構造細胞生物学のための電子顕微鏡技術
1. 基礎技術としての超薄切片法(5)
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(5) トリミングと薄切
平板に包埋した試料をトリミング、薄切するには(図1)に書かれているように、平板から一度試料を切り出し、方向を考えた上で円筒形の台に接着しなければならない。接着には瞬間接着剤を用いる。また、円筒形の台は包埋の際に余った樹脂をカプセルに流し込み作製しておく。
最初から円筒形のビームカプセルに包埋した方がはやいように見えるが、急がば回れで、試料組織の方向を決めて切片を作ることを考えるとこちらの方が便利である。
実体顕微鏡で見ながら、ヤスリ、カミソリ刃を使用してトリミングをするので、ワーキングディスタンスの長い実体顕微鏡を購入すると良い。
(図2)のようなトリミング専用のコーナーを造り、道具を並べておくと便利である。
薄切を容易にするには(図1)のように試料の一部を上面が0.5mm×0.5mm程度のきれいなピラミッドに削り出す。特に削りだしたピラミッド上面と側面の角度は120度ぐらいで、丸みを帯びずにシャープな方が薄切には適している(図3参照)。
トリミング後、試料ブロックをウルトラミクロトームに装着する。(図4)はLEICA社製ミクロトームに試料を装着した写真である。
超薄切片をいきなり切るのではなく、まずトリミングした面を平らにし、1ミクロン厚程度の切片(準超薄切片:semi-thin section)を切り、光学顕微鏡で観察し、目的とする組織細胞が表面に露出されているか確認する。そののち超薄切片を作製する。表面出しや試料組織の確認のためのsemi-thin section の作製には通常ガラスナイフを使用する。
一般にガラスナイフではボートとよばれる水受けを装着し、そこに水を張り、切片を水面上に展開して回収する。しかし、荒削りや確認用の準超薄切片の作製には必ずしもこのボートをつける必要はない。荒削りの時点で重要なことは左右の角度、仰角をともにゼロとして始めることである(便宜的に我々はゼロ-ゼロと呼んでいる)。試料面が平らになったら、後述のように1µm前後の切片を作り試料の向きなどを確認する。必要に応じ左右の角度を変え目的とする方向の切削面を露出させる。
これまでの経験では、ここに紹介しているように、平板包埋し切り出して方向性を考えて台に接着した場合には、ほとんど角度を変える必要はなかった。特に仰角を変えることはなかった。ナイフを交換するとき、あるいは後日切片作製を続ける時には再度面合わせをしなければならないが、この時角度がほぼゼロ-ゼロであると大変便利である。
面合わせ
ナイフを交換した時、後日同一面から再び切片を作製しようとする時、試料面とナイフ面を再度一致させる「面合わせ」という作業が必要である。また、厚みのない培養細胞から水平方向の切片を得ようとする場合は最初から正確な面合わせが必要である。
面合わせは初心者にとって多少難しいところであるが、避けて通れないので練習により習得する必要がある。
プロトコール:
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試料ブロックをミクロトームに装着し、ダイヤモンドナイフを取り付ける。目分量で試料面と刃先の間を2mmぐらいまで近づける。手動でゆっくりと試料ブロックを上下させ、改めて試料とナイフとの位置関係を確認する。
この時ナイフが正しいclearance angleをもって装着されていることも確認する。 -
ミクロトームのビノキュラーを覗きながら、左手でナイフ粗動送りノブを少しずつ回転させ、ナイフを試料ブロック手前0.1m位まで近づける。
この時右手は試料ブロックを上下させる回転ハンドルにおき、必要に応じてハンドルを回し、ブロックを上下させ、試料面とナイフの位置を確認する。(試料面を1ヶ所に停止させたままだと距離感が掴めないので) -
ナイフと試料面との間が0.1mm位まで近づくと試料面に黒いナイフの影を明瞭に認めることができるようになる(ただし斜め手前からの蛍光灯の照明がある時のみ)。
