構造細胞生物学のための電子顕微鏡技術
7. 新世代フリーズエッチングレプリカ法(1)
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前章の細胞膜剥離法(unroofing)と急速凍結の併用により膜の表面像とりわけ、細胞膜の細胞質側表面を立体的に観察することが可能となった。膜細胞骨格は細胞運動や形状形成、物質の取り込みと排出、感染、情報伝達など多くの重要な生命維持機能と関係しており、その分子構築(空間構造)は生命現象を理解する上で不可欠である。
基本的には細胞膜表面の構造は試料の急速凍結が出来るようになり、本当のエッチング(表面部分の凍結乾燥)が可能になったことによるが、旧来のフリーズエッチングレプリカ方法では細胞内を埋める細胞骨格や可溶性蛋白により、細胞膜の裏側は断片的にしか見ることが出来なかった。
膜の裏打ち構造を広視野で調べるためには細胞質内を埋めているこれら多くの構造物を除かなければならない。この除去法が膜剥離(unroofing)であり、これによりフリーズエッチングレプリカ法の応用範囲が拡大した。特に可溶性タンパクの除去により免疫標識が効率良く行われるようになり、構造と物質との対応が可能になった。細胞膜と細胞骨格の相互作用を形態的に捉えることが出来るようになった意義は大きく、生化学的事象を形態的に検証出来るようになりつつある。
このため、ここではunroofingにより応用が拡大したフリーズエッチングレプリカと免疫標識フリーズエッチングレプリカ法をあえて新世代フリーズエッチングレプリカ法と呼び、5章のこれまでのフリーズエッチングレプリカ方法と分けて解説する。
(1)膜剥離フリーズエッチングレプリカ(unroofing freeze-etching replica)法
この方法により膜裏打ち構造あるいは膜細胞骨格の空間構造を観察出来る。
準備するもの:
-
培養細胞
(培養用プラスチックDish中に2.5mm×2.5mmのカバーガラスを数枚並べ、上から細胞をまき、1~2日間培養し、ガラス表面の8割ぐらいが細胞で覆われるようにする) - フリーズエッチング装置
- KHMgE緩衝液
- プラスチックシャーレ
- 先のそろったピンセット
- フッ化水素酸
- コダックフォトフロー
プロトコール:
- 前章の膜剥離法に従い、膜を剥離する。
- KHMgE緩衝液に0.5% glutaraldehyde 、2% paraformaldehyde となるように調整した固定液で約20分間固定する。膜剥離後固定せず、直ぐに凍結する場合は4.へ進む。
- KHMgE暖衡液で5分ずつ3回洗浄する。つづいて蒸留水で1回洗浄する。これらの洗浄は新しい溶液の入ったシャーレに膜試料の付いたガラスの端をピンセットでつまみ上げ、時間経過と共に移し替えることでなされる。
- フリーズエッチング(装置)用の試料台に試料の付いたガラスを載せ急速凍結する。凍結後は液体窒素容器に一旦貯蔵し、後日エッチングレプリカを作製することも出来る。
- 試料台をエッチング装置に持ち込み、所定の場所にセットし、試料温度を-110℃に設定する。この時の真空度は約5×10-6位であるのが望ましい。
- 設定温度に達したら、付属のナイフで表面から1~2µmを削り取る。これは凍結表面に含まれている小さなゴミを除くためである。装置よっては切削が困難なこともあり、その時は液体窒素で濡らした毛の堅い絵筆を用いて試料表面を掃き、表面をきれいにしてから装置に持ち込む。そして表面を削らずに7.に進む。
- 試料温度を-90℃に設定し上昇させる。-90℃に到達したら、約8分間そのまま真空中に放置し、エッチング(表面の凍結乾燥)をする。エッチングの過程は真空度である程度モニター出来る。すなわち温度が上昇すると真空度が悪くなり、試料表面からの氷の昇華が減少すると再び真空度が回復する。
- 8分後、試料を回転させながら白金、カーボンの蒸着を行う。回転蒸着の機構はエッチングレプリカ作製には必須である。我々の装置では白金を15度の蒸着角度で、カーボンを真上から、共にEBガンにより蒸着している(電子線蒸着)。
- 蒸着後は大気中に取出し、氷が溶けるのを待ち、ピンセットでカバーガラスの端をつまみ、あらかじめ5%フッ化水素酸を入れたプラスチックシャーレに斜めにして、徐々に沈めていくと蒸着膜が容易に剥がれて水面に浮く。
- 1分後に5%フッ化水素酸から蒸留水の入れてあるシャーレにレプリカを移して、洗浄する。1分後別の新鮮な蒸留水の入ったシャーレに移す。さらに1分後もう一度蒸留水の入ったシャーレに移し、支持膜を張ったグリッドでレプリカを回収し、乾燥後透過型電子顕微鏡で観察する。なお、この洗浄と回収法は5章の旧来のフリーズレプリカ法と同じである。洗浄用の蒸留水のシャーレには5章で述べたようレプリカの破断を防ぐため微量の表面活性剤(コダックフォトフロー)を入れる。
FRSKはラットの表皮細胞由来であるため多くの中間径線維(ケラチン線維)が認められる。アクチン線維は膜に密着している細い線維であるが、この写真ではあまり多くないために目立たない。
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