Examination of the Light Microscopic Slide of Renal Biopsy Specimens by Utilizing Low-Vacuum Scanning Electron Microscope
東京腎臓研究所 所長
(医学博士)
山中 宣昭
腎疾患の診断には、一般的な臨床検査に加え腎生検による病理組織診断を行うことが普及している。生検針により採取した組織片はその一部を細切して蛍光抗体法による免疫組織学的検査、透過型の電子顕微鏡による超微形態像の検索に供せられ、残りの組織片をパラフィンに包埋して薄切し、光学顕微鏡用の染色標本を作成して組織病変を観察し、これら3者の情報を総合して腎生検病理診断を行うことが方法論として確立している。
透過型電子顕微鏡による組織の検索が普及しているのに引き替え、走査型電子顕微鏡による腎生検組織の検索は、試料作成の煩雑性や組織の表面像の観察にとどまるなどの制約により日常的な検査法にはなり得ず、研究レベルでの報告が少数散見されるにすぎない。近年、卓上型の低真空走査電子顕微鏡(Low-vacuum Scanning Electron Microscope、以下LV-SEMと略)が開発されたが、これの新たな利用法の一つとして、日常的に用いられている光学顕微鏡用標本を、そのまま直接LV-SEMで観察し、光学顕微鏡を超える高拡大率と高解像度による電子顕微鏡レベルでの情報を取得することが試みられている。標本の切片の厚さぶんだけの3次元的な組織変化も検討できるので、LV-SEMによる検査法の確立は、病理診断の質を向上させる大きな可能性を有している。以下に著者による腎生検組織の検討の結果をいくつか紹介し、今後の発展への参考に供したい。
日立ハイテクにより開発された卓上型低真空走査電子顕微鏡 Miniscope® は、暗室不要であり、装置の小型化と操作の容易性という特質により、非常に実用性の高い機器となっている。走査電子顕微鏡の基本的な機能をひととおり備えており、6万倍までの高倍率による試料観察が可能である。「小型の真空ポンプ」、「卓上に設置可能サイズの走査電子顕微鏡本体」、「試料操作の制御と観察画像描出のためのコンピューター」の3点により構成されており、通常の100 V電源からの電力供給で可動する(図1)。
この走査電顕の低真空特性に着目し、通常の光学顕微鏡用のガラススライド標本をそのままこのLV-SEMの試料室に挿入し、組織切片を観察するという画期的な方法が、鳥取大学医学部解剖学講座の稲賀すみれ博士により確立されている。光学顕微鏡用の染色標本にカバーグラスをかけず、(あるいはカバーグラスを外し)、これに電子線を照射してその走査電顕像を観察するというものである(図2)。
一般に病理組織標本の光学顕微鏡による検索には、標準染色としてHematoxylin-Eosin染色(HE染色)が広く用いられており、さらに、基底膜をよく染め出すPAS染色、線維化の評価に有用なMasson染色などが普及している。腎生検組織の検索においては、このHE, PAS, Masson(あるいはAZAN)の3染色に鍍銀染色であるPAM染色を加えた4種の染色標本を観察することが標準化している。PAM染色は、基底膜をはじめとする細胞外基質の主構成分である多糖体蛋白を酸化してアルデヒド基を露出させ、これに銀を反応させたもので、銀結合部が黒褐色に染色され、銀染色陰性である細胞成分と銀陽性の細胞外基質成分とが明瞭に識別される。さらにこれに後染色としてHE染色を加重し、PAM-HE染色標本とするので、これにより銀染色情報に加え標準染色であるHE染色の情報が確認され、光顕組織標本観察のためのきわめて優れた染色法である1)。
図1
低真空走査電子顕微鏡(LV-SEM)の構成
図2
光顕組織標本のLV-SEM観察への応用
