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日立ハイテク

全固体リチウムイオン電池のTEM解析ソリューション

TEM Analysis Solution for All Solid-state Lithium-ion Batteries

五十嵐 啓介

はじめに

リチウムイオン電池の開発において、エネルギー密度や出力に加えて、安全性や耐久性の重要性から固体電解質を用いた全固体電池リチウムイオン電池の研究が盛んに行われており、様々な蓄電システムへの応用が期待されている。その中でも、成形性やイオン電導性の高さから硫化物系全固体電池への期待は大きい。しかし、硫化物系固体電解質は大気中での化学的安定性が低く、水分と反応して硫化水素を発生し劣化することが課題である。また、リチウムイオン電池は充放電サイクルの反復とともに電池容量が低下し劣化することが知られている。これらの劣化メカニズムを解析することは高性能の電池開発において重要である1-6)
ここで、透過電子顕微鏡(TEM : Transmission electron microscope)を用いた全固体電池の解析には、水分による材料の変質を防ぐために、大気非暴露下での評価が必要である。そのため、雰囲気遮断システムによる装置間移動システムを用いて、大気非接触で前処理から観察まで行い、硫化物系全固体電池の充放電サイクル試験による構造変化を TEM 解析した。さらに、硫化物系全固体電池の空気中での劣化過程をリアルタイムに観察するため、ガス導入その場観察も試みた。

雰囲気遮断システムによる全固体リチウムイオン電池のTEM解析の概要

実験には、冷陰極電界放出形電子銃とプローブ用収差補正器を搭載した分析用 TEM/STEM である HF5000を用いた7)。TEM 試料ホルダーには FIB(Focused Ion Beam)と共用の雰囲気遮断ホルダーを用いた。図1に FIB-TEMリンケージ雰囲気遮断システムの概略図を示す。試料ホルダーグリップ部の開閉つまみを操作することにより、ホルダー先端部がスライドし、試料と周辺雰囲気を隔離することができる。雰囲気遮断システムを用いることで、試料前処理・観察・分析まで大気非暴露で実施可能とした。FIB-SEM を用いて、充放電サイクル前後の試料について、それぞれ電極 - 固体電解質の界面を含むようにピックアップし、薄膜化した。その後、雰囲気遮断し、大気にさらすことなくHF5000へ試料を搬送した。TEM/STEM 観察により充放電サイクル試験の前後の構造変化を可視化し、EDX/EELS を用いて元素分析 / 状態分析した。
空気中での劣化過程の観察は、HF5000に付帯された試料に直接ガスを噴射できることを特長とする差動排気システムにより実現した8-9)。実験では、鏡体内に設置したガス導入ノズルから空気ガスを薄膜試料に噴射し、硫化物系全固体電池の大気中での反応をその場観察し劣化解析を行った。

図1 FIB-TEMリンケージ雰囲気遮断システムの概略図

図1 FIB-TEMリンケージ雰囲気遮断システムの概略図

硫化物系全固体リチウムイオン電池の充放電試験前後のTEM解析

観察試料には硫化物系固体電解質 Li6PS5Cl を使用した全固体電池を用いた。正極材には LiCoO2、負極材にはグラファイトを用い圧粉成型法で試作した。使用した硫化物系全固体電池の充放電曲線を図2に示す。充放電サイクル試験前の電池容量は412 µAhである。対して、充放電サイクル試験を13回繰り返し実施した試料では、357 µAh から291 µAh に容量が80% に低下している。本試料を用いて充放電サイクル試験の有無による構造変化の TEM 解析を試みた。
図3に正極 - 固体電解質界面の充放電サイクル試験前後での STEM/SEM 像を同時観察した結果を示す。STEM/SEM 像を充放電サイクル試験前後で観察することにより、正極および固体電解質の充放電による構造変化を観察した。界面の固体電解質に着目すると、充放電サイクルにより粒径が粗大化していることが観察された。粒径が粗大化したことにより、電解質の表面積が減少し電池容量の低下に起因したと考えられる。

図2 使用した硫化物系全固体リチウムイオン電池の充放電曲線

図2 使用した硫化物系全固体リチウムイオン電池の充放電曲線
(a)充放電サイクル試験前、(b)充放電サイクル試験後

図3 正極-固体電解質界面の充放電サイクル試験前後でのSTEM/SEM像

図3 正極-固体電解質界面の充放電サイクル試験前後でのSTEM/SEM像
(a)充放電サイクル試験前、(b)充放電サイクル後

次に負極 - 固体電解質界面を充放電サイクル試験前後での STEM-EDX 元素マップ像を示す(図4)。充放電サイクル試験による P, S, Cl 元素の分布の変化を確認した。EDX 元素マップ分析を行うことで、充放電サイクル試験により引き起った電池容量の低下に伴う元素分布の変化を分析した。充放電サイクル試験前では、P や Cl など偏在している領域が多く存在していることがわかる。対して、充放電サイクル試験後では、P や Cl の偏在している領域の多くは減少し、一様に存在している結果が示された。この結果から、固体電解質内の P や Cl が充放電サイクル中に移動し平均化され、電池容量の変化に関与したと考えられる。
さらに充放電サイクル試験前後で STEM-EELS 分析を試みた。EELS 分析によりEDX 分析では検出できない Li 元素を検出することが可能である。Liイオンの分布、状態を定性的に調べるためには EELS 分析が有効である。図5に負極 - 固体電解質界面の充放電サイクル試験前後での STEM-EELS スペクトルを示す。充放電サイクル試験前では、負極界面の固体電解質から Li-K 殻吸収端が検出された。対して、充放電サイクル試験後では Li-K 殻吸収端が消失した。この結果から、電極界面の固体電解質では、充放電サイクル中に Li のインターカレーションが阻害されたと推測できる。

