Model 835 High-Speed Amino Acid Analyzer as Science Heritage
伊藤 正人*1、成松 郁子*2、清水 克敏*2
2020年10月、 日本分析化学会液体クロマトグラフィー研究懇談会は、HPLC(High Performance Liquid Chromatography)の発展に多大な影響を与えたとして、先駆的な機能を有した835形日立高速アミノ酸分析計を科学遺産(第3号)に認定した。835形は、我が国における代表的なアミノ酸分析計に位置づけられ、歴史的な観点から顕著な貢献があったと認められた(図1)。特に次の新技術、新機能がその特長として挙げられた。
図1 835形日立高速アミノ酸分析計(1977)
それまでのアミノ酸分析計は背が高かったが、835形には背を低くできる理由があった
科学遺産認定から45年間歴史を遡った1975年に835形の開発構想が始まっていた。時はマイクロコンピューター(マイコン)が分析装置に次々と搭載されていた時期であり、場所は茨城県勝田市(現ひたちなか市)の日立製作所那珂工場であった。開発代表者はHPLCを高速液体クロマトグラフィーと和訳した鴈野重威博士である。
今では想像もできないような正に昭和の一大プロジェクトだったと博士から直接、話を聴いた。機械系、電気・電子系、マイコンのハード・ソフトウェア設計者、および検査・製造部門から精鋭の技術者が選ばれた。さらに国産のイオン交換樹脂とその分析法の開発には日立研究所から協力をもらった。有機的な動きにより短期間で試作機を完成させることがメンバーの使命であった。例えば、機械加工部品を夕方現場に依頼すると、出て来られそうな作業員に電話して改めて出社してもらい、夜10時にはその部品が完成したそうである。連日、実験結果のフォロー、部品の手直し、計画表の見直し、研究費の管理などで頭が混乱することもあった。そのような状況にあっても、早めに仕事を切り上げて、全員で一杯飲みによく出かけ、明日また頑張ろうと誓い合う開発チームだった(図2)。
装置全体の性能評価は、やはり総合性能すなわち分析結果である。部品の品質や寿命試験、温度対策など、時間のかかることと併行して、連日24時間ぶっ続けで分析した。たんぱく質加水分解物法(標準法)で1検体1時間、1日24検体、金曜日から月曜日まで3日間で72検体、オートサンプラーのサンプル数もこんな単純な理由で決めた。週末も正月休みもなく、再現性確認のデータ取りが何ヶ月間も続いた。装置開発も最終段階で、試作機は温湿度試験のために恒温室に入った頃、宣伝キャンペーンなどを色々考えていた矢先、願ってもないチャンスが訪れた。
図2 835形高速アミノ酸分析計と開発者
(左から反時計回りに) 鴈野重威博士、藤井芳雄氏、伊藤正人(筆者は835形の開発者ではない)、佐竹尋志氏、沼田昭氏
1977年4月下旬、ニュージーランド沖の漁場で、大洋漁業のトロール漁船の網に大きなヒレのある爬虫類らしい死体がかかり、ネッシーではないかと騒がれた。日本では、プレシオサウルス(首長竜)ではないかと、古生物学者や魚類学者などが集まって検討するなど怪獣の話で世界中がさわぎたてた。丁度学校が休みに入る7月20日すぎのことである。このとき持ち帰られた唯一の物的証拠が、前びれの外側から手で抜き取ったひげ状の42本だけで、その貴重なひげを2~3の新聞社が1~2本ずつ手に入れた。各社の記者は、それぞれ大学の研究室へ分析を依頼するために、あわただしく散って行った。
朝日新聞が東大の山川民夫教授に相談したところ、今堀和友教授を紹介された。今堀先生は鴈野博士がアミノ酸分析計を開発中だということをご存じで、結局、那珂工場でひげを分析することになった。
7月21日の夜半、朝日新聞社から鴈野博士の自宅に電話があり、今堀研の鈴木紘一助教授と一緒に、アミノ酸分析をして欲しいとのことだった。翌朝早く、博士は鈴木先生とコンタクトをとり、加水分解と、魚のコラーゲンにしぼって、サメやフカのひれのアミノ酸組成の文献値を調査して頂きたい旨のお願いをした。