最近のウルトラミクロトームでは試料面の真下からも照明できるようになっており、このときは逆に刃先で反射した光によりナイフと試料面間隔に対応した明るい帯を試料面上に映し出す(図5)。
この刃先の影、あるいは明るい帯の形と幅を指標にして刃先と試料面の相互位置関係を決める。 -
試料面と刃先が平行であればこの影または明るい帯は長方形となる。もし左右どちらかが広い場合は広いほうにナイフを振り、長方形とする。また、試料ブロックを上下させた時、この刃先の影または明るい帯の幅が同一であれば試料面の全面に渡って刃先との間隔が一定であることを示している。すなわち仰角が合っていることを示している。
もし、影または明るい帯の幅が変化するようであれば、仰角を動かし、一定になるように調節する。試料ブロックを下に動かした時幅が広がるようであれば仰角ノブを回転し、試料ブロックを前に倒れる方向(上方)に少し移動させる。逆の時は下方に移動させる。 -
以上の調節をし、試料の上下運動に対し刃先の影あるいは明るい帯の形が長方形でその幅が一定になれば試料面とナイフの間隔が一定であり、面合わせが終了したことになる。
試料ブロックを上下させながら微動でナイフを前進させ切片作製を開始する。
ガラスナイフの作り方
ガラスナイフは市販のナイフ用ガラス板をナイフメーカーで割断し作製される。
(図7)に示すLKB型のナイフメーカーでは専用の25mm×400mm(6mm厚)の細長いガラス板を用いる。このガラスの両長辺はすでに極めて平らな鏡面仕上げになっており、簡単にしかも一度に二つのナイフが出来るのが特徴である。
一方、(図8)に示すような旧三慶(株)のナイフメーカーでは10cm×10cm(6mm厚)のガラス板を用いてナイフを作る。この機械ではまずナイフの刃となるべき、鏡面仕上げの割面を自分で作る必要があり、2回ほど多く割断の手間がかかる。
しかし、40年ほど前までガラスカッターとプライヤーを用いてナイフを作製していたことに比べれば、極めて質の良いナイフが容易にできる。現在ではこの型のナイフメーカーを使用している研究者は少なくなっていると思われる。我々はLKB型のナイフメーカーを所有しているものの、旧三慶のナイフメーカーで使用するガラスの方が経済的なので使用している。その作製の手順を(図9)に示した。最近ではガラスカッターとプライヤーはほとんど必要ではないが、この型のナイフメーカーを使用するときはナイフの高さを20mmにして、それより下を切り離すのに必要である。
semi-thin sectionによる観察
ガラスナイフに切片を浮かせるための水ボートを付けず、乾燥のまま1ミクロン程度の切片を切る(図10)。切片は多少カールしながらナイフエッジに付着するので、これらを先の尖ったピンセットでつまみ、スライドガラス上の水滴の上に落とす。スライドガラスを80℃のホットプレートの上に載せ水分を蒸発させて、切片をガラス上に固着させる。
カールしている切片もこの過程で伸展することが多いが、仮に折れ曲がっていても試料の状態を確認するだけであるから問題はない。
つづいて0.5%トルイジンブルー溶液を載せ、20秒間熱し、流水で染色剤を洗い流し(図11)、再び乾燥してから光学顕微鏡で観察する。
切片を作ろうとしている部分の組織中でのおおよそのオリエンテーションがわかるはずである。
トルイジンブルー染色液の作り方
蒸留水100mLに朋砂(Borax; Sodium tetra-borate)0.5gを混ぜて溶解し、その後トルイジンブルー0.5gを完全に溶解し、使用液とする。
さらにトリミングが必要と判断されたときは試料ブロックをミクロトームからはずし、再びカミソリで余計な部分を削除する。これ以上トリミングの必要がないときはナイフをガラスからダイヤモンドナイフに変えて超薄切片製作に移る。
光学顕微鏡用の正確なプレパラートを作製する場合はガラスナイフにボートを付け(なお、ビニールテープによる水ボートの作り方は(図12)に概説するが、ダイヤモンドヒストナイフの使用を推奨する)、切片を水に浮かせたのちガラス棒または白金ループを使い、スライドガラス上の水滴に移動させる(図13)。
