構造細胞生物学のための電子顕微鏡技術
1. 基礎技術としての超薄切片法(1)
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超薄切片法は透過型電子顕微鏡観察の基礎技術であり、最もクラシックな方法である。この技法による透過電子顕微鏡像は光学顕微鏡像と相似であり理解しやすいため、もっとも頻繁に利用されている。 電子顕微鏡(電顕)が市販されてからおよそ60年、もはやこの方法だけによる研究は成り立たないが、構造細胞生物学にとって必須の方法であることは今も変わらない。実際、細胞内微細構造に関する基礎概念の多くは超薄切片法によってもたらされた。例えば、膜構造、小胞体、ゴルジ装置、リボゾーム、核の微細構造などなど現在の細胞生物学、組織学の教科書の半分以上がこの方法によって得られた観察結果をもとに書かれている。また、基礎技術と呼ばれる所以は後に解説する免疫細胞化学やオートラジオグラフは切片を作製してから行う技法であり、この技術の習得なしには成り立たないからである。また、最先端の氷包埋法や免疫レプリカの技法により電顕像を撮影しても切片像から得られる知識あるいはその理解なしには正確な像解釈は困難である。これが電子顕微鏡応用技術のどの解説本も超薄切片法から始まる理由である。 超薄切片法はこれまでに培われた光学顕微鏡観察法の1つであるパラフィン包埋切片技術の延長上にある。光を通すほど薄い切片(5~10µm)を作製し、光線の位相差干渉、吸収コントラストにより観察するのが光学顕微鏡観察であり、それを電子顕微鏡にも適応しようとしたわけである。しかし、電子線が透過するためには切片の厚さはさらに薄く、70nm程度にしなければならず、パラフィン包埋ブロックからの作製は困難である。実際、電子顕微鏡の黎明期にvon Ardenne(1939)、Fullam(1946)らが試みているが失敗している。 長い試行錯誤の結果現在では最終的にLuft法(1961)もしくはその変法でエポキシ系樹脂に包埋し、切片を作製している。さらに、超薄切用のウルトラミクロトーム、樹脂包埋試料の薄切に適したダイヤモンドナイフなどが開発され、容易に超薄切片を作製することができるようになった。
(1) 固定の意義
固定(fixation)は細胞をできるだけ新鮮な状態に保存するための処置で、生きている状態の構造と物性をそのまま維持することを目的としている。しかし、生命活動の停止と同時にそれらは変化するので、厳密には不可能である。 固定法には化学固定法(chemical fixation)と物理固定法(physical fixation)がある。化学固定はグルタールアルデヒド(glutaraldehyde)、ホルムアルデヒド(formaldehyde)などの還元剤やオスミウム酸(osmic acid)などの酸化剤を用いて化学反応により組織、細胞の構造と物性を保存する方法であり、物理固定は急速凍結(rapid freezing またはquick freezing)によりそれらを保存する方法である。 それぞれ一長一短あるが、瞬時に動きを停止させ、その時の構造を保存するという点では物理固定の方が優れているが、特別な凍結装置が必要なことなど誰でも簡単にできないのが欠点である。また、どんな組織でも急速凍結できるというわけではない。 急速凍結については改めて別の章で解説するので、ここではまず化学固定について説明する。 固定の化学的理論は厳密に確立しているわけではない。単なる酸化還元反応ではなく、固定剤の架橋効果が重要であり、さらにランダムシッフベースが加わる複雑な反応の結果と考えられる。死後変化から微細構造を維持しようとするとオスミウム酸のような強い酸化剤を使用しなければならず、蛋白質としての物性は失われる。 一方、細胞化学のように免疫応答性などの物性を残存させようとすると固定効果の弱いアルデヒド系の還元剤のみで処理することになり、微細構造の保存はどうしても悪くなる。したがって、研究目的に合わせこれらをうまく組み合わせて使用することになる。 このため30年ほど前は様々な固定液がそれぞれの研究者により各人各様で使用されていた。しかし、多くの人々の不断の研究蓄積は偉大なもので、経験的に固定法は集約され現在では後述するように化学固定法において頻繁に使用される固定液は僅か2、3種類であるので、それを覚えれば十分である。
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