Features and Applications of Ionic Liquid HILEM series for Hitachi Electron Microscope
坂上 万里
イオン液体は、常温で液体の塩の総称である。1914年にWaldenにより初めて報告されたが1)、1992年にH.S.Wikesらによって大気中で安定して存在する液体が合成された2)。構成成分のカチオン(+)とアニオン(-)の組み合わせにより、様々な物性や機能をデザインできるというユニークな物質である。日立ハイテクでは、イオン液体の蒸気圧が低く、イオン導電性を有する、という特質を生かし、大阪大学とともに電子顕微鏡試料への適応研究を進め3)、2013年にミヨシ油脂株式会社、北海道大学の協力のもと、「日立電子顕微鏡用イオン液体HILEM® IL1000」の販売を開始した。このIL1000は高い親水性を示し、生体関連物質であるコリンに類似した分子構造を持つことより4)、生物試料へ適応されることが多い。また、試料への導電性の付与や形態の収縮や変形を防ぐことに有効であり、迅速で高忠実な試料前処理手法としてよく利用されている5-6)。一方、このIL1000は水と親和性の低い試料への適応は困難であるため、疎水性であり、かつ電子顕微鏡観察に利用可能なイオン液体として、IL2000を2018年にミヨシ油脂株式会社とともに販売開始した。本稿では、このIL1000とIL2000の特長と応用例について紹介する。
IL1000(エチル(2-ヒドロキシエチル)ジメチルアンモニウム メタンスルホナート)は親水性のイオン液体であり、水によく溶解するという性質を持つ。一方、IL2000(N,N,N,N-テトラアルキルアンモニウムビス(トリフルオロメタンスニホニル))は水に溶解しにくく、アセトン、エタノール、イソプロピルアルコールなどに溶解する性質を持つ。図1に示す通り、高分子フィルム上に両イオン液体の原液を滴下したところ、IL1000はフィルムと親和しないが、IL2000では親和することがわかる。
図1 IL1000とIL2000の高分子フィルムに対する親和性の比較(原液)
IL1000は前述の通り、高親水性であり、生物試料の形態保持のための前処理に利用されることが多い。今回は、IL1000を植物のSEM観察に用いた応用例を紹介する。
剃刀で切断した双子葉植物の茎を10%の濃度に純水で希釈したIL1000に浸漬後、遠心して余剰イオン液体を除去しSEM観察した(図2)。その結果、高真空中においても形状の潰れや組織内へのイオン液体の残存なく、柔組織や維管束部の断面構造が観察できており、イオン液体が形態保持に有用であることがわかる。
図2 イオン液体処理した双子葉植物(ナデシコ科)の茎
観察装置:S-3400N、加速電圧:3 kV、観察倍率:60倍(左)、500倍(右)、信号:SE
ローズマリーの葉を10%の濃度に純水で希釈したIL1000に浸漬し、-20℃に冷却しながら高真空下で観察することにより、真空下では潰れやすく、クライオSEM法で観察されることが一般的である腺毛細胞(→)の球状構造を保持したまま観察できる(図3)。また、腺毛細胞を加速電圧10 kVで反射電子像観察したところ、変形することなく、内部のオイルの分布をコントラストの違いとして観察可能であった7)。
図3 イオン液体処理したローズマリーの葉の冷却観察
観察装置:SU3500、加速電圧:2 kV、観察倍率:150倍(左)、750倍(右)、信号:SE
10%の濃度に純水で希釈したIL1000に浸漬処理した約2 ㎜幅のローズマリーの葉を0℃に冷却し、加速電圧3.5 kVのArイオン、イオンミリング装置IM4000Plusを用いて断面作製した。作製した断面を水洗し、余剰のイオン液体を除去して観察した結果を図4に示す。葉の裏側には腺毛断面が確認でき、維管束や厚角組織の構造が維持されている。中空形状の繊毛のダメージのない平滑な断面作製も可能であり、内部には含有結晶構造が確認できる8)。
