伊藤 寛征*1、稲木 由紀*2
イオンミリング装置は、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope : SEM)の断面試料作製装置として材料分野や半導体分野など、多方面で活用されている。SEM用試料に広く使われているイオンミリング法には、平面ミリング法と断面ミリング法があり1)、当社ではこれらのイオンミリング装置を開発・販売している。SEMの観察対象となる半導体、電気・電子部品、ソフトマテリアルなどの構造の複雑化に伴いイオンミリング装置への要求も変化している。特に、ミリング時間短縮の要求は高く、断面ミリングレートは最近の10年で10倍以上(*)向上させた。
本稿では、はじめにイオンミリングの原理について述べ、次に最新のイオンミリング装置の機能や特徴とイオンミリング処理例を紹介する。
電界で加速したイオンを試料に照射して試料表面の原子を弾き飛ばす、スパッタリング現象2)を利用して試料を削るイオンミリング法は、ミリメートルオーダーの平滑な観察面を作製できる。イオン材は、ほとんどの試料組成に対して化学変化の小さいアルゴンガスを用いることが多い。
断面ミリング法は図1に示すように試料とイオンガンの間にマスキングを目的とした遮蔽板を配置し、試料の一部を遮蔽板から突出させて試料にイオンビームを照射する。遮蔽板端面から突出した部分を遮蔽板の端面に沿ってスパッタリングすることによって、平坦な面を得ることができる。遮蔽板の端面からの試料の突出量は数10 µmから100 µm程度にセットし、試料ホルダを±15~40°スイングさせ、イオンミリング痕(筋)の形成を抑える。一般的に断面ミリングは、バルク材料や多層構造などの機械研磨が難しい試料に用いる。
図1 断面ミリング法の概略図
断面ミリングの例として感熱紙の適用例を示す。図2は、感熱紙をカミソリ切断(a)と断面ミリング(b)でそれぞれ加工したSEM像である。感熱紙をカミソリで切断するとカミソリの歯との接触応力によって各層が潰れてしまい各層構造の確認が困難である。これに対し、断面ミリングでは、外部応力をかけずに断面を露出できるので、各層が潰れることなく層構造や厚さを確認することができる。
図2 感熱紙の断面SEM像
図3に平面ミリングの概略図を示す。平面ミリング法は、アルゴンイオンビームを試料表面に対して斜めに照射し、アルゴンイオンビームの中心と試料回転の中心を偏心させることによって広範囲を加工する手法である3)。また、アルゴンイオンビームの照射角度(θ)は0°~90°に調整できる4)。θを80°以上に設定すると、イオンビームの照射角度は試料加工面に対して平行に近づくので、結晶方位や組成のエッチングレート差による凹凸形成を低減した加工面を形成できる。これは、機械研磨を施した樹脂包埋試料の研磨傷の除去を目的とした最終仕上げに多用される。θを低角度側に設定すると、エッチングレート差を利用した凹凸を強調した加工が可能である。この凹凸を利用することで、多層膜の層判別などに使用することができる。
図3 平面ミリング概略図
図4に、樹脂包埋した鋼材を機械研磨した後に(a)、平面ミリング(b)を実施したSEM像を示す。機械研磨だけでは、試料面の清浄が不十分であるために結晶粒の観察が困難であるが、平面ミリングにより研磨材の残渣や機械研磨時に形成された傷を除去することができ、明瞭な結晶粒が観察されている。
図4 鋼材の平面ミリング事例
当社では、1985年から電子顕微鏡試料用のイオンミリング装置を開発・販売している。本稿では、現在、発売しているイオンミリング装置2機種を紹介する。
IM4000PLUSは前述した断面ミリングと平面ミリングの2つの機能を備えたハイブリッドイオンミリング装置である。多様な用途に対応できること、リチウムイオン電池材の解析のための雰囲気遮断ミリングホルダや、樹脂・高分子材のビーム照射時の熱ダメージ低減のための試料冷却機能をオプションとしてラインアップしたことにより用途がさらに拡大し、市場に多く受け入れられている。さらにIM4000PLUSではミリング時間短縮の要求を受け、断面ミリングレートを500 µm/h以上(*)の高レートイオンガンを搭載したモデルである。図5には、各種オプションを装備したIM4000PLUSの外観を示す。
図5 各種オプションを装備した日立イオンミリング装置IM4000PLUSの外観(雰囲気遮断ユニット、試料冷却温度調整ユニットを装備)
IM4000PLUSの試料冷却は、デュワーに充填した液体窒素を冷却源として銅網線を介して試料近傍を冷却する間接冷却方式である。樹脂およびゴム系の試料では、間接冷却であってもガラス転移点以下となるため、過冷却を防止する目的として、ヒーターを併用して0℃から-100℃の間で温度制御する機能を搭載している。図6は、シリコーンゴムを常温断面ミリング(a)と冷却断面ミリング(b)でそれぞれ加工したSEM像である。常温での断面ミリングは、アルゴンイオンビーム照射による温度上昇によって母材のゴムの至る所にシワが確認される。これに対して、冷却ミリングは、大幅にシワが低減され、試料の温度上昇を抑制できたことを示している。
図6 シリコーンゴムの断面ミリング事例
雰囲気遮断断面ミリングホルダは、大気中の酸素や水分と反応して形状が大きく変化してしまうリチウムイオン電池材料を対象として開発した。ねじ込み式キャップで密閉し、試料を大気と接触させることなく、イオンミリング加工後にSEM観察が可能である。参考までに雰囲気遮断断面ミリングの操作手順を下記する。
<操作手順>
図7は、雰囲気遮断断面ミリング機能で加工したリチウムイオン電池負極材のSEM像(a)と雰囲気遮断の効果を確認するために加工した試料を約10分間大気に曝した後のSEM像(b)である。(a)ではグラファイトの層構造が明瞭に確認されているが、(b)は大気中の水分や酸素に接触したことで負極材断面の至るところに析出物が発生しており、雰囲気遮断ミリングホルダの効果が確認できる。
