環境制御AFMを駆使した物性検証
環境制御型原子間力顕微鏡 AFM5300E を用いて、大気中、乾燥窒素中、高真空中、液中、加熱・冷却・湿度制御下での様々なAFM物性観察を行い、これらの環境要因が測定データに与える影響を検証しました。
1. 大気中/真空中の電流、電気抵抗測定 Conductive-AFM, SSRM
(1) SRAMのConductive-AFM観察における吸着水影響
図1-1(a)は22 nmプロセスで製造された作られたSRAM(Static Random Access Memory) の研磨面の表面形状です。形状像の特徴的なパターンはSRAMの金属配線部分ですが、この直下にPMOSあるいはNMOS、ゲートなどトランジスタの各要素に接続されています。 図1-1(b、c) は、Conductive-AFM(C-AFM)による電流分布をAFM像と重ね合わせた画像です。BIAS電圧の反転(±1 V)により、電流値がプラスを赤、マイナスを青で示しています。金属配線直下の構造に対応した電導特性が見られます。
図1-1(d-f)はSRAMの一部分を大気中、真空中、再び大気中という順番でC-AFM観察した結果と、AFM像および電流像の断面プロファイルを示しています。電流が流れている赤い領域は、大気中のほうが真空中より太って観察されています。大気中観察では、試料表面や探針表面に覆われている吸着水の影響があると考えられます。
(2) フォースカレントカーブによる吸着水影響の検証
図1-2は、通常のフォースカーブ測定の往路、復路において、電流まで一緒に計測したカーブ(フォースカレントカーブ)です。局所における力学的特性と電導特性を同時に評価できます。吸着水により探針が引っ張られている間は電流が流れているため、往路、復路で電流カーブが一致していない様子がわかります。探針が吸着から脱して完全に非接触になると、電流もゼロになっています。
(3) HOPGの大気中/真空中 フォースカレントカーブ測定
図1-3 は高配向性熱分解グラファイト HOPG (High Orientated Pyrolytic Graphite) の大気中/真空中フォースカレントカーブです。HOPG は疎水性ですが、大気中と真空中とでは、フォースカーブ、カレントカーブともに差が見られました。大気中のほうが吸着力が大きく、より長い距離、探針と試料が吸着しています。カレントカーブには、ちょうど探針と試料が吸着している区間だけ導電性の差異が観察されています。
(4) C-AFM, SSRM測定における吸着水影響
図1-3で示したフォースカレントカーブの評価により、吸着水を伝って電流が流れていることがわかりました。探針が試料に接触しながら走査される際にも吸着水を伝って電流が流れると考えられ、その実例が図1-1で示したSRAMのC-AFM観察結果に表れていました。 図1-4は、探針走査における電流分布観察をモデル的に示した動画と電流像です。探針が走査され、導電性のある部分のエッジから離れる際にも、大気中では吸着水を伝って電流が流れており、その分だけ、電流像が太って見えています。吸着水よる電流像の分解能低下が懸念される場合、高真空中の測定が有効です。※
※ すでに国際半導体技術ロードマップ2011年版、2013年版には、半導体キャリア濃度分布観察技術における高真空中SSRMの高分解能性が示されています。
(5) 強誘電体薄膜の大気中/真空中C-AFMの測定
図1-5 (a, b) はPt上の強誘電体薄膜のC-AFM測定結果と、その結果から類推される探針試料間の電気伝導をモデル化した動画です。試料側の電極に-7 V の負電圧を印加してC-AFM観察した電流分布像では、赤い部分が負の電流が流れていることを示しています。大気中と比べて真空中は、電流が流れている領域が極端に減っています。真空中では、リークがある強誘電体結晶や粒界の一部で電流が流れていますが、大気中では表面吸着水を伝って、広い領域で電流が流れたと考えられます。観察の目的がリーク箇所の同定の場合は、吸着水によって隠されてしまうことを示唆しています。図1-5(c) は形状、構造と物性の相関を見るため、形状の3次元画像に電流コントラストを重ねた画像です。結晶や粒界など、どの場所で電気伝導が変化しているかなど、一目でわかります。