図4 イオン液体処理したローズマリーの葉の断面加工
観察装置:SU3500、加速電圧:5 kV、観察倍率:300倍(左)、3,000倍(右)、信号:SE
疎水性イオン液体IL2000は、疎水性絶縁材料に対しても親和性が高く、その導電性コート剤として使用可能である。図5(a)にエタノールで0.5%に希釈したIL2000溶液で処理したリチウムイオン電池用セパレーターのSEM像を示す。横幅数十nmの微細な孔構造を、チャージアップなく明瞭に観察できている。
エタノールで2%に希釈したIL2000溶液に、パウダーファンデーションおよび、トナーの粒子をそれぞれ懸濁後、ろ紙に滴下してSEM観察した。図5(b)のファンデーション、および(c)、(d)のトナーともに高真空下で観察しているが、どちらの粒子においてもチャージアップは見られない。またトナー粒子表面を拡大し、顔料部分を観察した際もイオン液体の残存は見られず(図5(d))、表面構造を明瞭に観察できている。このように疎水性イオン液体IL2000は撥水性絶縁材料に対しても親和性が高いため、水に分散しない試料の分散剤や、導電性コート剤として利用可能である。
図5 疎水性イオン液体IL2000処理によるSEM観察
(a) 試料:セパレーター、観察装置:Regulus8240、照射電圧:0.1 kV、観察倍率:30,000倍、信号:SE
(b) 試料:ファンデーション、観察装置:SU5000、加速電圧:2 kV、観察倍率:3,000倍、信号:SE
(c)(d) 試料:トナー粒子、観察装置:SU5000、加速電圧:2 kV、観察倍率:5,000倍、30,000倍、信号:SE
純水で5%に希釈した親水性イオン液体IL1000に中空リポソーム粉末を添加し、撹拌した後、溶液をマイクログリッドに滴下し、加速電圧100 kVでTEM観察した結果を図6(a)(b)に示す。5% IL1000にリポソームを分散後、2%モリブデン酸アンモニウムでネガティブ染色したリポソーム(a)は、凝集が少なく、単層膜や多層膜も鮮明に観察できる。一方、通常のネガティブ染色のみの場合(b)、リポソームの膜構造は鮮明に観察できるが、乾燥による凝集が多く見られた。IL1000に用いることにより、乾燥によるリポソームの凝集を低減した観察が可能となった9)。図6(c)には、防水スプレーの液中観察例を示す。通常のTEM観察では、防水スプレーをグリッド上で乾燥させて観察するため、シリコーン樹脂の分散状態が確認できないが、5%の疎水性イオン液体IL2000中に分散させることにより、約φ200 nm ~ 4.5 µmのシリコーン樹脂の粒子が分散して存在する様子を、凝集することなく確認できた。
図6 TEMによるイオン液体を使用した液中観察例
(a)(b) 試料:中空粉末リポソーム、観察装置:HT7700、加速電圧:100 kV、観察倍率:20,000倍
(c) 試料:防水スプレー、観察装置:HT7700、加速電圧:120 kV、観察倍率:1,000倍
ここでは、HILEM® ILシリーズを用いた各種試料の観察例について述べた。親水性イオン液体IL1000を用いた観察では、簡便で高忠実な試料前処理を目指した観察手法と、さらにダメージ軽減を目指した冷却との併用による応用例を示した。今年(2018年)販売開始した疎水性のイオン液体IL2000は、水に分散しない試料の分散剤や、撥水性絶縁材料の導電性コート剤として利用した例を示した。このILシリーズは、試料への導電性付与だけでなく、真空中において、試料本来の形状や分散状態を確認できる液中観察にも応用可能であり、ますますその場観察への適応が期待される。
参考文献
著者紹介
坂上 万里
(株)日立ハイテク 科学システム製品本部 アプリケーション開発部
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