橋本 陽一朗*1、板橋 洋憲*2、齋藤 勉*3
近年、自動車や航空機部材に採用する金属材料には、さらなる軽量化と高強度化が求められている。引張応力などに対する材料の強度は、金属の結晶粒サイズ、歪み、介在物・析出物、転位といったミクロな組織構造の影響を大きく受けるといわれる。従って金属材料開発においては、マクロな機械的特性と組織構造の評価を関連付けて理解することが重要となる。
このようなミクロスケールの金属組織構造の観察にはSEMの反射電子(BSE)像の特長である組成コントラストやチャネリングコントラストを用いた観察が有効である。また、SEMチャンバー内に応力試験用サブステージを組み込むことで応力を印加しながら、ミクロ組織構造の変化のその場(in-situ)観察が可能となる。本稿では、金属材料に対して引張応力を加えた際のミクロ組織構造の動的変化をin-situ観察した事例を紹介する。
観察にはSU7000形FE-SEMを用いた。SU7000はショットキーエミッターと静電界磁界重畳型対物レンズを搭載しており、低加速高分解能観察から大電流EDX分析、高速EBSD測定など幅広い用途に適用することができる。図1にSU7000の外観と、信号検出系の模式図を示す。SU7000は、図1(b)に示すように複数の信号検出器を搭載しており、それぞれの検出器の特性に応じた異なる情報を取得することができる。また、それらすべての検出器の信号取得が同一の作動距離(WD)(=6 mm)で行えるよう設計されており、測定条件を検出器ごとに変更する必要はなく、多信号の同時観察が可能である。
図1 ショットキーFE-SEM SU7000の(a)外観と(b)信号検出系の模式図
引張応力の印加にはDeben社製Microtest300を用いた。図2は、SU7000のステージにMicrotest300を組み込んだ際の写真である。SU7000の試料室は、ドローアウト方式を標準としており、このような特殊ステージの組み込みを容易に行うことができる。また、ステージドアにフィードスルー用のポートを用意しており、配線などの取り扱いも容易である。
図2 SU7000のステージにMicrotest300を組み込んだ際の写真
半導体型反射電子検出器(Photo Diode BSE Detector : PD-BSED)は、組成コントラストやチャネリングコントラストを良好に捉えることができ、ミクロ組織構造の観察に適した検出器である。in-situ観察では、作用に対する動的変化をリアルタイムで捉えるために高速スキャン条件での撮影が必要となる。
SU7000では新規開発したPD-BSEDにより、従来の検出器と比較して応答特性を向上させ、高速スキャン条件での像質向上を図っている。改良点の一つとして、検出素子への逆バイアス電圧印加が挙げられる。図3は、逆バイアス電圧印加による効果を示す模式図である。PD-BSEDの検出素子は半導体PN接合となっており、BSEなどが素子に入射する際に発生する電子正孔対が空乏層の内部電界によってP層、N層に移動するときに発生する電流を入力信号としている。PN接合に逆バイアス電圧を印加すると空乏層幅Wが拡大し、以下の式(1)で表される寄生容量Cが低下するため周波数帯域が向上する。
(ε:誘電率、S:素子面積)
また、空乏層幅Wが広がることによって、信号に寄与する電子正孔対の発生確率が増加するため、信号量が増加するという効果も期待できる。これらの総合的な効果によって、応答特性を向上させている。
図3 PD-BSED素子への逆バイアス電圧印加による効果の模式図
機械研磨したアルミ板に対して、PD-BSEDを用いてin-situ観察するための観察条件の最適化を検討した。1フレームあたりの取得時間は80 msとし、加速電圧は、チャネリングコントラストが良好に観察された3 kVを最適値とした。図4に、最適条件における従来検出器とSU7000のPD-BSEDで取得したBSE像の比較を示す。従来検出器では像流れによって結晶組織が不鮮明なのに対して、SU7000のPD-BSEDではチャネリングコントラストによって結晶粒を、組成コントラストによって介在物を鮮明に捉えることができた。
図4 in-situ観察条件における(a)従来検出器と(b)SU7000 PD-BSEDで取得したBSE像の比較
Microtest300を用いてアルミ板に0.1 mm/minの速さで引張応力を印加し、アルミ板が破断していく過程を観察した。図5に破断前後のアルミ板のBSE像を示す。図5(a)の破断前のBSE像では、結晶由来のチャネリングコントラストを明瞭に捉えることができた。特に視野の中央付近では、一つの結晶粒内(破線)でチャネリングコントラストが著しく変化しており、引張応力の印加により結晶歪みが激しく生じている様子が観察された。図5(b)の破断後のBSE像では、破断面付近で結晶歪みがさらに進行し、結晶粒が微細化している様子が観察された。
図6(b)〜(j)に、破断過程を撮影した動画から一部拡大して抽出したスナップショットを示す。図6(a)は応力印加前に予め広領域を撮影しておいた画像から同一視野を抽出した画像である。引張応力を印加したことにより結晶粒界近傍[図6(a)(b)破線]で結晶粒が徐々に微細化していく様子を捉えられた。また、結晶粒の微細化が進行した領域[図6(g)点線]に沿ってクラック[図6(h)(i)矢印]が生じ、最終的に破断するまでの過程をin-situ観察できた。
図5 アルミ板のin-situ引張観察例[(a)破断前および(b)破断後のSEM像]
図6 アルミ板のin-situ引張SEM観察例(引張開始から破断するまでの過程を撮影した動画のスナップショット)(加速電圧:3 kV)[(a)応力印加前、(b)〜(j)破断過程]
本稿では、ショットキーFE-SEM SU7000と引張サブステージMicrotest300を用いて、引張応力を印加した際の金属組織構造をin-situ観察した事例を紹介した。応答特性を向上した半導体型反射電子検出器を用いて、応力印加に対する組織構造の変化を動的に捉えるための最適条件の検討を行った。その結果、結晶粒界近傍で結晶粒が微細化していく様子や微細化が進行した領域に沿ってクラックが生じて破断していく過程を観察できた。
本手法が金属の材料特性とミクロ組織構造についての新たな知見につながり、金属材料の開発に寄与することを期待する。
出典
月刊誌「工業材料」2020年4月号掲載
著者紹介
*1橋本 陽一朗
(株)日立ハイテク ナノテクノロジーソリューション事業統括本部 評価解析システム製品本部 解析ソリューション開発部
*2板橋 洋憲
(株)日立ハイテク ナノテクノロジーソリューション事業統括本部 評価解析システム製品本部 制御システム設計部
*3齋藤 勉
(株)日立ハイテク ナノテクノロジーソリューション事業統括本部 評価解析システム製品本部 解析システム第一設計部
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