Role of FIB and TEM in Organo-Halide Perovskite Solar Cell Observations
東京大学先端科学技術研究センター
特任教授
内田 聡 博士(工学)
東京大学先端科学技術研究センター
研究員
Tae Woong Kim 博士
有機金属ハライドペロブスカイト太陽電池は、次世代の革新的低製造コスト太陽電池の一つとして、世界中で大きな期待を集めている。2019年1月現在、変換効率はNRELチャート1)で23.7%を記録し、CIGS(22.9%)や多結晶シリコン(22.3%)を超え、ここ数年で著しく性能を上げてきた。有機系太陽電池が、その性能において無機系太陽電池に遠く及ばなかった時代を思い返すと隔世の感がある。しかしながら効率を上げるための研究報告は非常に沢山ある一方で、肝心のペロブスカイト太陽電池そのものの解析、すなわちナノスケールの結晶構造に関わる微細観察は技術的な困難を伴うことから、関心が高いにもかかわらずこれまであまり追求されてこなかった。本稿では有機金属ハライドペロブスカイト太陽電池の観察に置いて、集束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)装置による試料の加工と透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)が非常に有効であることを報告する2, 3)。
ペロブスカイト太陽電池の観察結果を議論する時は、試料の物理的な脆弱性から電子線照射に伴うダメージの懸念が常に付きまとう。しかしながらそのダメージの中身を1つずつ吟味・対処していけば、観察した映像が試料そのものをありのままに見ているのか、それともダメージを受けた後なのかを区別することはそれほど難しくはない。釈迦に説法になるが、電子線ダメージとその結果には大きく分けて以下の3様態が存在する5)。
(1)放射線分解(Radiolysis):化学結合の破断・再配列による新しい結晶相の出現、結晶性の喪失、予期せぬ化学反応
(2)ノックオン(Knock-on, sputtering):原子の置き換えによる点欠陥の発生、小さな空隙クラスターの発生
(3)加熱:フォノンによる試料温度の上昇
図1は実際にペロブスカイト太陽電池を電界放出形透過電子顕微鏡FE-TEM(Hitachi, HF-3300)で観察時の様子を記録した結果である。観察開始から10秒後の映像では電子線回折像に変化は無いものの、4分後にはスポット状の電子線回折像がハローリング状に変化し、非晶質物質が出現する様子を捉えている。これらはいずれも放射線分解もしくはノックオンによる影響と考えられる。
図1 CH3NH3PbI3ペロブスカイトに及ぼす放射線分解(Radiolysis)・ノックオン(Knock-on, sputtering)ダメージの観察像の経時変化
また熱ダメージも気になるところで、図2はビーム電流と試料温度上昇の一般的な関係をプロットしたものである4)。我々の観察試料CH3NH3PbI3(MAPbI3)の熱伝導率5)を外挿してある。グラフの交点から読み取ると、本試料は理論上約1℃/secの速度で温度上昇することが読み取れる。MAPbI3は相転移温度(Tetragonal→Cubic)が55℃付近に存在するため6)、仮に観察時の試料温度が室温25℃とすると相転移まではΔT=30Kで、30秒以内に観察を終えないとダメージとは違う別の議論が始まってしまう。
図2 CH3NH3PbI3ペロブスカイト観察における試料の加熱予測
実際、敢えて視野を固定したままMAPbI3試料の観察を続けると平坦な画像の中から黒い粒子が結晶成長して現れる様子を捉えることができた(図3)。EDXによる組成分析から、この粒子は有機分子のメチルアミン分子(CH3NH3+)が抜けて残ったPbI2であることが確認された。
図3 CH3NH3PbI3ペロブスカイト観察における試料の経時変化例
