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一世紀に作られた青銅-白鋳鉄系合金古銭の微細組織

Microstructures of Tin Bronze - White Cast Iron Based Old Coin Made in the First Century

東京藝術大学 名誉教授 北田 正弘 工学博士

東京藝術大学
名誉教授
北田 正弘 工学博士

はじめに

人類の近代文明は金属器を手にした時から始まったと言われる。自然金、自然銀および自然銅から、やがて銅の製錬技術を知り、銅と錫の合金である青銅に発展した。この青銅の時代を経て、鉄の製錬が可能となった。鉄は製錬過程で炭素 を含んだ鋼および鋳鉄になる。これらは鉄と炭素の合金である。その後、18世紀に至るまで合金の開発は停滞していたが、驚くべきことに1世紀初頭、青銅と鋳鉄の合金が作られていた。これは、金属学史上、非常に重要な出来事である。この合金は紀元初期の古代国家・新(Xin: 西暦8-23年)で作られた貨泉と呼ばれる鋳造硬貨の一種である。貨泉の多くは青銅製であるが、この中に永久磁石に感ずるFe が含まれた硬貨があり、基本的にはCu-Fe 系合金である。しかし、この系は相互の固溶度が低く、近代になってから非混合型合金として研究されるまで1)、その詳細は不明であった。
ここで述べる硬貨は主にCu、Fe、C、Sn および Pb を含んでいるが、Cu-Sn 系を除き、それ以外の2元合金は非混合系で非常に複雑である。したがって、古文化財のみならず金属学的にも非常に興味のある研究対象である。この試料の基本となるCu-Fe 系希薄固溶体では時効硬化が知られており2)、電子顕微鏡の発展により、その後、それぞれの母相中に微細で整合性のある析出物、これが成長した半整合の析出物などの存在が明らかにされている3, 4)。現在、Cu-Fe 合金はこのような強度特性を活かして一部で実用されている5)
本報では、上述の多成分を含むCu-Fe 系古代硬貨の微細構造を観察した結果を述べる。

試料

用いた硬貨の表側の外観を図1(a)に示す。 表面は茶色と緑青色が混じった錆色を呈し、不明瞭であるが右側に貨、左側に泉の字が鋳出されている。分析に供した試料は(a)の矢印の部分で、その断面組織を観察した。

図1 古銭試料「貨泉」の(a)マクロ像と(b)断⾯腐⾷像

図1 古銭試料「貨泉」の(a)マクロ像と(b)断⾯腐⾷像

金属組織

最適な光源選択

図1(b)に示す腐食後のマクロな断面金属組織を大別すると、外側に銅色のCu 合金領域、その内側に暗灰色のFe を主成分とする領域、中心部には引け巣を伴うCu 合金領域がある。硬貨の表面近傍にはFe を成分とする部分が所々にあり、茶色に錆びた領域がみられる。外側のCu 合金領域には矢印a で示すような巣がいくつかあり、矢印b のFe 合金とみなされる円形状の粒子もいくつか観察される。矢印c はFe 合金と銅合金界面の巣である。中間部のFe 合金領域は放射状の縞状組織であり、縞の幅は中心部に向かって次第に狭くなっている。この縞状組織は鋳鉄の凝固に伴うものである。
研磨したのち腐食した断面の代表的な光学顕微鏡組織を図2に示す。(a)はFe-C 合金で、明るくみえるセメンタイト(Fe3C)とγ相(高温相で面心立方晶の固溶体)がパーライト(αFe 地に針状のFe3C が分散した組織)に変態した暗い組織からなる白鋳鉄である。鋳鉄では、Cと不純物のSi が多い場合にC がグラファイトとして晶出し、破面が鼠色にみえるので鼠鋳鉄とよばれる。CとSi が少ないときにはセメンタイトが晶出しやすく、破面が金属白色を示し、白鋳鉄と呼ばれる。上記の像でパーライトが暗く見えるのは、腐食されているためで、破面のままであれば白くみえる。パーライトは真珠(pearl)あるいは真珠岩(perlite あるいはpearlite)に由来する名で、真珠岩は真珠のような光沢の鉱物である。Fe-C 合金におけるパーライトは破面が真珠のような光沢を示すことから名づけられたという。
一方、図2(b)は青銅と呼ばれるCu 合金の代表的な組織で、後述の分析とその組織の特徴から、マトリックスはCu-Sn 固溶体(αCu)、矢印δで示す最も明るい粒子はCu4Sn(δ相)、矢印Pb で示す暗い粗大粒子はPb である。エネルギー分散X 線分光で測定したCu 合金の平均組成(mass%)はCu-10.2% Sn-6.0% Pb-1.4% Fe であり、Fe を除けばαCu は古代に使われた典型的な錫青銅である。分析で得たδ相の組成はCu-19.8 mol% Sn であり、Cu/Sn 原子比は4.05である。αCu領域は腐食が不均一で明暗がみられ、他の成分の偏析がみられる。
ここで、青銅という呼び名はCu に高濃度のSn を添加すると青白い金属光沢(δ相)を示すことからこう呼ばれたという説と、腐食すると錆びて緑青色になることに由来するという俗説があるが、前者が正しい。ちなみに、Au に約20% のAg 添加したものは青金、Al はbluish metal と呼ばれる。