超薄切片の作製
トリミング、荒削りが終了し、目的の組織細胞が露出されていることが確認できたら、超薄切片作製に移る。 (図14)のようにガラスナイフをダイヤモンドナイフに変え、ボートに純水を満たし、再度試料ブロックと慎重に面あわせをおこない、薄切を開始する。薄切速度は通常1mm/secである。最初の2~3枚は200~300nmの厚切りで、試料全面が薄切できるようになってから、70nmの超薄切片を切る。切片の厚さは反射干渉色でわかる。銀色の切片は70nm、金色の切片は90nm、グレーは50nmである。水位が適当であるとこの干渉色が明瞭になるだけでなく、切片も刃先にとどまらず、水の表面を次々と手前に滑りリボンを形成する(図14)。
ダイヤモンドナイフのボートに水を満たすときは5mL程度の針付き注射器を用いる。はじめ表面張力で盛り上がるほど蒸留水を注ぎ、刃先まで水がなじむようにする。約30秒後、こんどは注射器で水を吸い込み、水面が僅かにへこむようにする。この時水面は反射して透明度が下がり少し白色がかる。
また、水が刃先まで達していることを確認する。ダイヤモンドはもともと疎水性が強いので、ちょっとした汚れでも水をはじいてしまうことがあるので注意する。どうしても水のりが悪いときはミクロトームからはずし、70%エタノールで洗浄したのち使用する。
グリッド処理と切片採取
水面に浮いている超薄切片はeyelash toolと呼ばれる道具で寄せ集め、4~5枚の集合を作る。(eyelash toolは直径2mm長さ10cm程度の棒の先端に睫毛を一本付けただけの簡単な道具であり自作する。)
(図15)のようにこの切片集団にグリッド(メッシュ)を上から被せるようにして切片を吸着させる。エポキシ系の切片の場合は何も処理していないグリッドでも拾うことが出来るが、我々は切片以外の用途にも使用できるように常にフォルムバールの支持膜を張ったグリッドを用意している。フォルムバール膜をグリッドに張るには1%フォルムバール/クロロフォルム溶液を作製し、これを(図16)のような市販の膜作製装置にいれ、均一な厚さの膜をスライドガラス上につくり、これを(図17)のように水面上に展開して作製する。
染色
オスミウム酸により後固定された試料は、電子線に対しある程度コントラストを持つが不十分である。
通常、酢酸ウランとクエン酸鉛で二重染色をしたのちに観察する。染色はパラフィルムの上で(図18)のように行う。5分間ウラン染色をおこない(図19)のように最初50%エタノールで洗浄後、さらに蒸留水で洗浄し、鉛染色液に移す。鉛染色の時間は1分である。
染色後は再び(図19)のように蒸留水を満たしたビーカーに次々とdippingして洗浄する。洗浄後は乾燥させ電子顕微鏡で観察する。超薄切片法の応用例として、カエル縫工筋の超薄切片の透過電子顕微鏡写真を(図21)として掲げる。
電子染色液の作り方:
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ウラン染色液(エポキシ系切片用、疎水性樹脂用)
50%エタノールに5%濃度になるように酢酸ウランを溶解する。この濃度は飽和状態に近いので完全に溶かすには時間がかかる。
8割ほど溶ければ染色液としては十分である。紫外線により変性するので遮光して冷蔵庫で保存する。 -
クエン酸鉛染色液
50mLの超純水(ミリQ水)または蒸留水を煮沸し、液中のCO2を除去した水にNaOH顆粒0.2gを完全に溶解し、1号の濾紙で濾過する。濾液は完全に透明でなければならない。
つづいて、クエン酸鉛0.2gを完全に溶解する。ふたたび1号の濾紙で濾過し、使用液とする(濾液は透明)。最終的な濃度は0.4%クエン酸鉛/0.4%水酸化ナトリウム液である。空気中のCO2に触れると白濁しコンタミの原因となるので空気を遮断し冷蔵庫に保存する。我々は10mLの針付き注射器に保存している。
コラム
ガラスナイフとダイヤモンドナイフ