装置はすでに恒温室に入っていたし、23日(土)は鴈野博士が休みの予定にしていたことも好運だった。夕方からの分析に備えて、この日は予定のゴルフを早目に切り上げ、工場へ向かった。午後に装置を調整、ニンヒドリン試薬も新しく調製し、標準試料のテストランを試みた。何といっても感度が十分かどうか一番心配だった。分析法は標準法のほかに、生体液分析法(生体法)も必要だと考えた。コラーゲンだとすれば、グリシン、アラニンが多く、プロリン、オキシプロリンのほか、リジンやオキシリジンが重要である。標準法はカラムの再生工程を含めても1時間ですむが、生体法だと2時間半は必要である。徹夜をすれば3回位は分析できそうだと推測した。
夕方、鈴木先生と朝日新聞の記者の2人が工場に到着した。試料は、乾燥したひげ23.2 mgを2 mlの6 N塩酸で110℃ 23時間加水分解後乾涸した後、1 mlの0.02 N塩酸に溶かしたものを原液とし、それを25倍に希釈したものについて,とにかくテストランを試みた。最初のオキシプロリン、アスパラギン酸のピークが出て来る8分すぎまでは、とても緊張した。データ処理装置と2ペンレコーダーを並列につないで、440と570 nmの2波長のクロマトグラムを記録するようにした。440 nm のオキシプロリンが約35目盛、アスパラギン酸が570 nmで振り切れたので、ほっと一息ついた。ここで鈴木先生と、濃度計算をやり直し、見通しがついた段階で、鈴木先生と記者はホテルへお引き取り頂くことになった。
徹夜明け、早目に鈴木先生と記者が来られ、データの整理と大体の定量計算を行い、鈴木先生が準備されたアミノ酸組成の文献値と比較して、当初の推定通り、サメのヒレに似ているらしいというのが結論だった(図3)。
翌7月25日(月)朝日新聞の朝刊一面に『サメのひれに似る主成分たんぱく質』「怪獣の“ ひげ” 化学分析で判明」という見出しで7段抜き記事としてとりあげられ、このニュースはすぐ全世界に広まった。これを契機に、835形の新聞発表会は予定を変更して7月28日に開かれた。その年末には、日刊工業新聞社十大新製品賞に輝くことになり、誠にラッキーな門出となった。
図3 “怪獣のひげ”のアミノ酸組成分析のクロマトグラム
サメのひれのコラーゲンに特徴的なオキシプロリンやオキシリジンが多く検出された
アミノ酸分析計の起源は1958年に発表されたMooreとSteinのニンヒドリン試薬を用いるイオン交換クロマトグラフィーであったと言われている2)。同時期に日立においても、同一原理に基づく自動化された分析計KLA-1形、2形が順次開発されていった(図4)。当時のカラムはガラス製で中の充てん剤の状態がよく見えた。1.5mと長かったため、空気の抜け易さを考慮してカラムを鉛直に立てることが一般的であり、ほぼ必然的に背の高いアミノ酸分析計の形態になった。しかし、835形は、分析法の原理は踏襲したものの、後述する通り、いわゆるHPLCに発展したため長いガラスカラムが不要となり、背の高くない床置き型デザインが可能となった。
図4 KLA-2形アミノ酸分析計(1962)
カラムはガラス製で長いため、中の様子が見えるように正面に鉛直に設置されていた
1970年代、液体クロマトグラフィーの分野にHPLCのイノベーションが起こった。HPLCは、概ね10 MPa(約100気圧)程度の高い圧力で溶離液をカラムに強制的に送液して分析を高速になせる技術であり、アミノ酸分析法への適用も検討された。陽イオン交換樹脂の粒径を旧来の40 μmから5 μmへと細粒化することにより充てん剤自体の分離性能が改良でき、カラムを短くしても一定の分離性能を確保することができた。一方、細粒化はカラム透過率を低下させてしまうため、HPLCのセオリー通りステンレス鋼カラム管を採用し、駆動圧力を上げることとなった。835形は、20 MPa級の圧力を実現し、旧来のガラスカラムを用いるアミノ酸分析計からHPLC方式の高速アミノ酸分析計へと進歩した。ついでに述べると、現在も発展中のUHPLC(Ultra HPLC)技術はこのHPLCの細粒化高圧戦略に加え、流速を上げてもさほど分離性能が低下しない更なる良い特性が加味されていると考えられる3)。