図4 充放電サイクル試験前後でのSTEM-EDX元素マップ像

図4 充放電サイクル試験前後でのSTEM-EDX元素マップ像
(a)充放電サイクル試験前、(b)充放電サイクル後

図5 充放電サイクル試験前後でのSTEM-EELSスペクトル

図5 充放電サイクル試験前後でのSTEM-EELSスペクトル
(a)充放電サイクル試験前、(b)充放電サイクル後

硫化物系全固体リチウムイオン電池の大気雰囲気下での劣化過程解析

観察試料には硫化物系固体電解質 Li3PS4、正極材に LiCoO2、負極材に In を用いた全固体電池を用い、FIB で正極 - 固体電解質界面を薄膜加工した。薄膜試料に対して空気ガスを導入し劣化過程をその場観察した結果を図6に示す。TEM/STEM 像により形態変化を観察し、電子回折図形によって結晶性の評価を行った。真空下では電子回折図形はデバイシェラーリングを示し多結晶体である(図6(a))。10 Pa 空気ガス導入後1 h 経過した図6(b)の電子回折図形は、図6(a)と比較し回折スポットが減少し結晶性が低下していることが示される。また、ガス導入後3 h 経過した図6(c)では、ハローリングを示し結晶構造が消失し非晶質化した。図6(a, b)の ADF-STEM 像は Li3PS4 由来と考えられる複数の結晶格子が観察され、微結晶が多数存在する。図6(c)の ADF-STEM 像からは結晶格子が観察されず非晶質化が進行したことが示され、電子回折図形の変化とも一致する。TEM 像から著しい形態変化を伴う界面の乖離が観察された。これらの反応は導入した空気と固体電解質 Li3PS4が反応し構造変化した結果である。
次にガス導入前後で固体電解質 Li3PS4 領域を STEM-EDX 分析した結果を示す(図7)。図7(a)はガス導入前、図7(b)はガス導入後の EDXマップ像である。酸素マップ像に着目すると、ガス導入前では固体電解質に酸素は存在しないが、ガス導入後には全体に酸素が存在する。この結果から固体電解質は空気と反応し酸化物を形成されたことが示された。また硫黄濃度は低下しており、固体電解質 Li3PS4中の硫黄は硫化水素として気化したと考えられる。さらにガス導入前後でのSTEM-EELS 分析を行い Li の状態変化の解析も試みた(図8)。固体電解質 Li3PS4領域のスペクトル分析の結果、ガス導入前後の EELSスペクトルから Li-K のピークシフトおよびピーク形状の変化が計測された。この変化は固体電解質が硫化物から酸化物に変化したためであると考えられ、Li の状態変化が EELS 分析により示唆された。

図6 空気ガス導入によるTEM/STEM像および電子回折図形の変化過程

図6 空気ガス導入によるTEM/STEM像および電子回折図形の変化過程

図7 ガス導入前後でのEDX map分析結果

図7 ガス導入前後でのEDX map分析結果
(a)ガス導入前(Vacuum)、(b)ガス導入後(Air, 10 Pa, 3 h)

図8 ガス導入前後でのSTEM-EELS分析結果

図8 ガス導入前後でのSTEM-EELS分析結果
(a)ガス導入前(Vacuum)、(b)ガス導入後(Air, 10 Pa, 3 h)

まとめ

雰囲気遮断システムやガス導入その場観察を用いた全固体リチウムイオン電池の TEM 解析ソリューションを紹介した。本解析により、充放電サイクル試験前後の変化を観察し、固体電解質の構造変化や元素の分布の変化を確認した。さらに、大気雰囲気下での劣化過程をその場観察し、固体電解質の非晶質化や状態変化を可視化した。雰囲気制御を活用した観察技術は、今後、さらに高性能化が期待されている電池材料の評価・解析のソリューションとして、極めて重要であり、高性能な全固体リチウムイオン電池の開発への貢献が期待できる。

参考文献

1)
J.-M. Tarascon et al., Nature, 414, 359-367 (2001).
2)
A. Sakuda et al., Scientific Reports, 3, 2261 (2013).
3)
K. Okada et al., Solid State Ionics, 255,120-127 (2014).
4)
T. Kimura et al., Solid State Ionics, 333,45-49 (2019).
5)
D. Cao et al., NanoLett., 20, 1483-1490 (2020).
6)
H. Tsukasaki et al., Microscopy, 70 (6), 519-525 (2021).
7)
稲田博実 , S. I. NEWS, 61 (2), 5403-5410 (2018).
8)
松本弘昭他 ,「燃料電池」, Vol.21, No.3, 14-19 (2022).
9)
H. Lv et al., Nature Communications, 12, 5665 (2021).

著者紹介

五十嵐 啓介
(株)日立ハイテク コアテクノロジー&ソリューション事業統括本部 CTシステム製品本部 CTソリューション開発部

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