(6) C-AFM, IV測定における陽極酸化影響
ここまでは、表面吸着水の影響が電流像やフォースカレントカーブに表れることを示してきましたが、ここでは、表面吸着水が表面形状をも変えてしまう現象をご紹介します。 図1-6は大気中と高真空中とで、Siウエハ試料に+2 V の電圧を印加しながら探針を走査させ、その後、電圧を 0 V にしてひとまわり大きな領域を形状観察した結果を各々示しています。大気中では2 V 印加して走査した領域の形状が 1 nm 近く盛り上がって観察され、高真空中では部分的にごくわずかな変化にとどまりました。
図1-7(a、b) は大気中と高真空中とで、Siウエハの任意の5か所の点で連続I-V測定を行った結果を示します。連続I-V測定回数を1回、2回、3回、5回、10回とし、各々の測定箇所を1~5までの番号で示しています。また、I-Vカーブは連続測定の平均で表しています。真空中測定では測定回数に依らずほぼ安定したI-Vカーブが得られていますが、大気中測定では、測定回数が増えるごとに電流値が減少しています。
図1-7(d) に大気中の5か所のIV測定が終わった後に観察した表面形状を示します。I-V連続測定を行った箇所が盛り上がっており、I-V連続測定回数とともに突起の高さや直径が大きくなっています。図1-6でも、大気中測定のみ、電圧をかけた領域の形状が盛り上がっていたことと類似した現象です。
大気中で電圧を印加した領域のSiの形状が盛り上がったのは、陽極酸化が原因です。図1-7(c) に陽極酸化のメカニズムを示します。探針試料間に電圧を印加した際、周囲をとりまく吸着水中のイオンOH-が陽極側を酸化させ、酸化物が生じます。大気中、I-V測定回数が増えるごとに電流値が減少していたのは、このような酸化物の厚みが大きくなっていったことが原因です。
(7) リチウムイオン電池正極の高真空中SSRM観察
リチウムイオン電池材料は大気に晒してしまうと大気中の水分や酸素の影響により、表面が化学反応を起こして変質してしまうため、高真空中の観察が望まれています。図1-8にリチウムイオン電池の正極試料の高真空中SSRMの観察結果を示します。SSRM像では正極活物質内の個々の結晶の電気抵抗の差異や、結晶粒界が結晶よりも高抵抗であること、活物質を取り囲んでいる導電助剤の電気抵抗が活物質よりも桁違いに小さいこと等がわかります。
2. 大気中/乾燥窒素中/真空中のドーパント分布測定 SNDM
(1) 静電容量の変化を検出するSNDM
前章では、直流の電流を検出するC-AFM、SSRMについて、環境(大気中/高真空中)による差異を検証してきました。電流が表面吸着水を伝うこと、吸着水存在下で生じる陽極酸化現象などが、電流像やI-Vカーブなどの電気特性検出にどのような影響を与えるかがわかりました。
吸着水は水分子 H2O からなっていますが、比誘電率が約80の有極性分子であり、SiやSiO2の比誘電率(各々、約12、約3.8)と比べても、比誘電率が大きいことがわかります。このように、大気中では水分子に覆われた表面の電気容量的な観察を高真空中と比較してみましょう。
ここでは探針試料間に交流電圧を印加し、静電容量の変化を検出するSNDM(走査型非線形誘電率顕微鏡)における吸着水影響を検証していきます。
図2-1 はSNDMによる静電容量変化の検出とSi MOS FET断面の模式図およびドーパント分布観察結果を示しています。SNDMは、探針試料間に交流電圧を印加し、探針直下の静電容量の変化 dC/dVを約 1 GHz の準マイクロ波発振回路の周波数変化としてFM復調器で検出しています。このような交流電圧を探針(金属M)、酸化層(O)、半導体(S)からなるMOS構造に印加すると、空乏層がこのアニメーションのように変調し、MOSの静電容量が変化します。p型とn型半導体では、図2-2に示すように、空乏層変調による挙動が正反対になります。dC/dV信号がプラスならp型、マイナスならn型と判断できます。Si MOS FET断面の事例でも、n領域中のp型拡散層が明瞭に観察されています。
