
改正前の規制対象物質は、蛍光X線分析計を使って高感度で検出できた。しかし、フタル酸エステル類のような高分子化合物の検出には、ガスクロマトグラフ質量分析が必要になる。問題は、測定装置が高価な上、扱いが難しく、30分程度を要するなど、工場で日々の検査に利用するには難点が多いことだった。ちょうど同時期、日立ハイテクの分析部門とSIIナノテクノロジーが合併して日立ハイテクサイエンスが誕生したこともあり、両社が得意とする質量分析と熱分析の技術を融合させることでHM1000は完成した。
「HM1000が完成した背景やコンセプトとして は、製造現場で日常的に確認し、製品を出荷できることが目的でしたので、あえて製品出荷検査に向けた性能に割り切ったことが、ポイントだったと思います。そういうニーズにかなう製品を、発売していただいたことに感謝しています」と北原氏は話す。
先述の通り、HM1000は開発期間が短かったため、測定したサンプル数が少なかった。精度を高めるためには、実際に現場で使用し、課題を改善していくことも必要だったが、このPDCAを回す上でも、北原氏の協力は欠かせなかった。
「課題を共有して一緒に取り組めば、必ずスパイラルアップできると確信していました。そのために、早期に納品していただいたことにも感謝しています」。
社会で求められている装置ゆえに、まずは現場に届けることを優先した。日立ハイテクサイエンスにとっては、思い切った経営判断だった。検証が十分とは言えない段階から、現場で使用していただき、一緒に完成度を高めることができたのは、築いてきた信頼関係があってのことだ。技術の発展や社会課題の解決にチャレンジするとき、そうしたパートナーシップは大きな力になる。今回、ブラザー工業が日立ハイテクサイエンスの装置を備える一部の国内拠点にExTOPEを導入することにより、ExTOPEを使いながら育てていくという進取の精神がベースにあることは間違いない。
イノベーティブな製品開発には、垣根を超えたパートナーシップが不可欠だ。
北原さん曰く(日立ハイテクの)“5勇士”との信頼関係がHM1000の早期開発を実現させた。
今回、ExTOPEを導入するにあたっては、どのような検討がなされたのだろうか。北原氏は次のように話す。
「以前は、工場とデータのやり取りをするときに電話をかけて、どこのフォルダにあるどのデータだといった確認が必要でしたし、メールの送受信を繰り返しても、うまく話しが通らないこともありました。ExTOPEは、そうしたロスタイムを解消する方法として、最適だと考えました。また、HM1000が休日や夜間に自動測定した結果であっても、必要とあればすぐ確認できるといったように、さまざまなメリットがあると判断しました」
ブラザー工業では、2019年度からExTOPEの利用を開始した。現在は、国内工場だけで運用しているが、北原氏は、海外工場との連携にも期待を寄せている。UKやUSの工場のように、日本との時差が大きい場合には、メールのやり取りも日をまたいでしまうことがある。そうしたケースでも「ExTOPEがあれば、データの中でやり取りができるので、メリットは大きい」と、北原氏。
実際に、ExTOPEをどう活用されているかについては「自動測定できる装置も増えてきましたが、データはPCの画面上で確認しなければならないため、せっかく自動運転にしていても、翌日出張だったりすると、データを取り出すのは、次の出勤日まで待たなければなりませんでした。しかし、ExTOPEを導入したことで、出先からでもデータをチェックして、次の指示を出すことができるようになりました。私は、多くの装置の監視もしていますので、その稼働状況が把握できることも大きな利点と言えます」と業務効率向上の効果を第一に挙げた。
セキュリティ管理の面でも、メリットが現れているとする北原氏。測定装置のPCは、スタンドアロンで動かし ているため、従来は毎回データをUSBメモリで取り出し、オフィスのPCでデータを判断していたそうだ。しかし、ExTOPE導入後は、そのステップが不要となり、セキュリティの向上にも貢献しているという。また、コロナ禍への対応が急がれる中、スムーズに在宅勤務や分散出勤に移行することができた点も、副次的な効果として挙げている。
