The fabrication of nickel bar code nanowire and characterization by SU9000
九州大学大学院工学研究科 准教授
藤ヶ谷 剛彦 (工学博士)
近年、ナノサイズの金属粒子に中空構造を取り入れた金属中空ナノ粒子がその巨大な比表面積や触媒活性、小さな比重といった特長から触媒、センサー、エネルギー貯蔵、分子ふるい、電池等の多くの用途において注目されている1)。これまでに球状ナノ粒子2)、ナノキューブ3)、ナノロッド4)、ナノワイヤー5)が中空構造を取り入れるホスト金属ナノ粒子として用いられている。中でもナノワイヤーは基板への固定吸着安定性やネットワーク構造形成の容易さなどから実用的中空材料ホスト材料として有望である。実際に中空構造を取り入れたナノワイヤーを用いた高いレートのキャパシター6)、太陽電池7)、水浄化8)、水素生成9)、触媒10)等が報告されている。
中空構造を持つ中空ナノワイヤーのうち、周期的な中空構造を持つ中空バーコードナノワイヤー作製においては積層したい金属(図1、M1)と溶解させることで中空部分となる犠牲金属(図1、M2)とをテンプレート空間内で電気化学メッキにより交互に還元積層したバーコードナノワイヤーを経由するテンプレート法が知られている11, 12)。その他、Kirkendall13)効果やガルバノ置換反応を14)利用した作製法も報告されている。いずれの場合においてもホスト材料の直径や長さの厳密、中空部の制御は所望の性質を得るために重要である。その構造評価を日立ハイテク製超高分解能走査電子顕微鏡SU9000で行った。SU9000は高分解能走査型顕微鏡像に加え、同視野の透過像・暗視野像およびX線蛍光観察(EDX)像の取得が可能であることから、中空バーコードナノワイヤーの外側と内側を元素分析結果を重ねながら議論するのに極めて優れた装置であり、本研究で威力を発揮している。
図1 バーコードナノワイヤーからの中空バーコードナノワイヤー作製法
本研究ではテンプレート法を用いてニッケル(Ni)/銀(Ag)からなるバーコードを電気化学メッキにより作製し、銀を犠牲層とすることで溶解後に中空ニッケルバーコードナノワイヤーを作製した。均一な太さ分布を持つ中空ニッケルバーコードナノワイヤー構造の作製を目指し、均一なチャネル状空孔をもつ陽極酸化アルミニウム(Anode Alnimium Oxide: AAO)15)を利用した(図1)。AAO空孔のチャネル径や長さは陽極酸化条件や用いる原料のアルミニウム箔の膜厚で任意に制御可能であることから、最終的に得られるナノワイヤーの直径や長さを任意に制御できるメリットがある。
まずAAO膜の裏面に電極となる銀を200 nm蒸着し電気化学メッキに用いた。メッキ浴としてはニッケル源として685 mMNiSO4・6H2O、銀源として0.577 mM Ag2SO4を含む水溶液を用いた。AAO膜(ポア径:18 nm)裏面に蒸着したAgを作用極、Ptを対極、Ag/AgClを参照極とした3極式セルを使用し、銀メッキ条件として-0.4 V(vs. Ag/AgCl)、ニッケルメッキ条件として-1.0 V(vs. Ag/AgCl)を印加し、交互メッキ積層を行った。この際、-1.0 Vにおいては銀もニッケルも両方還元されメッキされることから大過剰(1,000倍)のニッケルをメッキ浴に入れておくことでニッケル層における銀のコンタミの影響が小さくなる工夫をした16)。
電気化学メッキ条件としては-0.4 V(vs.Ag/AgCl)を120秒、-1.0 Vを10秒ずつポテンショスタット(HZ-5000、北斗電工)を用いて交互に印加するプログラム(図2A)を繰り返した。プログラム終了後、1.0 Mの水酸化ナトリウム水溶液でAAO膜を溶解することで回収した金属ワイヤーの暗視野STEM写真を示す(図2B)。太さがAAOポア径(18 nm)とほぼ等しく、かつ長さが均一な金属ワイヤーが観察された。一本のワイヤーに注目してEDXを測定し、ラインプロファイルを構築した(図2C)。青で示したニッケルと赤で示した銀に由来する信号が交互に現れており、ニッケルと銀の交互メッキに成功していることを示している。EDX測定の結果をマッピングとして構築した像を図2Dに示す。青で示したニッケルの領域と赤で示した銀の領域が交互に積層されていることが視覚的によく理解できる。並べて示した暗視野STEM像では2つの領域がほとんど区別できないのと対照的である。SU9000においてはさらに高分解能のEDXマッピングも可能である。銀の領域の詳細を観察した結果、興味深いことにニッケル由来のシグナルも観察された(図2E)。
SU9000においては高分解能STEM像の分解能をほとんど損なうことなくEDXマッピングも可能であり、バーコードナノワイヤー構造の同定には極めて有用である。今回、初めてNi-Agバーコードナノワイヤーの作製に成功したが、これまでにFe-Au17)、Co-Cu16)、Co-Pt18)、Ni-Cu19)、Ni-Pt20)のバーコード17)構造作製の報告がある。興味があれば参考にしていただきたい。
図2 (A)印可電位プログラム(上段)と対応するバーコードナノワイヤー構造(下段)の模式図。
(B)バーコードナノワイヤーのSTEM像。
(C)バーコードナノワイヤー1本のEDXラインプロファイル。ニッケルを青、銀をピンクで示してある。
(D、E)バーコード(Ni-Ag)ナノワイヤーのSTEM像、ニッケルマッピング像、銀マッピング像、ニッケルと銀のマッピングの重ね合わせ像。スケールバー:10 nm