※ SNDMについて詳しくは【原理解説】のページを参照してください。
(2) 湿度制御下と高真空中におけるp-nドープパターン試料のSNDM観察
図2-3に、湿度制御オプションにより湿度を50%に制御した状態と高真空中におけるp-nドープパターン試料のSNDM観察結果を示します。 P領域が明るく(dC/dV > 0 )、n領域が暗く(dC/dV < 0 )観察されています。高真空中と比較して湿度50%の状態ではp領域が膨らんで観察されています。※
※ 安藤和徳, 倉持宏美, 蓮村聡, 渡辺和俊, 横山浩: “非線形誘電率顕微鏡によるキャパシスタンス測定”,表面科学Vol. 25, No. 5, pp. 296―299 (2004)
(3) 大気中、乾燥窒素中および高真空中におけるdC/dV-V、C-V特性
図2-4に大気中(湿度約30%)、乾燥窒素中(N2ガス純度 99.995%)および高真空中(10-4 Pa)におけるp-nドープパターン試料のSNDM観察結果および、dC/dV-V、C-Vカーブの計測データを示します。各々の環境において、破線で示した領域の内部で測定ポイントを少しずつずらしながら、試料側電圧を掃引し、p側とn側を交互に5点ずつ、10点のdC/dV-Vカーブ測定を行いました。また、 dC/dV-Vカーブを積分してC-Vカーブを計算した結果も示します。(ただし積分定数は未定のままです。)
各々の環境におけるSNDM像を比較すると、乾燥窒素中および高真空中で観察されている画像の右下に存在するn型の小さいスポットが、大気中ではp型の信号に隠れて、観察されていません。
大気中のdC/dV-Vカーブの結果からは、測定ごとにカーブにばらつきが見られ、n領域の測定でもp側の信号が得られているようなカーブが見られます。乾燥窒素中では dC/dV-V、C-Vカーブのばらつきが大気中よりも小さくなりました。高真空中ではdC/dV-V、C-Vカーブのばらつきが極めて少なくなり、dC/dV-V特性、C-V特性の原理(図2-2)に近いカーブが得られています。
dC/dV検出には、不純物濃度に応じた空乏層変調以外に、試料表面の酸化膜の不純物や電荷蓄積、凹凸などによる表面準位の影響などが知られています。今回の実験結果から測定雰囲気や、特に表面吸着水の存在も大きな影響を与えることがわかりました。※
※ Jing-jiang Yu, T. Yamaoka, S. Hasumura, R. Hirose, K. Ando, and K. Mizuguchi: "Environmental control scanning nonlinear dielectric microscopy measurements of p-n structures, epi-Si Wafers, and SiC crystal defects", ISTFA 2015: Conference Proceedings, 341-348, 2015.
(4) 大気中、高真空中におけるフォース-dC/dV カーブ
前章ではフォースカレントカーブをご説明しましたが、ここではそのdC/dV版、フォース-dC/dVカーブを見ていきます(図2-5参照)。大気中、探針が吸着水に引っ張られて接触している間はdC/dVの値が0にはなっていません。探針を接触させ引き離すフォースカーブの往路と復路における吸着水を介した挙動は、そのままdC/dV計測にも影響しており、往路と復路でのdC/dVの値が大きく異なっています。真空中では探針吸着によるわずかな往路と復路の差はありますが、大気中と比べると極小さいと言えます。大気中のSNDM、dC/dV計測では、吸着水存在によるこのようなばらつき要因を含んでいると考えられます。※
※ 山岡武博:”SNDMおよびSPM電磁気物性観察とSEM観察の融合”, 日本顕微鏡学会 走査プローブ顕微鏡分科会,予稿集 pp.25-30,幕張メッセ,2016年9月7日.
