~電子顕微鏡研究と先端材料の評価研究を両立させる~
『SI NEWS Vol.57-2』にて、「直交配置型FIB-SEMを用いた微細組織解析」と題し、シリアルセクショニングによる三次元再構築像観察について解説してくださった原徹先生。
この中で、日立ハイテクが開発した集束イオンビーム「FIB」と走査電子顕微鏡「SEM」が直交した配置の観察装置「SMF-1000」の導入により、なぜ組織観察がより高精度・高感度に行えるようになったのか、詳細をご説明いただきました。今回は、原先生の研究者としての素顔に迫るべく、NIMSの並木地区にある研究室にお伺いしました。
国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)
表界面構造・物性ユニット電子顕微鏡 グループ 主席研究員
原 徹(工学博士)
原徹氏は、実は日立とゆかりの深い研究者なのである。氏のお父様は、日立製作所の中央研究所に在籍し、長年にわたり加速器の研究開発に携わった研究者。幼い頃には、春と秋の年2回、中央研究所構内が一般公開される園遊会に行くのが楽しみだったという。父の背中を追うように理系を目指し、筑波大学へ入学して物質・材料について学び、研究の道を志した。
「機械や電気に進む選択肢もありましたが、材料の探求は未知の分野が尽きないだろうと、興味を持ちました。さらに、大学3年のときに、日立金属安来工場の治金研究所でインターンシップを経験したことが、金属材料の研究へ進む大きなきっかけになりました」と原氏は語る。
このとき、初めて金属材料や電子顕微鏡に触れたことが、研究者としてのキャリアの始まりである。大学4年で金属材料を扱う研究室に所属し、走査電子顕微鏡(SEM)や透過電子顕微鏡(TEM)を使って、鉄鋼材料を観察する中で、肉眼では見えないものが見えることの面白さに取り憑かれた。1987~88年頃のことだ。
「金属の組織や結晶を観察する際、仮説を立てて臨むのですが、探していたものが電子顕微鏡で見つかったときは、それこそ『やったー!』という気持ちになります。病みつきになりました」
大学院では筑波大学に籍を置きつつ、NIMSの前身で、「電顕のメッカ」とも言われた無機材料研究所(現・並木地区)に2年間ほど所属し、大型のものも含め、さまざまな電子顕微鏡を触っては、メーカーごとに特色のある機器の操作を覚えていった。
当時、原氏が手掛けていたのが、形状記憶合金の組織解析である。試料に電子やX線を当てて干渉パターンを観察する回折の手法を使い、結晶構造や原子の並び方を電子顕微鏡で観察することに没頭したという。
「修士を出た後は、素材メーカーに入社しましたがその後帝京大学へ移り、7年間ほど助手を務めました。このときやっていたのも形状記憶合金の結晶構造解析の研究で、その研究で学位を取得しました。その後も研究内容はほとんど変わっていませんから、とくに面白い話はありませんよ……」と、原氏は笑う。
そう言いつつも、研究の話になると舌が滑らかになる。とくに、原氏の研究の特色は、電子顕微鏡観察の手法の研究と先端材料の構造解析を、ともに手掛けてきた点だ。
「実は金属の組織や構造は、わかっているようで全然わかっていないんですね。ですから、同じような研究を続けているようでいて、電子顕微鏡の進歩とともにつねに手法を進化させ、材料の観察に役立てるという両輪で進めてきました」
観測手法と材料開発の両方を手掛ける研究者は、そう多くはない。なぜ、原氏がそうしたやり方をするかと言えば、最初に材料ありきで、観察手法を実際の材料観察に役立てたいからだ。手法だけ開発しても、なかなか実際の材料には使えないという。
「僕は大発明はできないけれど、小さい工夫が得意なんですよ。自分で新しい装置をつくったり、メーカーさんと相談しながら工夫を積み上げて改良していくのが楽しい。あ、でも、小学生のとき、通信簿の図工の欄に、『工夫しすぎて全部ダメになる』と先生に書かれてしまったことがあります(笑)。没頭しているうちに、目的を忘れてしまったんでしょうね。それがトラウマになっています」
ゆえに、今ではできるだけシンプルな工夫を心がける。電子顕微鏡もできるだけシンプルなほうがいい、というのが原氏の信条だ。
「性能を上げれば上げるほど、どうしてもシステムが複雑になってしまう。でも本来、道具はシンプルであるべき。そういう意味で、日立の電子顕微鏡のレンズが優れているというのは、とてもいいですね。小手先の工夫ではなく、電子顕微鏡に欠かせないレンズそのものの精度を高めるのは、計測機械の進化の正しい方向だと思うし、技術力が高くないとできませんから」
大学助手を経て、1998年、同じくNIMSの前身で金属材料技術研究所(現・千現地区)に所属することになった原氏が所属したのが、超鉄鋼プロジェクトだった。プロジェクトの目的は、鉄の耐熱性や靭性を高めたり、錆びない鉄をつくったりすることにあった。
「それこそ、鉄は人類が古来から使ってきた材料ですが、組織がとても複雑で、いまだに解明されていないことがたくさんあるのです。もちろん、鉄そのもの研究は古くからされてきて、限界までさまざまな試みがなされてきた。それでも鉄の研究は尽きることがありません。現在の研究のトレンドは、鉄にppmという微量かつ多種多様な元素を添加するなどして性能を上げる取り組みです」