図2 代表的な光学顕微鏡像,( a)鋳鉄および(b)青銅領域

図2 代表的な光学顕微鏡像,( a)鋳鉄および(b)青銅領域

図3は図2(b)領域の元素分布像である。Cu はマトリックスにほぼ均一に分布しており、暗い領域にはδ相およびPb 粒子がある。Sn の分布は不均一で偏析がみられ、図2(b)の腐食像と一致する。Fe の分布像では、数μm 程度のFe 濃度の高い領域が点在している。このCu 合金は上記のようにCu-Sn-Pb-Fe-C 系であるが、固溶度が高いのはCu-Sn 系(Sn の固溶度は約14 mass%)だけで、他の2元系は互いに固溶度が極めて低い6)。Pb はαCu の凝固温度よりかなり低いので、粗大なPb 粒子は低温まで保持されてから凝固したものである。粗大なPb 粒子からは約4.5 mass% のCu が検出され、後述のようにPb 中にCu 粒子が存在する。
上記のように組織は大別して2種であり、合金系はFe-C(白鋳鉄)とCu-Sn(錫青銅)の擬2元系である。この系の基本となるCu-Fe 系は2液相になって重力偏析し、最初に融点の高いFe が初晶として凝固するとCu が絞り出される現象やCu 上にFe が浮くという報告もあり、均一な合金になりにくい7)。均一に凝固したCu に富む合金ではFe のデンドライトにCuマトリックスとなる1)。本試料はCu-Fe 系とは異なり錫青銅(αCu)と白鋳鉄の系で、Cu-Fe-Fe3C の擬3元系におけるCu-Fe3C 系側に近い組成の凝固過程を経るが、Cu-Fe3C 擬2元系は高温で2液相になるといわれ8)、この試料では、融点の高い白鋳鉄がCu 合金を外側に絞り出して内部で凝固したものである。
白鋳鉄の縞状組織は断面の外周に近いところから中心部に向かって逆放射状に幅が狭くなっている。この幅の減少する向きが鋳鉄の温度の低下に伴う成長の向きで、鋳鉄はこれに沿って中心部に向かって固溶できない余分なCu を絞りだしつつ凝固している。
古銭の周囲の一部にはFe の錆があるので表面近傍にも白鋳鉄の一部が存在しているが、錆びる前は青銅貨のようにみえる。原料価格の低い鋳鉄貨を使用するのは北宋(Northern Song: 960-1127)時代あるいは西夏(XiXia: 1038-1227)時代に補助貨あるいは青銅の節約目的などに作られたのが始まりといわれている9)。本銭も価値の高い青銅の節約あるいは見かけの増量と考えられる。
白鋳鉄領域のビーカース硬さは679、Cu 合金領域は112(荷重0.3 kg)であった。白鋳鉄のビーカース硬さは500-600であり10)、上記の硬さは若干高めで、後述のαFe 中のCu の析出硬化による。Cu 合金領域の値は焼鈍されたCu-10 mass%Sn 合金の硬さである約11011)と同様である。

