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日立ハイテク

120 kV透過電子顕微鏡HT7820の特長と応用

Introduction of the HT7820 120 kV TEM and Its Application

矢口 紀恵*1許斐 麻美*2

はじめに

120 kV透過型電子顕微鏡(以下、TEM:Transmission electron microscope)は、バイオ・メディカルからナノ材料などの幅広い分野において微細構造の形態観察や解析に活用されています。そのような幅広い分野へ対応するため、120 kV TEM HT7800シリーズを開発しました1)
バイオ・メディカル分野向けバージョンHT7800では、高コントラストレンズを搭載し、広視野・高コントラスト観察を実現しました。また、試料傾斜範囲は±70度で3D用画像取り込み、並びに再構成機能を標準装備としました。
ナノ材料分野向けバージョンHT7830は、TEM分解能0.19 nm(軸上)、STEM分解能1 nmを実現し、制限視野回折パターンを自動で複数取得するNano Analysis機能2)を持たせました。
また、HT7800/HT7830両機種に視野探しをサポートするImage Navigation機能3)を搭載し、直感的な視野探し、画像上でのエリア指定と画像自動取得が可能です。
今回、バイオ・メディカル分野とナノ材料分野両方を観察対象とするニーズに応え、前記2種バージョンの間の仕様を持つ多目的対物レンズを搭載したHT7820を開発しました。
本稿では、HT7800シリーズ共通の機能を含めたHT7820の特長とその応用例を紹介します。

HT7820の概要と特長

HT7820の外観写真を図1に示します。HT7820を含むHT7800シリーズは、蛍光板観察用スクリーンカメラによる明るい部屋でのTEM操作を実現しています。高精細高速CMOSスクリーンカメラにより、迅速な視野探索と視野探し時の試料損傷の低減を実現しました4)。このスクリーンカメラ搭載により蛍光板上でのライブ測長や動画記録、画像保存も可能としました。

図1 HT7820の外観
図1 HT7820の外観

さらに、従来からの省スペース[本体サイズ:199 cm(H)×191 cm(D)×120 cm(W)]、省電力のコンパクト設計というコンセプトも踏襲しています。
表1にHT7800シリーズの主な仕様を示します。HT7820を含むすべての機種で加速電圧を20 kVから120 kVまで印加することができます。無染色切片の高コントラスト観察やカーボン系材料などの低ダメージ観察など目的に合わせた加速電圧の選択が可能です。

表1 HT7800シリーズの主な仕様
  HT7800 HT7820 HT7830
加速電圧 20 kV-120 kV
格子分解能 0.20 nm@100 kV
(Off-axis)
0.14 nm@120 kV
(Off-axis)
0.19 nm@120 kV
(On-axis)
倍率 ×50~×600,000 ×50~×800,000 ×100~×1,000,000
最大傾斜角
(標準ホルダ使用時)
±70° ±30° ±10°
レンズ構造 複合対物レンズ
  広視野・高コントラスト
観察
多目的観察 高分解能観察

HT7820では格子分解能0.14 nm(off-axis)を保証、試料傾斜範囲±30度とし、主に半導体分野や、ポリマー、軽量化材料などのソフトマテリアル分野を対象としています。図2にAu単結晶の高分解能像観察例を示します。Au(220)0.14 nmの格子像が明瞭に観察されています。

図2 金単結晶の高分解能像観察例
図2 金単結晶の高分解能像観察例

HT7820の対物レンズにおいても、日立独自の複合対物レンズの構成とし、目的に応じて高コントラスト(HC)モード、高分解能(HR)モードを選択することが可能です5)。図3に複合対物レンズの模式図を示します。対物レンズを二段とし、対物磁路をダブルギャップ構造としています。OBJ2(下段)レンズ用コイルの極性を切り替えることで、OBJ2レンズのON/OFFを可能とし、長焦点のHCモード、短焦点のHRモードを1台で実現しています。HC/HRモードの切り替えは、コイル極性の切り替えのみのため、コイル電流値は一定で、温度変化による熱ドリフトが生じないという特長もあります。

図3 複合対物レンズの模式図
図3 複合対物レンズの模式図

加えてImage Navigation機能、Nano Analysis機能などの各種オート機能をHT7820にも搭載しました。自社製16MピクセルCMOSカメラRC16を含めた各種カメラにも対応しています。

HT7820応用例

高コントラスト観察例

HCモード観察例を図4、5に示します。図4は、耐衝撃性ポリスチレンの観察例です。サラミ構造が高コントラストで観察されています。図5は、マウスの腎臓の無染色切片の観察例です。HCモードを使うことにより、無染色でありながら高コントラストで、腎臓糸球体内の核や足突起構造などの細胞内構造が観察されています。

図4 耐衝撃性ポリスチレンの高コントラスト観察例
図4 耐衝撃性ポリスチレンの高コントラスト観察例

図5 マウスの腎臓の無染色切片の高コントラスト観察例
図5 マウスの腎臓の無染色切片の高コントラスト観察例

高分解能観察例

HRモードを用いた観察例を図6に示します。図6は、Si単結晶の高分解能観察例(a)と、その回折パターン観察例(b)です。3方向の格子像が明瞭に観察されています。Si半導体デバイスの測長の際の、格子像を使ったキャリブレーションに応用可能です。図7は、TiO2ナノ粒子の観察例です。0.35 nmの格子像が明瞭に観察されています。