得られたナノワイヤーから犠牲層となる銀を溶かすために過酸化水素とアンモニアのエタノール溶液で処理した。図3A、図3Bに示した暗視野STEM像から明らかのように、銀溶解処理後はワイヤーに節ができ、竹の子のようになっていることがわかる。実は、当初銀を溶解することでニッケル層同士が分離してニッケルナノロッドが作製できると期待していた。しかし、期待した切断は起こっておらず、ナノワイヤーはもとの長さをほとんど維持していた。ニッケル層と節の部分の長さを暗視野STEM像から計測してみるとそれぞれ75±9.1, 12±5.3 nmであり、溶解前のニッケル層と銀層にちょうど対応しており、銀の層が残存して連結している訳ではなかった。確かにEDX観察から構築したラインプロファイルからは銀に由来するシグナルがほとんど検出されなかった(図3C)。何らかの要因で節の部分で連結されていたと考えられる。SU9000の高分解能観察能を生かして節の部分を高倍率観察したところ、銀層は思い描いていた円柱状ではなく蒲鉾のような形をしていた。図2Eで見られた銀層にわずかにニッケルが存在していたことと対応していると思われる(図3D)。銀は残存しておらず、ニッケルのシェルのような層が形成されている様子はEDXプロファイルから確認できる。従って、このような中空ナノワイヤー構造が形成されていたのはワイヤー表面でニッケル層間が連結していたためだと考えられた。同様な中空ナノワイヤーはポア径が35 nmとより大きなAAO膜においても形成したことから、直径による効果ではないことが示唆された。
図3 (A, B)銀溶解後のバーコードナノワイヤーの暗視野STEM像。
(C, D)銀溶解後のバーコードナノワイヤー1本におけるEDXラインプロファイル。ニッケルは青、銀はピンクで示してある。
このようなニッケルシェル層が形成された理由はニッケルイオンとAAO内壁のOH基との相互作用によりニッケルが内壁付近に偏析したためだと考察している21)。実際にAAOを0.2 Mのニッケルイオン溶液と銀イオン溶液にそれぞれ30秒間浸漬させ、吸着量をICP測定により定量した実験においては、ニッケルが3倍近くの濃度で検出され、ニッケルの方が吸着に有利であることが確認できた。実際に電気化学メッキに用いたメッキ浴中でニッケルイオンは銀イオンの1,000倍の濃度で調整されているため、さらに吸着が有利になっても不思議はない。
図4 (A, B)中空ニッケルバーコードナノワイヤー1本のEDXラインプロファイル。いずれもニッケルは青、銀はピンクで示してある。
(C~H)中空ニッケルバーコードナノワイヤーのSEM像(C, F)、明視野STEM像(D, G)、暗視野STEM像(E, H)。スケールバー:200 nm
この交互メッキの利点の一つはそれぞれの層の長さを電位の印加時間、濃度等で精密に制御できることである。図4aに銀メッキ時間を120秒に固定し、ニッケルメッキ時間を5, 10, 15秒と変化させた際の中空ニッケルバーコードナノワイヤーの明視野STEM写真を示した。画像の解析からニッケル層の長さはそれぞれ38±5.1, 79±6.3, 122±11.4 nmと制御できていることが示された。さらに銀イオンの濃度を10倍(5.77 mM)としたときの中空ナノワイヤー構造を図4bに示す。銀エッチング後に中空の領域が長尺化している様子が暗視野STEMおよびEDXラインプロファイルから確認できる。濃度によっても長さが制御できることを示している。非常に興味深いこと中空領域が拡大してもニッケルシェルにより繋がっており、シェルが均一に形成されていることが分かる。ここまでの説明だと「EDX機能付きのSTEM観察だけで十分なのでは?」という意見も出てくると思われる。しかし、SEMであることで図4C, Fのように少し穴が開いているという事実も見えてくる(図4C~H)。この点は今後の均一性向上へのきっかけとなり、重要な知見である。いずれにせよ、本手法で作成するチューブは内壁へのニッケル偏析は比較的高い均一性を有しているようである。そこで、デモンストレーション的ではあるが、−0.65 Vにおいて定電位電解により銀ナノワイヤーを作製し、銀を溶解させたところ、予想通りに中空の「ニッケルナノチューブ」を得ることができた(図5A)。図5Bに示したニッケルチューブの高分解能SEM像、明視野STEM像、暗視野STEM像からはチューブが中空であるという情報以外にも、表面がスムースでなくアモルファスな成分が吸着していることも明らかになった。
図5 (A)ニッケルナノチューブの明視野STEM像。
(B)ニッケルナノチューブの高分解能SEM像(上段)、明視野STEM像(中段)、暗視野STEM像。
以上、本研究により、予想外ではあったが、中空ニッケルバーコードナノワイヤーの作製法を確立できたと言える。
SU9000における高分解能な反射電子像と透過電子像が撮像でき、さらに高分解能な元素分析マッピングができる分かりやすい例として金属バーコードナノワイヤーの例を紹介した。これらの機能を駆使することで、表面観察と内部の構造が元素分布情報とともに明確に理解できるので、構造同定の強力なツールとなった。この研究以外にも例えば、グラフェンのようなナノシートに金属ナノ粒子を担持した場合に、反射電子像と透過電子像を組み合わせることで、シート表面と裏面に担持された粒子を見分けることもできる等、ユニークな使い道を多く見出している。
参考文献
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