第33回日本医療薬学会年会メディカルセミナー
株式会社日立ハイテク/株式会社日立ハイテクサイエンス共催
座長:石井 伊都子 氏 千葉大学医学部附属病院 薬剤部
株式会社日立ハイテクと株式会社日立ハイテクサイエンスは共催で、第33回日本医療薬学会年会においてメディカルセミナー「『うちでもデキル!』『私でもデキル!』タイムリーなTDMの実践!!!Part2」を2023年11月4日、第3会場において開催した。阿部裕子氏(健生会明生病院薬局)が、単科精神科病院における高速液体クロマトグラフ「LM1010」を用いたTDMの実践例を講演。同装置の開発に携わった森川剛氏(JA長野厚生連北信総合病院薬剤部)が、装置の開発に至ったきっかけと実践例についての講演を行った。座長は石井伊都子氏(千葉大学医学部附属病院薬剤部)が務めた。
同セミナーは2022年に群馬県で開催された第32回年会で企画され好評を博したメディカルセミナーのPart2にあたる。
実施日 2023年11月4日(土)
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演題 1
~単科精神科病院におけるTDMの実践と工夫~
阿部 裕子 氏 健生会明生病院 薬局
健生会明生病院(熊本市北区)薬局の阿部氏は、同病院における熊本大学との共同研究で取り組んだ「LM1010」の実践例を紹介した。同病院は創立60年の234床の単科精神科病院で、精神科急性期病棟、精神療養病棟、一般病棟で構成。常勤医師7名、非常勤医師10名、常勤薬剤師5名、非常勤薬剤師1名、調剤助手1名、常勤臨床検査技師1名で運営されている。
2023年6月時点での入院患者構成は、統合失調症67%、認知症11%、アルコール使用障害8%、気分障害9%で約230人が入院している。
同病院が共同研究に参加するには3つの課題が存在した。機器の設置場所などの環境、マンパワー、自身のようにHPLCに不慣れでも「LM1010」の操作や管理ができるのかという3点だった。
まず環境については、薬局には設置スペースがなかったが、臨床検査技師の協力が得られ、かつ検体の遠心分離と冷凍保存までの作業を担当してくれることになった。看護師が検体を検査室に持って行く作業は通常通りであるため、これにより円滑な装置の運用が可能になった。設置方法などについては、昨年(2022年)の講演の武蔵ヶ丘病院での事例がそのまま役に立ったという。
次にマンパワーについては、当時の薬剤師数は同病院史上最多であったものの不安を覚えていたが、12月に薬剤師1名が産休からの復帰が決まり、かつ臨床検査技師からも協力を提案され解決をみた。臨床検査技師は調整会議に出席してくれるだけでなく、最終的には一部装置の操作も担当してくれることになった。
また共同研究を受ける大きな動機の1つとして、入社3年目の薬剤師の存在があった。薬剤師不足の中、精神科の同病院を新卒から選んでくれた熱意に対し、やりがいにつながってくれれば良いという想いがあったという。
最後の課題である操作については、若手薬剤師は大学時代にHPLCの操作の経験があるとのことだったが、阿部氏自身は大学時代には経験があるものの数十年前で初心者も同然だった。一方で、「LM1010」は、操作手順通りに行うことにより30分程度で結果を得ることができ、その速さに驚いたという。2回程度の練習で、本検体の測定を行うことができるようになった。
同病院のTDM対象薬は、カルバマゼピン(抗てんかん薬)、バルプロ酸ナトリウム(抗てんかん薬)、炭酸リチウム(躁病治療薬)、ハロペリドール(抗精神病薬)だった。従来これら薬剤については、TDMは100%外注で、数日後に判明する値をもとに処方提案を行っていた。「測定は外注するもの!」「タイムラグは解決し得ないもの!」と思い込んでいたという。すぐに結果を知りたいという症例があっても、解決し得ないものとして捉えていた。