図6 シリコン(Si)単結晶の高分解能観察例(a)および回折パターン(b)観察例
図6 シリコン(Si)単結晶の高分解能観察例(a)
および回折パターン(b)観察例

図7 TiO2ナノ粒子の高分解能観察例
図7 TiO2ナノ粒子の高分解能観察例

加速電圧の違いによるTEM像比較

シングルウォールカーボンナノチューブを加速電圧20 kVから120 kVまで20 kVごとに観察した例を図8に示します。低加速電圧で観察することによって、ナノチューブ1本1本がより高コントラストで確認できています。

図8 加速電圧によるシングルウォールカーボンナノチューブ観察例
図8 加速電圧によるシングルウォールカーボンナノチューブ観察例

Image Navigation機能を用いた自動画像取得例

図9にImage Navigation機能を用いたアスベストの自動画像取得例を示します。まず、ワンクリックでグリッド像をnavigation画面に取り込み、目的のエリアを選択します(a)。次に、目的の撮影エリア(b)を指定した倍率(c)で自動撮影(d)していきます。これによりアスベストが存在するグリッド内の全マス目について自動撮影されます。自動撮影された画像はサムネイル表示できるので、目的の視野の画像を選択し、Auto drive機能でステージ移動することも可能となります(e)。その後、撮影したい視野を複数点設定し、撮影倍率を設定することにより、さらに自動撮影することも可能です。

図9 Image Navigation機能を用いたアスベストの自動画像取得例
図9 Image Navigation機能を用いたアスベストの自動画像取得例

Nano Analysis機能を用いた制限視野回折(SAD:selected area diffraction)パターン自動取得機能例

図10にNano Analysis機能を用いたアスベストの制限視野回折(SAD)パターンの自動取得例を示します。観察視野でSADパターンを取得したいエリア(最大10箇所)を選ぶと、TEM像上に絞り径に相当する円が表示されます。その後、対応する制限視野(SA:selected area)絞りを画面中心に入れ、取り込みスタートすると選択した10か所の視野とそれに相当する回折パターンを記録していきます。

図10 Nano Analysis機能を用いたアスベストの制限視野回折(SAD)パターンの自動取得例
図10 Nano Analysis機能を用いたアスベストの制限視野回折(SAD)パターンの自動取得例

さらに、Diffraction Analysis機能と併用することにより、データベースと照合して物質の候補をリストアップすることも可能です。
図11にHT7820で取得した各種アスベストのTEM像、SADパターン、EDX分析結果を示します。EDX分析を組み合わせることにより、より確実なアスベストの同定が可能となります。

図11 HT7820で取得した各種アスベストのTEM像、SADパターン、EDX分析結果
図11 HT7820で取得した各種アスベストのTEM像、SADパターン、EDX分析結果

グリッドローテーションホルダ(オプション)6)による多方向観察例

グリッドローテーションホルダを用いることにより、短冊形状のグリッドに搭載した試料を360度回転しTEM像観察することが可能です。このホルダを用いることにより、HT7820やHT7830など狭いギャップの対物レンズであっても、三次元傾斜像の撮影や再構成を行うことが可能となります。
図12に、マイクログリッド上の酸化モリブデンの3方向観察の応用例を示します。

図12 グリッドローテーションホルダを用いた多方向観察応用例
図12 グリッドローテーションホルダを用いた多方向観察応用例

中央の図は0度、左図は、−55度、右図は+55度傾斜させ観察したTEM像と各結晶粒子から得られたSADパターンです。多方向からの観察により、酸化モリブデン結晶の形状およびSADパターンから結晶方位の情報が得られます。
例えば−55度傾斜させた観察例のみでは針状結晶と板状結晶の2種類の形状の結晶があるように観察されますが、多方向の観察により、2つの結晶とも板状であることがわかります。このように、数枚の傾斜像を観察するだけでも、試料形状を正確に捉えることが可能となります。また、傾斜角度を増やして三次元再構成をすることで、より高精度に結晶形状やサイズを把握することも可能です。

まとめ

HT7800シリーズに新たなラインナップとして開発したHT7820を中心に、装置の特長と各種材料の解析事例について紹介しました。HT7820は、様々な試料を対象としたスクリーニングや検査分析など、種々の用途にご活用いただけます。

参考文献

1)
長沖功他、THE HITACHI SCIENTIFIC INSTRUMENT NEWS, 602), 5291-5294(2017).
2)
K.Tamura et al., Microsc. Microanal, 23Suppl 1), 62-63(2017).
3)
H.Kawamoto et al., Proc. of IMC 19, Sydney, Australia, 228(2018).
4)
矢口紀恵他、日本顕微鏡学会 第74回学術講演会 発表要旨集、35(2018).
5)
田村圭司他、日本顕微鏡学会 第74回学術講演会 発表要旨集、4(2018).
6)
和久井亜希子他、日本顕微鏡学会 第74回学術講演会 発表要旨集、217(2018).

著者紹介

*1
矢口 紀恵
(株)日立ハイテク 科学・医用システム事業統括本部 科学システム製品本部 電子顕微鏡第二設計部
*2
許斐 麻美
(株)日立ハイテク 科学・医用システム事業統括本部 科学システム製品本部 アプリケーション開発部

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