図3 図2(b)で示した領域の元素分布像

図3 図2(b)で示した領域の元素分布像

白鋳鉄領域の微細構造

白鋳鉄領域の代表的な走査電子顕微鏡像とエネルギー分散X線分光像を図4に示す。走査電子顕微鏡像のA で示す地はセメンタイトである。また、B の暗い層状の組織はγFe が変態したパーライトであり、αFeと針状のセメンタイト(Fe3C)からなる。セメンタイト領域A のエネルギー分散X線分光像では、白鋳鉄の主成分であるFe およびC が検出される。これに対して、B で示したパーライト領域では、Fe およびC のほかにCu が検出された。Cu 濃度は分析したパーライト領域によってばらついているが平均で約4.5 mass% である。Fe-Cu 系状態図12)に示されるFe に対するCu の最大固溶度はγFe で約8.5 mass%(1094℃)、αFe で1.4-3.0 mass%(800-850℃)13,14)であるが、室温の固溶度は非常に低く、正確な固溶限は明らかでない。パーライト中にCu が存在するのは、変態する前の高温で晶出したγFe に固溶していたCu がパーライトのαFe に引き継がれたものである。γFe は面心立方晶でCu の結晶型と同じであり、γ相へのCu の固溶度は高いが、Cu は変態後のセメンタイトに固溶しないので、αFe 中に偏析する。鋳鋼および鋳鉄では、Cu の微量添加でαFe の強度が高くなると報告されているおり15)、これはCu 微粒子による析出硬化である。

図4 ⽩鋳鉄領域の⾛査電⼦顕微鏡像とエネルギー分散X線分光像

図4 ⽩鋳鉄領域の⾛査電⼦顕微鏡像とエネルギー分散X線分光像

図5はパーライト領域の透過電子顕微鏡像とセメンタイト(A)およびαFe(B)で示した領域のエネルギー分散X線分光像である。αFe 領域には微細な粒子状の像が観察される。セメンタイトではFe およびC のほか、Si が検出された。また、αFeにはCu および微量のSi が検出された。Si は鉄鉱石に付随する不純物である。αFe 中のCu 分析値は約3 mass% で、固溶限が非常に低いので、Cu 微粒子として析出している。Cu 微粒子の寸法は10-30 nm で、図6(a)のように、方向性をもって配列しているが、微粒子の周囲にひずみによるコントラストはみられない。体心立方晶のαFeと面心立方晶のCu 微粒子の間には結晶格子の整合性がないので、微粒子は面心立方晶のCu である。セメンタイトの周辺では若干大きいCu 粒子が観察され、セメンタイト表面に微粒子が優先析出している。(b)のCu の分布像では、観察領域全体に斑点状のCu が検出され、セメンタイト周囲の偏析とみられる粒子像とCu の分布が一致する。αFe 領域とセメンタイトの電子回折像を図6(a)に挿入した。αFe 領域の電子回折像において明瞭な斑点はαFe によるもので、その他に不鮮明な斑点がみられ、Cu 粒子からの回折像と思われる。αFe 中のCu 微粒子はγFe からαFe に引き継がれたCu が固溶度の低下で析出したものである。Cu を数mass% 含むFe-Cu 合金を500-550℃以上で等温時効した場合、最初に体心立方晶のCu が出現し、整合ひずみコントラストが観察される16,17)。 時効時間が長くなると面心立方晶のCu になり、粒子の周囲のひずみコントラストが観察されなくなる。本試料は鋳造されたもので冷却中の析出であるが、微粒子の周囲にひずみコントラストが観察されないので、Cu 粒子は面心立方晶のCu である。

図5 ⽩鋳鉄のパーライト領域の透過電⼦顕微鏡像とエネルギー分散X線分光像

図5 ⽩鋳鉄のパーライト領域の透過電⼦顕微鏡像とエネルギー分散X線分光像

図6 パーライト領域の(a)透過電⼦顕微鏡像と電⼦回折像, および(b)Cu の分布像

図6 パーライト領域の(a)透過電⼦顕微鏡像と電⼦回折像, および(b)Cu の分布像

青銅中のFe微粒子

図7に示す青銅(αCu)領域の透過電子顕微鏡像では、左右のαCu 結晶の中に粒子状の微細なコントラストが観察される。中央の結晶にコントラストがみられないのは、回折条件によるものである。このコントラストはマトリックスと整合性のある微結晶のひずみに起因する。また、矢印で示すように相対的に大きな析出物がみられ、これは図3のFe 分布像で観察されるFe粒子と同様な比較的大きなものである。図8は析出物が存在する領域の高角度環状暗視野(HAADF)像とCu およびFe の元素分布像である。大きさが50-80 nm の微小粒子が観察され、微小粒子部ではCu が少なくFe が多い。したがって、微粒子はFe である。 Fe 粒子の周囲にはひずみ領域があり、Fe 粒子にからむように転位も観察される。