(5) 高真空中dC/dV-V、C-Vカーブ測定事例(Si太陽電池、SiCパワーMOSトランジスタ)
図2-6はSi太陽電池の高真空中SNDMおよびpn接合領域のdC/dV-V、C-Vカーブ測定事例です。カラーバーの設定をp型:赤、n型:青で表しており、その中間の白が、SNDM像および断面信号プロファイルではpn接合位置を示しています。また、pn接合をまたいでp領域からn+領域に向かう5ポイントのdC/dV-V、C-Vカーブでも、 pn接合領域に典型的なC-V特性が検出されています。
図2-7はSiC パワーMOSトランジスタの真空中SNDMおよびdC/dV-V カーブ測定事例です。SNDM像はデバイス構造に対応した不純物濃度分布像が得られています。pn接合をまたいでp領域からn領域に向かう10ポイントのdC/dV-V、C-Vカーブも、同様に典型的なC-V特性が検出されています。※
※ AFMアプリケーションデータシート No.8 “SNDMによるSiCパワーデバイス断面のドーパント分布観察”, 日立ハイテク
3. 大気中/真空中の電磁場計測 ~ 磁区観察 MFM
(1) 大気中と真空中におけるカンチレバー振動と磁気記録媒体のMFM観察
MFM(磁気力顕微鏡)やEFM(静電気力顕微鏡)は探針試料間の電磁気的な相互作用をカンチレバーの共振状態の変化として検出しています。ここではカンチレバーを振動させる物性測定における大気中と真空中の違いを検証していきます。
図3-1は大気中と真空中におけるカンチレバー振動の様子を模式的に示したものです。大気中では空気ガス分子が絶えず探針や試料表面に衝突しており、振動しているカンチレバーの振動状態に影響を与えます。一方、真空中ではガス分子がほとんど無いためカンチレバーの振動状態は影響を受けることがありません。この様子はカンチレバーの振動スペクトル(Qカーブ)を観ると一目瞭然です。振動スペクトルの鋭さの指標はQ値で表されます。Q値は共振周波数を共振曲線の幅で割り算した無次元量です。大気中では空気分子との衝突によって振動スペクトルはブロードになり、Q値はだいたい100から500程度になります。一方、真空中では空気ガスの衝突がほとんど無いため数千から数万の値になります。 電磁場計測の感度はQ値に比例しているため、真空中は高感度測定に有利です。また、真空中ではカンチレバー振動が粘性抵抗を受けないため、より安定した電磁場測定を行うことができます。
図3-2(a、b)は大気中と真空中で磁気記録媒体の同一箇所をMFM測定した結果です。比較のためMFMのコントラストは同一の設定にしてあります。図3-2(c)は各々のMFM像の破線部分の信号強度プロファイルです。大気中に比べて真空中では、ほぼQ値の倍率と同じ10倍に感度が向上しています。
(2) 真空中の高感度電磁気計測を可能にしたQ値制御技術について
図3-2のような真空中の高感度高感度電磁気計測は図3-3(a)に示すQ値制御法により可能になりました。Q値制御法とは、カンチレバー振動の位相をπ/2 シフト、増幅しカンチレバーの駆動系に帰還させる電子回路によりQ値を増減する方法です。電磁場計測の感度はQ値に比例するので、Q値が大きいほど高感度になりますが、一方、応答はQ値に反比例しているので、真空中で10000を超えるようなQ値の測定は不安定になります。図3-2(b)のMFM画像は、Q値制御法によりQ値を4000に制御してMFM測定した結果です。
図3-3(b-d)は探針高さ 500 μm においてQ値を約3000に制御し、探針高さを 10 μm まで近づけた際の、振幅カーブと位相カーブの距離依存性を大気中と真空中で調べた結果です。大気中の場合、探針を近づけると粘性抵抗の増加により、共振周波数が低周波数側にシフトしながら振幅が減少し、共振ピークがブロードになっています。そのためQ値も探針を近づけるほど低下していきます。また、位相カーブの勾配も小さくなっていきます。真空中の場合は、探針を近づけても共振カーブ、位相カーブはほとんど変化せず、安定性に優れています。※
※ 山岡武博, 渡辺和俊, 白川部喜春,茅根一夫: 高感度・高分解能MFMシステムの開発, 日本磁気学会誌, 27, pp. 429-433 (2003). T. Yamaoka, K. Watanabe, Y. Shirakawabe, K. Chinone, E. Saitoh, M. Tanaka, and H. Miyajima: IEEE Trans. Magn., 41, pp. 3733-3735 (2005).