835形のイオン交換樹脂は、物理学的に細粒化しただけではなく、化学的な特性も詳しく研究された。樹脂の特性に応じて、各溶離液のpHと塩濃度、添加剤などが最適化され、溶離液を使いこなすステップワイズ溶離法も丁寧に検討された。結果として、標準法でアルギニン(Arg)までのクロマトグラム50分間を実現した4)。さらにカラムにはウォータージャケットを装備し、恒温水によりカラム温度を自在にコントロールすることができた。これは生体法を劇的に高速・高分離化することに導いた。要するに、このイオン交換樹脂の存在とそれを使いこなす技術が、HPLCを実現したブレークスルーだった。
835形は、カラムの内径をKLA-2形の9 mmから4 mmに細くした。HPLC法による分離性能改良も溶離液の総体積を削減することになり、結果としてアミノ酸成分の検出濃度を大幅に増強した。ところでMooreらの方法は、アミノ酸各成分を分離したのちに、ニンヒドリン試薬と反応させるため、ポストカラム誘導体化法に分類される5)。感度を向上するために、反応槽の温度など反応条件も見直した。またフローセルの体積を最小化するなど光度計の性能も強化した(図5)。さらにポンプ開発が、検出ノイズの低減、クロマトグラムのベースライン安定化に大きく寄与した。HPLC方式の採用と、ポストカラム誘導体化法の反応系、検出系、および送液系を最適化することにより、定量限界0.1nmolを達成した。結果的にはKLA-2形の感度をおよそ1,000倍以上向上させたことになった6)。この種の課題を一つ一つ解決していくことが、機器メーカーの総合技術力であったと言える。
図5 835形の流路図
カラムはステンレス鋼製で短くなり、835形がHPLCであることを象徴している
835形の開発時期には、マイコン炊飯器に代表されるように、自動化できるものは何でも自動化するマイコン制御ブームが到来していた。オートサンプラーによる試料注入に合わせ、カラム温度制御も含めたステップワイズ溶離タイムプログラム、およびデータ処理装置のスタート信号を同期した。ポンプの圧力上昇など各モジュールのエラー異常検知や、カラム恒温槽などの温度暴走検知は安全設計に欠かせない機能となった4)。実にユニークだったのは、銀行のキャッシュカードのような磁気媒体を採用したことである。一枚一枚の磁気媒体に標準法とか生体法とかの溶離タイムプログラムを記録した。ユーザーはこれから分析する方法用の磁気媒体を835形正面のカード読取り口に差し込むだけで、任意のプログラムを走らせられたわけである。当時は画期的なことであったし、今でも簡単で人間が間違えにくい機能は継続的に求められていると考えられる7)。
835形の挑戦は他にもあった。カラムの一本化である。当時Mooreらから、酸性・中性アミノ酸分析用カラムと塩基性アミノ酸を専用に分析するカラムを時系列で切替えて使用していた。つまり塩基性アミノ酸だけ比較的短いカラムで分離できるため高速化の一工夫になっていた。835形はHPLC技術の導入により別々だった分離方式を単一カラムで統一したわけである。このように常に最先端(state of the art)を目指す姿勢は、現在の高速アミノ酸分析計の開発にも継承されている8)。
2019年9月、835形はJASIS 展示会に出品された。かつてユーザーだったベテランにも、正に歴史的な遺産として認識する若手にも、多くの方々に貴重な現物であった。前扉を開けて、懐かしそうに装置内部の流路系を見られた先生もいた(図6)。百聞は一見に如かず。現行のAminoSAAYA®も基本的な原理・構造は835形と共通である9) 。835形の実機は後世の人々のために現在、日立ハイテク那珂地区のNA棟(総合棟)1階ロビーで見学することができる。図2はJASIS 展示に先立ち開発メンバーとそこで記念撮影したものであった。
図6 835形の内部構造
JASIS 2019の展示会場で撮影された。835形は最初のマイコン搭載型アミノ酸分析計でもあった
(*1)本回想録は故鴈野博士の寄稿文に基づき編集した。
参考文献
1. “AminoSAAYA® ” は日立ハイテクサイエンスの日本国内における登録商標である。
著者紹介
*1伊藤正人
(株)日立ハイテクサイエンス FS 第二設計部
*2成松郁子,清水克敏
(株)日立ハイテクサイエンス サイエンスソリューションラボ東京
登録記事数 203件
まだまだあります。