図7 αCu の透過電⼦顕微鏡像

図7 αCu の透過電⼦顕微鏡像

図8 αCu の⾼⾓度環状暗視野(HAADF)像と元素分布像

図8 αCu の⾼⾓度環状暗視野(HAADF)像と元素分布像

図9(a)に示すαCu の高倍率TEM 像では、微粒子の内部に平行な縞がみられ、周囲にはひずみコントラストが存在する。これが図7で述べたコントラストの由来である。微粒子内の縞の方向は同じであり、αCuマトリックスと析出物は特定の結晶学的関係にある。(b)の高倍率像のようにFe 粒子は六角形で、周囲のひずみコントラストは対称である。Fe 結晶とαCuマトリックスの結晶格子には整合性があり、このFe は面心立方晶である。Fe 粒子の大きさが60 nm 以上になると半整合になるとい われている4)。粒子内部の平行な縞はFe の双晶の可能性もあるが、(c)で示す粒子内部の結晶格子像では、双晶の特徴である対称な格子像は見られず、複数の結晶格子が観察される。したがって、粒子内部の縞はFeとCu の結晶格子像からなるモアレ像である。等温時効したCu-Fe 合金のCu 中に同様な面心立方晶のFeとして観察されている3,4,18)

図9 αCu 中のFe 析出物の透過電⼦顕微鏡像

図9 αCu 中のFe 析出物の透過電⼦顕微鏡像

上記の面心立方晶のFe 微粒子よりも寸法が小さく、ひずみコントラストが鏡面対称の球状の面心立方晶のFe も観察されている3,4,19)。図10は本試料において、鏡面対称のひずみコントラストと比較的大きなFe 粒子が共存する領域の透過電子顕微鏡像である。鏡面対称のコントラストは球状の面心立方晶のFeとみなされる。一方、球状の面心立方晶のFeと共存する粗大なFe 粒子は同時に析出したものではなく、粗大なFe 粒子は凝固過程の初期に分離したものと考えられる。粗大なFe粒子の周囲には転位が粒子にからむように発生しているのが観察される。αCuとFe の熱膨張係数は異なるので、冷却中にひずみが発生し、これを緩和するために、Fe 粒子とαCu の界面付近から転位が発生している。
αCu はCu-Sn 固溶体であるが, Cu-Fe 系と同様に固溶していたFe が析出する。これまでの研究は等温時効により析出したFe 微粒子を観察しているが、本試料は融体から凝固後の冷却される過程での現象である。そのため、等温時効と異なり、場所によって冷却条件や組成のばらつきがあるので、複数の異なる析出現象が異なる場所でほぼ同時に起こっている。

図10 鏡⾯対称ひずみを⽰すαCu 中のFe 微粒⼦と転位を伴う粗⼤なFe 粒⼦

図10 鏡⾯対称ひずみを⽰すαCu 中のFe 微粒⼦と転位を伴う粗⼤なFe 粒⼦

αCu中のPb微粒子

図2(b)のように、αCu 中には比較的粗大なPb 粒子が存在する。これとは別にPb 粒子から離れた場所のαCu 領域には、図11(a)の高角度環状暗視野(HAADF)像のように、Fe 微粒子(図8)とはコントラストの異なる大きさが10-50 nm の微粒子が存在する。これは(b)の元素分布像から明らかなようにPb である。(c)はPb 微粒子の結晶格子像で、これの解析からもPbと確認された。Pb 微粒子が存在する領域ではFe 微粒子は観察されない。αCu 中において、PbとFe 微粒子が異なる場所に存在するのは、Cu に対して固溶度が低いPbとFe が共存できないためと考えられる。
前述のように、CuとPb は非混合系であり、Pb の融点は古銭に含まれる金属の中で327.4℃で最も低く、通常であればPbはこの温度まで液体となっている。αCu から排出されたPb の多くは凝集して比較的大きくなるが、凝集せずにαCu 中に過飽和で分散して存在していたPb 原子が微結晶として析出したものと推定される。

