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構造細胞生物学のための電子顕微鏡技術

15. 凍結超薄切片法(2)

* 当サイトに掲載している文章・画像などの無断転載を禁じます。

(2)構造解析を目指した新世代凍結切片法

細胞中で機能しているオルガネラや、さらにそれらを構成する分子の構造解析は、生物電子顕微鏡技術の夢であり、ゴールでもある。数Åの点分解能を持ちながら、観察が真空中に限られることから、live cell imagingでは光学顕微鏡に遠くおよばない。
運動を捉えることは確かに難しいが、急速凍結法が発達した現在では、瞬間的に動きを止めて観察することは可能になった。急速凍結試料から切削時の機械的な圧迫による変形を最小限に抑え切片を作ることができれば、あらゆる分子、オルガネラが機能状態(native)のまま、そこに存在しているだけでなく、電子線も透過しうる厚さの最適な試料となる。しかし、何の前処理もしていない凍結切片は、電子線に対する散乱コントラストが極めて低く、しかも凍結状態を維持したまま観察しなければならない。構造解析にはこれら二重の困難を乗り越えなければならない。
凍結切片を用いた構造解析は、急速凍結をはじめとする試料作製法の発展と、クライオ電顕およびトモグラフィー法の発展があって初めて可能となった方法である。したがって、何処でも簡単におこなえる技術ではない。急速凍結装置に加え、高感度カメラを備えたクライオ電顕やクライオトームが設備されていなければならず、日本で常時この方法を採用できるところは2、3ヶ所に限られるであろう。残念ながら私の研究室にもこれら全ての装置が設備されておらず、まだこの方法を駆使していない。
ここではオランダ国立癌研究所のPeters教授から学んだことを中心に解説をする。

準備するもの:

  • クライオ電子顕微鏡(できれば300 KV、液体ヘリウム温度)
  • 急速凍結装置(この目的では加圧凍結装置が便利)
  • クライオミクロトーム
    (凍結試料をミクロトーム用の試料台に装着する必要があるため、工夫が必要。ライカの場合は凍結装置も開発しているので共通性があり便利)

プロトコール:

1. 凍結試料の超薄切片

切片は免疫凍結超薄切片法と同様に進められるが、試料は無化学固定の迅速凍結試料である。クライオウルトラミクロトームのマニュアルに従い、凍結切片製作の準備を進め、凍結試料をミクロトームに装着する。
チャンバー内の温度は-100℃に設定する。トリミング用ナイフで、試料表面の氷を少し削り、試料を露出させる。さらに、ナイフを左右に振り、試料も回転させ側面(エッジ)も削り、試料ブロックの前面とエッジ部分を鏡面状に仕上げる。試料表面の大きさは0.25×0.5mm位が切りやすい。
トリミングが完了したら、予めチャンバー内で冷却しておいたクライオ超薄切片用のダイヤモンドナイフと交換し、超薄クライオ切片を作製する。切削速度は1~2mm/secとする。あとでトモグラフィーにより像を再構成するので、樹脂包埋切片のような50~70nmの薄い切片を作る必要はない。100~130nmの厚さの切片がリボン状に繋がって切れてくれば十分である。
メスマーク(ナイフマーク)が生じてもかまわない(メスマークの入った表面像は後にトモグラフィーを作製した後に除くことができる)。むしろ少しメスマークが出るくらいの方が切削時の試料に対するcompressionが無いと考えられている。

2. 切片をグリッドへ載せる

ここではショ糖滴を用いたTokuyasu法は使用できない。昔は圧着法を用いていたが、それでは構造が壊れてしまうのでここでは静電気により密着させる。
放電用の道具が売られており、図1のように支持膜を張ったグリッドでリボン状の切片を下からすくい、瞬間的にチャンバー内で放電(discharge)させる。その瞬間、不思議と切片はしっかりとグリッドに吸着される。
切片をグリッドにしっかりと吸着させることはトモグラフィーをする上で重要で、もしグリッドから部分的にでも浮いていると成功しない。

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3. 切片の張り付いたグリッドをクライオトランスファーに装着し、クライオ電子顕微鏡に持ち込む

撮影は容易ではなく、on focusでは何も見えない。10µmほど不足焦点にし、位相差コントラストをつける。位相差像がよく見えるほど明るくすると、照射ダメージのため直ぐに試料が昇華し滅失してしまう。
そこで、電子顕微鏡に付属のlow dose systemを使用する。1枚だけ撮影するのであれば多少明るくして像を確認することが出来るが、トモグラフィーの場合は傾斜をかけながら相当枚数の写真を撮ることになるので、図2のように肉眼では構造の区別ができないほど暗くしてCCDに記録する。

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4. 電子顕微鏡付属のソフトにより、連続傾斜像をとりトモグラフィーをつくる

トモグラフィー用の水平断像(sub-volume)ができたら、それらの上下表面像を除き、中ほどの水平断像(sub-volume)を用いて次の画像処理の試料とする(図3)。

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さて、三次元再構築であるが、大きな構造物であれば、そのままトモグラフィーを拡大することにより特定構造物を立体的に観察することが出来るが、リボソームなどの小さなオルガネラなどでは、さらに画像処理が必要となる。
図4はPetersとJasonらによる酵母のリボソームの再構築の写真である。

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凍結切片トモグラフィーの画像の信頼性と分解能

この方法の分解能はそれほど高くなく、3~4nmと考えられる。また、一度トモグラフィー化することにより得られたsub-volumeからの再度の画像処理ということで、その信頼性に多少の疑問が残る。また、生物物理学的には原子座標も決まらないし、通常のネガティブ染色からの単粒子解析よりも分解能が低いとなると時間と資金を費やす意味が問われるかもしれない。しかし、この方法の最大の利点は、その場で構造解析が出来るといことである。固定や脱水、あるいは抽出過程のアーチファクトが含まれない、水を含んだ機能中の分子やオルガネラの構造は直接機能と結びつくだけに重要である。
生物学的にはこの程度の分解能で十分といえるかもしれない。同じような分解能にある、フリーズエッチングや低角度回転蒸着法と比較することにより、機能と構造の関連に近づけるものと思われる。結晶解析により、様々なタンパク質やオルガネラの原子骨格が解明されてきたからこそ、次の段階として細胞内その場での構造が重要となっているとも言える。
この方法は特にヨーロッパを中心におこなわれているが、日本でもはやく追いつきたいものである。
なお、この章の方法や写真はPeters教授の好意により教えていただいたものを使わせていただいた。この場を借りてお礼を申し上げたい。

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