構造細胞生物学のための電子顕微鏡技術
6. 細胞膜剥離法(unroofing)(1)
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膜細胞骨格や膜の細胞質側表面(膜の裏打ち構造)をフリーズエッチングレプリカ法で観察するためには細胞質を取り除かなければならない。
細胞膜剥離法は物理的に細胞膜の一部を除き、細胞質を洗い流す方法である。弱い超音波刺激により細胞を破裂させ、ventral(腹)側の細胞膜裏打ち構造を残す方法と、
接着性を高めたガラスなどで細胞の表面に軽く圧着し、apical(背)側の膜をその裏打ち構造と共に剥がす方法の二種類がある。どちらの方法も今のところ培養細胞にのみ有効である。
前者の方法は超音波を使用するため、可溶性タンパクの大半を洗い流すのでクラスリン被覆などの膜に密着した構造を明瞭に観察できる。また、後者に比べ再現性がいいのが特徴である。
一方、背側の膜細胞骨格やデリケートな裏打ち構造を観察したい時には後者を選択せざるをえない。特別な装置を必要としない反面、前者に比べ効率も多少悪い。
(1)超音波による細胞膜剥離(unroofing)
準備するもの:
- 先端径が3mm程度のプローブを持つ超音波発生装置
- HEPES ベースの哺乳類リンゲル液(+Ca)
- HEPES ベースの哺乳類リンゲル液(-Ca)
- KHMgE緩衝液
- 2.5mm×2.5mmカバーグラス
- Poly-L-lysine(0.5mg/mL)を含むHEPES ベースの哺乳類リンゲル液(-Ca)
実験に先立ち、全ての溶液を37℃に暖めておく。これは微小管の脱重合により膜細胞骨格の全体の空間構築が崩れるのを防ぐためである。
プロトコール:
- 2.5mm×2.5mmカバーガラスを培地中に入れ細胞を播き、細胞がカバーガラスの表面の8~9割ほどを占めるようになるまで培養する。
-
細胞が成育しているカバーガラスをピンセットでつまみ、培地を除くために哺乳類リンゲル液(+Ca)で2秒間細胞を洗う。
(以下のステップを含め、すべて細胞の洗い方や処理は図1を参照) - Caイオンを除くため、さらに哺乳類リンゲル液(-Ca)で2秒間細胞を洗う。
- Poly-L-lysine(分子量40,000~70,000)(0.5mg/mL)を含む哺乳類リンゲル液(-Ca)に約20秒間浸す(厳密ではない)。
- 余分なPoly-L-lysineを除去するためと細胞の膨潤化を促すために三倍に希釈したKHMgE緩衝液を三つのシャーレに満たし、次々と浸けて洗う(各2秒ぐらい)。
-
KHMgE緩衝液中で超音波刺激により細胞膜を破壊する。超音波プローブの先端径は約2~4mmの小さなものを選び、最低出力で使用する(通常0.5~3秒であるが細胞の種類、超音波の強さに依存する)。
図2は実際に使用している我々の装置の写真である。このように実体顕微鏡で超音波により発生する小さな泡を確認し、その泡を細胞表面に瞬間的に当て、細胞が破壊される様子を観察しながら行う。 - 免疫標識を行わず、膜の裏打ち構造だけを観察するのであれば、この後直ぐに急速凍結するのが理想的であるが、膜剥離をまとめて先に行い、後に急速凍結をする場合は0.1~0.5% glutaraldehyde 、2% paraformaldehydeを含むKHMgE緩衝液で固定する。短時間の後、凍結するのであれば0.1%、1日以上時間が空くのであれば0.5% glutaraldehydeを含む溶液で固定する。
免疫フリーズエッチングレプリカの場合は細胞膜を剥離した後、一次抗体、二次抗体による標的蛋白質の標識に時間がかかるので固定は必須である。詳細は次章免疫フリーズエッチングを参照。
A: 培養中の細胞像
B: 超音波を照射すると大半の細胞はパンクし、腹側の細胞膜が残る。この場合少し刺激が弱く細胞は所々壊れずに残っている。
C:
超音波照射が十分な場合、このように背側の細胞膜が除かれ細胞質もほとんど流出し、腹側の細胞膜だけが基質の硝子面に残っている。位相差顕微鏡により何とか細胞の輪郭のみが足跡のように観察されるが、電子顕微鏡下ではまだ膜細胞骨格が付着した状態で観察される。
光学顕微鏡によりはっきりと細胞の形が見えるようであると電子顕微鏡では厚すぎて観察できない。
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