また昨年(2022年)4月にクロザピンが特定薬剤治療管理料の対象となった。当時は外注で同薬剤の測定についてサービスを開始しておらず、やむを得ず大学病院に協力を求めたこともあった。その中で当時、「LM1010」ではクロザピンが測定準備中であったことは導入のモチベーションとなったという。
測定は前述の若手薬剤師、阿部氏、臨床検査技師の3名が担当し、必ず2名以上で実施。ダブルチェックで取り違えを防いだ。原則として測定は火曜日の午後2時から行うこととし、午前中の空き時間に準備を行った。準備はシステムを起動してコンディショニングボタンをクリック、性能確認のためのQC測定を行うまでで10分程度である。午後の本測定では、検量線の作成を行いながら検体の前処理を行った。前処理は5検体をまとめて行って30分程度だった。条件の検討等は必要ないため、操作手順通りに行えばよく、「まさに私でもできるという操作」だという。
測定は薬剤にもよるが、1検体あたり10分程度で結果を得ることができた。同病院で主に行われたカルバマゼピンとクロザピンは7分程度で結果を得ることができた。
同病院では「LM1010」設置期間半年で147検体の測定を行った(クロザピン85、カルバマゼピン45、フェニトイン13、ラモトリギン4)。1日10検体が最大だった。
いずれも「LM1010」の測定結果は外注と良い相関を示した。
阿部氏は最後に、2023年9月に開催された第7回精神薬学会で阿部氏が発表したクロザピンに関する報告を紹介した。
クロザピンは治療抵抗性統合失調症に適用をもつ唯一の薬剤だが、無顆粒球症や心筋炎、高血糖といった重篤な副作用が出現するおそれがあるため、クロザリル患者モニタリングサービス(CPMS)の管理下で定期的な血液検査が義務づけられている。初回投与から18週間は入院管理が必要になる。投与初期に発現することが多い白血球減少の重篤化を防ぐためのシステムで、毎回投与時には白血球値と好中球値をCPMSのシステム上に登録し、判定後で投与の可否が決定する。投与開始から26週までは毎週、52週までは隔週、約1年経過したそれ以降は4週ごとの検査になる。
何らかの理由で基準値を下回った場合は週2回の検査になり、白血球が3000/㎣未満または好中球が1500/㎣未満になると投与中止になる。直接のクロザピンとの因果関係が認められないなどの理由がない限りは、原則として生涯再投与は認められない。
報告は、クロザピン投与患者のCOVID-19罹患を契機に、好中球が減少した症例に対し、血中クロザピン濃度上昇を疑い処方提案したという報告で、院内測定は「LM1010」を用い、外注はLSIメディエンスに依頼した。外注は概ね7日を要した。
患者は6年前からクロザピンにより治療を行っている60歳の治療抵抗性統合失調症の女性で、通常は白血球、好中球ともに数値は安定していたが、COVID-19感染中の2月13日の定期採血時に白血球は4040、好中球が1810に減少し、CMPS上で重度イエローと判定された。
先行研究でCOVID-19感染時にクロザピンの血中濃度が上昇するという報告があったため、血中濃度の上昇が好中球減少の一因である可能性を検証するため血中クロザピン濃度を測定した。
これまで同患者の投与量は2年以上1日300㎎で変更はなかった。感染前までは血中濃度は外注で約500ng、「LM1010」で約400ngであったが、感染時には25~29%上昇しており、好中球減少の一因が血中濃度上昇にあることが推察された。本研究は介入研究ではなく、その時点で外注の結果は得られていなかったことから、「LM1010」の値は参考値として先行研究などのデータと共に医師に提示してクロザピンの一時的な減量を提案した。
3日間は100㎎投与、次の3日間は200㎎投与、1週間後には元の300㎎投与に戻したところ、白血球、好中球ともに安定。投与量の減少で血中濃度も減少したが、投与量を戻すことで血中濃度も戻った。
