~ペロブスカイト結晶中に超格子構造を発見~
「SI NEWS Vol.62-1」において、「有機金属ハライドペロブスカイト太陽電池観察におけるFIBとTEMの役割」と題し、ペロブスカイト薄膜の観察結果から得られた貴重な発見について寄稿してくださった東京大学の内田聡先生。
世界が注目する次世代太陽電池の開発についてお話をうかがうため、東京・駒場にある東京大学先端科学技術研究センターの研究室を訪ねました。
東京大学先端科学技術研究センター
特任教授
内田 聡
世界の再生可能エネルギーの発電量は年々増加しており、国際エネルギー機関(IEA)や各国の研究機関の予測では、2030年の発電量は、2016年の2~3倍になる見込みだ(経済産業省「エネルギー白書2018」)。世界的に地球温暖化への懸念が広まるなか、再生可能エネルギー、とりわけ太陽光発電への期待は高まっている。
子どもの頃、化学系の研究者だった父に憧れていた内田聡氏は、真理を追究する博士になることが夢だった。やがて東北大学で助手として、金属材料や光触媒の分野で研究者の道を歩み始め、夢を叶えたとき、内田氏の心に芽生えたのは、自分の追究した真理で社会に貢献したいという思いだった。「エネルギーに関わる仕事がしたい」と考えていたとき、1991年に発表された色素増感太陽電池の論文を見た。「きっとこれはすごいことになる」という研究者の直感だけで、このテーマに取り組む。「あまり根拠のない確信でしたが、いち早く取り組んだのが幸いだったと思います」
初めは、自分が作った太陽電池をどう評価していいかもわからなかった。知識も経験も研究するお金も、何もない状況で、ただやる気だけが空回りした。それでも、どうしても色素増感をやりたかった。自分のものにしたかった。
当時はちょうどインターネットが始まった頃で、まだ一般には普及していなかったが、大学の研究者の間では使えるようになっていた。「これを利用して、情報発信を始めたのです」
海外の研究者の論文の動向や、自分の研究の試行錯誤の結果など、色素増感に関わる情報提供を継続して行っていると、やがて、1日あたりのアクセス数が1000を超えるようになる。いかに注目されているとはいえ、限定された研究テーマについてのサイトとしては、破格の数だ。日本での研究者はそれほど多くは無かったため、多くは海外からのアクセスだと思われた。サイトが注目されるにつれて、さまざまな情報も自然に集まり、研究もそれなりに進んだ。けれども東北大学でたった一人、孤軍奮闘の状態は変わらなかった。
カラフルなデザインが施せる色素増感太陽電池
そんなとき、現在の上司である瀬川浩司教授(東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系)に「東大で研究してみないか」と声をかけられた。瀬川氏も色素増感に早くから取り組み、実用化を目指していた研究者の一人だ。折しも、国立大学が法人化されるタイミングと重なり、2006年に東京大学に移った。以来10年以上、東大で研究を続けている。
東大に移ったこの時期は、再生可能エネルギーに対する社会的な注目や期待が大きくなってきた頃で、色素増感太陽電池の研究もかなり発展したという。色素増感太陽電池は、環境に負担をかけない材料で作れることが特徴で、色味を変えたりデザインを施したりすることもでき、見た目も華やかだ。
被災地で配られた充電型の携帯LEDライト
2011年の東日本大震災では、被災地に色素増感太陽電池を使った充電型の携帯LEDライトを届け、感謝された。震災直後に、瀬川研究室で何か貢献できることはないかと相談し、携帯LEDライトの作成を計画、早速にメーカーと共同で100個を作成し、5月には宮城県の被災地2か所(仙台市と石巻市)に配布した。現地を視察して、配布する避難所を決めたのは東北出身の内田氏だ。避難所の夜間照明に困っていたところに役に立ち、被災者から大変喜ばれたという。
このように、愛着をもって進めていた研究であったが、2009年にペロブスカイト太陽電池が提案され、これがブレイクスルーとなっていた。色素増感のほぼ2倍の発電効率が出るのが利点だが、内田氏は人体に悪影響の懸念がある鉛を材料として使うことにためらいがあった。けれども一気に変わってしまった研究の流れが変わる気配はなく、「1、2周遅れる形で」ペロブスカイト研究に取り掛かった。
多くの研究者が材料や構造の改良による発電効率の向上を目指していたなかで、内田氏はそれまであまり研究の手が付けられていなかった、高効率の原因やその条件、発電の動作原理などの解明に取り組んだ。
例えば発電効率の算出方法もその一つ。発電効率は、電圧を調整しながら電流を測定して描くI-V曲線を基に算出する。ところがペロブスカイトでは、電圧を上げていくときと、下げていくときで、異なる曲線になってしまい、一致しない。これでは発電効率の値が2つあることになり、どちらが正しい値かわからない。これはシリコン素材の太陽電池では起こらない現象で、ペロブスカイト特有なのだが、なぜその現象が起こるのかはわかっていなかった。
シリコン型はp型半導体とn型半導体の2種類の素材を張り合わせるのに対して、ペロブスカイト型はペロブスカイト層を含め5層を塗り重ねて作る。内田氏はここに着目し、それぞれの層の界面にキャパシタンスが形成されることで、2層構造のシリコンとは桁違いの電子が溜まることを見出した。即ち、効率測定の最中に電子が充放電されることで、I-V曲線が分裂することが明らかになったのである。
研究界では、当初、イオンが動き回るという別の考え方が主流を占めていたのだが、2017年に発表された内田氏の論文によって初めて分裂したI-V曲線を再現できることが実証された。現在は、電子の溜まり方(ヒステリシス)をどう減らすかが新たな研究トピックになっている。
正方晶と立方晶が共存する様子を撮影