LV-SEMによる光顕標本の検索には、通常の染色標本ではコントラストの明瞭な画像が得られないが、重金属による染色によりコントラスト良好な反射電子像の観察が可能となる。組織と結合する金属染色陽性反応の強弱による反射電子シグナル放出量の差が明暗のコントラストとして描出され、組織構造のディテイルが識別できるようになる。PAM染色は鍍銀染色であるため、そのままでLV-SEMによる観察が可能という利点があり、基底膜やその他の銀染色陽性成分が明瞭に描出される。腎臓の疾患は、糸球体病変を主体とするものが多いが、細胞成分のみならず細胞外基質成分である糸球体基底膜やメサンギウム基質の変化がしばしば疾患の診断や病態の評価の決め手となるため、光顕検索ではとらえ得ない微細な変化を観察できるLV-SEMによる検索は、診断の質の向上に大きく寄与することが期待される。ただし組織の主構成分である細胞などの銀染色陰性構造はコントラスト不良で識別不明瞭となり、細胞成分の評価が困難という難点がある。
これに対し、LV-SEMによる光顕組織標本観察法の実用化を進めてきた鳥取大学の稲賀すみれ博士により、白金ブルー染色と名付けた白金による重金属染色法が考案され、細胞成分の観察が可能となっている2)。白金ブルーには細胞組織特異的な染色特異性があり、反射電子シグナルの増強効果により、LV-SEMによるパラフィン包埋組織切片の観察が可能となる。ガラススライドに貼りつけた未染色のパラフィン薄切片に脱パラフィン操作を施したのち、白金ブルー染色液で染色することにより、光顕組織標本の細胞構築像が明瞭に描出される(図3)。細胞成分などを描出するこの白金ブルー染色像と、基底膜成分などを描出するPAM 染色像は、互いに相補的な染色特性を示すことになるため、パラフィン包埋組織の連続切片によりPAM染色標本と白金ブルー染色標本を作成すれば、両者のLV-SEM観察像を総合することにより、同じ部位の組織変化の超微形態像を詳細に検討することができる。
図3
PAM染色とプラチナブルー染色
腎生検組織診断では、日常的にPAM染色標本が用いられているため、これを直ちにLV-SEMで観察することができる3)。1個の腎生検組織の光顕PAM染色標本の全体を示す低倍率の光顕画像と、同じ標本をLV-SEMで見た同倍率の画像とを並べて眺めてみると、光顕像とLV-SEM像の違いが良く認識できる(図4)。同じ標本を異なった方法により観察しているわけで、LV-SEMでは光顕観察部位と全く同じ部位の電顕レベルでの観察が可能である。透過電顕では同じ生検組織からであっても光顕と同じ部位の所見の比較は不能であるが、LV-SEMの応用により全く同じ部位の光顕像と電顕像の比較観察が可能ということは、組織病変の解析の精度を高めることになり、非常に大きな意義を有している。また光顕組織標本のどの部位でも、任意の拡大倍率で観察ができるということもこの方法の有用性を高めている。光学顕微鏡による観察の最大拡大倍率は600倍ほど、油浸レンズを使っても1,000倍どまりであるが、LV-SEMでは同じ部位を3~6万倍まで拡大可能であり、さらに重要なことは、光顕では解像度が200 nmであるのに対し、LV-SEMの解像度は50 nmほどで著しく高精度である。また標本の厚さ分だけ3次元情報が得られ、病変の詳細をより明確に把握することが出来る。以上のような特性から、光顕PAM染色標本では不明瞭であった所見が、同じ部位のLV-SEMでの観察により、異常が明らかとなることも少なくない。
図5は血尿を呈した症例であるが、光学顕微鏡の600倍の拡大倍率では何か異常があるように見えながらも判然としない部位の所見が、LV-SEMによる拡大を挙げての3次元的観察により、基底膜の小さな破綻とそこから血球成分が漏出しつつある像であることが明確に認識される。
図4
光顕組織像とLV-SEM像の対比