薬剤師が事前に血球濃度の予測や迅速な測定を行うことでクロザピンの有害事象を防ぎうることが示唆された。薬剤師が積極的にTDMを行うことで、患者の利益に直接つながることを実感できた経験だったという。またこれまでも感染時に白血球が上昇した経験はあったが、今回のように好中球が低下したのは初めての経験だった。
阿部氏は「マンパワーや環境に恵まれていない精神科領域でも、無理と思い込んでいたタイムリーな血液濃度測定が『LM1010』で可能になりました。また若い薬剤師のやりがいにもつながりました。精神科では薬剤師が処方設計に関与する場面は非常に多いと感じています。即戦力のあるツールを持っていることは、チーム医療の推進に大きな役割を果たす可能性があると感じています」と締め括った。
演題 2
~ LM1010の導入と実践例~
森川 剛 氏 JA 長野厚生連北信総合病院 薬剤部
JA長野厚生連北信総合病院薬剤部の森川氏は6年制の薬学部卒業1期生であり、卒業後に薬学部で学んだことが活かせると考え病院薬剤師の道を選択した。一方で、病院薬剤師の業務につくと病院内のTDMには限界があるという事実に直面。同期の研修医が実践的に熱意をもって働く姿を見て、自身の臨床能力の低さを実感し憤りを覚えることもあったが、研修医から患者に投与される薬剤について相談を多く受ける中で、医師は薬物動態については学ばないため薬剤師の意見は重要と聞き、薬剤師としてのアイデンティティに気づいたという。
当時、同病院では院内で薬物血中濃度が測定できる薬剤は7剤に限られ、他の薬剤は外注委託され結果を得るのにタイムラグが生じていた。森川氏は自身が分析化学の研究室出身だったこともあり、薬剤師が積極的にTDMに参加するには液体クロマトグラフィー(液クロ)をもっと使えばよいのではないかと思いついたという。とはいえ、液クロはUV検出器や質量分析計をつなぐことで、選択性と信頼性が高い結果を得られるものの、機器操作のための技術の習得が必要かつ、導入コストが高いことや維持管理に手間がかかることが課題であった。
当然ながらTDMでは①用法・用量の個別化、②服薬アドヒアランスの評価、③有害事象や中毒の回避、④入院期間の短縮、⑤治療が無効な際の原因検索、が可能である。また病院薬剤師はTDMを行わないと医師とディスカッションが困難な事例は多く、患者に服薬指導を行う際にも数字で説明が必要な事例は多い。よりよい病棟業務、薬剤師の仕事をするためにもTDMは重要だという。
森川氏の勤務する病院では、経営者、上司との相談のもとで、従来行っていたLBA法と、HPLC/UV法として「LM1010」を使用し、今年(2023年)の6月からTDM業務の拡大が決定した。測定可能な25種類の薬剤全てを測定するのはハードルが高かったことから、まずは汎用的なボリコナゾール、ラモトリギン、アミオダロンの3剤に限定して測定を開始した。病棟だけでなく外来にも適用している。スッテプバイステップを繰り返すことで薬剤師の成長につながると考え、上司との相談のもとで、TDMは固定メンバーをつくるのではなく希望者を募って行うこととした。
ボリコナゾールについては、推奨とされている3日目からTDMが可能になり、当日中の投薬量の提案が可能になった。血中濃度が5.9 μg/㎖と高かった症例では、投薬量の提案を行い、退院前には2.3 g/㎖と良好な数値を維持した。従来からバンコマイシンについては医師から用量設計を依頼されていたが、現在はボリコナゾールについても同様の依頼を受けている。
ラモトリギンについては、ラモトリギン中毒の症例について測定したところ約20 μg/㎖と高く、一方で意識障害や心毒性もみられなかったが目眩があったことから入院による経過観察を行い、2日後には約2.8 μg/㎖まで低下し目眩も改善したことから、服薬指導の後に患者は退院した。外来の主治医にも情報を伝え、フォローを依頼した。また妊婦へのラモトリギンの投与については単剤使用であれば奇形発現率が低いことから使うことが多いが、妊娠中はUGT1A4活性が増加するため血中濃度が低下することがある。同病院の妊婦授乳婦認定薬剤師が外来の患者に測定を提案したところ測定が行われ、0.6 μg/㎖と低かったことから投与量の漸増とフォローを提案した。