内田氏は2015年ごろから、ペロブスカイト結晶構造の観察にも取り組んできた。これまでに何度も日立ハイテクのサイエンスラボラトリ(茨城県ひたちなか市)に出向き、技術者のサポートのもと、集束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)装置でサンプル試料の加工をしながら、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)を使って観察し、写真撮影を行っている。
それは2016年11月、初めて試料を観察した日のことだった。試料のペロブスカイト層の高解像度TEM像を確認し、さらにマウスでその一部のエリアを抜き出してスキャン、電子線回折(EDS)像を再現した。すると六角形の光の点の周りに、サテライトのように存在する小さな六角形がパーっと目に飛び込んできた。大きな六角形は予想の範囲内だったが、小さいスポットに対しては「すごいものを見た」と鳥肌が立ったという。
「見た瞬間に、何かすごいことが起きていることがわかりました」と内田氏。通常の単位格子とは別に、それらが複数連なって更に大きな繰り返し周期を作る、「超格子」と呼ばれる構造を、このときペロブスカイト層のなかに発見したのだった。
図1 CH3NH3PbI3ペロブスカイト薄膜中に観察された超格子のTEM像(a)、
EDS像(b)及びフーリエ変換像(c)
この発見には、3つの重要な意味がある。1つは、従来、ペロブスカイト結晶は常温において1つの結晶相(正方晶;Tetragonal)しか存在しないと思われていたが、これとは原子間の距離が僅かに異なる高温の結晶相(立方晶;Cubic)が共存していたこと。これだけでも従来の常識を覆す驚きの発見だが、加えて、この正方晶と立方晶は、規則正しく交互に規則配列した超格子構造(Superlattice)になっていることを世界で初めて確認した。
さらに重要なのは、この構造が、基板にペロブスカイト溶液を塗布しただけで、容易にその一部が自発的に超格子構造を取ることがわかったことだ。超格子構造においては、さらなる発電の高効率化が見込まれることから、この形成をうまくコントロールできれば、今後の太陽電池のあり方を大きく変える可能性がある。
この発見は、その後1年を費やして論文にまとめられたが、発表後、学術雑誌や学会から予想以上に強い拒否反応が示された。逆に言えば、それほどまでに衝撃的な発見だったということだろう。
通常ペロブスカイト溶液が結晶になるときは、55℃以上だと立方晶、それ以下だと正方晶になる。従って室温では正方晶しか存在しないはずなのだ。「大きなバルク結晶の場合は確かにその通りなのですが、我々が太陽電池で使っている結晶は300~500ナノメートルのような超薄膜なので、このような混合が起こると考えられます。これは今までの学説とは違う発見でしたから、当然拒否反応があることはある程度予想はしていましたが、それにしても予想以上で驚きました」
「だからこそ、この1枚の写真にはものすごく大きな価値がある」と内田氏。拒否反応の1つの原因は、誰もがこの写真の状況を自分で再現することができないことにあった。「なぜ、東京大学しか観察できないのか。あなたたちが見ているものは本来の姿ではなくて、電子線によるダメージを受けた、その結果を見ているに過ぎないのではないか」と、観察できない苛立ちをぶつけて反論してくる研究者もいた。
すぐれたTEMをもつ大学や研究所は、世界に少なくない。しかし、「彼らがベストを尽くしても、日立ハイテクの技術のクオリティには至っていないと思います」と内田氏は話す。試料を薄片にスライスして整えたうえで(FIB加工)、さらに観察するという2つのステップがあるのだが、どちらも非常に難しい技術だという。そもそも薄片を作ることすら難しいうえに、試料が熱や電子線のダメージに弱いため、短時間で処理して撮影しなければならない。「それをクリアして撮影した写真を見せたので、誰も信じてくれなくて、ありとあらゆるクレームを受けました」。
その後も少しずつ新たな成果を重ね、数多くの国際会議で説明を繰り返すうちに、徐々に認められるようになり、代表論文は2017年のアクセス回数で13位にランキングされた。
この成果は、日立ハイテクの技術なしでは得られなかったと内田氏は言う。「あらかじめ決められたものだけを観察するのであれば、どこでも対応してくれます。けれども、観察しながら次々と新しいリクエストをしなければならないような、手探り状態の研究ステージの仕事は、日立ハイテクの協力がなければ無理でした。本当に感謝しています」と内田氏。
「今回の発見は、将来新しい太陽電池を設計するための大事な指針になると思います。この偶然に生み出された超格子を制御して、今までにない高効率の太陽電池を作りたい」と今後の抱負を語った。
内田氏の長年にわたる研究を支えてきたものは、「自然エネルギーこそが、未来永劫、もっとも安定して供給されるエネルギーだ」という強い思いだ。太陽光発電のみならず、風力や地熱などの自然エネルギーを活用すれば、資源の枯渇を恐れる必要もなく、温暖化対策にも大きく貢献できる。そのような大きなメリットをもつにもかかわらず、社会的には「自然エネルギーは不安定で使えない」というネガティブな印象が強い。
「発電と蓄電の問題がすり替わっている」と内田氏は感じている。自然エネルギー利用の問題は、発電力そのものよりも、蓄電ができないことなのだ。蓄電池については、低コスト化やさらなる技術開発も進められているが、「原発の停止に伴ってあまり稼働していない揚水発電をもっと有効活用できるのではないか」と考える。
科学者が自然エネルギーの発電方法を生み出すだけでは、自然エネルギーは定着しない。今後の未来社会において、自然エネルギーをどのように活用していくのか、行政や専門家のみならず、社会全体で真剣に考えてほしいと、内田氏は願っている。
(インタビュー・文:平塚 裕子 撮影:秋山 由樹)
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