そのむかし、ダイヤモンドナイフは高級品のイメージが強く、多くの形態学者は超薄切片もガラスナイフで切っていた。しかし、研究のスピードが高まるにつれ、ナイフマークもでず、切れ味が良く、繰り返し何回でも使用できるダイヤモンドナイフは必需品となっていった。
今や超薄切片を切るのにダイヤモンドナイフを使用しない人は皆無であろう。semi-thin sectionまでもダイヤモンドナイフを使用する時代となった。
(図20)は様々なナイフの写真である。上はトリミング、または光学顕微鏡用(semi-thin section)で下が電子顕微鏡用(ultra-thin section)。
培養細胞の超薄切片法
意外と難しいのは培養細胞の超薄切片作製である。
一般に培養した細胞は基質の上に一層で繁殖するため垂直方向には数ミクロンの厚さしかない。したがって、細胞を水平に切り、広く観察しようとするのはかなり難しい。トリミングに失敗すると試料を失う。また、カバーガラスなどに培養した場合、樹脂に包埋したのち細胞を樹脂側に残し、如何にしてガラスを剥がすかも悩むところである。最近ではそのままトリミングできたり、また容易に樹脂から剥がせたりする軟性の培養用プラスチック製カバーガラスも発売されている。神経の一次培養などのようなデリケートな細胞培養には向かないかもしれないが、概ね良好である。
ここではプラスチックカバーガラス上に培養した細胞の包埋法を解説する。一方、カバーガラスにカーボンを蒸着し、その上に細胞を培養するという優れた方法もある。樹脂包埋後トリミング時にガラスを剥ぐとカーボン膜との間で剥がれる。勿論細胞は樹脂側に付くし、黒いカーボン膜が細胞の場所の目印になる。細胞の基質への接着点も正確に観察できる。
我々はこの方法を一般のガラスではなくサファイアガラスと組み合わせ、急速凍結、凍結置換法に用いている。したがって、後者の方法は凍結置換法のところで詳述するが、通常の超薄切片法にも応用できるので参照して欲しい。
準備するもの:
プラスチックカバーガラス(Nalge Nunc International 社のCell Culture Coverslip, Thermanox plasticの直径13mmのものを推奨する。Cat# 174950)、細胞培養システム一式(細胞培養の項目参照)、樹脂包埋用ビー厶カプセル、固定液、脱水用アルコール、プロピレンオキサイド、包埋用エポキシ樹脂(前述の固定、脱水、溶剤置換を参照)
プロトコール:
- Cell Culture Coverslip, Thermanox plasticは消毒済であるが、一方の表面だけが細胞接着性を高めてある(いわゆるtreated状態)。そのため方向性を確かめて培地に入れる(図22)。イオンスパッタにより親水化しておけばどちらの面にでも細胞は接着する。
- Coverslipの8割方が細胞で埋め尽くされるようになったら、固定する。固定、脱水、包埋の途中までは前述の組織細胞と同様に行う。しかし、培養細胞は一層であるので長く固定する必要はなく、前固定30分、後固定15分で十分である。脱水も各ステップ5分でいい。しかし、最後の樹脂への置換(プロピレンオキサイド/樹脂1:1の混合液)は一晩おいたほうが無難である。
- ビームカプセルの上面に盛り上がるように樹脂を注入し、真空デシケーターで脱気し、気泡を上面に集める。この気泡をピンセットですくい取る。つづいてCoverslipの細胞面を下向きしてビームカプセルの上に置く(図23)。この状態でオーブンに入れ硬化させる。
- Coverslipはビームカプセル径よりも大きいので帽子のつばのようにはみ出す。硬化後この部分をつまみカプセルより剥がす。細胞はカプセル側の表面に残るので、表面を傷つけずに周囲を切り落としトリミングする。トリミング後は前述のように超薄切片をつくる。ただし、表面直下に細胞が並んでいるだけなのでナイフの面合わせは慎重におこなう。
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