アミオダロンについては、デスエチルアミオダロンも測定可能になっており、デスエチルアミオダロンが1.1 μg/㎖だった症例では、0.6以上で肺毒性リスクが上昇するため、投与量の再検討とCTのフォローアップを提案した。また血中濃度が0の症例では服薬ノンアドヒアランスが推察され、電話で様子を伺ったところ、飲めていないとの返答を得た。同患者は心室頻拍に対し処方されていたことから突然死リスクの上昇の恐れがあり、外来患者であったため医師にも報告した。
情報化社会の現代、利用できるデータは膨大に存在するが、知識と経験は異なる。森川氏は「考えることを教える教育は時間がかかりますし、効率も悪いです。しかし体験することで人は考え始め、進んでいくということはあると思います」と述べた。今後、同病院でこれまで行っていなかったTDMを行うことで、TDMの本質的な理解が進むと考えているという。
森川氏は「薬剤師にとって、また薬学に携わっている者にとって、投与量に関わり、貢献でき、探究できることを夢のようだと感じています。『LM1010』が夢をもった薬剤師の一助となれば幸いです」と述べて締め括った。
対 談
セミナー後、座長の石井氏を司会に対談の機会が設けられた。
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石井氏
森川氏
阿部氏
森川氏は11年間、TDMを現場で行いたいと夢見て業務に取り組んで来た。「LM1010」の運用を開始した際に、まず3剤から他の薬剤師の協力を得て実施でき、かつそれが現在は病棟業務の1つとして実施できていることがとても良いことだと感じているという。また、他の薬剤師も「LM1010」のような装置を求めていたことがわかったのはとても有意義だったという。森川氏の病院では、希望者を募ってTDM業務にあたったが、最終的には業務外の薬剤師も測定に参加しているという。
また阿部氏は、「LM1010」を知ることで、これまでTDMは外注するもの、タイムラグがあるものと思い込んでいたが、実際の測定の経験により検査結果を単なる数字ではなく検査値として理解し、自信を持って医師に提案できるようになり、TDMを実感できたという。阿部氏の病院では阿部氏と若手、検査技師で「LM1010」のTDM業務にあたったが、精神科領域は概ね薬剤師が不足しており、誰でも測れる同装置をチーム医療で利用することで業務の効率化の可能性を感じているという。
一般的に薬学生は卒業後、TDM業務に取り組むことを想定して病院薬剤師になるが、実際の医療現場では相当の薬剤が外注で処理される現実がある。こうした現実は、タイムラグによる医療の質の低下につながるだけでなく、病院薬剤師のモチベーションを下げることにもつながる。
実際「LM1010」の導入により、医師との関わりも増加し信頼関係が深まり、また薬剤師の業務に関する熱意の向上を実感しているという。
また、外来患者に対するTDMは縮小傾向にあったが、「LM1010」の導入によりこの拡大も期待できる。
両氏は最後に、TDMに取り組む薬剤師に向けてメッセージを述べた。
森川氏は「本来薬剤師にとってTDMは重要な業務であったものが、費用対効果、時間対効果の関係でいつのまにか外注することが普通になっていました。技術があるのに使わないことは、アイデンティティの喪失、離職にもつながりかねません。測定を改めて考える機会になれば幸いです」と述べた。
阿部氏は「先ほどセミナーが終わったあとにも、目をきらきらさせて『自分のところでもやってみたい』と言われる先生がおられました。精神科でも、うちでもできる、私でもできる、ということで、是非前向きに検討していただければと思います」と締め括った。
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