図11 αCu中の Pb 粒⼦の(a)⾼⾓度環状暗視野像(HAADF),( b)Pbの元素分布像および(c)Pb粒⼦の結晶格⼦像

図11 αCu中の Pb 粒⼦の(a)⾼⾓度環状暗視野像(HAADF),( b)Pbの元素分布像および(c)Pb粒⼦の結晶格⼦像

粗大なPb中のCu微粒子

前述のように、αCu 中の粗大なPb 粒子中にはCu が含まれている。図12は粗大なPb 粒子とαCu の境界近傍の暗視野走査透過電子顕微鏡像とPb およびCu の分布像である。左側のPb 粒子中には、大きさが100-200 nm の多角形状の微粒子が分散しており、PbとCu の分布像から、Pb 中の多角形状粒子はCu である。Pb-Cu 系状態図では20)、327-954℃の範囲でPb(液体) +Cu(固体)領域があり、Pb 側の液相線以下になるとCu が晶出する。したがって、Pb-Cu 液相から晶出したCu 結晶である。Cu 粒子は自形を示し、Pb 液相中で自由成長したものである。

図12 粗⼤なPb 粒⼦の暗視野⾛査透過電⼦顕微鏡(DFSTEM)像とPb およびCu の分布像

図12 粗⼤なPb 粒⼦の暗視野⾛査透過電⼦顕微鏡(DFSTEM)像とPb およびCu の分布像

δ相中のPb微粒子

δ(Cu4Sn)相の透過電子顕微鏡像と内部粒子のエネルギー分散X 線分光像を図13に示す。透過電子顕微鏡像には領域A の電子回折像を挿入した。δ相マトリックス中には大きさが10-20 nm の微細な粒子像と、これより大きな矢印B で示す50-100 nmの円形粒子像がある。領域Aの電子回折像のリング状斑点はPb微粒子によるものである。領域Aの組成(mass%)はCu-28.2%( 19.0 mol%) Sn-10.7%( 4.1 mol%) Pb で、マトリックスはδ相(Cu4Sn)であり、Pb濃度はδ相に析出しているPb 微粒子の濃度である。Pb 粒子の周囲にはマトリックスとの整合性を示すようなひずみコントラストは観察されない。また、大きなPb 粒子の周囲にも微細な粒子がある。一般に、微細な粒子が大きな粒子に成長する場合には、周囲の微細な粒子は大きな粒子に吸収されるので、大きな粒子の近くに微細な粒子は存在しない。したがって、これらは異なる条件下で析出したもので、大きな粒子が先に析出していたと推定される。

図13 δ相(Cu4Sn)の透過電⼦顕微鏡像とⒶ部の電⼦回折像およびⒶ部と暗い粒⼦ B のエネルギー分散X線分光像

図13 δ相(Cu4Sn)の透過電⼦顕微鏡像とⒶ部の電⼦回折像およびⒶ部と暗い粒⼦ B のエネルギー分散X線分光像

まとめ

1世紀初期に作られたCu-Fe を主成分とする古銭は外側に錫青銅、内側に白鋳鉄、中心部に錫青銅がある。白鋳鉄のαFe中にはCu 微粒子が分散している。錫青銅中にはCu4Sn(δ相)、粗大なPb およびFe 粒子が析出している。また、αCu 中には微細なFe 粒子とPb 粒子が析出している。粗大なPb 粒子中には多角形Cu 微粒子が存在し、δ相中にはPb 粒子が存在する。このように、この古銭は非常に複雑な微細構造を示す。古文化財の原料、熱処理過程などは不明点が多く、しかも、本試料は非固溶の多成分系合金であり、冷却中の相変態であるため未解明の部分も多いが、金属学の歴史の中で非常に重要な事例である。
終わりに、試料を提供して下さった西藤清秀博士、電子顕微鏡観察に協力して戴いた坂上真理氏ならびに高橋平七郎博士に深謝する。

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