以上のいろいろな電子線ダメージに関わる制約に鑑みて、ペロブスカイト太陽電池を観察するときは可能な限り手早く見て、フォーカスを合わせて記録し、(通常5秒以内で)次のエリアに移動することを心掛けた。またFIB加工により試料を薄片化する時に懸念されるダメージの影響については、加速電圧を落とすなどビーム条件を適切に選定することで出来るだけ最小限に止める必要がある。後述の我々のTEM観察像がFIBダメージによるものでないことの証明については、試料をガラス基板から削り落とした粉末の観察結果と比較することで、その特徴に違いが無かったことから確認された。
図4は代表的なペロブスカイト太陽電池CH3NH3PbI3薄膜の高解像度TEM観察結果である。予想とは異なり、観察部位によって正方晶(tetragonal)と立方晶(cubic)が混在している部位が見られた。本来、室温では存在しえない高温相のcubicが観察されたのは大きな驚きであるが、本太陽電池は300~500 nmという超薄膜であり、図5に示す通り製造時の都合で加熱状態から室温へ冷却される過程で一部のcubicが凍結された形で取り残された結果と推察される。
図4 CH3NH3PbI3ペロブスカイト薄膜中の室温でのtetragonal相とcubic相の共存例(Hitachi, HF-3300)
図5 CH3NH3PbI3ペロブスカイト薄膜中にtetragonal相とcubic相の共存が生じる予測モデル
更に観察を進めると、超格子構造も散見された。図6はTEM像(a)電子線回折像(b)およびこれらからフーリエ変換した像(c)の例で、格子の面間距離は10.989Åであることを示している。この大きなd値は本来CH3NH3PbI3ペロブスカイトには存在しないが、紛れもなくペロブスカイト由来のものである。今回のTEM観察から導かれる結果はあくまでも距離情報しかないため以下は推測になるが、tetragonal-cubic-tetragonalの3相が1つの大きな長周期を形成してこのような超格子構造を得たと考えられる。また超格子の存在場所であるが、tetragonalのドメインとcubicドメインを繋ぐ間や下地基板のTiO2相とペロブスカイト層を繋ぐ間に見られ、いずれも僅かな格子ひずみを緩和する形でこうした位置に必然的に存在していると考えられる(図7)。
図6 CH3NH3PbI3ペロブスカイト薄膜中に観察された超格子のTEM像(a)、EDS像(b)及びフーリエ変換像(c)
図7 CH3NH3PbI3ペロブスカイト薄膜中に観察された超格子のTEM像
参考までに比較実験として1 mm角の単結晶からFIBで切り出した試料には、こうしたcubic相や超格子構造は確認されなかった。厳密には“無い”ことは証明できないため、低倍率でのTEM観察で試料全体の情報を取り上げ、diffractionの角度の異なる4方向の深さ(濃淡)分析において信号強度の波形が全て中心から対称形であることを確認した。すなわちcubic混在時に見られるピークの偏りやショルダーが無かったことから、tetragonal単一相であると判断した(図8, 9)。
図8 CH3NH3PbI3ペロブスカイト単結晶とFIB加工工程
図9 CH3NH3PbI3単結晶のTEM像、EDS像及び深さ方向におけるシグナル強度の比較
ペロブスカイト太陽電池は途上の技術であり、研究室レベルでの高い効率は確認できたものの、実用化に向けては耐久性を初めとして解決すべき課題も多く残されている。課題があることが開発意欲をかき立てている面もあり、今後も多くの研究者が参入し、更なる研究開発競争の激化が予想される。その一方で基礎的な動作機構の解明はまだまだ不十分であり、デバイス構造を理解するためには電子顕微鏡観察が欠かせない。特に上述の超格子など特殊なナノ構造の存在は光電変換特性と密接に関連しており、更なる効率向上に対して大きな知見を与えると考えられる。
以上、本項ではFIB加工による試料の薄片化とTEM観察の組み合わせが微細構造を観察する上で非常に有効であることを紹介させて頂いた。
謝辞
本測定に置いては株式会社日立ハイテクのスタッフ皆様方の全面的な支援を頂きました。この場を借りて心から感謝申し上げます。
参考文献
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