図5
LV-SEMによる高精細画像情報の取得
遺伝的腎疾患のひとつとして菲薄化基底膜病(Thin basement membrane disease)が知られている。基底膜を構成するIV型コラーゲンの遺伝的異常により糸球体基底膜の菲薄化をきたす疾患で、臨床的に持続的な血尿を呈するのが特徴である。光顕所見でもある程度は基底膜の菲薄化が示唆されるが、IVコラーゲンα鎖に対する免疫染色所見(通常は蛍光抗体法による)および透過型電顕画像の基底膜の厚さの計測により診断が確定する4)。血尿の原因として基底膜の菲薄化との関連が想定されているが、これまで透過電顕による多数例の検索がなされているにもかかわらず、基底膜の破綻などの所見の確認が困難で、いかなる機序により血尿が生じるのかの詳細が不明確なままに残されている。遺伝的検索、免疫染色、透過電顕による検討から菲薄化基底膜病の診断が確定している症例の光顕用PAM染色標本をLV-SEMにより観察したところ、菲薄化した糸球体基底膜のあちらこちらに小さな亀裂や小孔の生じていることが確認され、血尿との関連が強く示唆される所見である(図6)。検索範囲が小さく制限される透過電顕観察に比し、LV-SEMでは光顕標本組織の広い範囲をくまなく観察することができ、また標本の厚さだけ3次元的画像を得ることができるため、このような所見を確認することが可能となる。まだ検索症例数が少ないため、さらなる検討が必要ではあるが、このような基底膜病変の解析には、LV-SEMによる検索は極めて有用である。
IgA腎症は、日本人に多い腎疾患であるが、糸球体に免疫グロブリンであるIgAの沈着を示すことを基本的な特徴とし、臨床的に血尿を生じる代表的な疾患の一つである。IgA腎症の成因や、病態、治療法、予後については世界的に膨大な研究成果が蓄積されているが、この疾患においても血尿の機序については不明確な点が多い。多数の症例の透過電顕による検索から、しばしば基底膜に菲薄化のみられることが報告されており、ごくまれに基底膜の破綻とそこからの赤血球漏出像が確認されてはいるが、日常的な著明な血尿との相関を解明するには至っていない4)。通常、IgA腎症の診断には、蛍光抗体法による糸球体へのIgAの沈着の証明が必須とされるが、私たちはIgA腎症と確定された症例の蛍光抗体法標本にさらにPAM染色を加重し、これをLV-SEMで観察するという新たな検索方法を開発した5)。その結果、IgA腎症においてもLV-SEM3次元像の検討から、糸球体基底膜のここかしこに亀裂像や小孔の形成像が確認され(図7)、血尿の原因の一つとして基底膜の脆弱性による多数の小破綻病変発生による可能性が推定される。
図6
菲薄基底膜病の糸球体LV-SEM画像
図7
蛍光抗体法所見とLV-SEM像の対応
腎糸球体疾患においては、臨床的に蛋白尿の目立つネフローゼ症候群を呈するものが多いが、その原因疾患として膜性腎症(membranous nephropathy)の頻度が高い。この疾患は、腎糸球体基底膜に沿って広汎に免疫複合物が沈着し、基底膜の構造変化をきたして糸球体からの蛋白漏出が亢進し、著明な蛋白尿をもたらす。診断確定のためには、蛍光抗体法により主として免疫グロブリンのIgG、補体成分であるC3の糸球体基底膜への沈着を確認し、透過電顕像において基底膜の上皮下領域への沈着物およびこれを囲む基底膜成分の棘上突起(スパイク像)形成を認めることが原則とされている。膜性腎症典型例の光顕標本の検索では、PAM染色標本において基底膜の外側面に黒褐色に染まる多数のトゲ状突起が認められ、これをスパイクと称している4)。