(3) 真空中Q値制御を利用したナノ磁性観察への応用
MFMは磁性探針と磁性体試料に作用する磁気力を検出しているので、磁性探針にコートする磁性膜の厚みを大きくするとMFMの感度は向上します。ただし分解能が低下し、図3-4(a)に示すように、探針の大きな漏洩磁場がソフト磁性材料やナノ磁性体試料の磁化状態を乱し、歪んだ磁区構造を観察してしまいます。真空中Q値制御MFMと、磁性コートが薄い低モーメントMFM探針を併用すれば、磁区構造を乱さない高分解能観察が可能になります。
他に真空中Q値制御MFMがナノ磁性観察に応用された報告をご紹介します。
4. 大気中/真空中の電磁場計測 ~ 仕事関数評価 KFM
KFM(ケルビンプローブフォース顕微鏡)は導電性探針と試料の仕事関数の差に相当する接触電位差(表面電位)を計測することができます。ここではKFMによる仕事関数評価の大気中と真空中の違いを検証していきます。※
図4-1は、大気中および真空中KFM測定のモデル図と、PtおよびNbドープSrTiO3試料片のKFM測定結果を電子エネルギーのバンド構造で示した図です。文献値から得られるPtとNbドープSrTiO3のフェルミ準位の差は図4-1(c) に示すように 1.45 eV ですが、大気中KFMでは図4-1(d)に示す1.17 eV、真空中KFMでは図4-1(e)に示す1.55 eV となり、真空中のほうが文献値に近い値が得られています。試料表面および探針に付着している吸着水や湿度を含む大気ガス成分が、表面電位計測に影響を及ぼしていると考えられます。
※ 1台の原子間力顕微鏡で大気中と真空中の仕事関数を評価する (AFMアプリケーションデータシート No. 7)
5. 真空中加熱・冷却測定
(1) 大気中および真空中MFMによるネオジム磁石の加熱測定
図5-1はネオジム磁石を大気中と真空中で150℃に加熱しながらMFM(磁気力顕微鏡)測定を行った表面形状像と磁気像です。大気中加熱では、激しい熱酸化により表面が荒れ凹凸が大きくなっています。また、表面の熱酸化により磁性が失われているためMFM像には磁気信号が表れていません。
真空中加熱では熱酸化影響が無く、表面形状像は室温と変わらず、平坦な形状像が得られています。また、真空中加熱では熱酸化影響が無く、鮮明な磁区構造が観察されました。※
※ T. Yamaoka et al, " Vacuum magnetic force microscopy at high temperatures: Observation of permanent magnets" , Microscopy Today, 22, 6, 12-16, 2014.
真空中の加熱測定の他の利点としては、加熱による大気ガスの対流の影響が無いことです。また、カンチレバーの試料側に向いた面がガス分子によっても加熱され、カンチレバーにそりが生じてしまうようなことも低減されます。AFMの測定環境を乾燥した不活性ガス雰囲気に置換すると、吸着水影響や酸化影響には多少効果があっても、熱による対流は防ぐことができません。
(2) 真空中の冷却測定(氷の結晶の発生と対策)
大気中で露点以下に温度を下げると表面に水が付着します。通常は0℃近くで凝結が始まります。従って、冷却測定は真空中で行います。
図5-2は 10-5 Pa 近くの真空環境で半導体の試料片を冷却したときの形状像を示しています。-100 ℃ ではほとんど室温と同じ結果が得られましたが、-130 ℃ まで冷却すると氷の結晶が発生しました。
測定環境を乾燥した純度の高い不活性ガス雰囲気に置換しても、残存する水分子や不純物ガスの量は高真空中より桁違いに多く含まれるため、-100℃のような低温の測定を大気圧下で行うのは現実的ではありません。試料冷却において高真空環境はたいへん有効です。
(3) 他の加熱・冷却によるAFM物性観察事例
6. 低湿度/高湿度/液中の燃料電池電解質膜のAFM観察
環境制御型原子間力顕微鏡 AFM5300E は、これまで述べてきた大気中、高真空中、加熱、冷却以外にも、ガス置換や湿度制御、液中測定に対応したオプションがあります。図6-1はそれらの環境制御オプションを用いた低湿度(10%)、高湿度(80%)および純水中における燃料電池電解質膜のAFM観察結果です。湿度が大きいと電解質膜が吸水、膨潤して太くなる様子がわかります。純水中では更に膨潤し粗い面に変化しています。※
※ 燃料電池への応用 -電解質膜の湿度制御下および純水中での観察(AFMアプリケーションブリーフ No. 59)
8. 真空中観察が適さない事例
高分子材料の中には、低分子量成分や残存溶媒など揮発成分が表面から昇華あるいは気化し、材料表面の構造や組成が変化する場合があります。図8-1 は、フィルム状高分子材料を約30分間真空引きした前後の構造変化をAFM観察した事例です。真空引き後に表面が荒れ、数nmの高さの凹凸が生じています。※
※ フィルム状高分子材料の真空下における構造変化の観察(AFMアプリケーションブリーフ No. 41)
関連情報
走査型プローブ顕微鏡(SPM/AFM)に関する測定手法、測定例の一部を、会員制情報検索サイト「S.I. navi」でご提供しています。
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