図1. ExTOPE 運用の流れ
図2. ExTOPE 画面
2020年4月21日のRoHS指令に関する最終報告書は、中鎖塩素化パラフィン(MCCP)とテトラブロモビスフェノールA(TBBPA)が制限される可能性が高いことを伝えている。今後の規制物質への対応と、ExTOPEがどのような働きをするかについて、北原氏は期待を込めて語る。
「規制物質が追加された場合、HM1000のAPCIでの負イオンモードで測定できることを期待しています。これが使えるようになると、塩素系化合物であるMCCPとTBBPAは負イオンモードで測定を行い、次に現状と同様に正イオンモードでフタル酸エステルを測定することで、一斉分析が可能になります。とても楽しみです。また、測定モードが変わることで、データとしては分割してしまうかもしれませんが、ExTOPE内で、複合データを組み合わせ、総合判定できるようになると、なお良いですね」。
ExTOPEには、日立グループの分析装置だけでなく、他社の装置をつなぐことができることも利点と語る北原氏。
「新しい物質の測定を、それぞれ別々の装置の分析データから総合してExTOPEのクラウド内で合否判定ができるようになれば、人による判定ミスも防ぐことができ、有効性が高いです。さらに、測定データのスペクトルファイルをクラウド内でAIが判断できれば、専門家は別の仕事にリソースを割り振ることができるでしょう。日々の判定はAIに、新しい材料やルールへの対応は人が。そんな未来を想像します」。
ところで、北原氏が計量の道に進まれたのはどのようなきっかけだったのか。
「大学時代は、働きながら夜間授業に通っていました。勤めていた計量証明事業所には、上司に分析の神様と呼べるような方がいて、自分もこうなりたいと思える人に出会えたことが大きかったと思います」。
産業において重要なのは、正しい計量だということも、その時に学んだという北原氏。その後、大学院に進み、ブラザー工業に入社してからは環境関連部門に所属し、水質試験などを行ってきた。環境規制における製品含有化学物質の規制が始まり、ますます要求が増えている中、ユーザに安心・安全な製品を届けるという製造業の使命に貢献できることがやりがいでもあるという。
「就職を決めるとき、その上司から、もっと広い世界を見てきなさいと言っていただいたことが心に残っていま す。いまも心がけているのは、その方に恥ずかしくない仕事をすることなんです」。
100年以上にわたる“ モノ創り” の歴史の中には、身近で目にしていた家庭用機器が並ぶ。ミシンの歴史壁(上)は圧巻だ。また、「ガーメントプリンター」(下)という布への印刷機器も存在する。仕上がり品質の高さから、全国の服飾販売店で採用されているそうだ。この機器の製造過程においてもHM1000が活躍している。
ブラザーミュージアム(名古屋市)にて撮影をさせていただいた。
北原氏の理想は、非破壊の全数検査だと聞いた。
「日々生産される製品を効率良く管理するためには、測定の絞り込みや抜き取り頻度の検討など、測定技術以外でのサンプルの選定という課題が横たわっています。全ての部品や材料を分析することは、現状では不可能ですが、望ましいのは、全て非破壊で製造ライン上、オンライン検査できること。それが、この仕事の究極の目標のように思います」と将来への希望を語った。
北原氏の理想に少しでも近づけるように、日立ハイテクサイエンスは、これからも分析の未来を開拓していきます。ご多忙中にもかかわらず、インタビューに応じていただきありがとうございました。
(インタビュー:山口としなり)
関連記事へのリンク
「サステナビリティの視点から製品含有化学物質を考える~ RoHS 指令における制限物質拡大と国際標準化の動向~」
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/sinews/special/011b/
「RoHS 指令などの製品含有化学物質規制と管理物質の分析方法」
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/sinews/reports/5040/