病期の進行した典型例の光顕PAM染色標本をLV-SEMで観察すると、銀陰性の上皮細胞や基底膜に沈着した免疫複合物は不明瞭化ないし透明化し、銀陽性である基底膜の変化の詳細が明確に示される。LV-SEMによる3次元像をみると、透過電顕による2次元像と異なり、基底膜のスパイク像とされていた所見は、実は沈着した免疫複合物に対し反応性に伸びてきた基底膜成分が、これをクレーター状に取り囲んでいるものであることが見て取れる(図8)。このように、腎生検組織光顕標本のLV-SEMによる3次元的な検索は、これまで把握し得なかった組織変化の詳細を認識することにより、腎疾患病変に対するこれまでの概念の修正を促すことにもなると思われる。
図8
LV-SEM検索による既成概念の修正
腎生検組織診断においては、しばしば間質の線維化が問題となる。間質線維化の程度に応じて腎機能の低下が進行するため、その原因の探求と線維化の病態の評価は治療方針や予後の判定に大きく影響する。線維化の評価は、通常Masson染色ないしAzan染色の色調とその広がりの程度により判定されるが、標本のクオリティによる色調の違いなどが病態の評価に影響する。間質の線維化は膠原線維の増加によるものであるが、膠原線維はPAM染色陽性であるため、LV-SEMによる観察は、線維化の進行につれ膠原線維の形成が目立ってくるといった線維化の病態を精細に把握することができる(図9左)。また、これまでMasson染色などで線維化とみなされていた変化には、膠原線維の増加ではなく非線維形成性の基質成分の増加である場合のあることがLV-SEMでの観察により判明し、光顕観察による線維化の評価に再考を促すべき結果が示されている(図9右)。
図9
間質線維化と間質硬化の識別
間質病変の評価に関連して、間質に炎症細胞の浸潤が目立つことがあるが、浸潤細胞の種類の同定が困難な場合も少なくない。プラチナブルー染色のほうが解りやすくなるが、PAM染色標本でも、血球成分に若干のコントラストが生じるため、LV-SEMの観察によりある程度までその実態をとらえることができ、細胞の識別が可能となる(図10)。腎生検組織検索のための日常的な標本であるPAM染色標本は、カバーグラスを外せば直ちにLV-SEMによる観察が可能であり、浸潤炎症細胞の同定が必要な場合に有用である。
図10
蛍光抗体法所見とLV-SEM像の対応
光顕標本のLV-SEMによる病理診断の実用化のためには、透過電顕による病変の2次元情報と、それに対応する同じ部位のLV-SEMによる3次元情報との比較が必須である。
一つの試みとして、光顕標本のLV-SEMによる観察を行ったあとで、その標本にエポンをかぶせて重合し、これを超薄切して透過電顕用の標本を作成し、これを透過電顕で観察してLV-SEMと同じ部位の所見について、比較を行った(図11)。今後、このような方法により、両者の対応による所見の解析を進めていくことが重要な課題である。
図11
LV-SEM像と透過電顕像の対比
光顕組織標本のLV-SEMによる観察は、適切な染色を選ぶことにより、腎生検組織に限らず生体のどの組織に対しても可能であり、電顕検索のための組織が得られないような場合や、診断の困難な腫瘍の検討など、さまざまな状況に対応した応用の発展が期待される。LV-SEMが普及すれば、プラチナブルー染色やPAM染色に限らず新たな染色法の開発や、細胞診への応用、必要に応じての迅速診断法の確立などの工夫がなされるようになり、病理組織診断の精度の向上にも大きく寄与するものと思われる。
光顕標本のLV-SEMによる診断を実用的なものとするためには、光顕標本のLV-SEM像と、同じ標本に対する透過電顕像の比較データーの蓄積、および種々の病変に対する多数の検索結果を集約した大掛かりなデータベースの構築が必須である。衆知を集めてこれを築き上げ、日本で開発されたこの新たな方法論を、ぜひ世界に普及させていきたいものである。
参考文献
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