図7 リチウムイオン電池負極材の断面ミリング事例
以上のようにIM4000PLUSは、試料冷却機能、雰囲気遮断ミリング機能のオプションを追加し、多様な用途に対応できる日立イオンミリング装置のスタンダードモデルである。
アルゴンイオンで試料をブレードのように迅速に切断(断面作製)する装置をイメージして開発したArBlade 5000は「アルブレード」と読む。本機は、IM4000PLUSの上位機種として2017年4月に発売した装置で、IM4000PLUSでも定評のある断面ミリングと平面ミリングに対応したハイブリットイオンミリング機能を装備している。ArBlade 5000の外観を図8に示す。
図8 ArBlade 5000の外観
ArBlade 5000には新開発の高ミリングレートイオンガン(PLUS IIイオンガン)を搭載し、断面ミリングレートはIM4000PLUS比で2倍以上の1 mm/hr以上(加速電圧8 kV、Si試料、マスクからの突出100 µm)を実現した。特に長時間のミリング加工が必要だったスパッタ収率(*)の小さい材料においても短時間で断面試料を作製することができる。イオンガンの高レート化に伴い、低スパッタ収率材の断面ミリング用遮蔽板「SHマスク」をラインアップした。従来の純Tiマスクよりイオンビーム耐性が高く長時間の断面ミリングに有用である。「SHマスク」はCo(コバルト)を含有しないWC(タングステンカーバード)系材料である。
図9にシャープペンシルの芯(硬度4H)をIM4000PLUS(a)とArBlade 5000(b)でそれぞれ90分間断面ミリングした結果を示す。シャープペンシルの芯の主成分はスパッタ収率の小さいグラファイトカーボンで、イオンミリングでは削れにくい材料である。IM4000PLUSでは、シャープペンシルの芯の上半分の加工領域に対し、ArBlade 5000では、シャープペンシルの芯全体が加工されておりArBlade 5000の高ミリングレートを示す結果である。
図9 シャープペンシルの芯(硬度4H)の断面ミリング比較
ArBlade 5000には新開発のワイドエリア断面ミリング機能を標準装備している。従来の断面ミリング加工幅が約1 mmに対し、最大ミリング幅8 mmまで加工できる。ワイドエリア断面ミリング機能を用いて電子基板を加工した結果を図10に示す。それぞれ、加工面の全体像(a)と電極と半田の接合部の拡大像(b)、拡大像の領域のEDXマップ像(c)である。(a)の全体像に示した黄点線は、加工された領域を示しており、加工幅は約7 mm、深さは約1 mmの範囲が加工されていることがわかる。このときの断面ミリングに要した時間は5時間であり、PLUS IIイオンガンにより短時間で広域の断面ミリング面を得ることができる。電極と半田の接合面の拡大像(反射電子像)およびEDXマップ像から接合面特有の銅と錫の合金層やその他の組成分布が明瞭に確認でき、高倍率SEM観察、EDX分析を満足するミリング面を得ることができる。
図10 電子基板のワイドエリア断面ミリング事例
また、ArBlade 5000では液晶タッチパネルを採用した。タイマー機能(ミリング開始までの時間を設定する機能)や2ndミリング機能(加工条件を2種設定し、自動実行する機能)などのユーザー操作の負荷を軽減する機能を設けた。加速電圧や放電電圧の設定は、IM4000PLUSがボリュームのつまみで設定していたのに対し、0.1 kVステップで設定でき、詳細なミリング条件設定に対応させた。
以上、ArBlade 5000はミリングレートの飛躍的な向上と数ミリメートルオーダーの幅広加工を実現した日立イオンミリング装置のハイエンドモデルであり、特にイオンミリング装置の需要が高い電子部品や金属部品には有効と考える。
イオンミリング装置の主な用途であるSEM試料の加工について述べたが、最後にAFM(Atomic Force Microscope)のリチウムイオン電池材の適用例6)を紹介する。AFMのSSRM(Scanning Spread Resistance Microscopy)像からリチウムイオン電池正極材内部の電気抵抗の違いを把握するためにイオンミリング法を活用した。図11は断面ミリングで作製したリチウムイン電池正極断面のSEM像(a)と拡大像(b)および拡大像と同一視野のSSRM像(c)である。SSRM像からは導電体の金属箔と活物質が電気抵抗の違いとして明瞭に観察されている。さらに(b)の拡大像で観察されている特異なコントラスト(輝度の高い部位)により、低抵抗であることがわかる。このように断面ミリングは、AFM試料作製としても有用である。
図11 リチウムイオン電池正極材断面のSEM-AFM観察結果
最新のイオンミリング装置の特徴・機能、および適用例を紹介した。特に、イオンガンのミリングレートは最近の10年で10倍以上向上させ、ミリング加工時間の大幅短縮化を実現できた。また、冷却ミリング機能、ワイドエリア断面ミリング機能、雰囲気遮断ミリング機能により用途もAFMなどに拡大している。今後もユーザーの要求に対応した機能を開発し、イオンミリングを用いた各種分析や構造解析技術に貢献できることを期待している。
参考文献
出典
月刊誌「工業材料」11月号掲載
著者紹介
*1 伊藤寛征
(株)日立ハイテク 科学・医用システム事業統括本部 科学システム営業本部 マーケティング部
*2 稲木由紀
(株)日立ハイテク 科学・医用システム事業統括本部 科学システム製品本部 アプリケーション開発部
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