ベースとなるのはあくまでも鉄で8〜9割を占めるが、そこへさまざまな元素を加え、叩いたり、延ばしたり、熱処理をしたりして性能を上げるのだという。
以前、奥出雲にたたら製鉄を取材し、火入れをして何度も叩き、延ばし、冷やし、また熱して叩く、という作業を繰返すことで強靭な日本刃がつくられる様を目の当たりにしたことがある。まさに鉄は鍛錬によって強くなる、というわけだ。
「そう、経験則では鉄が鍛錬によって強くなることがわかっているわけですが、実際にそこで何が起こっているのか、メカニズムについては電子顕微鏡で詳しく調べてみないとわかりません。そうやって詳しく調べることで、例えば、一つひとつの結晶を小さくすることで性能を出せるといったことがわかる。そのような工夫を重ねることで、例えばわざわざ高価なレアアースを使う必要がなくなります。ただし、その組織の中に十数種類もの元素が入ってくると、簡単には分析できません。そうしたことから、超鉄鋼プロジェクトが終了した2006年に現在の並木地区にある電子顕微鏡のグループに移って、観察や分析の手法開発をより究めることにしたというわけです」
材料構造解析の手法の中で、現在、原氏が特に注目しているのが、『SI NEWS Vol.57-2』でご紹介いただいた、「FIB-SEM」を用いた、シリアルセクショニングによる三次元再構築像観察である。詳細は記事に譲るとして、ここでポイントとなるのが、それぞれの元素の種類や密度の違いをコントラストによって解析する点だ。
「この装置は、試料の表面をFIBで少しずつ削りながら撮像し、その像を重ね合わせることで三次元情報を得るというものです。そのためには、FIBで加工した表面がSEMと垂直であることが重要になります。従来型の60度傾いた斜めからの撮像だと高低差による歪みでコントラストが変わってしまいますからね。その意味で、直交配置型FIB-SEMは非常に画期的な装置なのです」
実はこのアイディアは20年以上前からあったものだが、技術的に難しく、なかなか実現されなかった経緯がある。しかし、組織を正しく、しかも材料本来の三次元で捉えるために、原氏はこの方式が非常に重要であると感じて、メーカーに協力して開発を進めてきた。こうして、2011年にNIMSに第一号機が導入されたのだ。
「とくにこの装置は、鉄鋼材料組織の観察に適しているんですね。最近では、構造材料といって、自動車や航空機、橋梁などに使われる鉄鋼の開発に注目が集まっていて、より強く高性能で、錆びなどにより劣化しにくい材料が求められています。NIMSに先進構造材料研究棟が新たに建設されたところで、今後はそちらへ移って研究を続けます」
現在、直交配置型FIB-SEM装置のブラッシュアップのために、外部の研究者のサンプルも積極的に受け入れ、観察しているという。
「依頼が多いのは燃料電池の電極の解析です。数n(ナノ)mのオーダーで観察できますから、反応のために必要な電極の孔を表面だけでなく奥まで立体的に見るのに最適なんですね。真空のチャンバー内で試料を酸化させずに観察する工夫も凝らしています。2 nmという精度で表面の酸化膜をFIBで削ることもできますから、より詳細に観察できるのが特長です」
さらに最近では、骨や歯などの生体組織の観察依頼も増えている。骨の形成過程や、治療で施した金属と歯の接着の様子などを観察するのだという。
「そうしたさまざまな対象物を観察するうえで課題となるのが、原子一つひとつを細かく見るというよりも、より厚い試料を広い範囲でいっぺんに観察する手法の開発です。金属の溶接で熱の影響を受ける部分などはミリ単位ですからね。そのためにはより速くFIBで削る必要があるし、低倍率で広い範囲をきちんと見ることができる装置をつくる必要があります」
一方で、原氏は、日立ハイテクサイエンスとともに科学技術振興機構(JST)のプログラムの一環として、組成分析のためのX線分光装置の開発も手掛ける。
「この分析装置を日立ハイテクのSTEMに付けて、ppmオーダーの元素まで観測できるように、分析感度・精度を10倍に上げることを目指しています」
すでに、目標に近い精度が出せるまでになっている。材料研究にゴールがないように、原氏の研究者としての探究心も尽きることはないようだ。
(取材・文:田井中麻都佳)
編集後記
門外漢には非常に難解に映る研究をされている原先生。実際にお会いすると、専門分野が彷彿させるイメージを心地よく裏切る、フレッシュな軽快さにあふれる方だった。ある種の風通しのよさは、リサーチの方向性にも通じる。「小さいものを」見ることに傾注すれば、実用構造材料の開発現場からは「そんなに小さいものを見ても役に立たない」という声も上がる。原先生の目指す「低倍率で広い視野をきちんと見る」ことは、最先端の研究とモノづくりの最前線をつなぐ重要な鍵でもある。建築物の落下事故にもつながる錆の進行も、ようやくそれを解明するツールに近づいているそうだ。原先生のさまざまな研究プロジェクトと日常生活の近さを改めて実感した取材だった。
(石橋今日美)
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